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修学旅行!⑦

浴衣に羽織りを着た真夏が俺の方へと近づいてきて、



「どうしたの恭二、一人で」



女の中では少し低い落ち着いた声色が辺りに響く。俺は適当に、




「信道の奴が部屋のトイレずっと使ってんだよ」



との俺の言葉に、真夏はその凜とした瞳を潤ませつつクスッと笑った。




「それで下まで降りてきたんだ。ふふ」

「真夏こそ、どうしたんだよ」

「お風呂の時、脱衣所にシュシュ忘れちゃって、フロントで預かってくれてるかなって」

「あぁ、そういう事か」




真夏は寝る前ともあり、普段のポニーテールではなく、真っ直ぐと髪を下ろしている。それに南つばさと同じくすっぴんであった。




「てか見て恭二。ほら浴衣に羽織り、どう?」

「あぁ、良いんじゃねぇの」




真夏が腕を広げて、自分の浴衣姿を見せつけてくる。周りに俺以外誰もいないと思ってるからか、少し茶化しモードになっているようだ。



「予想通りの反応」

「言ってろ」

「あれ、ねぇそのお茶恭二の?」

「ん?」




真夏はソファの方を指し示す。すると、南つばさが慌てて持っていくのを忘れたであろう、お茶がソファに転がっていた。ちゃんと持っていけよなあいつ……。




「いや、違う」

「ふーん」




真夏は横目で俺の顔を見てくる。




「誰かと話でもしてたの恭二」

「いや、別に」

「そっか」




なにも表情を変えず、真夏はそう返事をした。まぁ、南つばさがああ言ってたし相手は真夏だけど、ここは一応はぐらかしておくか……。




「ほら、フロントに聞かなくて良いのか」

「うん。聞いてこよ」



真夏は受付の方へと向かい、女将さんと話をしている。するとやはり、シュシュは回収されていたようで、ものの数秒で目的の物を貰う事が出来たようだ。そして真夏は俺の方へと再度戻ってきた。




「良かったな、回収してくれてて」

「うん」




と、そう頷き、真夏は受け取ったシュシュを懐に入れて周りを見渡す。そして自分の髪の毛を手櫛でとかしながら、




「なんか、誰もいないね」

「そりゃもうすぐ消灯だし」

「そういえばお姉ちゃん、ベロベロだったよ今日」

「だろうな……。すげぇ飲んでたし」

「嬉しかったんでしょ。恭二が京都に来てくれてさ」

「ただ、はしゃいでるようにしか見えなかったけどな」

「ふふ……」




真夏は笑いながら俺の方へと近づいてきて、




「喉乾いちゃった、ちょっと飲ませて」

「ああ」



持っていたペットボトルを渡すと、真夏はそのお茶を一口飲んだ。真夏も南つばさほどではないが、浴衣でもその胸元は十分に目立っている。




「結構、冷えてるね」




そう言って真夏は、壁に飾られた屏風の絵を見ている。俺は何となくその姿を目で追っていた。すると真夏から、ほのかに優しい石鹸の匂いがした。




「ねぇ恭二」

「ん」




静寂な空気がフロントを包む中、真夏は俺と目を合わせないまま、




「私とさ、付き合わない?」

「は」



…………。

予想もしなかったその言葉に、俺は率直に驚いてしまった。急になんだ……。真夏は落ち着いた表情のまま、その凜とした瞳で俺を見据えて、




「だからさ、私と付き合ってよ恭二」

「……」




今度ははっきりと、真夏が俺を見つめながら、そう言った。あまりに突然な流れで、いまいち頭が働かない。しかし、真夏は止まらずに、




「私、恭二の事好きなんだ。多分もう……ずっと昔から」

「……」




いや待ってくれ。真夏の中では俺と圭が付き合ってる事になっているはずなのに。なのに真夏は今、こうして俺に告白している。




「それに恭二もね、私の事が好きなんだよ。自分の気持ちに気付いてないだけでさ」

「真夏……」



真夏が俺を想ってくれている事は、あの夜の件から知ってはいた。ただ正直、今この場でそういう事を告げられるとは考えてもいなかった。すると真夏は、俺の考えを見透かしたようにクスッと笑い、





「困ってるね。恭二」

「いや……」




真夏は、俺と圭が付き合ってると思っているはずなのに、何故かその事には触れてこない。俺が切り出すのを待っているのか? いや、そうだとしても、裏に南つばさがいる手前、今はそんな事言えない。真夏は優しく微笑みながら、




