息抜き!②
「え良いの圭ちゃん!?」
「う……うん、全然。そろそろ食べようとか思ってたし。でも私の料理……がさつだよ?」
俺がそう言うと南つばさはクスッと笑って、
「全然気にしない! てか私も手伝うし」
「じゃあ、ちょっとだけ待ってて」
そう言って俺はリビングを出て、自室へと入る。そして、クローゼットからエプロンを二つ取り出す。一つは姉貴のお下がりであるクマの刺繍がされたエプロン。もう一つは以前、学校での調理実習用に買ったグレーのシンプルなエプロンだ。正直な所、普段エプロンなど使わないが服を汚したくない為、特別に使う事にしよう。そして俺はリビングへと戻り、
「はい、ゆちゃんこれ」
「わーい。ありがと」
「ちょっと、汚いけど」
「ふふ、クマ可愛い」
渡した姉貴のお下がりエプロンを見て、南つばさは喜んでいる。そして、俺たちは互いにエプロンを着て、キッチンへ移動する。
「何作るの圭ちゃん?」
「んーゆちゃんも居るしどうしようかな……」
「圭ちゃんが元々作ろうとしてたので良いじゃん」
「なら……すた丼……」
「すた丼!?」
南つばさがその綺麗なボブカットを振るわせつつ、嬉しそうな様子でこちらを向いた。そのリアクションに俺はなんだか小っ恥ずかしくなる。
「あの、ライブ配信の時に言ってた奴だよね?」
「う……うん。簡単に作れるから……」
「良いじゃん! すた丼にしよ!」
「ガッツリ系だけど良いの?」
「私めっちゃお腹減ってるし大丈夫」
「ニンニクも使うけど……」
「ニンニク大好き!」
南つばさは何故か楽しそうにしている。まぁ……こいつからしたらある意味、新鮮な事は確かだろう。菜月相手なら躊躇なくすた丼を食わすんだが、こいつ相手だとさすがに少し気を遣ってしまう。いやでもまぁ……良いのか。思い返せばこいつとは一緒に二郎も食いに行った仲だしな……。むしろこういうのが好きなタイプなのかもしれん。
「なら……すた丼にしよっか」
「やった!」
南つばさは子どものように、はしゃいで喜んでいる。そんな姿を横目に俺は、まな板を準備して、戸棚から包丁を取り出した。
「お、早速なんか切るの?」
「うん。ネギ切らないと」
「切るくらいなら私やるよ」
「あ、ほんと? じゃあゆちゃんにお願いしようかな」
俺は冷蔵庫からラップのされた使いかけのネギを取り出して、南つばさに渡す。しかしなんかリアルだな……。普通にこいつと自分の家で料理してるよ……。
「どうやって切る?」
「えと……斜めに……」
「これくらい?」
「あ……うん。ゆちゃん上手」
「えへへ」
南つばさは案外手際よく、ネギを切っていく。俺の方はフライパンに火をかけ、冷蔵庫からパックになった豚のこま切れ肉を取り出す。
「へぇ、豚肉なんだ」
「うん。豚肉美味しいよね」
「私も牛よりは豚派かなぁ」
そして、フライパンが熱されたのを確認した後油をひき、俺は豚肉を強火で炒めていく。
「わー圭ちゃんなんかかっこいい」
「そうかな……。普通だと思うけど……」
南つばさが俺の事を楽しそうに見ている。手元を見るとネギも切れたようだったので俺は、
「じゃあ、ゆちゃん炒める係良い?」
「良いよー」
俺は南つばさに菜箸を渡し、冷蔵庫と戸棚から一通りの調味料を取り出した。そして南つばさが炒める横から調味料を入れていく。
「ニンニクはチューブなんだ」
「うん……。なんかチューブの方が香りが立つ気がして……」
「へぇ、なんか慣れてる」
「ゆちゃんも切るの上手じゃん」
「ママの手伝いするくらいだから私は」
なんて話をしつつ俺は酒、みりん、醤油を目分量で加えていく。すると加えたニンニクと醤油の良い匂いがキッチンに広がっていく。そして俺は、一番大事な調味料であるあれも、スプーンでひとさじすくって、フライパンの中にへと入れた。
「何これ圭ちゃん」
「これは味覇王……」
「味覇王?」
「うん……。入れとけば……とりあえず美味しくなるから……」
「へぇ初めて見た」
味覇王知らねえのかこいつ……。中華万能調味料たる、あの味覇王を。まだまだ修行が足りないな。
