真夏がお泊り③
これ絶対当て付けだよな……。俺に対する……。あの真夏との鉢合わせの件を知らない菜月はスプーンを片手にやや考え込みながら、
「まぁ確かに……。いやどうだろ……お兄ももう高二だし、男の子は10代が一番そういう欲が強いって言うし……」
「私達の知ってる恭二は家に女の子なんて連れ込まないよ」
「いやでも……お兄……」
菜月がなにやらブツブツ呟いている姿を見て真夏はかなり楽しそうだった。こいつ本当、場を荒らすのが好きな奴だよな……。学校でのスマートなキャラと全然違ぇよ……。
「えでもじゃあ、キープしてる女の子はいるってこと真夏?」
「さぁねー。恭二に聞いてみたら?」
「えどうなのお兄? 教えてよ」
「いる訳ねぇだろ」
「だって真夏。いないって言ってるよ」
「うん、じゃあそうなんじゃない? ふふ」
「え、うざ! ねぇなんかウザい二人とも!」
「…………」
当て付けの後は、妹を利用した誘導尋問かよ……。なんか外堀埋められてる感もあるし……。何より言いたくない言葉を否応なく言わされてる感がエグいわ……。もう率直に圭は女装した俺なんだって言えたらどんなに楽か……。はは……言える訳ねぇよな……。
「やっぱりみんなで一緒にご飯食べると楽しいね、ねー恭二」
「…………」
爽やかな笑みを浮かべつつ真夏が落ち着いた声色でそう呟いた。
★☆★☆★☆★☆
街灯の灯りがカーテン越しに自室の中へと優しく入り込む中、俺は寝付けないでいた。カレーも食い終わり満腹であって丁度良いのに、一向に眠気が訪れない。いや当たり前か、買い物が終わった後に疲れて少しだけ仮眠を取った為、それが原因だろう。部屋の外に耳を傾けると、うっすらと菜月のいびきが聞こえる。菜月達ももう寝ているようだった。
「トイレ……」
俺はベットから起き上がる。喉も渇いたからついでに水も飲んでこよう。足先に力を入れ、足音を立てないように気を付けて歩き、部屋の扉を開ける。暑いな……。廊下からぬるい空気が肌に張りつこうとする。今日も熱帯夜だ。俺はうんざりしつつトイレへと向かい、用を足した。そして、その流れで薄暗いキッチンへと向かい蛇口から水を一杯飲んだ後俺は踵を返し、そっと自室に戻った。
「三日月……か」
カーテンをめくり、窓越しに外の風景を眺めてみたら丁度、三日月が見えた。霞のないはっきりとした夏の夜空だった。
「何してるの、恭二」
振り向くと真夏がいた。薄暗い室内ではっきりと表情までは分からないが、さっきとは異なりパジャマ姿だ。
「別に、ちょっと寝れなくてな」
「そっか、私と一緒だ」
「遊んで疲れてんだろ」
「まぁそうなんだけどさ」
俺は、真夏の言葉を無視してベッドに入る。静かな部屋で耳を澄ますと、微かに菜月のいびきが聞こえてくる。
「ふふ、なっちゃん爆睡だね」
「あいついびきうるさいだろ」
「まぁでも可愛いじゃん」
「可愛くねぇよ、毎日続いてーー」
突然だった。いきなり真夏が俺のベッドへと強引に入り込んでくる。その細い四肢が密着し、すぐそばには真夏の顔がある。いつの間にか向き合う形になっていた。
「ちょ……おい……真夏」
「昔はこうやってよく一緒に寝てたよね」
「おい真夏……」
真夏の髪から甘い匂いが漂う。淡い外の光が真夏の輪郭を浮かび上がらせる。その細い足が俺の足に触れる。
「どうしたの?」
「いや……分かるだろ普通に……」
「えー分かんない」
そう言って、真夏はもっと身体を密着させてくる。甘い匂いが鼻先をくすぐる。
「ちょちょ……待てって」
「昔はもっと密着して寝てたじゃん、ホラーとか見た後なんて特に」
