一夜明けて、思い出して、おはようの挨拶
幼馴染の譲羽紗雪は、なぜか俺の飼い犬に張り合おうとしてくる。そして、現在は俺の家にお泊まり会中である。
コンコン。そんな音が聞こえた気がして目を覚ます。一晩明けて、ぼおっとした頭で視線を彷徨わせた。
確か昨日は……紗雪が泊まりに来てて、風呂上がりのあいつに髪を乾かしてほしいってお願いされたんだったか。
――「はいはいお客さん、熱くない?」
――「ちょうどいい感じですぅ……」
自分以外の髪を乾かすなんて経験は飼い犬のくるみ以外ではなかったために、もちろん恐る恐る……という感じだった。あまり一箇所に当てすぎると熱すぎてしまうので、適度に温風が当たる場所をぶらしつつ、ゆっくりと彼女の髪の束を手に持って乾かす。
膝の間に紗雪がいて、後ろから肩を抱いて、髪を乾かす。とろけるような顔でにへらと笑いながら、だんだん眠気に誘われていく紗雪の姿に心臓が跳ね回ってしまうんじゃないかと思った。それこそ死んじゃうんじゃないかって。
眠気からか、体重を徐々に俺のほうへかけてきて猫のように擦り寄る彼女。
髪がすっかり乾いた頃には俺の胸の中で眠ってしまっていた。安心しきって、まるで自分に不都合なことはなんにも起こり得ない場所だとでも言うように。
俺が、なにもしないと確信しているように。
あのあと、俺は脱力している紗雪をなんとか持ち上げて隣の部屋に向かった。先に扉を開けておいてから、紗雪を抱いて移動し、ベッドに横たえる。離れようとしたらお約束のように袖を掴まれたが、そっと手をほぐすように優しくほどいて、自室に戻った。
それから……一人で寝たのだ。足元にくるみはいるが。
そういえば、結局紗雪はくるみと一緒に寝れなかったな。一緒に寝たいと言っていたが、それはまた今度にお預けかな。
コンコン。
また音がする。今度ははっきりと聞こえた。
「開いてるよー」
扉に向かって声をかける。
多分、まだ寝ているときから扉をノックしていたのだろう。
「おはようございます!」
扉を開けて、世界一大好きな幼馴染の笑顔がそこにある。
「ああ……」
「ん、どうしました?」
元気いっぱいな声に、俺まで元気が出るような気がする。
朝一番に見る笑顔が、君のものでよかった。
「いや、おはよう」
「はい、おはようございます!」
……なんて、まだ素直には、言えないかな。
『好き』は結構簡単に言えるのに、なんでだろう。不思議だ。