「ネギはどうするの?」
「食感を残したいから最後、少しだけ火を通す感じで……」
「おぉ、圭ちゃんのこだわり」
「こだわりって程でもないよ……」
なんか薄っすらいじられてんな、さっきから……。俺はこいつが切ったネギをフライパンへと加え、どんぶりを二つ用意する。
「ゆちゃん、生卵は平気?」
「うん」
俺はどんぶりにご飯をよそった後、冷蔵庫から生卵を二つ取り出す。そして炒めた肉の状態を確認し、火を止めた。
「あ、もう出来た?」
「うん。ありがとゆちゃん」
「うわぁ、美味しそう」
「どんぶりは用意してあるから、後はお肉と生卵を乗せたら完成だよ」
「早く食べよう圭ちゃん!」
南つばさはやや慌てた様子で、手際良く二つのどんぶりに炒めた肉と生卵を乗せて、写真を撮った。
「圭ちゃんと作ったすた丼……ふふ……」
俺は箸を準備してリビングのテーブルへと案内する。南つばさは出来上がった丼を二つ持ってテーブルへと移動し、それを置いた。そしてお互い席に着き、エプロンをしたまま向かい合って、
「いただきます!」
南つばさは腹が減っていたのだろう、その一口目は思っていたよりも大きかった。俺が恐る恐る感想を待っていると、
「美味しい……」
と、感慨深い様子でそう呟いた。俺もなんだか嬉しくなって、
「でしょ? なんか定期的に食べたくなるんだ」
「うん。ガッツリ系だけど私もこれ好きかも」
「お店のやつも美味しいよ」
「へぇ、今度行ってみようかな。渋谷にあるし」
南つばさのその言葉に俺は少し苦笑しながら、
「さすがにJKひとりだと入りづらいかも」
「でも、圭ちゃんはひとりで入るんでしょ?」
「まぁ……たまに……」
俺はまぁ男だしな……。
「蒼井とも?」
「蒼井君とは行った事ないかな……」
「えー本当かなぁ」
「本当だよ……」
南つばさはどんぶりを勢いよく食べ進める。二郎の時も思ってたけど、案外良い食べっぷりだよなこいつ。軽井沢のバーベキューの時も結構食ってたし。
「そのさ……前から思ってたんだけど……圭ちゃんってその……蒼井と一緒にいて辛くなったりしないの?」
「え、なんで?」
急な話に俺はやや面食らった。南つばさは俺の顔をうっすら伺いながら、
「ほら……好きになるって苦しい事だって言うじゃん」
「うーん……」
「私はまだ、誰かを好きになった事ないけどさ」
なんか……いきなり難しいこと聞いてくるな……。俺はとりあえず優しく微笑みながら、
「前から言ってる通り……蒼井君はお友達だから」
「蒼井ともっと深い関係になりたいなーとかは?」
「うーん……」
「私に告白してくる男子は、なんかみんな辛そうだからさ。圭ちゃんはどうなんだろって」
なかなかに答えにくい事聞いてくるなこいつ……。俺は無難に圭として答えそうな事を考えて、
「よく分かんないけど私は……想いを伝えて失うよりかは、今の楽しい関係の方が良いかな……」
「でもそれだと蒼井への気持ちをずっと我慢するって事?」
「蒼井君はお友達なだけだよ……。ゆちゃんと同じ大切なお友達」
「圭ちゃんは大人だねー」
南つばさはどこか感慨深そうな様子で、引き続きどんぶりに手を付ける。俺は少し謙遜して、
「ゆちゃんの方が大人だよ……。私は男の子に告白された事もないし……」
「何も変わらないよ。勝手に好きになられて、辛そうにされて、何なのって感じ。疲れるし」
「あはは……」
南つばさは不意に、動かしていた箸を止めて、
「でもさ……圭ちゃんのその気持ちみたいなのが、本当の意味で愛って言うのかな」
「蒼井君はお友達だよ……ゆちゃん」
「そっか……。そう思うと、圭ちゃんは私なんかより全然大人だ」
「ゆちゃん……?」
「なんか蒼井が本当に羨ましいなぁ」
「うぅ……。ゆちゃん……全然話聞いてくれない……」
ガツガツとすた丼を食べながら、南つばさはひとり、うなずいている。俺の方も急に思索モードに入ったこいつを眺めながら、飯を食べ進めていく。うん、良かった。今日の味付けは我ながら、かなり上手く出来た方だな。




