修学旅行!⑤
風呂上がり。俺は用意されていた浴衣と羽織りを着て、旅館のフロントにある売店で適当にお土産を見ていた。周りの生徒も全員、浴衣姿であり、女子達は楽しそうに写真を取り合っている。
「あ、蒼井君」
声の方を見ると、玉井が居た。例に漏れず、俺と同じ浴衣に羽織り姿だ。普段の学校の時とは異なり、髪が太く結った三つ編みではなく、ストレートに下ろしていた。まぁもう風呂にも入ったし当然か。
「お土産?」
「まぁ、何となく」
風呂上がりの玉井からは、甘いシャンプーの匂いがした。
「そうなんだ。私もお姉ちゃんからお土産頼まれてて、見にきたの」
「へぇ仲良いな」
「蒼井君も兄妹仲良いじゃん」
色々とあったが良い意味で、すっかりと玉井とは以前のような関係を取り戻していた。こうして、二人きりで話していても気まずさなんて何もない。まぁそこまで含めて玉井が気を使ってる可能性もあるが、こうして何気ない会話を楽しめるのは素直に嬉しく思う。つか、こうして見ると玉井も案外、髪長いんだな……。俺は真っ直ぐと下ろしている玉井の髪の毛を何となく見てしまう。すると、玉井も俺の視線に気付いたのか、
「ねぇ待って、あんまり見ないで。私、お風呂上がりはヘアアイロン掛けないと天パっぽくなっちゃうから」
「そうか? 別に普通だろ」
「普通じゃないのもう」
玉井はその大きな瞳を少し細め、不満そうだった。俺から見れば痛みのない綺麗な髪に見えるが、きっと玉井なりの何かがあるのだろう。俺は話題を切り替える為に、目の前のお土産を指し示して、
「無難に八ツ橋とかで良いんじゃないか?」
「うちの家族、みんな八ツ橋好きじゃないんだよー」
「そうか、美味いけどな八ツ橋」
「蒼井君は?」
「個人的には、七味唐辛子」
「え、七味?」
俺のチョイスに玉井は楽しそうに笑った。その正義感に満ち溢れた瞳が優しさに染まる。そんなに変だろうか。
「いや、うどんとかで味の違いが出るか気になるし」
「あーでも確かにそうかも。七味って基本、あの赤い瓶のやつだもんね」
「あぁ」
「うちのママもそういうの好きだし私も七味にしようかなぁ」
「良いんじゃないか」
玉井は並べられた小さい缶に入った七味を手に取る。
「蒼井君は今日何を見てきたの?」
「信道と一緒に清水寺とか」
「あ、初日でもう清水寺行ったんだ! どう? やっぱり混んでた?」
「尋常じゃない人だった」
俺の言葉に玉井はクスクスと笑って、その真っ直ぐと下ろした髪を手櫛で整えている。
「やっぱそうだよねー。私達も明日、清水寺に行くんだ」
「出来るなら最初に行った方が良い。人混みで疲れるから」
「もー何そのアドバイス。枯れてるなぁ全く」
玉井は笑いつつも俺を軽く睨んだ。
「清水寺だけ?」
「あとは、姉貴と会ってた」
「え、京都にいるの?」
「あぁ」
「へぇ、見たかったなー蒼井君のお姉ちゃん」
「別に会ってもがっかりするだけだぞ」
「えー余計に気になる、ふふ」
玉井はお土産を見つつ、そんな事を言った。変な期待をされても嫌だったため俺は、
「弟の修学旅行なのに、ベロベロに酔っ払うような女だ」
すると、玉井は不意にまた俺の方を見てきて、
「あー、うちのお姉ちゃんと一緒のタイプかもそれ」
「は、玉井の姉ってそんな感じなのかよ」
「うん。お酒好きで酔うと毎回抱き付かれたり、ほっぺたにチューしようとしてくるの」
「……」
おいマジかよ……菜月2号がここにいた。俺は呆れつつ、
「多分同じタイプだなそれは……」
「5歳も離れてるからか私の事が大好きみたいで、毎回大変なんだから。ふふ」
「うちの妹と絶対仲良くできるな玉井は」
「え、妹さん?」
「あぁ」
「なんかよく分かんないけど、一応喜んでおくね」
玉井は苦笑いを浮かべつつ、そう言った。しかし菜月に何を買っていけば良いのだろうか。好みに合わないと文句言ってくるからなあいつ……。やっぱ無難に食い物か? あいつ食い意地すげぇし。
「おっ、ここにいたのかよ恭二!」
