第一章 白柳零士
「くたばれ、零士」
死ぬのは怖いことだろうか。ここでいう「死ぬこと」は若者と老人で少なからず相違がある。
「ニュースの途中ですが、ここで速報です。XX県XX市の住宅街でニ台の乗用車が正面衝突しました。乗用車の運転手のうち一名は一命を取り留めましたが、もう一命は意識不明の重体とのことです──」
例えば、生涯のパートナーを見つけ、子どもをもうけ、成し遂げたい夢を叶えたとする。その志半ばで亡くなったならば、きっと深い後悔に見舞われることだろう。しかし、老人の感覚はそれとは異なる。すべてをやり終え、未練はあっても、すべてを受け入れた境地にある。
「警察の検証によりますと、亡くなった方の車からはアルコールが発見され、飲酒運転による過失との見方が有力視されています。この件について、コメンテーターの川田さんはどう思いますか」
「あのねぇ、こんなこと言っちゃ被害者家族に悪いけど、こんな狭い路地を飲酒運転で、しかも時速八十キロで走行してたんでしょ。自業自得としか言いようがないですよ」
「川田さんの言う通りです。事故にあったお相手の方がね、一命を取り留めて何よりですよ」
「酒は飲んでも呑まれるな、なんて今に始まった話じゃないんですけどね」
人は死ぬことが怖いのではない。「何も残せず」死ぬことが怖いのだ。
「……えー、ここでただいまテロップに表示されましたが、この事故で意識不明の重体となった方が搬送先の病院で死亡したことが発表されました──」
この世界では『残したもの』は永遠に刻まれる。
「亡くなった方のお名前は自動車の免許証から『白柳零士』さん、職業不詳であることも併せて公開されました。もしこの方について心当たりがある方は、当番組のホームページまでご連絡ください」
彼のことを覚えている者はいない。死ぬと誰の『記憶』からも消えてしまうのが、この世界では当たり前のことなのだ。




