女心と秋の空⑦
「一通り見たいの見たし、喫茶店でも入ろっか圭ちゃん」
「うん」
晴れた秋空の休日。俺は圭として南つばさと久しぶりに渋谷に来ていた。あの球技大会の晩に電話した際、南つばさから誘いを受けたのだ。まぁあのやっかみの件があった手前、俺にできる事があるのならと快く誘いに乗ったのである。
「星田珈琲あるよ圭ちゃん」
「そういえば星田珈琲、行ったことないかも」
「えそうなの? 静かだし私は好きだよ、あとスタパと違ってJKとかあんまいないから身バレ防止に良いかも」
「あ、それは大事……」
確かに南つばさの言う通りだ。スタパとかだと同年代ばかりで多分顔バレするし、多少値段が張っても客層の異なるこっちの店の方が良いだろう。
「ねぇゆちゃん、ここにしよ」
「星田珈琲?」
「うん」
「やった、ここのフレンチトースト好きなんだよねー私」
南つばさは嬉しそうにして、手持ちのハンドバックを振るった。その緩く着こなした白いニットワンピとブーツが秋の晴れ間と合わさって、南つばさのスタイルを美しく見せている。
「でもゆちゃん、ちょっと高いよねここ」
「そうかな、私はあんま気にしないけど」
まぁお前は気にしないだろうけど、こっちはお前ほど金持ってねぇんだよ……。そんな事を思っていると、南つばさが店内に入って先導し、俺もつられて店の中へと入っていく。ちなみに今日の俺の格好は、ボルドー色のニットセーターにブラウンのチェックスカートと、顔を隠すための黒いハンチング帽といった全身秋コーデで決めてみた。髪型は帽子に合うようにヘアアレした久しぶりの耳下ツインテである。
「お、2階空いてるね」
「うん」
店員に案内されるがままに2階のテーブル席に案内されると、休日昼間ではあるものの案外空いてはいた。歩き疲れた俺たちは互いに席に着いて、
「良かったー空いてて。やっぱ南口の方まで来て正解だったね圭ちゃん」
「センター街の方、凄い混んでたもんね」
「何食べるー?」
南つばさが嬉しそうにメニュー表を手に取って眺めている。周りを見渡すと正統派な喫茶店といった内装で自然と心が安らぐ。
「私はコーヒーかな」
「ブラック?」
「うん」
「相変わらず大人だなー」
南つばさが綺麗に整えられたそのボブカットの毛先をクリクリと触りつつ、メニューを選んでいる。周りの客を見るとあまり同年代もいないようだし、室内で帽子も変だろうから、脱ぐとするか。
「私はミルクティにしよ、あとフレンチトースト」
「ゆちゃん、甘いのに甘いの合わせるの?」
「もー圭ちゃん、ママとおんなじ事言ってる」
「ふふ」
ママさんもやっぱり同じこと思ってたんだな。まじでこいつの甘党は筋金入りだし。そして南つばさは俺にメニュー表を見せてきて、
「圭ちゃん、サイドはどうする?」
「んー、じゃあせっかくだしパンケーキ……」
「分かるー美味しいよね」
昨日の夜、若干飯食い過ぎたんだけど、まぁ少しくらいなら大丈夫だよな……。メニュー表の写真的にはかなり素朴で昔ながらのパンケーキに思えた。菜月なんかはこういうの大好きなんだよなー。家でもたまに、ホットケーキミックスでパンケーキとかドーナツとか作って食ってるし。
「すみませんー」
南つばさが店員を呼び、慣れた様子で注文を通してくれた。そして少しした後、頼んだ飲み物が運ばれてきて、互いの目の前に置かれる。
「久しぶりだなーここのミルクティ。前にママと来たの結構前だし」
「あ、ママさんと来たんだ」
「うん。うちのママ、星田珈琲大好きだから」
「へぇ、かっこいい」
俺の台詞に南つばさは笑いつつ、ミルクティに口を付ける。
「んーこれこれ」
