ドキドキワクワクのオフ会③
「圭ちゃんだよね……?」
まずい……。ちゃんと答えないと……。気が動転して無視してしまった。俺は練習した女声で、
「うん……ゆちゃん、はじめまして……圭です」
俺の言葉にゆちゃんは嬉しそうに微笑んで、
「はじめまして、ゆちゃんです」
「ごめんね……少し遅れちゃって……」
「全然良いよ、てか圭ちゃんリアルの方が可愛いね、背も高くてさ」
ゆちゃんこと、南つばさが俺の顔と身体を興味津々な様子で見つめている。そのセットしたゆるふわなボブカットに大きく気の強そうな瞳はまさに学校で見た彼女と同じそれだ……。間違いない。こいつは南つばさだ。ゆちゃんは南つばさだったんだ……。てか、あんまり見ないでくれ男だとバレるかも知れないし……。そして女声を出す都合上、声量を張る事ができない俺は必然的に内気な感じの話し方になってしまう。
「ゆちゃん……そ……そんなに見られたら……恥ずかしいよ……」
「え、ごめんね圭ちゃん、でも圭ちゃんが可愛くて」
「そんなに可愛くないよ……ゆちゃんの方こそ超可愛くてびっくりしたもん……」
「ううん、絶対に圭ちゃんの方が可愛いから、さっきからすれ違う男の人みんな圭ちゃんの事チラ見してるし」
「え……それ……大丈夫かな……」
「大丈夫って?」
「あ……ううん……」
もしかして、バレてる……? ただ、今のところ南つばさのリアクションからしてバレてはないとも思われるから、やっぱり案外イケてるんだろうか。
「じゃあ圭ちゃん、どうする? 適当にぶらつく?」
「うん……」
すると、南つばさが突然不思議そうな顔をして、俺に顔を寄せてくる。
「な……なに? ゆちゃん」
「圭ちゃん……なんか良い匂いするね」
「か……髪の毛セットする為に使ったワックスかな……?」
「そうなのかな」
メンズ用を使ったのが不味かったかな……。それとも出かける前にシャワー浴びてきたからだろうか……。てか、近い……。もうちょっと離れてくれ……流石にドキドキして、変な汗かきそうだ。というか、ゆちゃんが南つばさだと判明してしまった今、俺がこれ以上こいつと絡むのは得策ではないよな……。いつボロが出るかも分からないし。今日のところは無難に遊んでやり過ごすが、これ以上仲良くするのは無理そうだ……。このキャラを貫いていく以上、現実の俺と繋がる恐れのあるこいつと絡むのはリスクの他ない。あぁ……圭ちゃんとしてはじめて出来た友達だったのに……。
「行こっか、圭ちゃん」
「うん……」
★☆★☆★☆
「圭ちゃんは何飲むの?」
「私は……アイスコーヒーかな……」
「へぇ〜意外、圭ちゃんこっちのフラペンティーノ系いくかと思った」
「あ……甘いのは……得意じゃなくて……コーヒーもブラックだし……」
「え、ブラック? 無理無理、私には絶対に無理だ」
一通り遊んだ後、俺と南つばさは喫茶店に入った。あー、まじ小指が痛え……。絶対靴擦れしてるよこれ。よく女はこんなの一日中履いてられるな……。南つばさは遊んでるうちに俺に慣れたのか、いつの間にか砕けた口調に変わっていた。そして互いに頼んだ飲み物が店員から手渡され、俺たちは席に着く。
「圭ちゃんってさ、なんか優しいね」
「え……?」
互いに飲み物を一口含んだ後、南つばさは急にそんな事を言った。
「どうしたの……? ゆちゃん……」
「いや、なんか優しいなーって」
「そんな事ないよ……」
「私と同じくらい可愛いからかな」
「ゆちゃんの方が可愛いよ……」
「謙遜するねー圭ちゃんは」
そう言って、南つばさは笑った。笑った顔にはさすがに俺もドキリとしてしまう。学校のマドンナ、南つばさ。もし信道に南つばさと二人きりで遊んだなんてて言ったら、きっと死ぬほど恨まれるんだろうなぁ……。ただこれも最初で最後だ。圭ちゃんアカウントのフォロワーなら他にもいるし、そんなわざわざバレるリスクを背負ってまで同じ学校の奴と繋がる事はないのだから。
