俺と信道と圭ちゃん②
「分かってるっす! 圭ちゃんが恭二の事を好きだって事くらい!! 自分も男っす……潔く圭ちゃんの恋を応援するつもりっす……」
…………。
クラス中に響き渡る大声で、信道がそんな事を言った。それに南つばさが慌てた様子でフォローする。
「ちょっ……ちょっと川島君! 名前出しちゃだめ……!」
南つばさが気まずそうに、真夏の方を見つめる。真夏は存外、大した反応を示さずその微笑みを崩さないまま信道に言った。
「信道君、圭ちゃんって、あのおさげ髪の女の子?」
「えっ? 片瀬ちゃんも知ってるんっすか?」
「あぁ、あの子なんだ。へぇー」
さすが真夏だ……。少しの情報から一気に核心を引き出した。いや違うか、信道が馬鹿正直でザルすぎるんだ……。畜生……。真夏に聞かれちまったじゃねぇか信道の奴……。俺の頭を抱えたい気持ちをよそに南つばさは、真夏に話しかける。
「えっ、片瀬さんも圭ちゃんの事知ってるの?」
「知ってる訳ではないんだけど、会った事はあるって感じかな」
「そうなんだ」
圭と会った事があるとの台詞に南つばさは少しだけ、挙動が止まる。ほんとこいつは圭の事になると周りが見えなくなるよな。真夏もそれを感じ取ったのか、おどけるような声色で俺に、
「本当に偶然だったんだけど、恭二とあの子が一緒にいた時だったんだよねー」
「ぐはっ……! 恭二とっ!」
「おい……真夏……」
信道が目の前で胸を押さえてうなだれる。信道の恋心をもて遊ぶのはやめてやれよ……。俺は何て反応すれば良いのか分からず、苦笑いする他ない。真夏はクスクスとした笑い声を上げながら、その艶めいたポニテを振るって、南つばさへと話しかける。
「南さんは、その子と友達?」
「うん! 圭ちゃんとは仲良しなんだ」
「へぇー」
二人とも、無難な感じで会話をしている。こういう時の女の社交性の高さには毎度驚かされる。まぁ真夏も南つばさもかなり愛想良いからな。互いに気を使いつつもそれを見せないよう意識し合ったまま、
「ていうかごめんね片瀬さん。圭ちゃんの話なんてしちゃってさ」
「え? 良いよ全然」
「ううん、蒼井君もいる前でごめんね本当」
南つばさは気まずそうに何回も同じ事を言う。こいつ……会話と偽りつつなにげに俺と真夏の関係に探りを入れてきてんな、これ。真夏も同様の事に気付いたのか、
「あはは、もしかして南さん、私と恭二が付き合ってるって思ってる?」
「え? 違うの? ずっとそうだと思ってたけど」
「はは、やっぱり。私と恭二は幼馴染ってだけで何にもないよ」
「そうっすよ! つばさちゃん! 何で恭二如きが片瀬ちゃんと付き合えると思ってるんすか!」
「如きは言い過ぎだろ信道」
南つばさは真顔で、俺と真夏を交互に見つめる。これで、噂がガセだって証明出来ただろうか。少し驚いた様子で南つばさは言う。
「勘違いしちゃってた私! ごめんね二人とも」
「良いよ全然、気にしてないし。ねー恭二」
「蒼井君もごめんね?」
南つばさが申し訳無さそうに俺に振ってくる。白々しい……全て計ってたくせにこいつよ……。とはいえ俺も体裁を取り、
「いや、良いよ別に」
すると、真夏が再度口を開く。
「でもあの女の子、恭二好みだよねぇ」
「なんだよ、俺好みって」
「ほら、大人しくて優しそうな可愛らしい子だったじゃん。背は少し大きかったけどさ」
「圭はお前が思ってるような女じゃねぇよ」
「お? なに恭二、食い付くね」
くそ、しまった。つい口走った……。真夏の奴……。誘導尋問しやがって。
「羨ましいぜ恭二……。お前本当に、圭ちゃんと仲良しなんだな……。やばい……俺……死にたくなってきた」
「へぇー、圭ちゃんは蒼井君の前だとどんな子なの?」
信道が死にたくなってる横で、ここぞとばかりに南つばさも俺に質問してくる。鬱陶しいなぁどいつもこいつも。
「どんなでもねぇけど……勝手にイメージで語んなって事が言いたいだけだ。大人しそうに見えるってだけで案外、我が強いかも知れないだろ」
「なるほど、蒼井君の前では圭ちゃんは我が強いって訳か」
「おいーー」
「あはは! 南さん面白い。確かに恭二は押しに弱いとこあるからねー」
女二人が、俺をいじって遊んでいる。その横で信道は塞ぎ込んだまま動かない。真夏は微笑みながら、
「でもそっか、あの女の子……恭二の事好きなんだね」
「だから、それも別に本人が言ってる訳じゃねぇだろ」
「もし言ってたら告白じゃんそれ」
「まぁ……そうだけど」
俺と真夏が話していると何故だか南つばさが、真夏の事を見つめていた。良い加減話し疲れた俺は、席を立ち逃げるように言った。
「つか、トイレ」
「恭二……。待て……まだ俺の話は終わってねぇ……」
「俺の話はさっきので終わってる」
俺は信道をあしらいトイレへと逃げる。あぁどいつもこいつも好き勝手言いやがって、面倒くせぇなマジで。
★☆★☆★☆
やっと昼休みになると逃げるように俺は、信道が購買に飯を買いに行ってる隙にこの体育館横のオアシスに逃げ込んだ。理由は勿論、ウザ絡みされる事からの退避だった。
「何でよりにもよって信道なんだよ……」
他の男子ならまだしも、何故女装している時にあいつと出会ってしまったのか、ことごとくツいてねぇ……。まぁ、俺の女装は信道を一目惚れさせられる程の完成度になってきた事だけは嬉しい事ではあるが。午前中の疲れで俺は体育館横のへりに腰を下ろし、吹き抜ける風を受けつつ、嘆息を吐く。
「何うなだれてるのよ、蒼井」
「お前か……」
突然、横から声が降り掛かる。声色で分かった。南つばさだ。俺が面倒くさく、振り返らずにいると南つばさは俺の正面に立ちはだかる。顔を上げると、南つばさが腕を組んでいやな笑みを浮かべている。
「本当好きだなお前、人を見下ろすのが」
「あんたが見下されがってるって事の間違いじゃない」
「そうかよ、悪いが今日はお前に構ってる気力はない」
「ふーん」
俺が顔を逸らすと、南つばさは黙って俺の隣へと腰を下ろした。薄荷のような匂いが鼻を抜ける。その綺麗にセットされたボブカットは日陰でも煌めいている。
「どう思ったわけ」
「何がだよ」
「圭ちゃんの事」
「別に何とも思わねぇよ」
南つばさは俺の顔を見ている。つーか何も思う訳ねぇだろ……全て俺自身なんだから。
「嘘はついてなさそうね」
「あぁ」
「本当不思議ね、あんた」
「前にも言ったろ。圭は女友達だって」
「…………」
南つばさは俺から目を逸らして、呟く。
「そういうところなのかしらね」
「は?」
「てかあんたって誰かを好きになった事あるわけ?」
「なんだそりゃ、いきなり」
俺のツッコミにも南つばさは動じず真っ直ぐと前を見つめたまま黄昏ている。




