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練習 お題2 ダニ

 佐々木家ではいま毎年恒例の年末大掃除が慣行されている、気持ちのいい事だ。

 しかし、それは佐々木家に住む約10万匹のダニ達にとっては災厄である。

 新しくダニの群れの長になったダニエルは、普段は散り散りに住んでいるダニ達を、毎年大掃除の最後に干されるベッドのマットレスの下に避難させた。


「毎年この大掃除によって俺たちは半数近くが死んじまう。何か策はないかね」

「無駄じゃ、災厄は訪れる。マットレスの下に隠れてできる限り数を増やす、これしかないのじゃ」

「諦めるの早いぜじじい」

「まだ青いのぅ」


 ダニエルは何かを変えようとしていた。

 経験不足のダニエルは一代前の長のニーダに相談するも、無駄だとあしらわれてしまった。

 西田の諦念は彼の経験によるものだろう、彼もまた若かった時分には理不尽に抗ったこともあった。

 しかしそれは人の絶対的な力の前にねじ伏せられてきた。


「人に勝てないなら人と戦わなければいいんじゃねーか?」

「......どういうことじゃ」


 その発想は今まで西田の中にはないものだった。


「いや、言葉の通りだって。人以外の血を吸ったって俺たちは生きていけるじゃねーか」

「じゃがな、この家には人間以外住んでおらぬぞ」

「誘き寄せればいいんだよ、そうだな例えば......ネズミとか?」

「ほう......面白い」


 ダニエルは西田に策を認められて喜んだ。

 絶対に成功させ、自分の手でこの群れを繁栄に導くんだと奮起している。


(ネズミを誘き出すのは簡単だ、餌を配置すりゃ良い。だがネズミを人から隠さなきゃいけねえ、どうすりゃいい)

