南つばさとタコパ②
俺がはかりの数字を見ながら粉の量を微調整していると、横からくすくすと笑い声が聞こえる。こいつも菜月と一緒だな……。俺が真剣になってると笑いやがる……。
「よし、粉はオッケー」
俺はカップの小さいのから大きい方へ中身を移す。
「あとは、説明書通りに卵と水を入れるだけだ」
「慣れてるわね、こっちももう少しで全部切れるわ」
「なぁ、和風だしとかあるか?」
「え、うん」
「それも少しだけ入れよう、味に深みが出る」
南つばさは、コンロ横の調味料棚から、和風だしを取り出す。
「振りかけるから、ストップって言って」
「ああ」
「…………」
「ストップ」
よし、これで完璧だ。俺はカップに説明書通りに水と卵を入れて、菜箸で生地をかき混ぜる。
「私もタコ切れたわ。もうキッチンは良い?」
「ああ」
南つばさはタコの切れ端をつまみ食いしつつタコを皿に乗せ、冷蔵庫の中から刻んだネギが盛られたお椀を出す。そして二人でリビングのテーブルへと戻った。
「もう鉄板温めといて良いぞ」
「お、ついにね」
対面に座った南つばさは前髪が目に掛からないように、指で額を抑えつつ恐る恐るたこ焼き器を着火する。さすがはガス火だ、火力が凄い。これなら美味しく作れそうだ。待っている間に俺は買ってきた揚げ玉や干しエビなどの食材の封を開けておく。
「油入れていいぞ」
「どのくらい?」
「最後にもういっぺん油を継ぎ足しするから、そこそこでいいぞ」
「オッケー」
鉄板に油を引くと南つばさは楽しそうに俺を見た。
「なんか、楽しいわね」
「焼けた後が一番楽しいんだよ」
「ふふ……」
リビングの窓から見える外はジリジリと焼けるような日差しに覆われている。こんなお盆のど真ん中で俺達は何をやっているのだろうとは思うものの、こいつが案外、純粋にたこ焼きを楽しんでおり意外だった。割りと子どもっぽいところもあるんだな。
「じゃあ生地入れるぞ」
「うん」
「俺が生地を入れたら、タコを穴に入れてってくれ」
「え、ちょっと怖いけど分かった」
鉄板から煙が上がり始めたのを合図として、俺は生地を流し入れる。勢いよく生地が焼かれる音が心地良い。南つばさも、穴にタコを順々に入れていく。俺も生地を置き、ネギや紅生姜などの具材を入れていき、そして再度、余った生地を流し入れる。
「生地あふれそうね」
「これで良いんだよ」
「写真取ろ」
「少し待ちだな」
鉄板の上で生地がぐつぐつと揺れ動く。南つばさは写真を取ったあと何気なく言った。
「あんた、夏休みなんかした?」
「文化祭の看板作り」
「は? あんた実行委員なの?」
「ちげぇよ。うちの学級委員に強引に手伝わされたんだよ」
「あぁ玉井ちゃんね。ていうか本当3組って男女仲良しよね。でどうだったの」
「どうもこうもないだろ、ただ言われた事やっただけだ」
まぁ……こいつには言えない事もあったっちゃあったが……。
「ふーん。でも3組って本当不思議よね。みんな素直っていうか変にカッコつけてないっていうか」
「まぁ学級委員があんな感じだからな」
「玉井ちゃん良い子じゃない、可愛いし。うちのクラスの男子も何人か好きみたいよ」
「まぁ性格良いからなあいつ。お前と違って」
俺のいじりに途端に南つばさは吹き出して、
「あははっ! あんた本当面白いわねっ。うちの学校であんたくらいよ、私の事を性格悪いって言ってくるの」
何がそんなに刺さったのか分からないが、南つばさは笑っている。口元もあまり隠さず、家にいる時の菜月のように。俺はたこ焼きをくるくるとひっくり返しながら、
「見たまんまを言ってるだけだ」
「まぁそうか。そうよね、あはは」
「笑ってないで手伝え」
俺の言葉に南つばさも生地をくるくるとひっくり返していく。案外筋いいなこいつ。
「じゃあ、最後に油を回しかけて外側をカリカリにする」
「へー」
「関東風ってやつだな。カリカリは」
「あ、たしかに大阪は柔らかいのが多いわね」
「あれはあれで美味いんだけどな」
そして油を回しかけて、しばらく油にたこ焼きをくぐらせた後、俺は火を止めた。
「ほら、もう食えるぞ。熱々のうちに食え」
「待って写真取りたい」
南つばさは写真を取った後、早速たこ焼きを一つ取る。
「美味しそう……いただきます」
南つばさは大してフーフーすることもなく、たこ焼きを頬張る。
「美味しい……。待って今までで一番美味しいかも」
「大したもんだなお前、熱くないのか」
「私、熱々好きなのよ。それにたこ焼きは火傷しながら食べるものでしょ」
「それは同感。初めて考えが合致したな」
「ふふ……。ちなみに圭ちゃんも熱々好きなの、意外じゃない?」
「あぁ知ってる」
「やっぱり知ってたか」
やや、残念そうにする南つばさを横に俺もたこ焼きを一つ掴む。さすがはガス火だ。やはり電気式よりも火力が違うのか、かなり美味そうにできた。そして俺もたこ焼きを口に入れる。
「美味い……」
「自分の家のやつと比べてどう?」
「こっちのほうが美味い」
「へぇ、良かったじゃない」
「やっぱガス火だな」
最初口に入れた時の油の香り。噛み締めた後、とろとろの生地から感じられる出汁の香りとタコの旨味。その後のネギの食感や紅生姜や干しエビのアクセント、全てがうまく調和している。たこ焼き、これ自体がまるで惑星のように一つの世界としてまとまっているようだ。
「こんなに美味く作れるとはな」
「私の力ね、ふふ」
南つばさは、かなり気に入ったのか焼けたたこ焼きをテンポよく食べていく。こいつ二郎食った時も思ったけど案外食うよな……。
「あんた花火大会とか行くの?」
「行かね。人多いし」
「だと思ったわ」
「お前は圭と一緒に行くのか?」
「うん」
そうだ。8月下旬の花火大会を実の所もう約束しており、オークションサイトで浴衣も仕入れてある。俺もたこ焼きをつまみつつ、
「昔は妹とよく一緒に行ってたけどな」
「へぇ、あんた妹いるんだ」
「あぁ、年子なんだよ。ちなみに姉もいる」
「あんた真ん中なのね。確かになんかそんな感じする」
「妹も圭と仲良いぞ」
「へぇ、まぁあんたの家にも圭ちゃん行った事あるみたいだし、そうか」
俺はもう一つたこ焼きを口に入れた。やはり中がトロトロでかなり美味い。南つばさはサイドの髪の毛を顔の前に持っていき、何故だか毛先をぼーっと眺めている。何だこいつ。俺は適当に話題を切り出した。
「親御さんは仕事か?」
「ねぇ、蒼井」
「なんだよ」
「私と、してみる?」




