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圭と菜月とお買い物⑤

「いやー! 帰ってきたー! 我らが大井町!」

「菜月ちゃん……声が大きいよ……」

「なっちゃんうるさい」




駅に降り立つと、菜月がまるでオヤジかの如くそう呟く。買い物の終わった俺たちは喫茶店で少し休んでお喋りした後、帰ってきたのだ。改札を抜け並んで歩いてると、




「いやー! それにしても今日は色んな刺激を受けた一日だったよねー! 私もバイトしようかなー!」

「だめだよ……菜月ちゃんは寮住みだからバイト禁止のはずでしょ……」

「あっそっか」




俺と菜月のしょーもないやり取りに真夏は、



「あはは、なんだかなっちゃんと圭ちゃんって本当の姉妹みたいだよね。だめだよーとかやめといた方が良いよーとか」




そのセリフに菜月がわざとらしく慌てて、




「ちょ……なんでいきなりそうなんのさ真夏……。圭ちゃんとは仲良しなだけだし」

「だってさっきの喫茶店でも圭ちゃん、お行儀悪いよ〜とか、そんなに頼んで夜ご飯食べれるの? とか言ってて面白くってさ」




などと呟き笑う真夏に、菜月も俺も苦笑いする他ない。気を付けなければならない。思いの外、兄妹というのは恐ろしい関係なのかも知れない。いくら表層を取り繕ったとて、こういう細部の所でどうしても違和感のある言葉が無意識に飛び出してしまってるのだろう。確かに、友達同士のお茶会で夜飯の心配なんて普通はしないに決まってる。俺は懸命に普通な笑みを意識して、




「えー、たまに菜月ちゃんが心配になる時があって無意識だった……。なんかちょっと恥ずかしい……」

「へー、圭ちゃんも私と一緒でお節介気質かー。んー……いやでもお節介っていうより、はたから見ると本当に姉妹みたいな感じなんだよなー、私一人っ子だけど」

「私も一人っ子だよ……」

「あはは」



真夏は楽しそうに笑い、そのポニーテールがゆれ動く。菜月はヤバいと思ってるのか、ぎこちなく視線を逸らして、先程までの勢いとは一転全く話に入ってこない。なんだこいつ……腹立つな。





「あれ、そういや圭ちゃんも大井町なの?」

「え?」





…………。

やっべ……どうしよ。俺はとっさに。




「家は……SNSでバレないように秘密にしてて……」

「あー、そうだよね」

「今日は菜月ちゃんからDVD借りる用事があって……」

「あ、なるほど」




駅から歩きつつ、俺は懸命に菜月へと目配せする。すると菜月もあうんの呼吸でうなづき、




「そ……そうそう! 月9でやってた『やまと女子』を圭ちゃん見た事ないって言うからさー。DVD貸すから絶対見てって話してたのっ」

「あっそうだったんだ。なっちゃん相変わらずやまと女子好きだねー」

「ダントツで最高の恋愛ドラマだから!」

「私には王道過ぎてちょっとなー」

「真夏はもっとドロドロしてるのが好きなんでしょ?」

「どっちかって言えばね」




良いぞ菜月、自然な流れだ。よくやった! 俺は心の内でガッツポーズをしつつ、会話に加わる。





「真夏ちゃんはドロドロ系のが好きなの?」

「好きって言うか、王道だとベタだなーって思っちゃうみたいな感じ?」

「あーなんとなく分かるかも……」



俺の返しに真夏は、からかうような視線で菜月を見て、




「なっちゃんは子どもだからああいう恋愛が感動出来るんだろうけどさ」

「はっ? 真夏だって彼氏いた事ないじゃん!」

「恋愛を彼氏どうこうで考えてる時点でねー」

「なにそれうっざ! 真夏よりも男の子にモテてる自信あるし!」

「モテるモテないとかと恋愛は関係ないよ、なっちゃん」




楽しそうな真夏をよそに、イジられた菜月はうぜー! とか、だるー! とか言って憤慨してる。俺は苦笑いしつつ、



「真夏ちゃんその辺で……菜月ちゃん泣いちゃうから……」

「あはは、大丈夫。なっちゃんはこんなのじゃ怒らないから」

「なら良いんだけど……」

「本当優しいね圭ちゃん」

「優しいのかな……」

「止めに入る所とか、恭二とタイミング一緒だし本当お姉ちゃんみたい」

「またそれ〜」

「ふふ、だって本当なんだもん」




真夏はやっぱり鋭いな……。でもそりゃそうか、姿こそ異なっているけれど物心ついた時から、この三人でずっと遊んでるんだもんな……。感じ取られても仕方ないのかもしれない。俺も隠しようがないし。そんなやり取りをしてると、真夏との別れ道に差し掛かる。




「私はあっちだから」

「あ、うん……」

「今日はありがとう、圭ちゃん。なんか芸能人に会えたみたいな感じで凄い楽しかった」

「私もプレゼント一緒に考えてくれて嬉しかった」

「ふふ、また一緒に遊ぼうね」

「うん」




真夏は俺に手を振る。俺も笑顔で振り返す。




「じゃあまた来る時、連絡してね真夏」

「はーい」




菜月はそう告げると、すぐに踵を返す。なんかやけにそっけないがまぁいいか。それに真夏も大して気に留めてなさそうだし。そして俺たちは互いに背を向け別れ、しばらく歩いた後に菜月は一度背後を確認して、



「ねぇ、真夏いないよ」

「はぁ……疲れた……」



俺のため息に菜月は、



「もう地声にしたら?」

「この格好でお外にいる時は……女声って決めてるから……」

「へー、さすがのプロ意識!」



明らかにいじりをこめた笑顔で菜月は続けて、



「超面白かったね、お兄ちゃん!」

「面白くないよ……」

「ヤバいこの感覚! マジ楽しい! 癖になりそう! 真夏も完全に信じてたよお兄ちゃん!」

「バレなくて良かった……」

「でも本当に凄いや、店員さんも街の人も誰もお兄ちゃんが女装してるなんて思ってないんだもん」

「顔に出ないだけで常にバレたかなって心配してるから……」

「あはは! バレないバレない! 自信持って! マジで超可愛いから!」



菜月が、調子に乗っている為、俺は




「てか真夏が来るなんて聞いてないから」

「またまたぁ、だって事前に知っていたらまずお兄ちゃん遊んでくれないじゃん?」

「当たり前でしょ」

「ほらー! ていうかそんな事よりお兄ちゃん、この姿で真夏と会った事あるんだね、そっちの方がビックリなんだけど」

「いやあれは会ったというか、出くわしたみたいな……」

「ふーん。でも真夏もお兄ちゃんのフォロワーだったし、やっぱり圭ちゃん人気すごいね」

「正直もうこれ以上、有名になりたくないよ……」




面倒な事も増えそうだし、これ以上は本当に勘弁してほしいな……。俺はただ、こうやって女装する事を楽しみたいだけなのだから……。





「はぁ、お腹減ったーお兄ちゃん」

「さっき、喫茶店で食べてたじゃん」

「あんなの、食べたうちに入らないー」

「太るよ」

「うぐっ……」




コンビニへと向かおうとした菜月をとがめ、俺たちは帰宅した。

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