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月夜に舞う後宮の第四妃  作者: 栗鼠咲
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潜入(2)

少し短めです。

些細なことでもアドバイスをいただけると嬉しいです。

亥家の屋敷には、男の死体が一つ。

気絶した男が一人。

悶絶する男が一人。

其れらを見下げる女が一人、と兎に角混沌という言葉の似合う状況であった。

まだ痺れが取れきっていない為、呂律が回らない。

淋珂の目の前で悶絶している泉稜という男の方が、元の動きを取り戻すのが早かった。


「君、結構動けるんだな?」

「そっちもね」


ようやく万全の状態になった淋珂は即座に莉々を構えた。

其れに泉稜も驚いたようで、「ちょっと待って」と両手で淋珂を制す。


「こっちは王様の命令で此処に来ているんだよ。だからそこまで敵意を向けられると悲しい・・・」

「どうして劉様が?」

「劉様?どうして王様の名前をそのように?」

「えっと・・・」


淋珂は自分の迂闊さを嘆く。

どうして気が付かなかったのか。

泉喬にも自分が暗殺者だと教えていない劉様が、一手下に教えるわけがない。

いくら直属とはいえ、だ。


「尊称・・・?」

「かなり苦しいってことには気が付いてる?」


淋珂は舌打ちをすると前へと踏み込む。

気が付かれたのなら、実力行使。

脅して黙らせる。


淋珂が地面に転がっている亥瑯を避けつつ泉稜の後ろに回る。


「おっと」


軽く淋珂の莉々を受け流すと、淋珂を横へ弾きへらへらと笑う。


「いきなり襲ってくるのは・・・、聞いていた通りか」

「聞いていた?」

「うん、職業柄第四妃の淋珂妃と会うかもしれないって教えられたから」

「っていう事は?」

「もちろんあなたが王様を劉様と呼んでいることも知っているし、暗殺者であることも知っている。だけど王様はさすがにあなたがここにいることを予測は出来なかったらしい」


劉様、事あるごとに淋珂を下に見てくる。

淋珂は一国の王を見下そうなどとは思わない。

ただ、劉様の予想を上回れたという事に、少し()()()()という感情が湧いた。


「ところで、君が王様の命令で此処に来ているのなら、僕に譲ってくれないか?勿論王様には何も脚色せずに今の事を話すから」

「其れは出来ない」


桃清妃の元に連れて行くから、とは言えない。

しかし変な事を言うと墓穴を掘る気がする。

桃清妃の元へ亥瑯を連れて行くのが途轍もなく難しくなった。

其れでも淋珂は諦めない。


「こちらは此方で聞きたい事があるのよ」

「聞きたい事?」

「ええ、言わないけど」


泉稜は顎を擦りながら顔を近づけて来る。

覗き込むようにして淋珂の顔を見ると、手を挙げて言った。


「一日、時間をあげるよ。僕は君が気に入った」

「気に入られることはしてないでしょう?」

「さぁ、どうだか」


泉稜は意地悪に笑う。

おそらく揶揄われているのだろうという事は、本人も気が付いていた。

それでも泉稜への反感を表に出さないでいるだけの自制心が、自分にもできたのだという喜びも同時に覚えた。

自分は感情を覚え、表にそれを出せることになり、それを意図的に抑えられたのだ。

それだけのことでも、淋珂の泉稜への感情を忘れるためには十分な出来事だ。


「明日の月が天上に上った頃、またこの亥家へ俺は来る。きちんと渡してくださいね?」

「今更敬語を使うの?」

「それでは、また」


泉稜は爆発によって壊れた壁から影にとける。

ここまでの爆発があってこの屋敷が燃えなかったことも奇跡だが、人ひとり来ていないというのも不思議なものだ。


「(風)、(雷)お願い」

「「御意」」


スゥッと壁が変色し人の形を作り出す。

緑色の衣を着た青年と黄色の衣を着た青年が、亥瑯を持ち上げまた消える。

淋珂はそれを見届けると、気付かれないように宿へと戻った。

淋珂が宿に着いた頃には泉喬も寝ていた。

(陰)はこちらに気が付いたのか、もそもそと手を動かしている。

両手で顔を覆うと頭の中に声が響いた。


「どれか一つしか使えないので」

「なかなか不便ね」

「十分便利だと思いますよ。そうだ、今桃清妃様の部屋にいる筈の壬莉が見当たらなかったので心配だったのです」

「どうしてそれは分かるの?」

「目立つような動きさえしなければいくらでも顔を戻せますから」


いつかボロを出しそうで怖い、淋珂は思ったものの声には出さない。

いくら(陰)でも傷つくかなぁ、と思ったからだ。

思えば配慮という事もできるようになってきたなぁ、と淋珂は思う。

普通の人間には今更なことだが、淋珂からしたらそれ自体も難しかったのだ。

だがどんな理由があっても、自画自賛という事に変わりは無かった。


「桃清妃に会う事ってできる」

「ちょっと待っていてください」

「良いわよ、サッと表から入ってきて」


(陰)と淋珂の会話を盗聴していたらしい。

桃清妃は仙力を無駄なところに使いすぎているのだは無いか、淋珂はこっそり思った。

しかし聞かれているかもしれない、という恐怖感を前にそれ以上の事は考えなかった。

淋珂は宿の入り口から普通に桃清妃の部屋に入った。


「大変だったみたいね」

「王様の直属部隊が来ているなんて聞いていない」

「劉様は、私がそれほど心配だったのよ。私からしたらとにかくうれしいことだけど、他の妃の事を乱雑に扱う、特にあなたね、これは問題ね」


何とも思っては無さそうに言う。

今の言葉が本心なのか、建前なのか分からなかった。

淋珂と桃清妃は、壬莉達が帰ってくる前にすべてを終わらせようという気持ちで、行動を始めた。

亥瑯から情報を聞きだせるのは今だけ。

時間は掛けられない。


その間壬莉は亥家にいた。

爆弾で壊されている壁の奥にある死体。

「先を越されたか」

珠佳と共にその周辺を調べる。

壬莉達は、何とかどちらかの尻尾を掴みたいと即座に行動を開始する。


事態は刻一刻と変わっていく。

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