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「くたばれ、零士」  作者: 祐希ケイト
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第二章 進藤一

「おはようございます!」

 週が明けた月曜日の八時四十分。XX市にある広告代理店会社のオフィスに大きく明瞭な声が響き渡る。疎らではあるがほとんどの社員が出社し、大きな声の持ち主のチーム五名も仕事の準備に取りかかろうとしていた。

「進藤係長、おはようございます」

「おはよう、今日のアポの準備はできてるかな」

「はい、先日進藤係長にロープレしていただいたおかげでプレゼン資料は準備万端です。ありがとうございます」

「そんな大層なことはしてないよ。頑張ってね」

「いつも本当に助けられてばかりです。ありがとうございます、頑張ります」

 進藤係長と呼ばれた男は個人の営業成績は部内でも通年を通して上位に君臨し、その面倒みの良さから部下で退職者を一人も出したことがない、社内でも一目を置かれた存在であることは周知の事実だった。

 進藤は自席に座るとパソコンを立ち上げ、今日のアポイントの予定を確認する。提案資料は事前に部下と実践を模したロールプレイングで確認して説明に穴がないか確認している。その上で、アポイント当日は部下と最終確認の意味で話をするのだが、進藤は今日、経験したことのない違和感に襲われていた。カレンダーに書いてある部下の名前を見ても顔が浮かばなかったのだ。そればかりか、彼と話した記憶すら思い出せなかった。


「おはよう進藤くん」

「あ、守谷課長おはようございます」

 進藤が頭を悩ませていると、始業時刻と同時に課長の守谷哲二が神妙な面持ちで出社した。その様子に異変を感じて進藤が守谷の顔を窺っていると、守谷は席に鞄を置くやいなや、進藤ちょっと来い、とフロア奥の応接間に進藤を呼んだ。


「改まってどうしたんですか守谷課長。顔色悪いですよ」

「進藤。お前の部下で白柳ってやつがいるだろ」

 白柳、という名前を聞くと進藤は動揺を隠せなかった。まさに今日、アポイントを予定していたのに名前を見ても顔を思い出せなかったのが白柳という人物なのだ。

「えぇ、まあそうですね」

「……その反応だと、薄々感じてるんだな」

「はい、白柳という名前は存じておりますが、顔が全く浮かびません」

「それなら話は早い。白柳はお前の部下だったが、昨日亡くなった。衝突事故のニュースの通りだ」

 よもや、と脳裏をよぎっていた一つの可能性が確固たるものになる。白柳という部下は死んだ。白柳が死んだとされる事故が起きたのは一昨日で、白柳は治療の甲斐なく昨日亡くなったことを進藤は知っていた。しかし、テレビ画面に映し出された運転免許証の写真を見ても進藤は一切関心をもたなかった。それも当然である。人は死ぬと記憶から無くなるこの世界において、白柳が亡くなったその瞬間、進藤の頭から白柳零士という男の記憶はすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。それが部下であろうとも関係ない。


「進藤、白柳のことは残念だが感傷にも浸れないだろう。俺も母親を亡くしたときはそんな感じだ。とりあえず、白柳が担当していた案件は一旦すべて引き取ってくれ。その後、どうチームに割り振るかはお前に任せる」

「承知いたしました」

 進藤が席に戻ると、白柳が居たとされる席は部下たちが片付けてくれていた。机の上には資料が山のように積み上がり、案件ごとに振り分けていく作業が始まる。引継ぎ作業をするにも前任者はもうこの世にいない。進藤は一抹の寂しさを覚えながら、部下たちと共に資料の片付けを始めた。

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