寄り道と、告白と、クレープ
幼馴染の譲羽紗雪は、なぜか俺の飼い犬に張り合おうとしてくる。
そんな彼女だが、前は飼い犬のくるみの話を擬人化して自慢する俺に『彼女がいる』と思い込んでいた。
そのうえで、俺も聞こうと思う。
紗雪があのときどう思っていたのかを……。
「なあ、紗雪」
「ふぁい」
駅前のクレープ屋さんへ行くということで、二人並んで歩いているとき。
頃合いかと思って俺から話題を振った。
「くるみのこと勘違いしてたときってさ、どう思ってたのかなぁ……って今更ながらに思ったんだけど、それって教えてくれることはできるか?」
あくまで俺が聞きたいだけだ。
紗雪が嫌がるなら無理強いするつもりはない。
「どう思っていたか……ですか?」
「そう。ほら、なんかすごく混乱してたみたいだし、告白もかなり唐突だったし……さ」
「あ、その、えっと、あれは結構黒歴史なんです……でも、気になるなら話しますよ」
ゆっくりと駅までの道のりを歩きつつ、相槌を打つ。
「できれば聞きたい」
「そ、そうですか? ……えっと、あのときは、とにかく混乱していて……最初は、勘違いだろうって思ってました」
「ん、最初は分かってたのか?」
「私の聞き間違いだろうとか、そんなまさか〜って思ってたんです。でも、動揺したのは確かで、それで変に絡んじゃって……えと、とにかく聞こうと思ってたんですよ。本当のことなのか」
その結果、ますます勘違いは加速していったということか? 自分で自分の足元をすくったようなものか。
「質問が悪かったんです……圧倒的に私の質問の仕方が悪かったんですよね。今はもう、それが分かってるんですけど」
「うん、まあ……あれだ。紛らわしい答えかたしてた俺も悪いし」
「そうですね、ちゃんと主語をはっきりしてほしかったです」
「だよな」
そこはしっかり指摘してくるよな。もう紛らわしいことは言わないようにしないと。心に決めた。
「どんどんドツボにハマっていっちゃってですね、ずっと迷ってました。犬飼君には彼女さんがいる。なら私のこの想いは諦めるべきだって。でも、同時に思ってました。想いを一言も口にしないで、犬飼君に伝えることもせずに静かに消しちゃうのは、なんだか嫌で……」
「うん……」
「伝えずに終わるのは、嫌だったんです。だから、いっそ潔く告白して、潔く振られちゃおうって思って」
「うん」
だんだんと彼女は目を潤ませていく。当時のことを思い出しているのかもしれない。
「犬飼君が好きってこと、伝えてから諦めるならいいかなって思ったんです。『なかったこと』にはしたくなかったんですよ。だから、あのときはなんとしてでも伝えてやろうって思ってました。勇気を振り絞って、声がどれだけ震えても、自己嫌悪で死んじゃいそうになっても、必ず言おうと」
そこまで、俺のことを好きだと思ってくれていたのか。
「だ、だからですね。ようやく本当に勘違いだったと分かって、すごく嬉しかった」
きっと、紗雪がこうして俺の隣にいるのは奇跡みたいなことなんだろう。
奇跡みたいな変なすれ違いをして、でも彼女の僅かな勇気によってどうにか歯車がかち合った。
紗雪が勇気を出して告白してくれなかったら、俺は一生この両片想いに気づけなかったかもしれない。だから、紗雪の小さな。けれど大きな勇気の一歩に感謝しなければならない。
「ありがとな」
「ま、また感極まって来ちゃいました……あはは、過ぎたことなのに」
「いいよいいよ。俺のほうこそ、苦しい思いさせてごめん。ちゃんと今度からは誤解のないようにする」
「そうしてくださいね。私、動揺すると前に突っ走ることしか考えられなくなるみたいなので」
「そうみたいだな」
彼女と視線が合って、少しだけ低い位置にある頭に手を乗せる。
「クレープ、奢るよ」
「あ、そういうのはいけないんですよ」
「ちょっとくらいいいだろ。お詫びとして受け取ってほしい」
「そういうの、委員長キャラとして見過ごせないんですが……ま、いっか」
「自分で委員長キャラとか言うなよ」
「いいじゃないですか。みんなが言うから慣れちゃいました」
「そっか」
笑いながら肩を並べて歩く。
このあと二人で食べたクレープは、いつもよりずっと美味しい気がした。




