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学級委員のお手伝い②

「つーか何、玉井だけ?」

「うん」

「あいつらは、あのいつも一緒にいるさ」

「恵美と穂花には他の事頼んでるから」

「へー、で何すんだよ」

「文化祭の看板作り」

「看板?」




玉井は、そのこじんまりとした胸を誇らしげに張って、



「そう、正門に掲げる大きい看板の作成」

「それを玉井がやんの?」

「うん、凄いでしょ?」

「…………」




あー確かに去年の文化祭も当日、正門になんか看板が掲げられてたなぁ、そういえば。あれも実行委員で作ってんのか。しかしまぁ本当に良くやるなぁまじで……。時給も発生しないのに……。しかも嬉しそうに……。




「まぁ文言は決まってるから、その通り看板に書いて、後は全体を可愛くデザインしていくだけなんだけどさ」

「それ、俺いる?」

「看板が備品庫の奥に立て掛けられてて、大きいし私ひとりじゃ取り出せないの」

「力要員かよ」

「じゃあ、まずは看板を出す所から始めよ!」



俺は玉井から軍手を貰い受けると、教室を出て後ろをついて行く。備品庫は確か、一階か。




「蒼井君は夏休み、何かした?」



玉井が階段を降りつつ、呟いた。



「いや、別に。ゲームしたり、妹と買い物行ったり、バイトしたりくらい」



女装の事は勿論言えないからな……。



「へー、妹いるんだ蒼井君」

「ああ、姉と妹がいる」

「良いなぁ、異性の兄妹がいるの。私、お姉ちゃんしかいないから」

「へぇ、じゃあ玉井は末っ子なのか?」

「うん、意外でしょ」



廊下を歩くなか、玉井が再び振り返ると優しく微笑み、その三つ編みのおさげが揺れる。いつもは学級委員としてガミガミと周りに注意を促しているが、素のこいつはこのように、素朴で親しみやすい性格をしている。




「意外だな」

「あはは、うちら一年の時も同じクラスなのに、結構知らない事多いね」

「そんなもんだろ」

「そうかなぁ、私はもっと蒼井君のこと知りたいけど」

「……」

「着いたよ」



廊下の突き当たり、頭上の看板には備品庫と刻まれている。玉井はポケットから鍵を取り出して開錠後、扉を開いた。中は窓がなく、かなり暑い。壊れたイスや、実験機材など雑多に様々な備品が置かれている。湿気を吸った木材の匂いだろうか、少し独特な匂いがする。




「ほらあれ、あの一番奥に立て掛けてあるやつ」

「マジかよ……。手前の奴どかさねぇといけねぇじゃん」

「前見た時より、物が置かれてる。もー、用務員さんも適当だよね」

「やるしかねぇか」




玉井の示す所には確かに何も描かれていない白塗りの板が壁に立て掛けられてている。しかしその手前にも両手を広げた程の板が何枚か置いてあり、とてもじゃないがこの状態では取り出せない。とりあえず一枚ずつ、板をどかすしかないか。俺は軍手を付けて、早速取り掛かる。




「ベニヤだから、そんなに重くないな」

「えー、重いよ普通に」




とは言いつつも、玉井もちゃんと手を動かしている。板をどかすくらい俺が全てやっても良かったが、玉井が嫌がるのが目に見えていた為、言うのをやめた。




「うぅ……軍手ぶかぶかで持ちづらい……」

「我慢しろよ」




二人で手前の板を動かし終えると、もう薄っすらと汗が出てきた。玉井も懐からハンカチを出して、顔に当てている。




「おい、看板はどこに運ぶ?」

「部屋から出すだけで良いよ。待って私も持つから」



流石にこの長さは一人では持てないため、俺は素直に玉井の言葉に甘える。看板の両側に俺たちは備えて、




「いくぞ、せーのっ」



二人で持つと案外それほどでもなかった。




「大丈夫か、」

「うん、すぐそこだし」

「ゆっくりでいいからな」



俺と玉井は看板を持ってゆっくりと入り口の方へ移動する。軍手越しに看板のささくれを手のひらに感じる。そして俺たちは難なく部屋から看板を廊下に出した。そして壁に看板を立てかける。やはり廊下の方が涼しいな。




「ふう、ありがとう蒼井君」

「あぁ」

「じゃあここからが本番だね」

「塗ってくのか」

「うん」



玉井は、再度備品庫の中に入ったと思ったら、中から塗料の入った何色かのスプレー缶と刷毛、それに紙の皿を持って出てくる。




「蒼井君は塗る係ね」

「あぁ、塗るだけならいける」

「私が鉛筆で文字を下書きするから、これで塗ってって」

「おう」

「すぐ書いちゃうから」



玉井は持ってきたペイントセットを下に置き、すぐに看板への下書きを始めた。




「へー、手際良いな」

「まぁ、去年も実行委員だったし、学級委員ってこういう仕事多いから」




玉井はまるで、全体のバランスが見えているかのように、ひとつひとつの文字を的確に素早く書いていく。集中し中腰になっているからか、そのスカートに隠れた小さめのお尻が俺の方へと突き出されている。そんな姿を見ていると俺はいつの間にかこんな言葉を口にしていた。




「文化祭って色々大変なんだな」

「おっ、蒼井君もついに分かってくれた?」



玉井は俺に背を向け、下書きを続けながら言葉を返す。


「まぁ、なんとなく」

「じゃあ蒼井君も実行委員やってくれる?」

「それはパス」

「えー」

「ただ、去年は本当なんもやってなかったから、それは悪かったな」




俺の言葉に、玉井は不意にこちらに振り向いた。やや驚いているその幼い表情と共に、三つ編みのおさげが揺れる。




「え……あ、えっと、なんか本気にしちゃった?」

「いや、まぁ……」



俺もどんな顔をすれば良いか分からない。すると玉井は微笑んで、



「私はさ、みんなに喜んで貰うのが好きなんだ」

「……」

「私がこうやって少しだけ頑張った事で、誰か知らない人の一生の思い出になったら……それって最高じゃん」




玉井は屈託のない笑顔でそう言った。あぁそうだ。俺は知っていた。こいつは本当に性格の良い奴だという事を。




「良い奴だな相変わらず」

「蒼井君こそ優しいじゃん」

「変な男に騙されんなよ」

「えー、じゃあ蒼井君が守ってよ」

「は」

「蒼井君はもう、片瀬ちゃんとつばさちゃんだけで精一杯?」

「な、なんだよそれ」




玉井は楽しそうに笑いながら再び、看板の方に視線を向けた。




「学級委員だからね! クラスメイトの状況把握も仕事のひとつだから」

「別に何もないだろ。特に南つばさなんてあんまり話してもない」

「つばさちゃん、最近結構うちのクラスに顔出すんだけど来る時は絶対、蒼井君が居る時なんだよねー」

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