「でも……ちょっと寂しいな、圭ちゃんとこれが最後って思うと」
「え……」
「女同士だもん、何となく分かるよ、あー私、今日で圭ちゃんに切られるんだろうなって」
「…………」
「合わなかった? 私と」
南つばさは悲しそうに微笑む。内に映るその瞳を俺は覚えていた。いや、思い返された。昨日学校で見た、あの冷たい瞳と一緒だったから。そして驚いた。まさか自分の心の内が読まれていただなんて。言葉を返そうにも俺はその言葉が浮かばない。その冷たい瞳をただ、見返す事しか出来ない。すると南つばさが言った。
「初めて友達になれるって思ったんだけどなー」
「…………」
「圭ちゃん、打算なく付き合ってくれたから嬉しかった」
「…………」
「私の周りってさー、みんな利用したり下心を持ってたり、何か引き出そうとしたりする人間ばっかりだから」
「そう……なの……?」
「うん、圭ちゃんも可愛いから分かるでしょ」
「私は……どうかな……」
昨日、感じた違和感。それはおそらく南つばさの諦めなのだろう。学校でのこいつの事を俺は何も知らない。しかし、何となく抱えているものは分かった。人気者には人気者の苦労があるのだろうか。なんて考えていたら、スマホが震えた。目を向けるとつぶやき君の通知だった。南つばさから画像が送られてきている。先程、二人で撮ったプリクラだ。
「送ったよ、圭ちゃん」
「あっ……ありがとう……」
俺はその画像を確認する。自撮りなら自信があるが正直プリクラなんて撮った事がなかったから、顔が強張っていまいちの仕上がりだった。だけどこれは、圭ちゃんとして初めて誰かと撮った写真だ。初めて現実世界と繋がった証だった。隣に写るのは最初に俺を、圭ちゃんを現実世界で受け入れてくれた女、南つばさ。そして初めて圭ちゃんのアカウントのフォロワーになってくれた、ゆちゃんでもある。
「あはは、因果応報だよねーやっぱり。一回遊んで終わりなんて、私がいっつもやってる事だもん」
「…………」
南つばさは、いや、ゆちゃんは自嘲気味に笑う。そのゆるふわなボブカットが儚げに揺れる。貰った写真を見返しながら俺は思い出していた。裏アカを作った当初、画像を上げるたびに、いつもゆちゃんが褒めてくれていた事を。ゆちゃんだけは健気に反応してくれた。
「…………」
ゆちゃんがいた事で俺は今日この場に出てこれたのかも知れない。俺だけが自分を受け入れてもらって、俺はゆちゃんを拒絶する、それはフェアじゃないのかも知れない。
「ゆちゃん……」
「何、圭ちゃん」
「また……遊ぼうね……」
「……うん」
「あの……これ……嘘じゃなくて……」
「ううん良いよ、気を使わなくてもさ」
「ち……違うの……」
気がつくと俺は、また遊ぼうと口にしていた。正直、南つばさの事なんて俺はよく知らないが、ただ少なくともゆちゃんの事は大切にしなければならないと思った。初めてフォロワーになってくれたゆちゃん。ゆちゃんが俺との関係を望んでくれているのならそれに答えたいと感じた。そう、俺にとっては南つばさがゆちゃんだったのではなく、ゆちゃんがたまたま南つばさだったに過ぎないのだ。ただ、表情から察するに南つばさは俺の言葉を信じていないようだった。
「はは、ごめんね圭ちゃん」
「また……遊びたい……」
「気まずくしちゃったね」
「…………」
南つばさの中でもう答えが出てるのだろう。南つばさは繰り返し苦笑するのみで、俺の言葉が彼女の中に届かない。だとしたらもう行動で示すしか、
「圭ちゃんどうする? もうお開きの方が良いかな……?」
「うち……来て……」
「え?」
「うちにきて……」
「圭ちゃんち?」
「今から……」
「まじ?」
「うん……友達だから……来て欲しい……だめかな……」
俺の突然の言葉に南つばさは泡を食った顔を浮かべていた。
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