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月夜に舞う後宮の第四妃  作者: 栗鼠咲
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後宮入りの下準備

趣味で書き始めました。

不定期に更新します。


翌朝まで、半ば監禁のように劉に捕まえられていた淋珂は今まで着たことのない豪華な衣装を着させられていた。

動き難さの権化である宮女の服装を、劉付きの侍女に無理矢理着せられたのだ。

そして今まで着ていた服は灰となってしまった。

しかし手元には莉々がある。

劉は淋珂から短剣を奪わなかった。

それだけでも、淋珂には十分だった。

服装など外見に対して全くの無頓着だった淋珂。

ましてや貧民街人生のほとんどを過ごして来た淋珂にとって、後宮というのは全くの別世界。

女は花であることを最も求められるのだ。

今まで過ごしていた実力第一の世界の常識は、一切通用しない。

そのことに劉は全く無配慮で、「学はやる。そのほかは自分で何とかしろ。だが途中で投げ出すことは許さない。」とあろうことか突き放してきた。


「そこの男、私は一体どうすれば良いの?」

「私の名前は蘇景躁(そ けいそう)です。緑劉様の補佐をしております。貴女様には今から後宮に移ってもらいます。第一妃桃清様のお部屋のお隣にございます。くれぐれも、粗相のないようにお願いします。一応言っておくのならば、口を開かず、あなた付きの侍女泉喬(せん きょう)にすべてを任せてください。」


はじめは穏やかだった景躁の口調がどんどん厳しいものになっていく。

景躁は、周囲の目、そして自らの評判が落ちることをひどく嫌う。

そして実際、緑劉が決めた婚姻に対しても決していい感情を持っていなかった。

しかし主の決めたことに反対するのは自分の印象を下げる事に繋がる。

せめて、緑凱様と明香妃から目を付けられないようにする。

そう自分の中で落としどころを見つけ、あくまで丁寧に淋珂に接していた。


「一言もしゃべらずにか?」

「はい。貴女のしゃべり方は下民の使う言葉。後宮にはふさわしくありません。早速今日から言葉遣いを習っていただきますので。」


そう言い切ると、速足で立ち去ってしまった。


「淋珂様、お部屋にご案内します。」

「あぁ、分かった。」


侍女である泉喬に連れられ、こっそりと廊下へ出る。

夜の雰囲気とは打って変わり、多くの女官が廊下を行き来している。

途中、青い衣を着た男性に訝しがられたものの、泉喬がうまく立ち回り、何とか部屋に着いた。


「淋珂様、今から私が読み書き、立ち振る舞い、そして正しいしゃべり方をお教えします。そしてそれを完全に修めるまで、一切の外出を禁じます。これは王様のご命令です。」

「分かった、仕方がない。」


口でそうは言ったものの淋珂は納得していなかった。

なぜここまで面倒なことをしなければいけないのか。

このまま泉喬を殺して緑凱を殺し逃げてしまってもいいのではないか、とすらも考えた。

それでも、今朝の緑劉の言葉が頭をよぎりそれを出来ないでいた。


「まずは読み書きの基本。筆の持ち方からです。それが出来なければ話にならないので。」

「分かった。」

「せめて、分かったわ、とおっしゃってください。後宮ではそのような口の利き方は許されません。侍女にでも、あくまでも丁寧な物言いをしてください。態度を改めろ、と言っているわけではないのです。」


それから日が暮れるまで、読み書きの練習としゃべり方の修正が行われた。

淋珂は疲れ果て、寝台に大の字でうつ伏せになって寝転がっている。

その様子を泉喬は頭を押さえながら見ていた。


「こんなことではいつになってもこの部屋から出る事はできませんよ。」

「それは困る。」

「それなら早く言葉遣いを直してください。困るわ、というのです。少しは女性らしい言葉を覚えてください。」

「語尾に(わ)をつければ女らしい言葉になるの?」

「もう、そう思っていてください。そのほうがまだましです。」


結局泉喬はため息をついて部屋から出て行ってしまった。


「今なら逃げ出せるか・・・?」

「馬鹿なことを考えるなよ?首が飛ぶぞ?」


淋珂の知らないうちに劉が背後に立っていた。

首にひんやりとした金属が当たっている。

ゆっくりと腰に差した莉々に手をかけた。


「馬鹿なことを、考えては無かったか?」

「一体何のこと・・・ですわ?」

「なんなんだ、その気持ちが悪いしゃべり方は。」


劉は心底嫌そうな顔をする。

淋珂はそんなことを一切気にしないで元の口調に戻した。


「女らしい言葉遣いっていったい何なの?」

「そんなもの、俺に分かるか。俺がお前に教えるのは読み書きだけだ。」

「泉喬の教え方が悪いのか?」

「君の頭が悪いだけなんじゃないのか?」


淋珂はそれに答えず無表情にただ劉を見つめている。


「一体何なんだ?」

「一つ教えてほしい。今私の中でむかむかと何かが暴れているが、これは何だ?」

「怒りか焦りなんじゃないか?とにかく早くお前がきちんとしてくれないと、俺が桃清のそばから離れられないだろ?俺だってむかむかしているんだ。」

「ふん、そういうモノなのか。」


自分にも感情というものが残っていたのか?

