女心と秋の空⑤
「大丈夫つばさ!?」
頭を押さえ倒れている南つばさに、2組のクラスメイトと思わしき連中が駆け寄ってくる。
「ちょっとほらみんな、慌てないの」
ジャージ姿をした、真夏のクラスの担任の女が辺りに呼び掛けている。
「今、玉井ちゃんが保健室の先生を呼びに行ったから落ち着きなさい」
淡々とした声色で話す先生に周りの生徒達も戸惑いながら従っていく。そして真夏の担任は南つばさの側に近寄り、
「南さん大丈夫?」
「……は……い」
弱々しい声で南つばさは言葉を返す。動かないから心配したが、意識はあるようだ。真夏の担任はその流れでもう一人の倒れている女にも話しかけ、意識がある事を確認する。すると2組のクラスメイトと思わしき女子が、恐る恐る真夏の担任の元へと近づいて、
「先生……保健室まで連れてった方が良いんじゃないですか……」
真夏の担任はあしらうように、
「ダメよ、どこか脱臼してるかも知れないから。無理に動かさないで、保健室の先生が来るまでこのままよ」
すっかり静かになってしまったこちら側のコートを他所に、後ろのコートでは変わらずに真夏が大活躍している。そんな真夏もプレイをしつつ、こちら側の方をチラチラと見ており、なにが起きたのか気になっている様子だった。
「まぁ気になるよなそりゃ……」
俺は改めて倒れている南つばさを見る。正直バスケの事はあまり分からない。けれども、こんな球技大会の緩い雰囲気の中で、ここまで激しいコンタクトが起きるのだろうか。ましてや女子同士だ、男子と違ってお互いにある程度手加減するだろう。それに万が一、ぶつかってしまう事があっても、鈍臭い俺と違って南つばさなら、上手くいなせそうな気がするが、
「…………」
故意、そんな考えが無意識に頭の中に湧いて出てしまう。とはいえ当たり前だが、俺の知ってる南つばさがいくら腹黒いといっても、さすがにこんな事まではしないだろう。こいつの場合、恨まれる事はあっても恨む事はあんま無さそうだし……。そうだとすると、俺は倒れ込んでいるもう一人の女子を見る。肩を押さえており、いかにも苦しそうであった。
「考えすぎ……か……」
スポーツには事故は付き物だと言うし、あの様子では純粋に接触したのだろう。
「あそこです先生!」
少しして、玉井が保健室の先生を連れて戻ってきた。持ってきた担架を南つばさの側に置き、保健室の先生が倒れている2人の状況を確認する。
「大丈夫かなつばさちゃん……」
「……」
玉井が俺の隣で心配そうな視線を向けている。状況確認が終わったのか、保健室の先生が真夏の担任に話しかけている。はっきりと聞こえた訳ではないが、2人共軽い脳震盪だとの言葉が聞こえた。声のトーンからしてそんなに大事な訳では無さそうだ。そして話し終えた後、真夏の担任は玉井の方を見て、
「2人とも保健室のベッドで少し休ませるわ。安静にしていれば回復すると思うから」
「良かった……」
玉井は安心した様子で胸元に手を当てた。すると、真夏の担任はその流れで隣にいた俺を見て、
「じゃあ目が合ったそこの君、保健室の先生と一緒に担架で2人を運びなさい」
「は、俺?」
「あなた、一番疲れて無さそうだし、丁度良いでしょ」
「……」
いや何で俺なんだよ……。他にも疲れて無さそうな奴らいっぱいいんだろ……。
「蒼井君、ほら早く連れてってあげて」
「……」
玉井が懇願するような態度でそんな事を言う。いやまぁ……もちろん引き受けるけどさ、人としてさすがにな……。ここで断ったら薄情過ぎるだろうし……。正直今さっき、ここに来たばっかりなんだけど俺……。くそ……周りを見ると南つばさのファンらしき男どもが俺を羨ましそうに見てる。羨ましく思ってんなら代われよムカつくな……。
★☆★☆★☆★☆
「痛ってぇ……腕が……」
南つばさともう一人の女を運び終えると丁度、昼休みになっていた。つか担架って初めて使ったけど意外に腕に来るんだな……。普通にめっちゃ重労働だったっつの……。俺は二の腕の張りをほぐし、教室へと向かいながら自分の机の方に目を向ける。
「だから別に秘密にしてた訳じゃねぇってタケ!」
「うるせぇ! 言い訳なんて聞きたくねぇ!」
…………。
視線の先では、教室のど真ん中にいるタケが信道に詰め寄っていた。互いにジャージを掴み合ってる様子に、俺はなにか嫌な予感がして本能的に足を止める。
