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帰省から帰ってきたら俺の彼女と義妹が修羅ばった。

作者: 瀬戸悠一

先に投稿した短編小説『お盆に帰省してみたら、相変わらず妹は可愛かった』の後日譚です。

 田舎とは比べ物にならない人込みをかき分けて、駅から出てきた。

 あまりの人の多さに田舎育ちの妹が面食らっている。


 「お兄ちゃん……気持ち悪い」

 「人酔いだな」


 俺の天使が青い顔をしてふら付いている。

 ぼんやりしているとあっという間に飲み込まれるのが都会の人込みだ。やむをえまい。

 妹の手を握ってさっさと移動する。その瞬間、見るともなしに様子を伺っていた周囲の男どもから舌打ちが聞こえた気がした。

 お前ら有象無象どもに俺の妹はやらん。


 「も~お兄ちゃんってば」


 とかいいつつ満更でもない顔で胸を押し付けてくっついてくる妹様である。


 「素直になったお兄ちゃんにはちゃんと餌をあげないとね? 私は釣った魚にちゃんと餌を与えるタイプの女なんだよ」

 「最高かよ」


 そう、この時までは俺もそう思っていた。鼻を伸ばしていたと言っても良い。だが次の瞬間、俺の背筋が凍りついた。ひゅんって。


 「――こーちゃん?」


 甘ったるい声で、俺の名を呼ぶ女の子。

 駅の人込みから少し落ち着いた遊歩道の先に、よく見知った女の子がこちらを見て首を傾げていた。

 妹様はひとごみ疲れでぼんやりしているが、こちらの女の子はマイペースにぼんやりさん。歳の割にあどけない、純粋すぎる笑顔をぽやっと浮かべて俺の元にとてて、と駆けてくる。


 「おかえり~、こーちゃんっ」

 「お、おう」


 今にも抱き着いてきそうな雰囲気に先手を打って頭をナデナデして止めて見せる。

 俺くらいの調教師になると朝飯前の彼女操縦である。嘘です、すみません。調子のりました。


 「えへへ~、往復切符の指定券、確かこの時間だったと思ったから」

 「琴子は本当にいい子だなぁ~」


 よーしよしよし。

 つい最近、実家の豆太郎とこんなスキンシップしてた気がする。わんころ感あるな。


 「――おい」

 「ひえ」


 今の女性らしくないカッコいい声だれですか?

 あ、はい、分かってます。


 「? あれ? そういえば……」


 琴子が俺と妹様を交互にぼんやり見つめてくる。

 妹は明らかに『良い笑顔』で琴子をけん制するようにくっついてきた。女の子ってたくましい……あ、言葉濁しました、怖いです。


 「あ、前こーちゃんが言ってた実家の妹さん?」


 得心が入ったと笑顔を浮かべる琴子さん。


 「お、おおそうだ。田舎から付いてきたんだ、ただいま琴子」

 「おかえり、こーちゃん。妹さんも、初めまして」


 凄いよ琴子、妹様の睨み……じゃなくて笑顔を完全にスルーしてる。え? スルーだよね? それとも気づいてないの? どっちなの琴子。


 「……初めまして、元カノさん?」


 初対面の挨拶で食って掛かる人間を、俺は人生で初めて見た。俺の妹だった。


 「元カノ? えへへ、私はこーちゃんの彼女だよ? 昔の彼女さんが居たかは知らないけど」


 あ、はい、もちろん居たことありません。どこの世界に行ったらそんな彼女をとっかえひっかえ出来るんですかね?


 「ま、まあまあ、こんなくそ熱い都会のアスファルトの上で立ち話してもツマランだろ? とりあえず、家にでも行こうぜ!」

 「そうだね」

 「うんっ」


 二人が同時に返事を返して、顔を見合わせていた。


 「もしかして、琴子さん付いてくる気ですか? 何か用事があってここに居たんじゃなくて?」

 「妹さん、こーちゃんの部屋に寄っていくの? 歓迎するよ~」

 「なんであなたに歓迎されないといけないんですか」

 「え~、だってこーちゃんの部屋って、私のお家でもあるから?」

 「……ぎり」

 「ひいっ」


 女の子の歯ぎしりを、俺は生まれて初めて聞いた。俺の妹だった。




 ◇■◇■◇


 場所は変わって俺の部屋。

 1LDKの我が城のリビングである。

 観葉植物やら小綺麗なインテリア、それに可愛いぬいぐるみまでセットされているお洒落で小粋なハイセンスルームである。

 あ、うん、琴子が全部やってくれてます。俺のセンス皆無です。


 「ごめんね~妹ちゃん、甘いお菓子ちょうど切らしてて」


 といいつつ、紅茶を注いでお客様に振舞う彼女はどうみても正妻ポジだった。


 「ざけんな」

 「お、おい妹様、言葉遣い」

 「ごほん。あ~、琴子さん」

 「なあに?」

 「あなたお兄ちゃんの何ですか? 彼女? 本当にただの彼女?」

 「え、えへへ……」


 琴子が俺に熱い視線を向けてくる。耐えかねてぽりぽり頬を掻いていると妹様に足を踏み抜かれた。奇妙なダンスを踊る俺に、琴子が不思議そうな顔を向けてくれた。


 「えっと、一応、彼女かな……まだ」

 「まだっ!?」


 暗に含まれた意味に妹様が白目を剥いた。こいつ天使のくせに顔芸とはやるな。ギャップ萌えするやん。


 「……ふ~~ん、そう、あのですね、琴子さん? お兄ちゃんが話があるって言ってますよ? 今」

 「今っ!?」


 安全圏から様子を伺っていた俺に天を割くドリルが突き立ってきた。俺の心臓ギガドリルブレイク。

 首を傾げる琴子。


 「なあに? こーちゃん」


 やっばい。

 急に水を向けられても俺の頭は真っ白だぞ、かつてお山での恐怖では戦友の豆太郎が居たが、ここにはその相棒も居ない。

 ――だがしかし!


