1話 ここは狭くて暗い部屋。
【プロローグ】
神社に赤子が捨てられていた。
そこに10羽ほどのカラスが群がっている。
「おいあれ赤ちゃんじゃないか?」
運良く通りがかりの夫婦が彼を見つけ、児童施設に届けるも身元は分からない。
いつまで経っても引き取り手が見つからないので、妻が不妊だったその夫婦がそまま里親となって彼を育てることになった。
「おいクソガキ。シケモクとってこい」
パパはタバコが吸いたいみたい。
パパの手伝いができて嬉しいな。
僕はまだ吸えそうなタバコを探して満杯の灰皿に手を突っ込む。
これは短すぎる。
「おい」
これは口つけるところが汚いからダメだし......
「おい!」
突然パァンと乾いた音が響く、ビンタが飛んできた。
「早くしろ」
「ご、ごめん」
......あ! これ吸えそう!
「パパ! あったよ!」
「ん」
僕が怯えながらシケモクを渡すと、パパは無言で受け取って火をつけタバコを吸い始めた。
今日の天気は雨。
僕は12歳で狭い1DKのアパートに3人暮らし。
部屋はいつも薄暗い。
昔は広い部屋に住んでいたんだけれど、4歳の時に引っ越してきたんだ。
なんで引っ越すことになったのかは分からない。
僕のパパとママはとっても優しい。
引っ越す前はよく遊園地に連れて行ってくれた。
メリーゴーランドに乗ると二人は僕に手を振ってくれる、僕は周りながら2人が見えると手を振りかえすんだ。
また行きたいなぁ。
でもママの様子がおかしくなってからのパパはちょっと怖いんだよね。
きっと大変なんだよ、僕が支えないと。
ベランダに目をやると、ママが奇声を発しながらカラスと戦っている。
パパはその音が煩わしいようでさっきから貧乏ゆすりが止まらない。
怖いよ、パパ。
「オラァ!!!!」
ママが雄叫びをあげてビンをカラスに投げつけた。
カラスはそれを華麗にかわす。
ビンが下に落ちて割れた音がした。
「チッ。おい、割れたビン片付けてこい」
「はーい!」
またパパの手伝いができて嬉しい。
今日はいい日だ。
***
僕は部屋から出て、割れたビンを片付けに階段を降り始める。
パパはきっと僕を大人って認めてくれてるんだ。
だから僕に手伝いを任せてくれてる、ママがおかしくなってカラスと喧嘩ばかりしてるから。
僕と会話してくれるのは世界でパパしかいない。
もっとパパの気を引きたい。
あ、そうだ!
怪我したらパパは僕のこと心配してくれるかな。
ママもカラスより怪我した僕に関心が移って正気に戻るかも!
......ここから飛び降りてみようかな。
2階からだし死なないよね。
そう決断した僕は階段の手すりによじ登った。
立ってみると意外と高く感じる。
落ちたら痛いだろうなあ。
脚がぷるぷるしてる。
怪我したらパパ昔みたいに優しくしてくれるかな。
久しぶりにレストラン連れて行ってくれたりして!
これでママが正気に戻ったら3人で行こう!
ドリンクバーも付けちゃおっと。
......よし、やるんだ、きっと楽しい未来が待ってる。
僕は期待を膨らませ、足から落ちるために手すりからジャンプしようとする。
———しかし。
「あ! やばい!」
しまった足が滑った。
雨が降ってるから濡れてたんだ。
頭から落ちちゃう!
背中がヒヤッとした。
反射的にどこかに掴まろうとしたが、掴めるような何かは空中にあるはずもない。
無情にも僕の体は落下してゆく。
そして迫るコンクリートがゆっくりに感じた直後、頭から落ちる衝撃と共にとてつもない痛みが走る。
ボキリと首の骨が折れる音が聞こえた。
い、痛い。
なんだか頭がふわふわする。
そんなことより早く割れたビンを片付けないと。
......あれ? 身体が動かない。
「おいなんだよ今の音は。あ、ガキが倒れてる」
あ! パパが気付いた!
「ぷぁっ......」
うまく声が出せない。
身体が痛いよパパ。
片付けるのおそくてごめんね。
でもほら、僕に興味を持って。
はやく3人でレストランに行こう。
「ほっときゃ死ぬかなこれ。.......もう限界なんだよ。悪いけどこのまま死んでくれよ。もう無理なんだよ本当に。本当に! いつからこんなことに! くそ!」
......え? どういうこと?
パパが何を言ってるのかわからない。
いつもお手伝い任せてくれてるじゃん。
信頼してくれてたんじゃないの?
いつも良い子にしてるのに。
こんなにパパが好きなのに。
怪我したらパパもママも心配してくれてレストランに行くはずなのに。
こんなはずじゃ、ああ、もう全部どうでもいい。
世界が暗くなった。
視界が白黒になっている。
これは頭を打ったから?
それとも悲しいから?
なんだか眠くなってきた、とても心地いい。
ああ、もうこのまま寝てしまおう。