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練習 お題1「山本太郎」

 ———時は明治、とある村の宴の最中での出来事だった。


 村のみんなは分かってない。

 美味い野菜を作るのは最新の農法なんかじゃないんだ。

 先祖様から伝わる知識と己の直感、これに尽きる。

 なのになんだ、東京の大学から来た余所者女の山本をちやほやしやがって。

 ちょっと前まで俺の野菜がうまいって囃し立ててたじゃないか。

 

 この村の住人は冷たい、俺の事をなにも分かっちゃいない。

 だからこの女を殺すことにしたんだ。

 調理担当の俺はトリカブトの毒を山本の皿に塗り、料理を盛り付けて運んだ。

 いま厨房から宴の様子を覗いている。


 はやく、はやく猪肉に手をつけろ。


「山本さんよ、この猪肉は今朝猟師が仕留めたやつなんで新鮮なんだ。食べてみてくれよ」

「そうですか、美味しそうですね。頂きましょう」


 よしきた!


「うん。確かに新鮮、臭みが無い。ほら太郎さんも、ぐぶ!」


 山本は猪肉を食べると苦しみ始め、ものの数秒で死に至った。

 俺の勝ちだ。

「はぁーひどい田舎ね。ちっともハイカラじゃ無いわ。本当にこんな所で殺人なんか起きたの?」

「そんな事言ってはいけません、仕事ですよ」

「でもさぁ、急に依頼が入らなかったら今頃は帝国劇場だったのよ? ったくめんどくさい」

「そんなこと言わずに、ほら村の方がお見えになりましたよ。仕事の始まりです」


 私、櫻子は27歳独身、華の帝都に住む腕利きの女探偵。

 なんでこんな片田舎に来なきゃいけないのかしら。

 こんな事してるから素敵な殿方が私を見つけてくれないのよ。


「探偵さんだべか? わしは村長の柏だ。来てくれてありがとうなぁ。すまねぇがはやく現場を見てくんろ。ただの病死ならええんだが、みんな不安がっとる。山本さんに具合が悪そうな感じは無かった、死に方が不自然なんだべ」

「わかったわ、案内して」


 こういうのは素直なのが大事なの、変に駄々をこねちゃダメ。

 こんな片田舎でも何処で殿方が見ているか分からないもの。


 (櫻子さん、愛想振り撒くのうまいですよね)

「うるさい」



 ***



 現場に到着した。

 宴会場に小柄な女が倒れている。

 椅子や皿はそのままになっているわね。

 目立った外傷はないみたい、となると死因は。


「三郎、リトマス紙をちょうだい」

「わかりました」


 私は部下の三郎からリトマス試験紙を受け取って、被害者の口に入れる。


 うん、やっぱり青く変化した。

 それもかなり濃い青。

 これで病死の線は無くなったわ。


「死因は毒ね」

「や、やっぱり病死じゃなかっただ! なんで毒殺と分かっただ? 変な紙を当てただけだべ」

「この紙は触れた液体が酸性だと赤に、アルカリ性だと青に変化するの。人の唾液は酸性、基本的に毒ってのはアルカリ性だから青く変化したってことはそういうこと。しかもこの青の濃さは相当強い毒ね」

「な、なるほどなぁ。ハイカラな道具だべ」


 毒殺、か。

 こんな田舎に学識のある人がいる訳ないし、毒物なんて保管されている訳が無い。

 おそらく植物の知識が豊富で、毒を高い純度で抽出できるほど扱いに長けている人の犯行ね。


「村長、この村で植物に詳しい人はいる?」

「うーん、この村は農業でメシ食ってる奴がほとんどなんだべなぁ」


 えー、全然絞れないじゃない。

 一から洗うしかないか、あーめんどくさい。


「被害者の情報を教えて」

「あー、名前は山本蘭子。東京からきた余所者なんだが大学で最新の農法を勉強してきててなぁ。女なのにすげえよなぁ。山本さんのおかげで一気に収穫量が増えたんだべ。それから村の若いもんと間も無く結婚するところだった。山本さんは独占欲の強い人でなぁ、よく嫉妬していただ」


 女性なのに大学か、相当優秀だったんでしょうね。


「恨みを買うようなことは?」

「あるはずなかべぇ」


 うーん、参った。

 決め手になる手がかりは見つからない。

 ただ、被害者の性格を考えると愛憎による殺人という可能性もあるかしら。


 .......ていうかお腹すいた! とりあえず飯ね!


「村長、この村で一番美味しい飯処に連れてって」

「そ、捜査はどうすんだべ?」

「まずは腹ごしらえよ!」

「わ、わかっただ」

(愛想はどうしたんですか?)

