女心と秋の空⑧
「そういや恭二、妹ちゃん元気してんのか?」
午前の授業を終えた昼休み。焼きそばパンを食べながら信道が俺の席へと振り返り、そう言った。
「まぁ多分」
「多分? 相変わらず淡白だなー」
「つか、あいつに関しては元気じゃない時を知らん」
「はは、確かに去年会った時もうるさいくらいだったもんな」
なんて話しつつ信道が楽しそうに、思い返している。そうだ、一年前くらいに信道があまりにも会わせろとしつこいから、確か3人でカラオケにでも行ったんだっけか。信道は教室の天井を見ながら、
「面白かったよなー、菜月ちゃん」
「たまにだからだろ。ずっと一緒にいる俺の気になってみろ」
「はは! そりゃちょっと大変かもな」
「ちょっとじゃねぇよ……」
そして俺は、焼きそばパンを食う信道を置いて立ち上がり、
「ん? 購買か?」
「あぁ」
「恭二の好きな揚げパン、もう売り切れてたぞ」
「了解」
信道に見送られつつ、俺は教室を出ていく。
「さてと……」
廊下で雑談する生徒達とすれ違いつつ、俺はある場所へと向かう。そう、校舎の入り口にある下駄箱だ。
「……」
喫茶店であの話を聞いた翌日。南つばさの下駄箱を隠れて開けてみた所、そこには言っていた通り確かに手紙が入れられていた。本人を揶揄してるかのような陰湿な宛名が書かれた手紙が。いつどんなタイミングで入れられているのかは不明だが、それから毎日昼休みに確認する度に新たな手紙が入れられているのが分かった。
「なんか最近、日課みたいになってんな……」
これが日課だとしたらなんと後味の悪い行為だろうか。廊下を抜け、一階への階段を降りていくと、すぐに2年の下駄箱が見えてくる。辺りに誰もいない事を確認しつつ俺は、2組の下駄箱の前に立ち、目的の下駄箱の扉を開ける。
「これで4日連続か……」
南つばさを揶揄した宛名の手紙。今週の頭に初めて確認してから、これで4通目である。よくもまぁこんなくだらない事を毎日飽きずに続けられるものだ。俺はそっと手紙を取り出しそれを制服のポケットに入れ、下駄箱の扉を閉める。
「ねぇ何してんのそこで」
瞬間、女子の声が聞こえた。うんざりしつつ声の方へと振り向くと、視線の先から知らない女子が3人が近づいてくる。まぁ4日目となればさすがにバレるか。犯人はおそらくこいつらに違いない。昼休みも始まってまだ少ししか経ってない中、普通なら隠れてこんな所にいる訳がないのだから。
「3組の確か……蒼井だっけ? いま何してたの」
「……」
周囲に他の誰も見当たらない中、退屈そうな顔で一人の女が問いかけてくる。クラスメイトの顔すら微妙な俺だ。目の前のこいつらが何組の奴らなのかも、もちろん分からない。
「ねぇなんか、女子の下駄箱漁ってたよね今……」
「だよね……気まず……」
「怖いんだけど普通に……」
女子達が怪訝な顔で俺を見つつ、耳打ちしている。変質者扱い……か。確かにまぁこの状況からしたら当然か。正直なところ、会話もしたくない気分だったが、俺は口を開いた。
「お前らがやってんのか」
「え何を?」
「……」
校舎の入り口から冷たい風が吹き込んでくる。
女子達は怪訝な顔を俺に向けたままだった。まぁ言うはずがないか……。
「てかさ蒼井、普通に考えてやばいから」
「……」
「私達も見なかった事にするから、もうこういうのやめなよ」
「……」
「うちらも先生に言って、事件みたいにしたくないし」