「じじい、この家で掃除の行き届かない所を知らねーか?」

「うぅむ......」

「天井裏はどうかしら」


 ダニエルと西田が策を講じていると、メスの兵士長のニーダが意見してきた。


「おお、そこがあったのぅ。確かに天井裏は毎年放置されとる」

「でかしたぜニーダ! このマットレスが干されるのは例年通りならあと1週間。それまでに餌を運び切ってやる」

「皆んなでやれば良いじゃない、そしたら1日あれば終わるわよ」


 効率を考えれば当然の提案である。 

 しかし、皆んなで運ぶということは群れのダニ達をマットレスから出すという事。


「ダメだ、俺はこの群れの長なんだ。皆んなを危険な目に合わさるわけにはいかねぇ」

「は? 調子乗ってんじゃないわよ」

「群れの安全のためじゃねぇか!」

「今は喧嘩する時ではなかろう!」


 西田の一喝で2人の口論は止んだ、さすがの貫禄である。


「群れの長はダニエルじゃ。ダニエルはどうしたい」

「俺は1人でやってやる」

「ならばダニエル1人でやるんじゃ。結論は出た、解散じゃ」

「......チッ」

「んじゃ、行ってくるぜ。ああそれから、作戦中は寝てる人間の血は吸うな」

「なんでよ」

「いいから」


 ダニエルとニーダの間にしこりは残ったが、無事に会議は纏まった。



 ***



 12月29日、夜。

 ダニエルはネズミの餌となる残飯を天井裏へ運びに行っている。

 マットレスが干されるまで残りは2日、残飯はネズミを誘き出すにはまだ足りない。


 ニーダは憤っていた。


「なんなのよアイツ。調子乗りやがって、まだまだ小童のくせに」


 ニーダが苛立っているのはダニエルの作業が想定より進んでいないというだけではなかった。

 本来の実力で言えばニーダの方がダニエルより上であった、経験、武力、統率力、その全てがニーダにはある。

 なのに長に選ばれたのはダニエル、その嫉妬が彼女の苛立ちを増長させていた。


「私がメスじゃなけりゃ! くそ!」


 その時だった。


「おい! 蜘蛛がいるぞー! 逃げろ!」


 マットレスの下に大きな蜘蛛が現れた、蜘蛛はダニの天敵である。


「ダメよ、今出たら人間にバレるかもしれないわ。戦うのよ。兵士達、私に続いて!」


 天敵の来襲にニーダは立ち上がった。


「私が囮になる! みんなは後ろに回って足を狙って!」


 ニーダが囮になって蜘蛛の気を引く間に、精鋭部隊の1000匹のダニ達は蜘蛛の後ろ足に一斉攻撃を加えた。

 蜘蛛は動力を失い、転倒してもがいている。


「いまよ! 一気に畳みかけて!」


 蜘蛛に1000匹のダニ達が襲いかかる。

 そして蜘蛛は息を引き取った。


「さすがじゃなニーダ」

「ふんっ。ダニエルじゃこうはいかないわよ」

「じゃが、ダニエルは誰をよりもこの群れのことを考えておる。お主は勘違いをしておるようじゃが、お主がオスであったとてワシを継ぐのはダニエルじゃ」

「うそよ! メスじゃなけりゃ私を長に推薦してたくせして!」

「......時期に分かる」


 ニーダと西田が口論していると、苛立ったダニエルが帰還した。


「くそっ! このままじゃ間に合わねえ!」

「はいはいおつかれ。ねえ、あんたが居ない間に蜘蛛が来たわよ。私達が撃退したの」

「そうか」

「は? もっとなんかあるでしょうよ!」

「ああ? 褒めて欲しいのか?」

「違う!」


 ダニエルには残飯の運搬以外のことを考える余裕はなかったのだ。


「ねぇ、兵士達は疲弊しているわ。少しくらい血を吸ってもいいでしょ?」

「ダメだ! ふざけんな!」

「何よその態度.....」

「あっち行ってくれ。なんとか終わりの日までに残飯を運ばなきゃいけねえんだ。1人で策を練らせてくれ」

「あっそ」


 今のでニーダの苛立ちはピークに達した。


「みんな! 今日はよくやってくれたわ! ダニエルが私達だけ特別に血を吸っていいと言ってくれてるの。久しぶりのご飯よ!」

「よっしゃあああ! 腹減ってたんですよ!」


 ニーダは嘘をついた。

 そしてその言葉に兵士達は沸き立った。

 一週間飲まず食わずだったのだ、それに先程の戦いでの体力消耗、彼らが上に寝ている人間の血をがっつくのも当然だった。


 

 ***



 翌日。


『お母さん、背中かゆーい』

『あ、ダニに噛まれてる。今日布団干しちゃおうね』


 兵士達が血を吸ったせいでダニの存在がバレてしまった。

 そしてその声はダニ達にも聞こえていた。


「なんで人間を噛んだんだ!」

「う、うるさい! あんたがちゃんと説明しないからでしょ!」

「なんだとてめぇ! 謝りもせずに責任転嫁かよ!」


 ダニエルは憤っていた。

 すると、様子を伺っていた西田が声を掛ける。


「この事態はダニエルにも責任の一端があるんじゃ」

「なんでだよ!」

「なぜ人間の血を吸ってはいけなかったか、きちんと説明はしたのか?」

「そんなの要らねえ! 俺の言うことを聞いときゃよかったんだよ!」

「それじゃ良い長にはなれんぞ。民は自発的に行動をする、それを押さえつけるのではなく信頼するんじゃ」


 西田もまた若い時分に同じような失敗をしていた。

 その経験をなぜもっと早く伝えなかったのかと、自分を少し責めていた。


「きちんと理由を説明し、それが理にかなったものなら民は従う。そういうものじゃ。兵士長になって長いニーダにも聞いてみるんじゃ」

「本当かよ、ニーダ」

「私は兵士達を信頼してる、そうじゃなきゃ指示を任せられないもの。そういうところが未熟だって言ってんのよ!」

「......悪かった。もっとみんなを信頼するべきだった」

「す、素直じゃない......私も悪かったわ。勝手な行動をしてごめんなさい」


 ニーダは驚いていた、てっきりさらに反抗してくると思っていたのだ。

 ダニエルの群れへの思いは誰よりも強い、この言葉をニーダは思い出していた。

 

(なるほど、勢いだけのガキってわけじゃなさそうね)


 いま群れはひとつにまとまった。


「みんな、あと1日しかない。すまないが手伝ってくれ。いや、そもそも俺1人じゃこの作業を終えることはできなかったかもしれねぇ。みんなすまん!」

「やってやりましょうよダニエル様!」

「そうよ! 今こそみんなで頑張る時です!」

「みんな......ありがとう!」


 こうして群れ総出で残飯を天井裏へ運び出すことになった。



***



 1匹でやっていたのが10万倍の仕事量で作業が進み、ものすごいスピードで残飯が運ばれていく。


 しかし、同時に人間に発見される危険性も10万倍。

 あと少しで残飯を運び終えられるという所で、一匹のダニが人間に見つかってしまった。


『あ、ダニ!』


 人間はすぐさまそのダニを新聞紙で叩き潰した。

 一行が発見されるのも時間の問題だ。


「......わしはもう老い先短い。わしが囮になろう」

「かっこつけてんじゃねえじじい!」

「ワシを舐めるな。必ず生きて帰る」

「とにかくダメだ!」

「長は民を信頼せよ、もう忘れたのかの? それに他に何か策があるのかの? このままじゃと群れが見つかって全滅じゃ」

「ッッくそ......絶対生きて帰れよ」

「当然じゃ」


 西田が囮になることに。

 ダニ達は不安と残りの残飯を抱えて天井裏へと急いだ。



***


 天井裏へ全ての残飯を運び終えて2日、西田はまだ帰ってこない。


「じじいのやつ、遅いな」

「もう、戻ってこないわよ」

「うるせぇ! そんなわけねーだろ」

「でも.......」

「約束したんだ」



———チュウ




「あ、ネズミ。成功、したじゃねーか...うぅ、ひぐ」

「泣いちゃダメよ。これからはあなたがこの群れをまとめるんだから」

「ジジイのやつかっこつけやがって。あいつの分まで、俺たちは生きなきゃいけねぇ」

「ほら、みんなが長の挨拶をお待ちよ」

「......みんな協力ありがとう。これからも定期的に残飯をここに運んでネズミを維持する、ここで暮らすんだ。そしてこの作戦はじじいと一匹の殉職が無きゃ成功はなかった。......黙祷」


 ダニ達は泣いている。

 しかし、心は燃えていた、新たな時代の到来だ。



 かくして、佐々木家の天井裏は年明けと共にダニとネズミの巣窟となったのであった。


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