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誘拐されがちな令嬢達の物語

私だって好きで誘拐されてるわけではない

作者: 白澤 睡蓮

 眠りから覚めて目を開けた瞬間、私は力なく声を上げた。


「またかー」


 上半身を起こした私の視界に広がるのは、見慣れない室内の光景だ。品の良い家具が取り揃えられ、どこかの屋敷の客室のように思えた。


 おそらく寝ている間に、私はまた誘拐されたらしい。今私の両手首にはご丁寧に、手枷が取り付けられている。魔法で外すことも不可能ではないが、外すことは早々に諦めた。どうせそのうち外してもらえるし、無駄な労力は使いたくない。


 誘拐されたと分かっても、私は全く動じていなかった。ちなみに私は月二以上の頻度で誘拐されている。恐らく私は世界で一番誘拐されている令嬢なのではなかろうか。


 私が誘拐されまくる理由は身代金ではない。私ネリア・リグリッパーは子爵家の娘だ。国内でリグリッパー家より金持ちの家は、他にもっとたくさんある。身代金が目当てなら、他の令嬢を攫った方が良い。


 外と室内の暗さから判断して、今は日の出前の時間のようだ。寝足りない私はまだ眠い。二度寝しようと思い、私好みの固さのベッドに再び寝転がった。手枷は邪魔だが、眠れないことは無いから構わない。


 眠りに落ちる直前、何でもできる婚約者のことが一瞬だけ頭を過った。


 ノックの音で私は再び目が覚めた。まだ眠いので、とりあえず一度は無視する。


 再度ノックの音がした。目を開けると、既に辺りは明るくなっていた。陽の高さからして、私が普段起きている時間のようだ。


 このまま返事せずに放っておいたら、どうするつもりなのだろうかと興味が湧いた。音をたてないようにして起き上がり、黙ったままで様子をみる。


 もう一度ノックからの、ノックの連打が始まった。とってもうるさい。


「はい、どうぞー」


 気の済んだ私が返事すると同時に、勢いよく扉が開いた。


「無事か!? ネリア!」


 なだれ込むように入ってきたのは、見覚えがある一人の青年だ。我が婚約者殿、リバクト・グレオン侯爵令息の登場である。


 ベッド横に跪いたリバクト様は、壊れ物に触れるように私の頬や髪を撫でた。


「心細かっただろう? 辛い目にあったね。良く頑張った」


 言いたいことはあるけれど、そこは我慢だ。リバクト様にこうして触れられるのは、嫌いではないから。


 ただリバクト様の発言はどれも不正解だった。私は気持ちよく眠っていただけで、不安はこれっぽっちも感じていない。


 眠っている状態で誘拐されたので、私は寝間着のままだった。リバクト様にそんな姿を見られても、私は羞恥することなく平然と過ごしている。寝間着姿を見られた程度で、動揺するような私ではない。


 私を愛でることに満足したであろうリバクト様は、私の手首に付けられた手枷に触れた。


「さあここから帰ろう」

「そうですねー」


 白々しく言いながら手枷を外すリバクト様に、私は気のない返事を返した。毎度のことなので、返事が雑になるのも仕方がないことだと思う。


「僕が運ぶから、ネリアは僕に身を預けてく」

「歩けるので大丈夫です」


 リバクト様が言い切る前に、ベッドの横に置かれた履物を履いた。リバクト様に悲しそうな顔をされると、ちくりと良心が痛むけれど、私に運ばれたい願望は一切無い。その後もリバクト様は何かと理由を付けてお姫様抱っこしようとしてきたが、私は丁重にお断りした。


 部屋を出て建物の外まで来ると、どこかの屋敷だろうという私の見立ては、当たっていたことが分かった。まあ毎度のことなので驚きは特にない。


 屋敷の前で私達を待ち構えていたグレオン侯爵家の馬車に、私とリバクト様は二人で乗り込んだ。馬車が向かう先はグレオン侯爵家の屋敷だ。これも毎度のことである。


 ここで私はあることに気付いた。休日ならまだしも、今日は学園の登校日だった。今日はこのままグレオン侯爵家の屋敷から、学園に向かうしかない。必要なものは屋敷で既に準備されていて問題無いだろうが、それはそれ、これはこれだ。時と場合を考えろというやつである。


 基本物事に動じない私でも、堪忍袋の緒が切れることはもちろんあるのだ。


「いいかげん止めてください」

「何のこと?」


 しらばっくれるリバクト様は、馬車の窓の外を見たままだ。それでも私の手をしっかり握って離そうとしない。


「この自作自演の誘拐と救出劇です」

「僕は誘拐されたネリアを華麗に助けに来ているだけで、誘拐だなんてそんな」

「私を私の自室から誘拐先まで運んでいるのは、リバクト様自身でしょう?」


 リバクト様の美麗な顔に動揺が走った。図星だったようだ。


「なぜそれを!?」

「自分以外が私に触れるのを、貴方が許すはずがありません。ここまで貴方の趣味に付き合っていましたが、もう我慢の限界です」

「い、いつから気付いて……」

「気付かないはずがありません。貴方はずっと、私が気付いていないと思っていたんです? この誘拐は冷静に考えれば考える程おかしいです」


 リバクト様に反論の余地を与えないために、私は一方的に捲し立てた。


「寝ている間に何をされても起きない私のことは、自分でも異常だと思うので今は置いておきます」


 さすがに起きるだろとか思わないでほしい。私は熟睡していると、何をされても本気で分からないのだ。


「侯爵家には劣るにしても、うちの屋敷の警備は誘拐犯の侵入を許すほど、ザルではありません。どうせ私の家族も共犯なんでしょう? リバクト様に協力しろと言われれば、拒否権はないですから」


