俺とつばさとお買い物②
店主の問い掛けに焦ったような恥ずかしそうな素振りで俺を見る。あれ? こいつもしかしてコール知らない人か? 俺は横から、
「二郎系に来たならニンニクは入れろよ。初心者ならにんにくだけで終わりにしとけ」
「でも匂いが……」
「匂いなんか気にしねぇよ。良いからにんにく入れとけ」
「……うん」
俺の指示通り、南つばさはにんにくとだけコールする。俺はいつも通り、
「にんにく、あぶら、からめ」
と告げると無愛想な店主が小さく返事をする。南つばさはやや楽しそうな表情で、
「へぇ、慣れてる。やっぱり男の子って感じね」
「信道がいっときハマってよく付き合ってたんだよ」
「あー川島君とか好きそうね、ふふ」
南つばさは楽しげに笑う。その大きく強気な瞳に優しさが滲む。念願の二郎系を前にして嬉しいのだろう。こんな風に素直な態度をしていればかなり可愛いのに勿体無い奴だ。
「言っとくが残すのは厳禁だぞ」
「当たり前じゃない」
「本当かお前? とてもじゃないがその細い身体じゃ食い切れるとは思わない」
「あんたも同じようなものじゃない。それに食べれなかったらあんたの器に移しちゃえば良いだけの事」
「ふざけんなよ……」
「あはは」
南つばさは再度笑う。圭の時とはまた違った楽しそうな顔だ。そしてほどなくして、お馴染みのフォルムでラーメンが店員から揃って出される。
「これこれ、エンスタで見たのそのまんまね」
「良かったな」
「写真撮ろー」
南つばさは嬉しそうにそのイカついフォルムを一枚写真を撮りその後、そっとレンゲでスープをすくい口に含んだ。
「美味しいけど脂が凄いわね……。あと醤油辛いわ」
「こんなもんだろ」
口では、皮肉を言っているがその顔は不思議と楽しそうに見えた。続けて南つばさは、その麺にへと箸を伸ばす。
「ぼそぼそしてるわね……。すごくお腹にたまる感じ……」
「自家製なんだよ」
「ふーん」
二人で、黙々と麺を啜りながら食べ進めていく。俺も序盤は良いペースで食べ進めてはいたものの、半分を過ぎたあたりから脂がキツくなってきた。南つばさの方を確認すると、こいつも思いのほか食べ進めており、残りの量は同じくらいだ。つーか二郎行くんだったら最初から言っといてくれれば良かったのによ……。そしたら朝飯も食わなかったのに……。俺はスープに浸した麺を噛み締めて、飲み込む。醤油と脂が混じった甘い匂いが鼻から抜ける。すると視界の端から突然、大きなチャーシューが横切り、俺の器の中に落とされる。
「おい……」
「チャーシュー好きでしょ」
「ったく」
「ふふ」
正直、今の状態からの極厚チャーシュー追加はかなりきつかったが、こいつも頑張って食べてる事は伝わった為、甘んじて受け入れる事にした。なにより残されても困るし……。そして俺たちは必死で食べ続け、器の中を空にして(南つばさの方はスープを残していたが)外へと出た。すると再度容赦ない夏の日差しに視界が奪われる。
「お腹いっぱいね」
「あぁ、お前のチャーシューが効いてる」
「情け無いわね、チャーシューひと切れくらいで」
「お前だって後半、水ばっか飲んでたじゃねぇか」
「食べ切れたんだから良いじゃない。あんたが残すのは厳禁って言うから、流し込んでたわ」
「汚ねぇ話すんな」
俺のツッコミにこいつは笑った。そのセットされたボブカットが夏の空に輝いている。二郎食ったくらいで何がそんなに嬉しいのか知らんが、こいつはにっこりとありふれた普通の笑みを浮かべる。最初、学校で会った時に見た、あの薄氷のような嘘くさい笑顔はここにはなかった。学校でもこんな風に笑えば良いのにとも思ったが、もちろんこいつにも色々あるのだろう。
「言っとくけど、しばらくはもう二郎行かないからな」
「安心しなさい。私も当分はいらないから」
「ったく」
「てか、あんた本当学校の時と変わらないわね」
「はぁ?」
「多少なりともプライベートで私と遊んでるんだから嬉しいとかないわけ?」
「…………」
いまさら嬉しいもクソもあるかっての……。こちとらお前とはもう3日連続で会ってるってのによ。それに、圭としては友達でも俺自身はお前とはそこまでの仲でもねぇし……。
「自意識強いなお前」
「今までの経験から言ってんの」
「今の姿が嬉しそうに見えるのか?」
「全然」
「その通りだ」
「ふふ、あんた意外に面白いわね」
上から目線だなマジで……。あと笑いのツボがいまいちわかんねぇなこいつ。思えば菜月もよく変なところで笑うし女のツボは分からん。
「じゃあ、ご飯も食べたし圭ちゃんのプレゼント買いに行くわよ」
「あぁそうだった」
「あんたねぇ……」
「何買うんだ」
「私は服とかデパコスが良いと思ってるんだけど」
「良いんじゃないか」
俺がそう言うと南つばさは顔をしかめて、
「ちょっとねぇ、あんたもちゃんと考えなさいよ」
「腹いっぱいで頭が回らねぇよ」
「使えないわね、これじゃ連れてきた意味ないじゃない」
「プレゼントなんだからお前で考える事が大事だろうが」
「……」
南つばさは少し恥ずかしそうにして視線を逸らした。
「分かってるけど、怖いのよ……」
「……」
「悔しいけど、あんたの方が圭ちゃんの事を知ってるって分かってるから、協力して欲しいの……」
顔が朱に染まり、視線がうつろう。面倒くせぇな……仕方なく俺は言った。
「だから最初に言ったろ、圭は何貰っても喜ぶって」
「本心は分からないじゃない」
「だからあいつはお前と違って、気持ちが伝われば心から喜ぶ奴だ。そんだけ、気持ちがこもってれば何あげても大丈夫って事を言ってんだよ」
「…………」
南つばさは横目でじっと俺を見つめる。はぁ……めんどくせぇ……。それになんか恥ずかしくなってくる……。
「じゃあ……ペアリングでも良いの……?」
「ペアリングって指輪か?」
「そう……お揃いの小指に付ける指輪。圭ちゃんと一緒に付けたい……」
「……」
さすがに少し重くね? 重いだろ……。どうする? でもあぁ言った手前、引くに引けねぇしな……。それにこいつは一緒に付けたそうだし……。つかそれで悩んでたのかこいつ……。おそらく最初から本当はペアリングを渡したかったんだろう。ならそう言えば良いのによ……。
「お前がそれをあげたいんならそれで良いだろ」
「言ったわね、本当にそうするから」
「あげるのは良いけどお前、圭の指のサイズとか知ってんのか?」
「8号」
怖っ……。なんで俺の小指のサイズ知ってんだよ……。いつの間に測ったんだ……。




