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月夜に舞う後宮の第四妃  作者: 栗鼠咲
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表の天翔孔と報告

些細なことでもアドバイスをいただけると嬉しいです。

歳をとった者が家の長で有るならば、裏の工作は簡単に出来てしまう。

家長が耄碌こそしていなくとも、周囲の人間、子供やら家臣を取り込めば容易いこと。

亥家は岩景の古い家、そこらの界隈では力を持っていた。

しかし其れでも一介の低級貴族へと成り下がった、没落寸前とも言える家だ。

自分の裏で、自分の家自体が第一妃暗殺に噛んでいる。

都、輪天の治安悪化の原因を作っていることを、誰かに利用をされている事を、老いた家長は知る由も無い。


朝食後、表の天翔孔、薬屋の天翔孔へと泉喬と共に向かった。

岩景を見て回りたい、と言ったら泉喬は即座に頷き支度をする。

桃清妃が近くに居るのが息苦しいのか、はたまた未莉が原因か淋珂には分からなかったが、取り敢えず観光のフリをして天翔孔を表から訪れた。


「すみません」

「おぉ・・・。どうも、お嬢さん。此処は初めてですかな?」

「えぇ、よろしくお願いしますね」

「どうぞどうぞ」


表の倫仙はまさに仙人という感じで、おっとりとした、しかし頭がよく回りそうな老人だった。

昼に倫仙と会ったことが無かったため、淋珂はとても新鮮な感覚がする。


「そこの使いの方、ですか?」

「泉喬と言います」

「泉喬様、貴女は大層お疲れでいらっしゃいますね?長年このような仕事をしていると、良く見えるのです」

「そうなのですか」


感心したように泉喬は倫仙に近づく。

そしてそっと言った。


「疲れに効くものはありますか?できれば数か月分いただきたいのですが。お金ならあります」

「左様でございますか。いくつか取り繕いましょう」

「ありがとうございます!」


全く、泉喬は何を考えているんだか。

淋珂は楽しそうに店内を見て回る泉喬にため息を吐いた。

女官が主人よりも買い物を楽しんでいるなんて、本来あってはならない事。

しかしそれも微笑んで見ているのは、淋珂がいるからだろう。


「店主、一つ教えてくれないですか?」

「なんでしょう?」

「アレは山から届きましたか?」

「えぇ、今朝。一応木箱に入れてあります。馬車をお貸しするのでそちらで運ばれるのが良いかと」


倫仙はそういうと紙を取り出した。


「彼からです」

「恨み事か何か?」

「まぁ、山から下りて来た時はぶつぶつと言ってましたけど、その手紙は違いますよ」

「あとで見るわ、まだ出発しないから出発するまでよろしく」

「もちろん」

「すいませーん!」


倫仙は淋珂の肩をこっそりと叩くと泉喬のほうへと歩いて行った。

泉喬の他に淋珂についてきた女官はいない。

それが泉喬をあそこまで自由にさせているのか?

泉喬を眺め、淋珂は紙に視線を移した。


「もし亥家にいくのなら、その前に僕に会いに天翔孔に来い」


それを伝えるためだけにわざわざ?

