圭と菜月とお買い物④
菜月が誇らしげに俺の肩を掴んで店員に紹介する。やめてくれ……まじで。菜月がいらん事を言ったから案の定、店員が食い付き俺を見て、
「モデルさんなんですか?」
「いえ……」
俺がはぐらかすと横の菜月が言った。
「圭ちゃんはおしゃれ番長としてエンスタで大人気なんです! JK達のインフルエンサーなんですよ!」
「あっ! そうだったんですねー! すみません。存じ上げなくて」
店員が申し訳なさそうにしてくるので俺は慌てて謙遜する。
「い……いえ全然……フォロワーもほとんどJKとかばっかりなので……知らなくて当然です……」
「インフルエンサーの方には、うちのブランドは積極的に新作プレビューの依頼とかしてるみたいなのでアカウントを教えて下されば今度、上の人間に伝えておきますよ」
「いや……実は……もう打診は貰ったんですけど、諸事情でお断りさせてもらって……」
「あっ、そうだったんですね。それは申し訳ありませんでした」
「え!? そうだったのお兄……じゃなくて圭ちゃん!」
打診を受けたあの頃はまだ、ゆちゃんともリアルで会う前だったし、スポンサーの人とのやり取りなんて、リアル世界で誰とも繋がってなかった手前、男ってバレても嫌だし全て断ってたんだよな……。勿論、今も断る姿勢は変わってないが……。
「打診受けたんなら受ければ良かったのにー! したらわざわざ買わなくても手に入ったじゃん!」
「だって……色々……やり取りとかあって……大変そうだったから……」
俺が困った様子に見えたのか横から真夏が、
「企業の人達とやり取りするのとかちょっと面倒くさそうだもんねー」
「うん……そうそう……よく分からなくて……」
「ねー、私もなんとなく分かるなー」
俺の反応に菜月の方は不満そうで、
「えー、適当に動画で感想言うだけで名前も売れて商品も貰えて良い事づくめだと思うんだけど。まぁ良いや、で圭ちゃんどうするのー? ここのにする?」
「うーん……」
インフルエンサーの仕事舐めてんなこいつ……。とはいえまぁ今ここで言っても仕方ない。俺は改めて、ここのコスメを見渡してみる。確かにここのブランドでも充分、南つばさには合いそうだが、他のブランドのも見てみたいんだよな、せっかく来た事だし。すると俺が悩んでると察したのか真夏が、
「他のも見に行こっか、圭ちゃん」
「うん……」
俺の相槌を見た店員も慣れた様子で、
「どうぞ、他のお店の商品もご覧になって下さい」
「すみません……」
店員は優しく微笑み、お辞儀をしてみせた。つかさっきから真夏の奴、ずっと俺に気を遣ってるよな。大丈夫か……? ちゃんと自分は楽しんでるのだろうか。俺はそれとなく、
「その……真夏ちゃん……」
「ん? なに圭ちゃん」
「真夏ちゃん楽しんでる……? 私、ずっと気を使わせちゃってごめんね……」
「え……? あはは! 圭ちゃん面白いね、そんなの全然気にしなくて良いよ」
真夏はなにやらつぼに入ったようで、その大きく切れ長な目を柔らかく細め、笑っている。そのセットされたポニテが控えめに揺れる。
「でもそうやって、急に気遣ってくれる所とかなんだか恭二に似てるね」
「そ……そうかな……」
「うん、恭二もそんな感じだから」
「そうなんだ……」
「ふふ……。わたしって根っからの世話焼き気質みたいでさー、こう見えてストレスでも何でもないし、気も使ってないんだよねー。デパコスとか新鮮だし、隣で見てるだけでもちゃんと楽しいよ」
と、そう真夏が楽しげに話す。顔から見るに嘘は付いてなさそうだった。真夏はどちらかと言うと表情には出ないタイプだが、それでも幼馴染だからだろうかその言葉が嘘ではない事は分かる。俺は内心、少しだけ安心し、
「良かった……。真夏ちゃん……つまらないんじゃないかってちょっと心配だったから……」
「優しいねー圭ちゃん。やっぱし恭二の好きそうなタイプだ、なーんて」
「うぅ……」
どう反応して良いのか分からん……。俺はやや気まずいながらもやり過ごし、もう一つ見たかったハイブランドの方に向かった。
「いらっしゃいませ」
「すみません……。アイシャドウのいっぱい色がある奴見たいんですけど……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
こちらの店の店員も、モデルのように細くて可愛い。俺の言葉に店員はショーケースから、コスメを取り出す。これもブランドのロゴが真ん中にあしらわれた可愛い入れ物だ。店員が実際に目の前でコスメを開いてみせると、高級感のある10色のカラーが現れる。
「最近だと、こちらが人気ですねー。これ一つでアイシャドウにもチークにもお使い頂けます」
「え……可愛い……」
「ご自分用ですか?」
「友達へのプレゼントです……」
「でしたらこれはおすすめですよ。カラーが豊富なのできっと、その方に合う色もございます」
「確かに……これ良いかも……」
俺は視線を落としてさりげなく、ショーケースの中にある値札を確認する。そこには14000円記載されている。高けぇ……。やっぱりそれくらいするよな……。メイドインフランスだし……。ただ、ギリギリ予算内でもある。
「どうするお兄ぃ……じゃなくて圭ちゃん、これにする? いっぱい色があるしこれ良いと思うけど」
菜月も気に入った様子なのか、後押ししてくる。つかさっきから危ねぇな菜月の奴……。この状態でお兄ちゃんとか呼んだらマジでわけ分かんねぇ状況になるからな……。勘弁してくれよ……。俺は相槌を返しつつ、真夏にも相談する。
「これにしようかな……」
「良いんじゃない。ケースも可愛いし」
「真夏ちゃんはこれもらったら嬉しい……?」
「うん、普通に嬉しいよ」
「そっか……じゃあこれにしよう……」
「ふふ、なんか可愛いね。圭ちゃん」
真夏が何故だかよく分からないところで笑い出した。なにか変だったろうか。まあ良い。真夏も菜月も気に入ってる様子だし、これが無難だろう。ゆちゃんの化粧の感じにもちゃんと合いそうではあるし、ここはゆちゃんのお気に入りブランドの一つでもあるし安牌か。俺は店員に、
「これ、下さい」
店員は微笑みかけて、
「ありがとうございます。今ご準備致します」
と、お辞儀を一つ、店の奥に入って行った。財布の中身を気にしてどこかふわふわとした心地の中、俺はその背中を見送った。