「うるさい」



 ***



 飯処に移動した。

 最悪ね、野菜と川魚しか出てこないわ。


「野菜は全部この村で取れたもんだ、美味しかろう?」

「ほ、ほんとね! 美味しい!」


 私野菜嫌いなのよねぇ。


「そんなにうまくねえだろ」


 気を使いながらそんな会話をしていると、背の高いハンサムな殿方が姿を現し、口を挟んできた。


「え?」

「それ、山本が来てから作られた野菜なんだ。大したことねえだろ」

「い、いやそんなことはないですよ」


 三郎がそうフォローした。

 確かにまあ普通の野菜ね、いつものように美味しく無い。


 そんな事より!


「初めまして、櫻子です。お名前を教えてくださいな」


 坊主頭がかっこいい! 何としてもお近づきにならないと。


「太郎だ。あいつが来てからの野菜はダメだね。甘みがまるでねえ。姉ちゃん探偵の人だよな? せっかくだから俺の野菜食ってけよ」

「よろしいのですか? ありがとうございます」


 ラッキー! 仲良くなれそう!


(急に人が変わっただなぁ)

(いつものことです)


 小声で村長と三郎がなんか言ってるけど無視よ、無視!


 こんな片田舎でも、ハンサムな殿方とゆっくり暮らせるなら悪くないかも!


 ......そう思ってたら首にキスマーク見つけちゃった。

 恋人持ちかぁちくしょう。


「ちょうどよかった。厨房でカブが切れたってんで、急いで俺が育てたやつを持ってきて補充しようとしてたとこなんだ。ほら、食ってくれ」


 太郎さんからカブを投げ渡された。

 恋人持ちと分かった以上もう興味ないんだけど。

 しょうがないわね、言った手前食べるしかないか。


 私は意を決して苦手なカブを齧った。


「お、美味しい......」


 確かに美味しい、みずみずしくて甘い。

 さっきまで食べてたのとは格が違うのが分かる。


「びっくりしました、私野菜が苦手だったんですけれど———」


 あ、山本さんを恨んでる人いた。


「ねぇ太郎さん、あなた山本さんがきて野菜がダメになったと憤っていたわよね」

「おう。確かにそうだ。この村の伝統はあいつがぶっ壊したんだ」


 太郎さんはこの村の伝統的な農法に誇りを持っているみたい。

 殺害の動機としては成り立つわね。


「そんな事を言うでねぇ太郎!」

「村長は黙ってろ! 村のみんなはアイツが来るまで俺の実力を褒めてたじゃねえか! それが何だよ急に!」

「黙りなさい!」


 私が一喝し、口論が止んだ。


「ねえ太郎さん、あなたが山本さんを殺したんじゃないの?」

「太郎がそんなことするわけないです!」


 突然、髪がボサボサの殿方が店に入ってきて私に反論した。

 背格好は太郎さんと同じくらい、歳は近そうね。

 ......あら? この人の首にもキスマーク、太郎さんのと左右対称に付いているわ。


「太郎は僕の好敵手、彼に勝てなくて何度泣いたか分からない。僕は彼の才能が憎い、でも人を殺すやつなんかじゃないんです!」


 あーめんどくさいのがきた。

 感情論じゃ事件は解決できないのよ。


「ひどいのは村のみんなです! 山本さんが来てからそれまで持ち上げていた太郎にまるで関心を持たない、どれだけ冷たいんですか!」

「黙れ定吉! この村はずっと貧乏だったんだべ。収穫量を増やした山本さんはこの村を救っただ!」


 もうこの村嫌よ、放っとくと喧嘩がはじまるんだもの。

 さっさと解決して帰ろっと。


「定吉さん、感情論で事件は解決できないの。太郎さんは山本さんを殺す動機を持っている。最近西洋から指紋を採取する技術が持ち込まれたから、太郎さんの指紋と皿の指紋を照合すれば———」

「櫻子さん。太郎は山本さんを殺すことはできねえだ、アリバイがあんだべ」

「え?」


 えーーー。

 ふりだしーーーー。


「太郎は宴で山本さんが殺された時、一緒に机を囲んでいただ」

「でも、さりげなく毒を混ぜるくらい......」

「無理だ、一番遠くに座っとっただ」

「で、でも! 彼には動機が!」


「いんや、山本さんと太郎は愛し合っていただ。2人でいる所を見られて良くからかわれていたべ。殺すわけがねえ」

「ち、ちがう村長! 俺は山本とは何でもない!」

「ハァ、分かったわ。ひとまず今日は、休ませて、下さいな......」



 ***



 宿に休みに来た、まさか泊まり込みになるなんてね。

 

