バイトの面接!②
聞き馴染みのある声。振り返ると制服姿の南つばさが居た。
「嫌がってるじゃない。すぐそばに交番あるけど」
「ちょ、いやいや冗談だって。ごめんねお姉さん、またね」
ナンパ男は引き攣った顔で微笑みながら離れて行った。南つばさはナンパ男の背中を見送った後、俺の方へと振り返る。
「ごめんね、圭ちゃん遅れちゃって!」
「ううん……大丈夫だよ」
「じゃあ、行こっか!」
南つばさは楽しげに微笑みながら、歩き出す。俺も横に並び付いていく。
「圭ちゃんダメだよ。あんなのと話したら」
「うん……うっかりしてて……」
「ああいうのは、ガン無視かズバッと断るかだよ」
「そうなんだ……。ナンパされた事なかったから……」
南つばさは俺の方へ大きく目を見開き、
「えっ! そうなの」
「うん……」
「圭ちゃん可愛いから毎週されてると思ってた」
「された事ないよ……」
外に出るようになったの最近だしな……。ナンパされるって事は女に見えてるんだろうけど、それはそれで面倒くさい事も増えるって事なんだろう。駅からどっちへ進んでいるのか分からないが、俺達は川を超えて、閑静な住宅街へと入っていく。
「う〜、緊張してきた……。大丈夫かな」
「あはは、大丈夫だよ、ママは面接で落としたりなんてしないと思うから」
「本当かなぁ」
「私の友達がどんな子か見たいって楽しみにしてた。なんせ初めてだからねー私が家に友達招くなんて」
「え、そうなの?」
俺はやや驚いて南つばさを見つめる。薄暗い中でも、その艶やかなボブカットは印象的だった。
「うん。前にも言ったかもだけど、なんかそういうの苦手でさ、私にとっては圭ちゃんが初めて招きたいなーって思えた人だから」
「そうなんだね」
「だからママもびっくりしてた。会わせてって」
「ゆちゃんのママからしたら、ゆちゃんは友達いないって思ってたりして」
「絶対思ってるそれ! ママにあんたは変わってるからってよく言われるもん」
南つばさの返しに俺は、思わず素で笑いそうになったが、なんとか耐えられた。
「でも確かに、友達なのは圭ちゃんだけなんだけどね。学校に友達って呼べる人もいないし」
「私もこんなに仲良しなのはゆちゃんだけかなぁ」
「あ、でも最近学校にも一人だけ……」
「え?」
「ううん、何でもない。ほら着いたここがうち」
目の前にはコンクリート打ちっぱなしの大きな三階建ての家があった。マジかよ……。1階はガレージになっており、車に興味のない俺でも知ってる高級車が睨みつけてくる。
「す……凄いね」
「ねー、ママと私しか住んでないのにね」
親が社長って言ってた為、ある程度は覚悟していたがこうして見るとやっぱり凄いな……。南つばさがガレージ横に備え付けられた階段を上がり、俺を見下ろす。
「ほら圭ちゃん、こっちだよ」
「うん……」
階段を上がり切ると、大きな玄関扉を開いて南つばさが出迎えてくれる。
「お邪魔します……」
「はーい」
家の中に入ると玄関はおそらく大理石であろう資材で作られており、南つばさの靴や高そうなおそらくこいつの母親の靴が整然と並んでいる。
「こっちだよ」
「うん」
俺も靴を脱ぎ、リビングへと通される。
「そこのソファに座ってて、今コーヒー淹れてあげるから」
「あ……ありがとう」
広いが見渡すと、意外にシンプルなリビングだった。ただ、大きな壁掛けのテレビがあったり、ソファやラグはいかにも高級感がある。あんまりジロジロと人の家を見るのも悪いと思い、俺は大人しくソファに座った。奥のダイニングキッチンでおそらく南つばさがコーヒーを入れてるのだろうが、ここから見る事は出来ない。そして、しばらくすると南つばさがコーヒーを二つ持ってきた。
「ごめんね、もうちょっとでママ来ると思うんだけど」
「忙しいんだよね、社長さんだから……」
「しまった、圭ちゃんはブラック派だったね」
「あ、ううん全然大丈夫……」
コーヒーカップ下の皿には砂糖とミルクが付けられている。俺は緊張をほぐす為にコーヒーカップに手を伸ばし口に含んだ。
「どう? 美味しい?」
「美味しいよ、ゆちゃん」
「へへ」
その気の強そうな瞳が、子どものように柔和で優しい色に染まる。部屋の明かりに綺麗なボブカットが淡く反射する。その顔を見て俺も何となく和まされていると、玄関から扉が開く音が聞こえた。
「ママ、来たみたい」
「うん……」
一気に鼓動が高鳴るのが分かる。玄関からカツカツとしたピンヒールの音が聞こえる。それが床を歩く音に変わり、そして。
「ただいまー」
「おかえりママ」
俺はソファから立ち上がり振り返る。目の前にはロングヘアでスーツ姿の女性がいた。俺は小さく会釈しつつ、
「お邪魔してます……」
「あらいらっしゃい。この子がそうねつばさ」
「うん、圭ちゃん。可愛いでしょ」
南つばさの母親が俺を見据える。さすがは南つばさの母親とあって、かなりの美人だ。背も俺と同じくらいでスタイルも良い。親子ともあって顔も南つばさにどことなく似ている。あいつの気の強そうな瞳は母親譲りの物なのだろう。
「つばさのお母さんです。いつもありがとね圭ちゃん」
「こちらこそ、いつもつばさちゃんに優しくしてもらってます」
「ふふ……可愛らしい子」
南つばさのお母さんはにっこりと微笑みを掛けてくれる。俺は自然と頬が赤くなる。
「そうそう、うちの会社でアルバイトしてくれるんだって?」
「はい……」
「なら面接しなきゃね。つばさ、少し二人きりにさせてくれるかしら」
南つばさは少しだけ心配そうな様子で、
「圭ちゃんにいじわるしないでよね、ママ」
「ふふ、どうかしら」
なんだかぶつくさ言いながら、南つばさは渋々リビングから出て行き、母親がソファに腰を下ろした。
「そっち座ってくれるかしら」
「はい」
言われるがままに斜向かいのソファに腰を下ろす。南つばさの母親が俺を見つめているので自然と見つめ合ってしまう。すると南つばさの母親はくすくすと笑いながら、
「そんなに構えなくても大丈夫よ圭ちゃん」
「はい……」
「履歴書は後で出してもらうとして……パソコンは使える?」
「はい、基本的には」
「圭ちゃんにはデータ入力と、経費処理をやってもらおうと思ってるの」
「はい」
「まあ、そんなに難しくないし最初は意味が分からなくてもやってくうちに分かっていくわ。マニュアルもあるし、それにつばさも一緒に業務に当たらせるから」
「そうなんですか?」
あの話、本気だったのか……。




