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月夜に舞う後宮の第四妃  作者: 栗鼠咲
34/38

視察

些細なことでもアドバイスをいただけると嬉しいです。

「此処が、拠点なのね」


淋珂が臥兎組に連れられてたどり着いたのは、天輪を囲う外壁からそう遠くない唯の民家だった。あと少しで貧民層が屯している外縁地域という事で、天輪中心部とはまた違ったどんよりとした空気が漂っている。

淋珂はあまり仕事で外縁地域を訪れたことが無い。

淋珂が依頼を受けるのは貴族か商人の暗殺くらいだったからである。

そのため今まで一切眼中になかった地域で、それでも何故か嫌悪感のようなものを感じた。


「守妃様、こちらが黒翼第弐分隊の拠点です。常は一般に溶け込み市井(しせい)の監視を、命の下った時に行動をします」

「全く違和感がないわね、溶け込み過ぎているというか」


淋珂は、臥兎組に続き拠点に足を踏み入れた。


「おお、帰ってきてたのか」


頭に鉢巻を巻いて麻布を首に掛けた屈強な男が鋤を担いで近くに寄ってきた。

いかにもただの農作業をやっていた男に見える彼も、おそらく同業者なのだろう。


「こちらが、守妃様です。ほかの皆も呼んでください」

「おっ、よろしくお願いします。俺は戊臥(ぼうが)、基本的にこの拠点の統率をしてます」

「えぇ、よろしく・・・」


思った以上の気迫に圧倒されつつも、苦笑いをしながらそれに答える。

本当に諜報や暗殺を仕事としているのか、淋珂は疑問に思った。


「ちょっと待っててください!」


大男が民家に駆けこんでいく様子は、さながら妻の尻に敷かれる夫のようだ。

全く見たことも無いような光景が、淋珂には自然と目に見えたのだった。


「紹介します。この5人が俺の他にこの拠点に駐在する隊員です」

己兎(こと)です」

庚臥(こうが)

辛兎(しと)でございます」

壬臥(じんが)です」

癸兎(きと)だ」


拠点内にいた第弐部隊が全員そろって淋珂の前に並んだ。

そこにいるのは、年齢も、性別も、体格も全く異なる者たちだ。

暗殺者というのにここまで種類がそろっているのか、と一瞬感心はしたものの、場合によって細かく使い分ける必要はあるのだろうなぁ、と思案する事柄が増えた気がした。


「守妃様、いかがでしたか?」


一旦の顔見せが終わり、臥兎組の4人以外は拠点に戻ってもらい淋珂達は梅花宮へと戻ってきた。

第弐部隊の個性的な隊員たちの顔ぶれを見て、もしかして厄介な隊員を押し付けられたのでは、という考えが一瞬よぎった淋珂だが、それ以上考えるのは得策ではないと思い踏みとどまる。

ただ、劉に対しての怒りは着実に溜まっていくのだった。


その日の午後、早速甲臥が早速梅花宮へ数本もの板を持ってきた。

矢筒の様な容器に入っており、細かく文字が刻まれている。


「泉喬、読んでもらっていい?」

「はい、(昨日、天輪外壁付近に謎の集団を発見。円形に名を連ねた書を持っており、謀反の可能性あり)」

「ほかの物は?」

「天輪の外で米の値段が上がってきている、食料不足が目立つ村が以前よりも増加したという内容ですね」

「一番最初の報告が、最重要案件か」

「普通に考えれば、そうですね」


今、(陰)は転婁の教育の真っただ中のため、この後にどう動こうか考えられるのは自分だけだ。

泉喬は読み終わった板を資料棚に丁寧にしまうと、淋珂の隣に立ってこっそりと言った。


「淋珂様は守妃ですから、王様から与えられた4人をきちんと利用してください。自分から危険に身を突っ込もうとしないでくださいね?」

「いつの事?」

「婚礼の儀の時のようにいつも無傷でいられる訳もありませんし、岩景の時みたいに毒が食事に混ざっていることだってあるのです。治安を守るための守妃、というのは貴女が最も輝ける分野である反面、敵を増やしやすいものですし」