淋珂は少し心が軽くなったことに気が付いた。

知らず知らずのうちに、心の片隅にあったもぞもぞがすっと消えたのだ。


「そうか、私は怒っているのか。」

「俺だって怒ってるんだよ、早く言葉遣いを直せ。」


劉は淋珂を椅子に無理矢理座らせると、さっそく読み書きの授業を始めた。

それから約二週間、休みのないまま同じような生活を続けた。

さすがの泉喬にも疲れが見え始めている。


「私は貴女の教育と、貴女の婚姻の準備を同時にやっているんです。貴女がこうもやる気を起こさないと、こっちまで怠くなってしまうじゃないですか。」

「それはあなたの都合でしょう?」

「まぁ、しゃべり方は多少改善されたので良かったですけど。」


泉喬は深くため息をついた。

疲労困憊の泉喬は出来ることなら淋珂のことなんかほっぽり出して自分の閨で好きなだけ眠りたいのだ。

いくら自分に才能があるからと言って、ここまで乱雑に扱われるなんてひどすぎる。

泉喬は心の中で、劉のことを睨んでいた。


「私だってほかの女官と一緒にお話の一つもしたいです。」

「そんな事、自由にすればいいじゃない。」

「それが出来たらこんな事溢しませんよ。もっと考えてしゃべってください!」


淋珂にとってみればかなり考えて発言したつもりだった。

それをもっと考えろと指摘されるのはいささか心外だ。


「そんなこと言われても困る。」

「口調が戻ってます。ホントに、しっかりしてください。」


この二週間で、淋珂は多くの感情というものを自覚した。

今まで殺ししか頭になかったために感じずに済んできた自分の感情を、殺しをしなくなって徐々に取り戻しつつあるのだ。

表情豊かな泉喬の近くにいたため、淋珂自身はそれを全く気付かないうちに覚ていたらしい。

劉は、淋珂の頭の悪さにこそ頭を抱えているものの、感情を知ることは良いことだと言っていた。

無論淋珂の殺しに対する態度に変わりは無い。

劉にしてみたら、その態度に変わりが出ることほど都合の悪いことは無い。

そこだけは、淋珂をここまで育て上げた者の刷り込みが成功していることを祈るしかなかった。


翌日、初めて朝から劉が淋珂を訪ねた。

泉喬は大慌てで淋珂に服を着せて化粧をする。

本来王を部屋の前で待たせるなどということは到底許されることではない。

しかし、相手が淋珂だということで、劉も諦めていた。


「お待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。」

「良いんだ泉喬。お前はよくやってくれてる。」


同情の念を劉の口ぶりから感じ取った泉喬は、自分がなんだかむなしくなった。

王様から同情されるなど、後宮内で経験したことのある者はいないだろう。

しかし、どうせなら褒められたい。

劉様に同情された、などとほかの女官に話したら、かわいそうな侍女認定を受けるに決まっている。


「はぁ、ありがとうございます。」


気の抜けた返事だけを残して部屋を後にした。

部屋から泉喬がいなくなると、劉は淋珂との距離を縮め話を始めた。


「淋珂、言葉遣いのほうは取り合えずどうにかなったか?」

「ええ、その特訓だけをさせられたもの。意識さえしていれば大丈夫よ。」

「なんだか、感慨深いものがあるなぁ。」


劉は袖で目に浮かぶ涙を拭う。

どうして劉が涙を出したのか分からない淋珂は、とまどってしまった。


「一体何なの?」

「あぁ、言葉遣いが・・・。何があっても絶対に言葉遣いを崩すな。俺がどうしてここに来たかわかるか?」

「泉喬を焦らせるため?」

「そんなわけがないだろ!お前を桃清に合わせるためだ。婚姻前に桃清には説明しておく必要があるだろ?」


ついにここから出られるのか、淋珂は今までにないほどの(喜び)を感じた。

喜怒哀楽、4つの感情を持つようになった淋珂を劉は複雑な目で見てる。

しかしそれに淋珂が気付くことは無いまま、劉は泉喬を呼びに部屋から出て行ってしまった。

淋珂は久しぶりの外出、隣の部屋への移動に心を躍らせ、劉と泉喬が帰ってくるまでずっとそわそわとしていた。





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