修学旅行!⑭
「そういや圭ちゃん。昨日ね、蒼井が夜に……」
南つばさのその言葉に、俺はそっと見返す。
「……」
南つばさは何か迷っている様子だった。この様子から察するに、俺が真夏から告白された事を圭に伝えようか迷っているのだろうか。
「どうしたのゆちゃん?」
「んーと……」
まぁ伝えられたところで圭としては別にどうもしないんだけどな……。ぶっちゃけ圭は俺な訳だし。などとそんな事を思っていたら南つばさが、
「昨晩、私が告られてるの実は蒼井に見られてたんだよね」
苦笑いしつつ南つばさはそう言った。表情から見るに、俺と真夏の話はやはり圭には伝えない判断としたのだろう。なんていうか、こいつ本当に圭に対して優しい奴だな。伝えるべきかと迷いながらも圭を傷つけないように、取り計らったのに違いない。南つばさの中で圭は俺を好いており、そんな俺が真夏から告白された話など教えてはならないと。
「柱の影にいた蒼井に全部聞かれてたの、ふふ」
「えーやば……。めっちゃ気まずいじゃん、ゆちゃん」
「んー別に。他の男子なら嫌だったけど蒼井ならまあいっか、って感じ」
「え、蒼井君なんか可哀想……」
俺の言葉に浴衣の袖を振りつつ、南つばさは笑った。
「違う違う。良い意味で私も蒼井の事は信頼してるからって事。あいつなら変に周りに言いふらしたりしないだろうし」
「そ、そっか……蒼井君どんな感じだったの?」
「気まずそうにしてたから、私がお茶買ってきてって言ったら、なんか買ってきてくれた」
「え……ゆちゃんそれパシリじゃん」
俺の反応にまたも南つばさは楽しそうにして、
「あはは、普段はそんな事してないって」
「可哀想……蒼井君。ゆちゃんにパシられて……」
いや……普段も結構してくるだろお前。
「でね? お茶買った後、蒼井の奴なんにも聞いてこなくて、辛かったら圭に相談しろってそれだけ」
「あはは、蒼井君らしいね」
「正直、ちょっとくらい話聞いて欲しかったんだけどねー」
「蒼井君、そういうの相談されてもどうすれば良いか分かんないんだよ」
圭として散々お前の愚痴に付き合ってんのに、これ以上聞くわけねぇだろこの俺が……。
「まぁ変に聞いてくるうざい男子よりも100倍マシなんだけどさ、もっと私に興味とかないのこいつ? みたいな」
「蒼井君もゆちゃんに気を遣ってたんだよ多分」
「まぁそれは感じたけど、まだ警戒されてるのかな私」
「うーん……私には蒼井君の方もゆちゃんの事、なんとなく分かってきてるようには見えるけど」
南つばさはやや口を曲げながら、
「ていうかさ、蒼井は圭ちゃんを通して私を知れるのに、私は圭ちゃんを通して蒼井を知れないのってなんか不公平じゃない?」
「え、私のせい……?」
「だって圭ちゃん、私との話を全部蒼井に教えてるじゃん」
「ぜ……全部じゃないよ……」
「そのくせ、蒼井との事は圭ちゃん私に秘密にしてさー」
教えるもなにも……無条件で知ってしまうだけだっての……。俺は不貞腐れる南つばさに、謝るように、
「ごめんね? その……勝手に言ったら……蒼井君怒りそうだし……」
「怒んないでしょあいつ。圭ちゃんには」
「そうだけど……」
「まぁあいつ口硬いし、私のプライベートが知られても良いんだけどさ」
「今後はゆちゃんの話……なるべくしないようにするから……」
「えーそれはそれでやだ。蒼井に対する牽制がなくなっちゃうじゃん」
いや何言ってんだこいつ……。俺は苦笑いを浮かべつつ、
「け……牽制?」
「ほら圭ちゃんから蒼井に、私の話をして貰わないと抑止力にならないじゃん。蒼井に圭ちゃん好き放題されちゃう」
「す……好き放題?」
「蒼井に圭ちゃんを独り占めしてるって思わせたくないし」
「じゃあ今まで通りゆちゃんの話はーー」
「待って」
南つばさの冷静な声が響いた。耳を澄ますと廊下から足音が聞こえる。
「やば……部屋の子たち帰ってきたかも……」
「まじ……?」
「時間ない。えと、私が引きつけるから、圭ちゃんなんとか抜け出して」
「うん……」
「ごめんね。こんな感じになって」
そう言うと、南つばさは立ち上がりそっと入り口の方へと向かう。そして俺も立ち上がり、部屋の隅に体を隠す。なんか……昨日から隠れてばっかりだな俺……。そしてすぐさま、引き戸が開く音が聞えた。
「待ってたよ! 二人とも!」
部屋の隅に身を寄せてる中、南つばさの声が聞こえる。部屋の奴らに話しかけてるのだろう。
「ねぇまだ時間あるし、玉井ちゃんの部屋行かない? 文化祭の時の写真見せてくれるんだって!」
「え! まじ?」
さすがは南つばさ。ルームメイトの女子が声だけではあるが、上手く食いついている様子だ。
「そうそう! ほら荷物は入り口に置いてさ、早く3人で行こ?」
「うん!」
引き戸の閉まる音が聞こえる。俺は少し間を空けた後、柱から顔を覗かす。すると引き戸の前には誰もいなかった。南つばさのルームメイトの物と思われる手提げ袋が2つあるだけだ。
「……」
俺は足音を殺して入り口の方まで進み、音を立てないように、そっと引き戸を開ける。
「いない……か」
少しだけ廊下に顔を出して確認すると、近くには誰もいなかった。廊下の奥にいる監視の先生も丁度タイミングよく、女子生徒と談笑しているようで、こちらを見てはいなかった。これはチャンスか、おそらく今しかないだろう。俺はそっと体を乗り出して、廊下へと出る。
「…………」
廊下の奥から女子生徒の笑い声が聞こえる中、俺は浴衣の袖で顔を隠しつつ、階段室の扉まで早足で歩いていく。そんな大した距離ではないはずなのに、廊下を進む一歩一歩が果てしなく遠く感じる。頼む……誰も俺を見ないでくれ……。
「……」
袖口から、少しだけ顔を覗かせると監視の先生はまだ女子生徒と談笑している。ツイてる。後はもう、扉に駆け込むだけだ。俺は最後、残り数メートルを駆け足で抜け、階段室へと繋がる扉に手を掛けた。
「ふぅ……」
扉の閉まる音が階段室中に反響し、少し肌寒い空気が辺りに降りている。良かった……なんとか助かったようだ。くすんだ蛍光灯の光の下、俺はため息と共に脱力し、階段を下っていく。あとはもう慎重に一階まで降りていくだけーー
「京都タワーっすか! 良いっすねハルさん!」
…………。
耳馴染みのある声色。俺は嫌な予感を抱きつつ、そっと手すりから階下へと顔を覗かせる。
「部屋戻ったら早速、恭二に聞いてみるっす!」
その予感が的中する。視線の先には階段の踊り場で一人、電話をしている信道がいた。




