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月夜に舞う後宮の第四妃  作者: 栗鼠咲
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淋珂の課題

些細なことでも良いのでアドバイスをしてもらえると嬉しいです。

「淋珂、もう少し落ち着いた雰囲気を出してくれないか?」


劉は淋珂を前に、今まで意識したことがなかった重大な問題に直面していた。

それは泉喬に頼んで淋珂を外行きの服に着替えさせたとき。

淋珂は図らずとも落ち着かない雰囲気を体全身から発していた。

淋珂自身、自分の抱いている今の感情が(喜び)という類のものだという事は把握していたものの、そわそわという感覚を感じたのは初めてだった。


「どうすれば良いの?」

「その、何と言えば良いんだ・・・。」

「淋珂様、深く息をしてください。吸って、吐いて。」

「吸って、吐いて?」


淋珂は見様見真似で深呼吸をする。

それは殺しの前にいつもやる精神統一とやり方が似ていた。


「淋珂、今度はあろうことか殺気が漏れ出ているぞ?一体何を考えればそうなるのだ。」

「精神統一の方法と似ていたから・・・。」

「まぁ、それは仕方ないとして。心を無にすることはできないのか?ここに来た時のように。」

「一度手放したことは取り戻せても、手に入れたものは手放せないわ。」

「泉喬、いったん部屋から出てくれないか?」


劉は、泉喬が自分に訝しみの目を向けていることはうっすら分かるも、いったん泉喬に退室してもらった。

泉喬には淋珂が暗殺者であることを告げては無い。

あくまで天羅宮に迷い込んだ下町の女という事にしている。

もちろん桃清を守るために側室にしたという事は伝えてあるが、あまり多くの情報を与えるのは得策ではない。

万が一にも泉喬が自分に逆らうことは無いとは分かっているが、それでもわざわざ余計なリスクを背負いたくはなかった。


「淋珂、お前は一体何のために後宮に入ったのだ?お前は俺が好きでこの後宮に入ったんじゃないだろ?」

「好きという感情がどんなものかは知らないけど、もちろん緑凱を暗殺するためよ。」

「俺は桃清を守ることを第一にしろと言ったはずだ。なのに・・・。」


劉は呆れてものが言えなかった。


「だから努力はしている。」

「言葉遣いが戻ってるぞ。お前が暗殺者だという事は絶対にばれてはいけないことだ。特に俺の妃達にバレたら面倒くさいことになる。」

「気を付けはするわ。でもその妃の顔すら知らないけれど?」

「そんな事、今は気にしなくてもいい。とりあえず今は桃清が安心できるようにしっかりしてくれ。」


淋珂は、劉の言葉に対して「出来ることならやっている」と反論したかったものの、有無も言わせぬ切羽詰まった表情の劉を見てやめた。

劉は頭を押さえて少し考える仕草をすると、淋珂の肩を掴んで耳の横で囁いた。


「俺は、かなり焦っているんだ。桃清は王である俺の妃の中で、もっともおとなしく優しい。そして弱い。彼女にはもっと安心して過ごしてほしいのだ、俺が娶ったせいでこのような状況になってしまっているからな。第二妃の梨澄(り ちょう)と第三妃の鈴徽(れい き)、彼女たちは俺が最も苦手な明香妃に相当気に入られている。だからこそ、俺は焦っているんだ。どうか分かってくれ。」


淋珂は何も言えなかった。

ただひしひしと伝わってくる劉の焦り。

自分が本当に桃清妃を守るためだけに後宮に迎え入れられた、そんなことを自覚した。

そして桃清妃が、劉がここまでになるまで狙われているという事も。


「分かったわ。でも私だって完全に出来るわけじゃない。ソコをお前が、劉様が補ってくれるのなら、私が出来る最大限を演じる。だけど、その分情報をくれない?そうじゃないと、自分の身を守りながら桃清妃を守ることになってしまうから。」

