夏祭りと、トラブルと、夜空に咲く花
幼馴染の譲羽紗雪は、なぜか俺の飼い犬に張り合おうとしてくる。はじめのうちは、そうだった。
今はもう、一人と一匹は女友達みたいな仲なのかもしれない。
ガヤガヤと騒がしい祭りの最中、いくらか列に並んで屋台の食べ物を確保していく。特に紗雪が推していたのは焼き牡蠣なので、それを熱々のまま持ち帰れるよう最後に回す。
射的に、ボール掬いに、金魚掬い、型抜き。食べ物以外も、お祭りで見かけるような屋台は全てあるんじゃないかというくらい豊富なラインナップだ。
お、チョコバナナもある。あとでこれも買いだな。腹がへっているせいか、どうにも目移りしてしまって困る。こういうときほどいろんなものを食べたくなるのだ。
そんな気持ちを抑えることができずに、気がついたときには腕いっぱいになるほどたくさん買い物をしていた。
「そろそろ紗雪のところに帰らないとな」
時間は三十分ほど経っていた。
並んで買い歩くため時間がかかるとは思っていたので、その点は一応紗雪には伝えてあるが……早く帰るにこしたことはないだろう。
完全に手が塞がった状態で、神社の裏手に回る。
両手に花ならぬ両手に団子状態だ。男子高校生がこんなに屋台の食べ物を買い込んでいたら、通りすがりの人は何事かと思うだろう。それとも微笑ましくなるんだろうか? もしくは、食い意地のはったやつだとでも?
まあ、周りの評価なんてどうでもいい。俺は紗雪と楽しく過ごせれば――。
「ウォン! ウォン! ウォン! ガルルルルゥッ」
ふと、犬の吠え声が聞こえて立ち止まる。
「……くるみ?」
普段はあまり聞かない、荒々しい鳴き声だ。こんな荒々しく、怒ったような鳴きかたをするくるみの姿なんて見たことがない。なにかの間違い? 聞き間違いか? くるみじゃなくて別の犬の声? いいや、違う。鳴きかたはまるで違うが、声は確かにくるみのものだった。
「紗雪に、なにかあった……とかっ」
くるみは、紗雪と一緒にいる。
紗雪とくるみは仲良しだ。間違ってもくるみがこんな怒声をあげるような間柄ではない。ってことは、紗雪になにかあったのでは?
戸惑いは一瞬。
俺はそのまま、紗雪が待っているはずの場所へと駆け出していた。
「紗雪!!」
「あ、い、犬飼君……」
そこには、しゃがみこんでいる紗雪と、少々の野次馬らしき人達の姿があった。遠くに、逃げていく大学生くらいの年上の男達の姿が見えた。
「よかった〜、彼氏さん帰ってきたんですね。ダメですよ、別行動だなんて」
野次馬の中から一人の女性が歩み出る。
事情を聞くと、どうやら紗雪に大学生が絡んで来たらしい。強引なナンパだったものの、噛みつくような勢いと剣幕でくるみが吠えまくり、くるみの吠え声で集まってきた人達が大勢で野次を飛ばして大学生を追い払ってくれたとのことだった。
「ありがとうございました。おかげさまで紗雪もくるみも無事です」
「このワンちゃん、くるみちゃんって言うんですね。この子に感謝してあげてください。きっと、この子が必死に吠えたりしなかったらこんなに人が集まらなかったでしょうし、人がいっぱいいなかったら大学生を追い払う勇気もきっと湧いて来なかったでしょうし……」
くたびれた様子の女性はそう言って、少し話をしてから別れた。
くるみ一匹ではきっと、大学生を相手に紗雪を守りきることなんてできなかっただろう。それに、周りに人がいなければ、くるみもなにをされるか分からなかった。ナンパまでしてくる大学生なら、邪魔になれば蹴り飛ばそうとしてきていたかもしれない。本当に人が集まってくれていてよかった……。
「ごめん、紗雪。怖かっただろ。もう今日は帰ろうか」
紗雪は涙目で首を振る。
「くるみちゃんが、必死に、守ってくれました。みんな、守ってくれました。怖かったですけど、私としては……くるみちゃんが、私を守ってくれたことのほうが嬉しい……です」
くるみの背中をゆっくりと撫でながら、紗雪はぽつり、ぽつりと言葉をこぼす。その瞳は涙で濡れていたものの、強い光を宿している。気の強い瞳だ。きっと、くるみだけじゃなくて紗雪も大学生に対して全力で自己防衛していたのだと察する。
「こんなことで……」
「ごめん、台無しになった。やっぱり一緒にいるべきで……」
俺が自己反省会を開きながら言っていると、紗雪の人差し指が俺の唇に触れて、それ以上の言葉を封じられる。驚いているうちに、紗雪は俺をまっすぐと見上げて声をあげた。
「こんなことで楽しいデートが台無しになるなんて、私耐えられません!! 食べますよ!! それで花火見るんです!! 楽しい思い出で終わらせないと気が済みません!! そうは思いませんか!?」
勢いよく捲し立てられた言葉に、言葉を封じられたまま俺は思わずキョトンとしてしまった。それから、ふっと笑いがこぼれる。
「そっか、そうだね。そうだな! 紗雪の言う通り、楽しくないまま終わったらもったいないよな」
「ええ。自分の不手際でもないのに、楽しくない気分で終わるのはなんかムカッとくるじゃないですか。くるみちゃんとも、もっと遊びたいですし」
「分かった。それじゃあ、飯は俺が買ってきたやつだけにするとして、花火が見れる場所まで移動するか」
「そうしましょう」
それからは、花火が綺麗に見られる穴場スポットへと移動した。
やはり想定していた通り二人きりとはいかず、いくらかのカップルが他にもいたが、距離を取って場所を取る。まあ、現実なんてそんなものだ。
「カキ……冷めちゃったけど」
「お祭りで焼き牡蠣なんて初めてです! あ、くるみちゃんはダメですよ。クッキーあげるのでこっちは諦めてくださいね」
くるみにもおやつをあげながら、二人で駄弁り夜空を見上げる。
遠くでひとつ、またひとつと花火が打ち上がり始めていた。
「綺麗ですね」
「うん」
「ちゃんと、デートらしいデート、できましたね」
「そう、だね」
「買ってきてくれたもの、全部美味しいです」
「そっか」
くるみの鼻が手のひらに当たる。暑い夏の空気の中、くるみの鼻は冷たくて気持ちよかった。
「改めて言うけど、紗雪……」
「はい?」
「あー、あい……」
「あい……なんですか?」
あ、こいつ分かって言ってるな。
「あい……あい………………す、くりーむが、食べたくなる暑さだな」
「そうですね。私も愛しています」
「あ」
「え?」
「……」
「……」
「なんか、ごめん」
「そういうヘタレっぽいところも好きですよ」
好きは簡単に言えるんだが、愛してるの五文字を言うのだけはなぜだか緊張して上手く言えなかった。自分でもクサすぎると思ってしまったのかもしれない。
なんだかんだ、俺達は明確になにかを言うよりも、いつものように軽口を叩きながら軽い好きを積み重ねるほうが性に合っているのかもしれない。
そうして、夜空に咲く大輪の花を見上げながら俺達は笑い合う。
「くぅーん……」
呆れたように、くるみが小さく鼻を鳴らしていた。
これにて完結。
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