「それは昔だろ……」
真夏の少しはだけたパジャマの胸元から、谷間が垣間見えた為、俺は慌てて目を逸らす。こいつも南つばさ程ではないが、出てる所は出てる。
「あれ、どうしたの恭二」
「なんもねぇよ……」
「ふふ……恭二はねー強引な事しないよ、私知ってるもん」
「なんだよそれ……」
「鈍感だからなー、恭二は」
顔が近すぎて、真夏の吐息も息遣いも、全てが感じられてしまう。そんな気はないのに自然と息が上がってくる。
「おい真夏……さすがに冗談になってねぇよ……。菜月もいる……」
「なっちゃん寝てるじゃん」
「いや……そうだけどさ……」
「ふふ……ねぇ恭二……チューする?」
突然、真夏が楽しそうにその切れ長な瞳を潤ませながら、そう呟いた。真夏の吐息が頬にかかる。エアコンの風音がやけに大きく聞こえる。
「いや……なに言ってんだよ……真夏」
「だって恭二がしたそうなんだもん」
「言っとくが俺だって男だぞ……あんまりーー」
「じゃあさ、鈍感な恭二に大ヒント……」
真夏は唇が触れそうになるくらいに、ぐっと俺に顔を近づけて、
「恭二はね……私の事が好きなんだよ……」
「…………」
窓の外からは何も聞こえない。俺が……真夏を……? 何を言ってるんだ……。
「ずっと昔から……恭二は私の事が好きなんだよ……」
「好きってか……ただの幼馴染だろ……」
「私とひとつになりたい……?」
「…………」
「それとも……こないだのあの子……?」
「あれは……違う……」
目の前で真夏と視線が交錯する。俺は少しだけ、目線を下に逸らした。
「あっ、胸見てる」
「わ……悪い……」
「良いよ……恭二なら別に……」
「…………」
頭の奥が焼けるように熱い。心臓の鼓動が高鳴り、鳴り止まない。真夏の長いまつ毛が目の前で揺れ動き、きめの細かな頬が夜の光を反射する。なんだよこれ……。真夏はなにを求めているのだろうか……。
「あは……恭二……凄い考えてるね……」
「いや……」
真夏はさらに足を絡ませてくる。その滑らかなふくらはぎが俺の足に密着する。こんな状況なのに、なんで俺は菜月のいびきの方にへと耳を傾けてしまうのだろう。
「考える時間なんてあげない」
「…………」
「恭二はね……私の事が好きなんだよ……」
「…………」
「だから……気付かせてあげる……」
「…………」
「ほら……こっち向いて……」
瞬間、真夏がゆっくりとその唇を近づけてきて、そして自然と俺の唇へと重なった。鼓膜が一気に張り詰める。柔らかなその感触が口元に広がる。
「……」
唇が重なり続ける中、自然と喉奥がすぼまる。首筋を吹き抜けるエアコンの風が冷たい。分かっていた。重なると分かっていたはずなのに、俺は何故だかその成り行きをじっと見つめる事しか出来なかった。そしてこの今も、俺は顔を背ける事が出来ない。
「ふふ……やっぱり少し……恥ずかしいね……」
「…………」
「気が付いた……恭二……? 自分の気持ちに……」
何秒、重なっていたのだろうか。気がつくと、真夏の唇が離れていた。
「真夏……」
「ううん……何も言わなくて良いよ……」
優しい夜の光の中、真夏はにっこりと微笑む。
「どうする……? もう一回する……? なーんて、はは」
と、そう微笑み掛けた後、真夏は俺の身体から離れベッドを降りた。そして俺の方へと振り返り、
「じゃあ私、寝るね」
「お……おう……」
そう言って真夏は儚げにはにかみ、そしてそっと俺の部屋を出て行った。
「……」
布団の中には真夏の温もりが残っていた。