なるほど、脅迫か。お互いこの件は忘れろって事だろう。もしこの事を誰かに話したら、先生に報告するぞとでも言いたいのだろうか。まぁ理由はどうあれ確かにこの場だけを見たら、俺が女子の下駄箱を開けたのは事実である。南つばさだろうと、男子の俺に下駄箱を覗かれるのは嫌だろうし、報告を受けたら先生としても指導する他ない。南つばさ自身も、俺が変に動いて事態を大きくされるのはおそらく望んでないだろう。仕方ない。俺は諦めて、
「あぁ。もうしない」
「そう」
「……」
「私達もここに蒼井がいた事は忘れるから、蒼井も私達の事、忘れてね」
「あぁ」
俺がそう答えると、女子達の顔から一気に緊張が解かれるのが分かる。その瞬間だった。
「あ! 蒼井くーん!」
いつもとは違う他所向きな声色。背後へと振り返るとそこには、南つばさの姿があった。南つばさはその短い制服のスカートをはためかせながら、俺の方へと近づいてきて、
「もー結構探したんだからって……あれ? お取り込み中?」
南つばさの登場に、女子達は必死に焦っている姿を悟られないようにして、
「あ、ううん! もう終わったし大丈夫……」
「えごめん! もしかして雰囲気壊しちゃった私!?」
「全然全然! 気にしないでつばさ」
「てっきり蒼井君だけかと思っちゃって! てか意外にさつき達って蒼井君と面識あったんだね!」
「まぁ、なんとなくーみたいな。はは」
南つばさに話しかけられ、堪らずに女子達はこの場から逃げようとして、
「じゃあね、蒼井」
「ああ」
と、何の挨拶なのかは分からないが、俺はとりあえず頷いておく事とした。そして女子達は、ややぎこちない笑顔を残しつつ、足早にどこかへと消えていった。ほどなくして俺も隣にいる南つばさに向け、
「で、なんだよ要件は」
俺の問い掛けに南つばさの方も誰もいなくなった途端、いつもの高圧的な声に戻しながら、
「要件? そんなの、特にないわよ」
「なんだそれ? じゃあ俺も行くぞ」
「ふーん。あくまでもしらを切るつもりなのね」
こいつの問い掛けを無視して、横を抜けようとした所、足を出され道を塞がれてしまう。
「危ねぇな」
「おかしいと思ったのよ。ここ数日、ぱったり手紙がなくなったから」
「…….」
俺が黙っていると、こいつは俺の制服のポケットへ勝手に手を入れ、例の手紙が露呈する。
「これ、圭ちゃんから聞いたの?」
「たまたま見かけただけだ」
「そんな訳ないじゃない」
俺は当たり前なツッコミを喰らった。まぁ確かにそんな訳ない。
「圭ちゃんでしょ。大丈夫よ圭ちゃんにも怒らないから」
「…………」
「あくまでも口は割らないって? 相変わらずの義理堅さね」
「もう聞きたい事は終わったか?」
「なにそれ。影のヒーローにでもなったつもり?」
俺は強引に横切ろうとするも、南つばさは再度身体を入れて、足を止めてくる。
「なんだよ……」
「あんたはどう思ってるのよ」
「何がだよ」
南つばさはやや気まずそうに俺から視線逸らし、手紙見せつつ、
「だからこれが、あんたの独断なのか圭ちゃんに頼まれてやったのかって話よ……」
「そんなのどっちでも良いだろ……」
「どっちでも……良くないわよ……」
「……」
「私の事……別に好きでもないくせに……」
そう言った後、南つばさはそっと道を開けてくれた。校舎の入り口からまたも風が吹き抜けると薄荷のような香りが鼻を抜ける。そして俺はゆっくりと歩き出す。
「ねぇ」
呼ばれて振り返ると、南つばさは背中を向けたまま、
「この件はもう、心配しなくて大丈夫よ」
「そうか」
「ええ。犯人がさつき達だったって分かったし、あの子達ももうこれ以上やってこないと思うから」
「あぁ」
肌寒い秋の風を背中に感じつつ、俺はこの場を後にした。