「つかおかしい! 絶対におかしい! 信道が女子と付き合える? そんな話なんてある訳ない、絶対嘘だろ!」
「だから、何回も言ってんだろ! うそじゃねぇっつーっの!」
タケがその重たい前髪を振るいつつ、信道に問いただしてる。あー、タケの奴……そういえば昨日マジでショック受けてたもんな……。するとあんまりにもタケが白熱していたからか、女子同士で話していた玉井が見かねて、
「ねぇ武田と川島うるさい、もうちょっと声のボリューム落として」
玉井がジャージの袖を捲りつつ、注意する。するとタケが悔しそうな顔を、玉井に向けて、
「だってさ聞いてくれよ玉井ちゃん! こいつ彼女出来た事ずっと俺に秘密にしてたんだぜ……? 去年あんなに仲良くしてたのにさ! クラス別になったからって急に……」
「なにそのどうでも良い話……」
うわ、辛辣だな玉井のやつ……。すると横から信道も入ってきて、
「だから別に秘密にしてた訳じゃねぇって言ってんだろ。タイミングが合えば伝えようとは思ってたし」
信道の意見も聞いた玉井は、やや呆れつつ、
「ねぇ武田、私が言うのもアレだけど、川島は嘘付いてないよ、そもそもそんなタイプじゃないし」
「おっ!? 玉井ちゃん! 今日は俺の味方な感じ?」
玉井の言葉にテンション上がる信道を置いて、タケは少しうつむく。
「いやまぁ……正直分かってるよそんなの。信道が嘘ついてない事くらい……友達だし……」
「ようやく信じてくれたか、ったくよ……」
「でもさ俺、信じられねぇんだよ玉井ちゃん……。信道の事を好きになる女子がいるってのが……」
タケの問いに玉井は真顔になり、
「まぁそれは確かに」
「おーい! なんだよ玉井ちゃん! 今日は味方じゃなかったのかよ!」
信道のツッコミに周囲で薄い笑いが起きる中、信道はわざとらしく一つ咳払いをして、
「まぁなんだタケ、こんな俺が言うのもなんだけどよ、女ってのはどうやら本気にならねぇと振り向いてくれねぇ生き物みてぇだぞ」
「本気……?」
タケが目を丸くして聞いている。
「あぁ、本気って言ってもアレだぞ、独りよがりだったりするのじゃない」
「……」
「そうじゃなくて、自分の本気な思いを素直に相手に伝えて、後は託すんだ。どっちに転んでも男らしく堂々と……ってな」
「……」
「そしたら、彼女が出来た。それだけだ」
「…………」
信道は淡々とタケに話しており、タケもどこか真剣に聞いていた。
「本当にそれだけなのか……?」
「あぁ、良くも悪くもそれだけだ、これならタケにも出来そうだろ?」
「……信道さ……お前なんか、大人になったな……」
「まぁそりゃ、夏休みに色々あったからなー。タケにも見せてやりてぇよ、俺の8月の勇姿を」
「なぁ信道の言ってる事ってさ、玉井ちゃん的にどうなの」
急に振られた玉井は少し恥ずかしそうにして、
「え……まぁ、嫌じゃないとは思うけど……なんか優しいなって思えるし……」
どうやら、玉井的には信道理論は満更でもないらしい。それを聞いたタケは何故か急に肩を震わせて、
「なんだよ……やっぱし俺も3組が良かった……。玉井ちゃんも信道も優しいし……それに恭二もいるし……なんで俺だけ違うクラス……」
うわ……タケがジャージの袖で顔を拭っている。いきなりどうしたまじで……。ひとんちのクラスで何泣いてんだよこいつ……。玉井も信道も困った様子で、
「いやタケ……いっ……1組も楽しそうじゃん。ほら運動部のやつ多いし!」
「そうそう、川島の言う通りだから大丈夫だよ! 私が言うのもなんだけど3組ってほら……なんか変だし」
学級委員がそのセリフを言っちゃ身も蓋もねぇだろ……。そんな2人の励ましにタケは、溜まった感情を吐き出すように、
「1組ってなんか……スカしてんだよみんな……。恭二も大体スカしてるけど、あんなイジれる感じじゃなくてさ……」
は……? 俺スカしてんの? しかもなんかちょっと小馬鹿にしてたよなこいつ今……。
「だから俺も、こっちのクラスが良い……」
3組の女子達を引かせながら、タケは教室の真ん中で泣きじゃくっている。この雰囲気じゃ俺も教室に入ったら巻き込まれそうだし、タケには悪いが他の所で休憩するか。これ以上疲れるのも御免だしな……。