「参ったわね三郎、でも私はあの太郎が犯人で間違いないと思うのよ。この天才探偵の勘がそう言ってるわ」

「しかし、アリバイがありましたが」

「そこなのよねえ、参っちゃった」


 何とかアリバイを崩せないかしら。

 渦巻く嫉妬、褒められていたという農作のセンス、自分を信頼する友人、他人に興味の無い村人、そしてキスマークと2人の愛......。


「あ、わかった」

「本当ですか櫻子さん! はやく検証を」

「今日はもう、ねる! ねむい」

「はあ......はいはい。ではおやすみなさい」



 ***



 翌日、私は殺害現場で証明の準備をしてから、村長、太郎、定吉を呼んだ。


「犯人が分かりました、やはりあなたですね太郎さん」

「だから、太郎がそんなことするはずが!」

「———と、定吉さん」

「は?」

「あなた達は確かに山本さんを殺害しました」

「だが櫻子さん、わしは山本さんから一番離れた席に太郎が座ってるのをこの目で見ただ!」


 この村の人ほんと他人に興味ないのね、誰も気が付かなかったのかしら?

 2人が心を痛めるのも頷けるわ。


「太郎さん、定吉さん、指紋を取らせてちょうだい。無実だと言うのなら構わないでしょう?」


 私は有無を言わさず2人の指紋を取る。

 そして事前に取っておいた太郎が座っていた席の指紋と、厨房のスリ棒の指紋を提示する。


「まず、この指紋が取れたスリ棒からはトリカブトの成分が検出されました。凶器はトリカブトの毒で間違い無さそうです」

「だ、だからなんですか」

「そして.....」


 私はおもむろに定吉の頭に手を伸ばし、かつらを取る。


「あなた、定吉さんではなく太郎さんですね」

「な、なんだべか!?」


 そう、これは入れ替わりトリック。

 植物の扱いに長けた太郎はカツラを被って定吉に化ける。

 そして定吉は髪を剃って太郎に化ける。

 リトマス紙をあそこまで濃く染める純度でトリカブトから毒を抽出できる人なんて、植物に対する圧倒的センスを持つ太郎しかいない、よって定吉は疑われない。

 太郎も化けた定吉がアリバイを作っているので疑われる余地はない。

 村人の自分への関心の薄さを利用したトリック、か。

 うまく考えたものね。


 私はその推理を噛み砕いて3人に説明した。


「そしてほら。事前に採取した2つの指紋と2人の指紋を合わせると、ぴったり重なるってわけ。相手が悪かったわね」


「く、くそ! この村の伝統はこのまま廃れるというのですか!」


 元太郎の定吉はそう憤った。


「確かに定吉さん。あなたが昔ながらの農法で作ったというカブはとても美味しかったわ。でも動機はそれだけじゃないでしょ?」

「な、なにを」


 私は2人の首元を指さす。


「これ、左右対称のキスマーク。あなた達は愛し合っているのね。そんな中、山本さんは太郎さんに好意を寄せており、しかも皆から囃し立てられていた。結婚させられる流れを止めるため、あなた達は山本さんを消したかった、違う?」


 昨日、2人のキスマークの位置を見て察しちゃったのよね。

 向かい合って付けたとしか考えられないもの。


「キスマークで独占欲を示すなんてロマンチックね。愛とプライドによる毒殺、美しいじゃない。それでもね、人を殺して良い理由にはならないのよ」

「す、すみませんでした」

「申し訳なかった!」

「あなた達を警察に引き渡します、ついてきて下さい」


 あーやっと終わった、早く帰ろ。


「待ってくれ、村長!」


 え、まだなんかあるの?


「この村の伝統は絶対に守ってくれ! 頼む、ここの野菜は日本一なんだ! その誇りを簡単に捨てるな!」

「う、うむ。わしがブレとるせいで人が死んだんだべ、先祖様が作った農法をしっかり継承するだ。それにこれからはもっと住民1人1人に目を向けよう、すまなかっただ」

「......よかった」


 なるほどね、確かに殺人までしてなにも変えられないんじゃ浮かばれない、被害者も加害者も。


「もういいですね」

「はい」



***



 こうして、私史上最も非ハイカラな殺人事件は幕を閉じた。

 もう田舎の事件は受け付けないようにしよう。


「櫻子さん依頼です! 長野県の川上村で強盗殺人があったようです」

「もう田舎はいやあーーーーー!」

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