「そりゃ困るか、いきなりだし」

「いや……えっと……」

「別に、返事は今すぐってわけじゃないから。どっちかっていうと恭二に、ちゃんと好きって伝えたかっただけだし」

「そうか……」

「修学旅行中じゃだめだった?」

「いや……」

「なんかさ、今かなって思っちゃったんだよね」

「……」



違う……。幼馴染だからか、何となく分かる。これはおそらく真夏の覚悟なのだろう。俺と圭が付き合っていると知った上であえて正面から俺に告白してきたのだ。あの夜、圭の姿の時に真夏と交わした、どっちが勝っても恨みっこなしとの誓いを、そのままに。




「本気……なんだよな……」



俺はまだ状況がちゃんと飲み込めず、こんな言葉が無意識に口から出てしまった。真夏は腕を後ろで組みながら俺を覗き込むようにして、




「うん本気。大好き、恭二の事」

「いや、俺も真夏の事は普通に好きだけど……」

「分かるよ、恭二の気持ち」

「……」

「幼馴染だしね、うちら」

「……」

「でもさ、恭二だってきっと……私のこの気持ち分かってくれるよね……」





そう言って、真夏は少しだけ視線を逸らした。あぁそうか……。おそらく真夏にとっては、俺が誰かと付き合ってるなんて事よりも、俺の気持ちがどうなのかが大事なのだ。俺のこの気持ちがただの幼馴染としてなのか、異性としてなのか、そこを見極めたいのだろう。




「私さ、恭二の事を困らせたいのかな。こんな急な事して」

「……」

「なんか自分でも今、よく分かんないかも」




真夏は視線を外しつつ、そう言った。真夏が恥ずかしそうにすると、尚更俺も恥ずかしくなってしまう。




「えっとさ真夏、その……嬉しい事は事実だから……」




俺のフォローに真夏は再度こちらを見て、



「ふふ……」

「なんだよ……」

「恭二も大人になったなって」

「なんだそれ……」

「フォローしてくれようとしたんでしょ?」

「うるせ……」




真夏は笑いながら、そっと俺にペットボトルを返しつつ、




「返事、待ってるね」

「あぁ……」

「じゃあ、戻ろうかな私」

「……」




そう言って真夏は、エレベーターの方へと向かい、そっと中に乗り込んだ。その背中を見送っていると、




「あ、そうだ恭二」



真夏はエレベーターの扉が閉まる前に振り返り、




「圭ちゃんによろしくね。おやすみ」




と、そう言い残しエレベーターの扉を閉めた。俺はその閉じた扉をずっと見つめながら、その言葉の意味を考えてみたが、もう頭があまり働かなかった。時計を見るともう消灯の時間にほど近い。俺は柱の方へと聞こえるように、




「良いぞもう」

「ええ」




南つばさがそっと柱の影から姿を現す。すると南つばさはやや気まずそうに、




「なんかその……悪かったわね」

「おあいこだろ……別に」

「片瀬さん、やっぱり……」




南つばさは、ソファに置き忘れたお茶を拾い、俺の方へと近づいてくる。なんだろう、こいつには、真夏の気持ちが分かっていたのだろうか。俺は頭を掻きつつ聞いてみた。




「知ってたのかよ」

「ううん、なんとなく。女の勘よ」

「へぇ」

「あんたと3人でいた時、なんか違和感あったし」

「誰にも言うなよ」

「当たり前じゃない」




南つばさはバツの悪そうな顔をして視線を逸らし、ペットボトルに口を付ける。そして、少し間が空いた後、




「あんた、付き合うの?」

「……気になるか?」

「少しね」




てっきり、別にとか言ってくるかと思ったら予想が外れた。すると南つばさは更に続けて、




「ほら圭ちゃんの事もあるし……」

「なんでそこで圭が出てくんだよ」

「あんたと圭ちゃん、よく二人きりで遊んでるんでしょ」

「……」

「圭ちゃんそういう話たまにするし……」

「……」

「どう思うのかなって……」




南つばさは横目で俺の表情を伺っている。おそらくこいつなりに俺の心境を察して、気を遣っているのだろう。俺は正直に言った。




「分かんねぇよ、今はまだ」

「……」

「あいつとは幼馴染だし……」

「そう……」

「ある意味……家族みたいな気持ちも強えし」

「なるほどね」

「そんなすぐには決められねぇよ……」




南つばさはそんな俺を横目で見つつ、




「誠実ね、相変わらず」

「別に……」



そして南つばさは俺から視線を外し、誰もいないフロントをゆっくりと見渡して、




「分からない……か。私もいつか、そんな風に思えるのかしら……」




儚げな声がフロントに響く。こいつの中で俺の言葉が引っかかってしまったのだろうか。




「おいーー」

「なーんて。ほらもう消灯だし、早く部屋に戻るわよ」





南つばさはいつもの様子で振り返り、そう言った。俺は反射的に、




「お……おう」




そして誰もいないフロントの中、俺たちはエレベーターへと向かって行った。

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