「そうね」

「目の前でだれかが狙われている、そう思ったらご自分が動くのではなく、下の者に命じてください」


泉喬の指摘は尤もだ。

しかし、おそらくそれは出来ないだろうと思う。

自分自身、誰かに命令を下すという事に慣れてはいない。

第一、誰かに命じるよりも自分で現地へ行って見たほうが情報も入ってくるし、早いしで一石二鳥だと思っている。

自分がいきなり部屋にこもって部屋の中で仕事をするというのは性に合わない。

そして、劉様の守妃の仕事の延長とも取れ、暗殺者としての淋珂へ依頼をした()()()()()()()()()()()()()()()()()自体が、淋珂をおとなしくはさせないのだ。


「泉喬、ちょっと甲臥を呼んできてくれない?」

「分かりました」


泉喬が部屋を出て行くと、それとは入れ違いに(陰)が帰ってきた。


「早速、反乱がおこりそうな兆しがあるんだけど」

「淋珂様、一応助言しておくと()()()()()()()()()()()()()。もちろん、直接的に謀反計画の証拠、その現場を見ていたとしても、それを、それだけをそのまま信じてはいけません。他の小さな出来事も、元を辿れば何か大きな出来事に繋がるかもしれないのです。一匹の鼠がその街を陥としてしまう事があるように」

「それは、今の私についての助言よね」

「それでもまずは、確かに謀反の防止が先です。首謀者を殺す、という事はしないで捕まえてどこかの牢へと送ることをお勧めしますよ」

「私は?」

「あの4人にお命じになってください。そこで彼らの実力を測りましょう」

「そうね」


(陰)は転婁の元へと戻っていった。

天輪外壁付近での謀反の予兆と思われる行動について、(陰)はあまり重きを置いていないような気がした。

先ずそれの対処するのが先決だとは言っていたものの、


「小さな鼠が町を陥とす、か」


淋珂は早速不安のようなものを覚えた。


「守妃様、甲臥ただいま参りました」

「乙兎、丙臥、丁兎に謀反の容疑がある者たちを捕縛させて。甲臥、貴方は米の値段が上がっている理由、貧困化した村の調査をお願い」

「了解しました」


(陰)に言われた言葉がどうも気になる。

米の値段の高騰というのが、一体何に繋がるのか。

この付近で飢饉が起きたわけでもないだろうし、もしそうなら(陰)か泉喬が教えてくれるはずだ。

普通、米が普通に手に入るはずの今、米の値段が高騰するというのはおかしい。


「戦が始まる訳でもあるまいし・・・」


淋珂は、少しずつだったとしても着実に賢くなっていた。

(陰)と泉喬の教育のたまものだ。

それでもやはり、自分の考えに自信が持てないというのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()淋珂の一番の悩みだった。


心の中では自分が動きたい、そう思っている。

暗殺者、やはりそれが自分の根底にあり、自分そのものだ。

なんだか動きたいけれど立場的に動くことが出来ないというのにひどくもどかしさを感じる。


淋珂は書棚の前に立つと、手持ち無沙汰に一つの本を取り出す。

(宮内儀式書)と書かれた本は、以前劉からもらった本の一つだ。

目次には(拝花祭)と書かれた項目がある。


「拝花祭は、拝む花の色の布を宮に住む妃(花妃)に送り、他妃は衣装に一つはその色を入れ、かつ花妃の衣装よりも慎むこと」


謀反の件ももちろんあるが、もうすぐ開催される「拝花祭」の準備もしなければならない。

いよいよ、自分の置かれた立場の厄介さ、面倒臭さを体感しているように思う。

宮内行事と並行してそれぞれ割り当てられた妃としての仕事もまっとうする。


「いつか何かが自分の手から零れ落ちてしまいそうだな」


どれだけ(陰)や劉、泉喬に諭されても、心の奥に深く根差した不安は淋珂の自信を少しずつ蝕んでいた。





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