「美味しい?」
「うん!」
南つばさが満面の笑みで俺の方を見てきて、不覚にも少しだけドキッとしてしまった。いかんいかん……おそらく歩き疲れてるのだろう、早くカフェインを取らなければ。そして俺は速やかにその深煎りコーヒーを口に含んだ。
「うん、美味しい」
「他と違う?」
「んー、正直分かんない……」
「だよねー。コーヒーの違いって難しい」
「インスタントとの違いはすぐ分かるけど、喫茶店のやつの違いは分かんない……」
「もっと大人になれば圭ちゃんも分かるんじゃない?」
「どうかな……」
「あはは」
俺の返しに南つばさは笑っている。まぁ豆の違いとか深煎りとかそういったので違いが出る事くらいは知ってるけど正直、喫茶店で飲むコーヒーなら全部美味いからな。
「でも良かった、ゆちゃんが思ったより元気そうで」
「あー、ぶつかった件?」
「うん、蒼井君に聞いて凄いびっくりしたから……」
「まぁ倒れた時、ちゃんと受け身取ったしねー」
「え受け身?」
いや、お前の口からそんな台詞が出るのかよ……。南つばさはカップに口を付けながら淡々と、
「うん。ママの教育方針で小学生の時に一通り武道やらされてたから」
「え、凄いねゆちゃん……。じゃあ強いんだ」
「強くはないけど、自分の身は自分で守れるようにってママが」
「かっこいい……」
「またそれ?」
ママさんかっこいいなマジで。さすが社長って感じだ。俺の反応に南つばさはやや困りつつ、
「でもぶつかってきた女子、多分わざとっぽいんだよねー」
「え、そうなの」
やっぱり、こいつもなんとなく察してたのか……。南つばさは視線を外し、少し面倒くさそうな様子で、
「ほら修学旅行の時、私が告白された話したでしょ? その男子が女子から人気でね、多分やっかみがあるんだと思う」
「そうなんだ……」
鋭いな……。おそらく女子同士だからこそ、なんとなくそういうのが予想出来るのだろう。俺には全く見えない世界だが。南つばさは呆れ笑いを浮かべながら、
「最近、靴箱に悪口の手紙とかも入っててさー、本当しょうもないよね。私がそんなのでへこむと思ってるのかな」
「ゆちゃん……」
靴箱に手紙、そんな事までされてるのか……。俺が真顔になっていたからか、南つばさは微笑みを浮かべて、
「あ、全然大丈夫だから本当。私、マジで圧倒的に学校じゃ人気者枠だし」
「うん……」
「あと、今の話、蒼井には内緒でね? あいつに言ってもそれはそれで面倒くさそうだから」
「えっと……」
まぁ、こいつからしたら関係のない俺を巻き込みたくはないのだろう、根は良い奴だしな。俺は南つばさの方を見て、
「ゆちゃん、私で良かったらいつでも相談に乗るからね」
俺の言葉を受けて、南つばさはニヤけつつ、
「じゃあ、今晩うちでお泊まり会しよ」
「……それは無理。パパがダメって言うから。あとすっぴんもNGだし」
「私が圭ちゃんのお父さんに交渉するからお願い!」
いや、父親に言ってもぽかんとするだけだっての……女装の事なんて何にも知らねぇんだから……。すると丁度タイミングよく、南つばさの頼んだフレンチトーストが運ばれてきたため俺は、
「わあ、凄い美味しそうだねゆちゃん」
「あ! ねぇ話逸らさないで圭ちゃん!」
「一口だけ貰っていい?」
「うわ……完全に無視してるし……」
「ふふ」
卵とミルクのたっぷりと染み込んだ一切れのフレンチトーストにフォークを刺して、俺はそれを添えられたホイップにくぐらせた後、
「ん、美味しい!」
「もー! 圭ちゃんのパンケーキだって一口貰うからね!」
南つばさはジト目をしつつ俺の事を見ていた。