 リバクト様の家は侯爵家で、私の家は子爵家で、力関係は明白だ。


「さっきだって、誘拐先でわざわざノックする人います? 相手の身を案じてすぐに開けません?」


 相手の無事が分かっていなければ、ノックする余裕などないはずだ。つまりリバクト様は私の無事を知っていた。


「あと履物と一緒に誘拐する誘拐犯がどこにいますか」


 履物を置いて来れば、私をすんなりお姫様抱っこできただろうに。リバクト様は頭が良いのに、こういう所は考えが及ばないのだ。


「あの屋敷は使われていない屋敷を借りたのでしょう? 普通は誘拐先にこんな屋敷は使いません。もっと不快で劣悪な場所です」


 私はいつもふかふかのベッドで寝かされているので、しっかりばっちり熟睡出来ている。たとえ誘拐事件があった日でも、私は睡眠不足とは無縁だった。


「仮に私が実際に何十回も誘拐されていたとして、誘拐を未然に防ぐこともできずに、今まで犯人を捕まえられていないなら、貴方はどんだけ無能なんですか。あともっと大事になっていなきゃおかしいでしょう。それに今まともに息をしている犯罪組織は、国内に存在しません。他にも突っ込みどころは多々ありますが、話が進まないのでこのぐらいで終わらせておきます。ただ貴方の演技力は、毎度のことながらすごいと思います。文化祭の演劇で主演をはっただけのことはありますね」


 項垂れるリバクト様は観念したようだ。それでもリバクト様は決して、私の手を離したりはしない。


「それで何か申し開きはあります?」

「ネリアに好かれたくて、吊り橋効果を狙いました」


 白状された真相に、私は頭が痛くなった。


「私がめったなことで動揺しないのは、貴方も知っているはずです。誘拐程度で私を動揺させようとは、甘い。甘すぎる。仮にドキドキすることがあったとしても、吊り橋効果で貴方のことを好きになることはありません」


 あ、だめだ。私の好きにならない発言で、リバクト様が泣き出しそうだ。これは本心を言うしかないか。


「今から大事なことを言います。一度しか言わないので、よく聞いてください」


 リバクト様が居住まいを正す。リバクト様の潤んだ目を見て、私ははっきりと言い切った。


「こんなことされなくても、私は貴方のことが既に好きです」


 リバクト様の泣き出しそうな表情は一変した。


「今のもう一回、もう一回言って」

「話を聞いていました?」


 煌めく笑顔のリバクト様に何を言われようと、先程の言葉をもう一度言う気は無い。無かったのだが、私はリバクト様に馬車の壁際まで追い詰められて、そうもいかなくなってしまった。


「分かりました。もう一回だけ言います。貴方のことが好きです」

「ネリア~」

「あまり情けない声を出さないでください。貴方のような素敵な人に好かれて、熱烈にアプローチされて、絆されない人がいると思います? 貴方が私に惚れた理由が、授業中に居眠りする姿に魅力を感じたからというのは、今でもどうかと思いますけど」


 最初に聞いた時、三回ぐらい聞き直した覚えがある。あれはさすがに私でも動揺した。


「吊り橋効果はまあいいとして、どうして誘拐なんです?」

「母上が貴族令嬢のピンチと言えば、誘拐なのだと。誘拐以上のドキドキは、この世に存在しないと言っていた」

「ああ、お義母様ならそういうことも言いそうです」


 即納得した。リバクト様の母グレオン侯爵夫人は、冗談抜きに常識外れで規格外の人だ。今までに築いた伝説は数知れず、生きた伝説とまで呼ばれている。現在進行性で伝説を築き続ける恐ろしい人だ。今まともに息をしている犯罪組織が国内に存在しないのも、この人のせいだったりする。


「母上は何度も引き起こされる誘拐を通じて、父上と絆を深めていったそうだ」

「お義父様がいやいや付き合っていた姿が、目に浮かびます」


 お義父様はお義母様に昔から振り回されていたのだろう。実に容易に想像できた。


 話が終わると、リバクト様は馬車の外の風景を見たままで固まってしまった。私の直感がまだ何かあると告げている。


「まだ何か隠していません?」

「………………………………今日ネリアが寝ている間にキスしました」


 爆弾発言だった。


「最低です」


 良い音の平手打ちが、リバクト様の頬に炸裂した。


 私は婚約して以来、問答無用に誘拐され続けているのだから、これぐらいは許されると信じたい。……信じたい。


「ごめん! 唇にはしてないから!」

「そういう問題じゃない!」


 私が声を荒げたのはいつ振りだろう。私からこんな反応を引き出せるのは、きっとこの世で貴方だけだ。

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