「分かった、桃清との顔合わせが終わったらな。」


劉は落ち着いた様子で、淋珂から離れた。

それでも肩で息をしているため、心の中ではまだ安心しきれていないのかもしれない。

淋珂は人を安心させる術を知らない。

今までは人を傷付ける事しかしてこなかった。

しかし今からは、人を守るという事も覚えねばならない。

淋珂はそこで初めて、自分の無知を悔いた。


それから少しして、劉は泉喬を呼んだ。

淋珂の雰囲気が急に変わったことに泉喬は一層劉に疑いの目を向けた。

それも当たり前だ。

ここ二週間ずっと淋珂と接してきた泉喬が今まで見たことのない表情を、淋珂がしていた。

すべての感情を押し殺し、何も読み取る事の出来ない顔。

今までが嘘のような淋珂の態度。

本来絶対に王に向けてはならないような視線を、劉に向けていた。

むろん劉はそれに気づいていたが、目をそらすので精いっぱいだった。


「王様、一体淋珂様に何をしたんですか?」

「いや、別に何か特別なことをしたわけではない。」

「怪しぃです。」


泉喬は劉を疑うことを辞めない。

劉は泉喬を無視して話を進めた。


「とにかく、早く桃清のもとに向かうぞ。」

「分かりました。」

「もう、承知しました。」


泉喬は不満げだ。

しかしいつまでもそれを引きづっているわけにもいかず、嫌々支度を始めた。

泉喬は仕事に対しての切り替えは後宮内で最も早い。

先程までの雰囲気が嘘のように、てきぱきと準備を進めていく。

先程の間に崩れてしまった淋珂の着付けに簪の付け替え、髪結い。

短時間でどんどん身なりが整えられていく。

そして深くため息をつくと、淋珂達の前に周った。


「淋珂様、王様、ご準備が整いました。」


天羅宮の後宮はとても広い。

一人の妃に6つの部屋が与えられ、それが一棟の家のようになっている。

つまり、隣の部屋と言っておきながらも、少し距離があるのだ。

梅花宮と書かれた門をくぐって石畳の道に出る。


「ここは梅花宮といったのか・・・言ったのね。」


劉と泉喬の同時の睨みにより即座に言葉を直した淋珂。

劉と泉喬は、それからというのも気が気ではなかった。

桃清の宮、桂花宮は、梅花宮から距離がある。

その間に何人もの女官や宦官とすれ違う。

そこでボロを出すというのは絶対に避けなければならない。


「早速こんなことでは、第一妃様とお会いになった時どうするのですか?」

「意識はしていても・・・ダメなときは駄目なのです。」

「淋珂、やはり桃清の前ではあまり口を開くな。俺と泉喬でお前の代弁をする。」

「お願いします、そのほうが気が楽でいいわ。」


泉喬と劉は二人して頭が痛かった。

特に劉は、淋珂の所為で桃清に幻滅される事を何よりも避けたかった。

結局淋珂は口を開くことなく道を歩いた。

ゆく先々で宦官や女官が頭を下げているところを見ると、淋珂は初めて劉が王らしいところを見た気がした。

それでも劉にほとんど人が付いていない所に、少し違和感も感じた。


「淋珂、ここからは気を引き締めろ。お前は背を伸ばし、堂々と俺の後ろにいればいい。余計なことを考える必要はない。分かったな?」

「分かりました。」

「泉喬、行くぞ。」

「はい。」

「淋珂様、左手をお貸しください。」


泉喬が私の左手を拾い上げると、両手で丁寧に腰のあたりまで上げる。


「一体何なの?」

「こういうモノなのです。慣れてください。これから外を出歩くときは、このように。」

「そうなのか・・・。分かったわ。」


劉が淋珂と泉喬も、前に凛と立ち、前へと進みだした

桂花宮には無数の女官が絶え間なく出入りして、内部に男性はいない。

宦官の一人もだった。

桂花宮の門の外に2人男がいるだけという状況がまだ後宮に不慣れな淋珂からすると、とても不思議に思えた。


「劉様、後宮の妃の住処には男性がいないものなのですか?泉喬に教えてもらいましたが、宦官であれば間違いが起きる心配もないから後宮にも出入りしているのでは?」

「俺がそう命じただけだ。」

「そう、ですか。」


ただ一言そう返すと劉はそれ以上話さなかった。

とうとう目の前に桂花宮の桃清の部屋の前に到着した。

戸の前には女官が6人ほど頭を垂れて待っている。


「桃清、入るぞ!」


劉の一言で女官たちが動いた。

2人の女官が扉を開き、その他の者は劉達を挟むように向き合い「こんにちは、王様。」一つの乱れもなく述べる。

淋珂はその様子に圧巻された。

全身の毛が立つような感覚を覚えた。


「こんにちは、王様。今日はお暑いのにようこそおいでくださりました。桃清はうれしいです。」


鈴とした声が淋珂の耳に飛び込んできた。

劉の前には、濃紺の美しい衣を纏い、長い髪を結いあげた美しい女性が立っている。

それは劉の第一妃であり淋珂の護衛対象、蘇桃清だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 散文と詩の間のような独特の文体が面白いと思いました。 [気になる点] 会話文の「 」の中の最後は”。”は要らないそうですが、何か意図があればいいと思います。 [一言] 少しずつ最後まで読ま…
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