声で分かった信道だ。俺は顔を上げて、
「おう、お土産見てーー」
「あ! ちょっと川島っ!」
俺の言葉をかき消して隣にいた玉井が突然、やってきた浴衣姿の信道へと近付く。
「うっ……玉井ちゃんも一緒かい……」
「ねぇ! さっきお風呂でなんか企んでたでしょ!」
玉井は拳を握り締め、苛立ちを隠せずその場で地団駄をする。履いてる下駄がカツカツと音を立てて少し滑稽だった。信道はやや顔をひきつらせながら、
「い……いや別に何にもしてねぇよ」
「絶対企んでた! しかもちょっと変な事っ!」
「何もしてねぇって……なぁ恭二?」
信道が苦し紛れに俺に助けを求めてくるが、俺はもちろん視線を逸らした。関わって良い事なんてあるわけが無い。玉井は更に、
「女湯ですっごい恥ずかしかったんだから私っ! つばさちゃんにも3組は相変わらず賑やかだねとか言われるし!」
「いや……その……」
「少しは学級委員の気持ちも考えてよね全く!」
「……ごめん」
あれ? なんか素直に謝ったな信道の奴。いつもの言い訳嘘八百はどうした。俺の気持ちと同様、玉井もこの素直な信道に少し面を食らってる様子だ。
「え、えっと……じゃあ何を企んでたか正直に言って」
「女湯を覗こうとした……。覗けなかったけど」
なんか潔いな……。人生で絶対言いたくない台詞をこんなにもさらっと……。こいつなりに考えた新手の玉井対策かこれ? こんな反省した態度の信道に玉井もどうして良いのか分からず、
「そんなのが楽しいの? 男の子って」
「修学旅行ってので浮ついちゃってた。良くねぇよな……俺、彼女いんのに……」
「え、えと……うん。彼女さんも悲しむよ」
「なんか冷静に考えたら俺、ハルさんの事を裏切ってるわ……」
「……」
玉井の奴、黙っちゃったよおい。なんかむしろ心配してそうだし。信道は少し俯いて、
「いやなんか……玉井ちゃんに言われてんのが、いつもハルさんに怒られてるのと急に重なっちゃってさ……」
いや待て……。なんつーか、これ多分マジだな……。なんかガチでヘコんでるんだが……。どうしたいきなり……。でもまぁ確かに、変にこいつ真面目で繊細な所あるし有り得なくはないか……。玉井は少し焦りながら、俺の方を見て、
「もう蒼井君も一緒にいたんなら、ちゃんと止めてよね」
「いや、止めたっつの」
「なんだよ俺、全然ハルさんの事大切に出来てねぇじゃんか……約束したのによ……」
信道は立ち尽くしている。なんかこいつ、すげぇ青春してんな……。玉井も信道の台詞を聞いて、ちょっと赤くなってるし。つか、なんか落ち込んでるようだから一応励ましとくか。
「まぁなんだ信道。今日の過ちの分、彼女さんの事をもっと大切にしてやれば良いだろ。完璧な人間なんて、いねぇんだし」
「……」
「誰だって過ちはあるだろ人間なんだから」
「恭二……」
信道はそっと顔を上げて、俺の方を見る。
「やっぱり親友だな、俺たち」
「……」
なんだこれ……。
★☆★☆★☆★☆
「ったく信道の野郎……」
消灯時間も近くなったフロントにはもう生徒の姿はなかった。もうみんな部屋に戻ったのだろう。先程まで開いていたお土産屋も、今はシャッターを下ろしている。
「絶対食い過ぎだろあいつ……」
俺はと言えば、信道が腹痛ぇと部屋のトイレをずっと占有していた為、仕方なくフロントまで降りてきて、隅にあるトイレで用を足してきた所だった。しかし、浴衣ってのはやりづらいな……。まぁ俺が慣れてないってのもあるが……。
「うん……。前から何となくは……」
ふと、誰もいないと思っていたフロントから女の声が聞こえた。これは南つばさか? いつもと違うその声色に俺は念の為、足を止めて、柱の影からフロントホールの方を確認する。
「でも、ちょっとびっくりしてる……あはは……」
すると受付脇の小さなソファに、浴衣を着た男女が並んで座っていた。こちらからは二人の背中しか見えない為、男の方は分からない。しかし女の方は、あの見慣れた艶のあるボブカット。やはり南つばさだった。