淋珂は紙を袖下に仕舞うと泉喬を呼ぶ。


「泉喬、終わった?」

「すいません、輪天から手紙を出すのでその都度送ってもらってもいいですか?」

「え、えぇ。そのような事を勝手にお決めになってもいいのですか?わたくしとしては大歓迎ですが」

「淋珂様、いいですよね?」

「劉・・・、あの人に手紙を出しておいてよ?自分が頼んだって」

「・・・、面倒くさいですけど、分かりました」


泉喬と倫仙との商談がまとまったのち、淋珂、泉喬は宿に戻った。

宿ではいつも通り壬莉が桃清妃の部屋の前を固めている。

外に出たり、自分の部屋に帰ったりするたびに睨まれるためすごく通りづらい。

淋珂は特に、泉喬も桃清妃の部屋の前、壬莉の前を通る時には、絶対に壬莉のほうを見ないようにした。

泉喬の機嫌が良いのは言うまでもなく倫仙のおかげだが、機嫌のいい泉喬と一緒に同じ部屋に居なければならないというのも、なかなか淋珂からしてみれば地獄だった。

鼻歌を歌いながら劉様への手紙を書く泉喬。

しばらくしたら、手紙を出しに行くと宿の店主に会いに行った。


「どうしてまた、わざわざ天翔孔によらないといけないの?」

「何か、言い忘れたことがあるんでしょうね」


(陰)は淋珂のすぐ後ろに現れると窓の外を見ながら話す。


「壬莉達、ようやく転婁の正体を突き止めたようです」

「見た目も?」

「いえいえ、どこかの暗殺者から聞き出したらしいです」

「向こうは向こうで、そこそこやるのね」


(陰)はそっと淋珂のほうを向くと、耳元で囁いた。


「天翔孔へ行くのであれば、先にその・・・倫尖生、ですか?その方にお手紙を届けたほうがよろしいかと。警戒するように、と」

「そうね、少し待ってて」


淋珂は念のために持ってきた筆を取り出すと、泉喬の使いかけの墨を使い手紙を書いた。

それを(陰)に渡すと、サッと姿が消え一人になった。

窓から外を見る。

ちょうど桃清妃の部屋の窓が開いている。

その前には鉢が吊り下げられていて、きれいな色の花が一輪植わっていた。


これは使えるかもしれないと思った淋珂は急ぎこっそり扉を開けて桃清妃の部屋の前を見る。

相変わらず不機嫌そうに立っている壬莉を確認するとそっと扉を閉め、紙に「犯人の手掛かりが亥家にある」と書く。

そして持っていた宝石の一つを紙で強く硬く包むとその上からきつく紐で縛り振り子を作る。

その振り子の宝石部分に近い場所にぐるりと巻いた手紙を巻き付ける。


宝石を巻いたのと反対側の紐を持って思い切り隣の部屋の窓に叩きつけた。

それを待っていたかのように窓を開ける桃清妃。

こちらを見て頷き微笑むと手紙を取り出した。

そして中身を見る事も無く、その後ろに何かを書いて紙を羽のように浮かせてこちらに飛ばしてきた。


「仙術というのは、便利なものだな・・・」


なんだか負けた気がして腹の奥がムカムカとしているのを自覚しながらも、その紙を受け取り髪を見た。


「知恵は認めるけど、これからは壁を叩いて紙に内容を書いてくれればいいからね」


と、それだけが書かれていた。

透視か、と淋珂は壁を睨む。

もちろんこちらから桃清妃を睨む。

もちろんあちらはこちらの反応を見ている筈だ。

壁の奥に微笑んでいる桃清妃の顔が透けて見えているかのように、淋珂は思えた。


「手紙はもう読んだの?」

「敬語じゃなくなって良かった。えぇ、読んだわよ」

「犯人を、捕まえてどうすれば良いの?」

「そうねぇ、(風)と(雷)を呼んでくれれば迎えに行かせるわ」


桃清妃がそういうと、部屋の片隅に同じような見た目の少女が二人。

淋珂のほうを向いて頭を下げている。


「どうぞ、」

「私たちを」

「「お呼びください」」

「そういう事だから、よろしくね」

「初めての依頼にしては、難易度が高い気がするが?」

「一応これは試験だし、私の中ではね?」


それっきり桃清妃の声が聞こえなくなった。

そしてだんだん近づいてくる足音に意識が行った。

泉喬が帰ってきたのだろう。

淋珂は咄嗟に寝台に座った。


「ただいま戻りましたぁ。ここの手紙の配送はなかなか面倒臭いものですね」


ぐちぐち漏らしながら淋珂の前を横切る。

そして器に入った墨を揺らしながらこちらを見る。


「墨を、触られたのですか?」

「えっ?」

「いや、手に薄っすらついているので。伸びた墨が」

「あぁ、字の練習をしていて」


泉喬は探るような声から一転、いつも通りの声色に戻った。


「字の練習を自主的にするようになられたのなら、関心ですね。この部屋に異なる臭いも無いようですし」


泉喬は一人納得したように頷く。

自分は泉喬に何か疑われているのか。

(陰)のことについて、何か感付いているのか。

疑問は絶えない。

しかし、それを探るのは天羅宮に戻ってからだ。


淋珂は頭の中をサッと切り替える。

その時、コンコンと扉が叩かれた。

夕餉の時間だそうだ。


夕餉は昨晩と同じく、貧相なりに豪華なものだった。

しかし、亥家の客も来ず安心してゆっくりと食事をとれると思っていた。

しかし、そう思っていられたのもつかの間。

桃清妃の毒見役、星羅は一口食べた肉を味わい、呑み込み、微笑みながら残りを外に投げ捨てた。

騒然とする夕食の会場。

その中で淋珂は、深くため息を吐いた。

淋珂の目の前には、顔を真っ青に染めた宿主が・・・、泡を吹いて倒れた。

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