 「琴子」

 「ん?」


 出来るだけ真剣な顔で、琴子の肩に手を置いた。

 何か真剣な空気を察したらしい琴子が頬を染め、瞳を潤ませながら俺を見つめてくる。


 「可愛い、好き」

 「も、もう~。こーちゃんもカッコいいよぅ、大好き~」


 がばりと抱き着いてきた琴子を受け止めた。

 

 「ふふ、お兄ちゃん?」


 死 に た い の ?

 100%の感度でテレパシーが伝わってきた。

 だが待ってほしい。もう認めよう、こいつ、琴子は俺の彼女である。

 実家に帰省したのは、いろんな思いがあったのは確かだが、そんな俺が結婚まで考えた程の愛くるしい女の子なのである。

 そんな彼女をいきなり振れる? いや、誠実な男なら、意思の硬い男なら、そうすべきだろう。

 何をどう言い繕ったところで、俺が妹に惹かれているのはどうしようもない。

 だがしかし――


 「そんなん無理!!」

 「わあ、どうしたの急におっきな声……?」


 俺の腕の中で、琴子が目を白黒させている。あと妹様の血管が破裂しそう。

 世の中のへたれ男どもよ、こんにちは! 俺も仲間に入れてくれ!

 俺のへたれ具合を把握した妹様が、良い笑顔で首ちょんぱジェスチャーを披露した。気持ちはよくわかるぞ妹様。

 俺だってお前が誰か他の男のモノになるなんて知ったら気が狂いそうになる。そういう性癖の人は知らんが、少なくとも俺はそうじゃない。逆の立場なら、血反吐出そう。だから妹様の怒りは本当によくわかる。

 ……でも待ってほしい。

 ここで俺が琴子を振ったら、琴子はどうなる?

 彼氏贔屓を抜きにしても、琴子は本当に可愛い女性である。大学4年生という歳の割には綺麗というより可愛らしさの方が勝っているが、その純粋な性格も別にぶりっこしてる訳じゃない。


 「大丈夫。こーちゃん?」

 「あ、ああ。問題ないぞ?」


 何やら変な空気を察して心配そうに見上げてくる琴子の胸が揺れた。そう、ちなみに彼女の特徴を付け加えるならば、おっぱい大きい。

 純粋であどけない性格とおっぱい。天然巨乳である。

 そんな琴子がこの都会でフリーで放り出されてみろ?

 どんな狼の毒牙にかかるか!

 おっぱい大きいし。


 「いやだあああ、琴子~~」

 「わあっ、こーちゃん? 大丈夫だよ~、どうしたの?」


 意味不明に泣き喚く俺の頭を困った様に撫でてくれる琴子。

 それを無表情に眺める妹様という構図。

 あれここ地獄?

 

 「はああ~~~~~」


 そんな妹様が盛大なあきれ顔とため息をついた。


 「分かった分かった分かりました。私だって鬼じゃないよ。琴子さんは確かに女の私からみても良い人そう。裏がなさそうだし。こんな人、同性じゃなかなかお目にかかれないかもね。お兄ちゃんはなかなか見る目があるというか、捕まえるのが上手いというか」

 「へへ」

 「褒めてないから」


 妹様が能面のような顔で仰った。すみません、調子乗りました。


 「琴子さんって、お兄ちゃんの大学の後輩だったんですか?」

 「あ、うん。わわ、ごめんね妹さんの前で」

 「ま、いいですけど。今だけだし」

 「?」


 身体を離した琴子が妹と向かい合って、首を傾げる。


 「とにかく、それじゃあ私の先輩ってことですね」

 「あ、もしかして妹さんもこっちの大学に入学するの?」

 「はい、といっても編入になりますけど」

 「わ~、歓迎するよ~」


 ほわほわ笑顔を浮かべる琴子に、表情をどこかに忘れてきた妹様が頷いた。

 もっと取り繕って妹様、人間は社会的動物なんだよ?


 「私が言うのもなんだけど~、いい大学だよ~? ふふ、ここでこーちゃんと出会えたし、妹さんも良い出会いあるかも!」


 ぴきっと妹に青筋が浮かんだ。

 だが待ってほしい、琴子は事情を知らないんだから純粋な思いて言っただけで、決して妹様を煽った訳じゃないぞ?

 俺はぶんぶんと顔を横に振った。それに対して表情筋が仕事をしていなかった妹様の顔に天使の笑みが浮かんだ。

 俺は今までこんな綺麗で恐ろしい笑顔を見たことは無かったよ?


 「ご心配なく、私の世界で唯一無二の想い人はもう見つけていますから。首輪付きで」


 首輪は抗議したい。


 「そうなんだ、一途なんだね~。妹さん、美人さんだし」


 すっくと妹様が立てって俺たちに、というか俺に近づいてきた。

 まってやめて妹様、何するの? 怖い、まじで怖い。女の子がこんなに怖いと思ったことは人生で一度も無かったよ?


 「ありがとうございます、琴子さんも可愛いですよ? あ、流れで紹介しちゃいますね、私の彼氏です――」


 目の前まで天使の笑顔で迫ってきた妹様が、観たことも無い妖艶な顔をして頬を朱に染めた――かと思ったら、唇を塞がれた。

 身体だけでなく、思わず息まで止めてしまった。


 「ん……ちゅ」


 水っぽい音が部屋に木霊した。

 妹様との初キスは、割とディープだった。

 しばらく成すがままにされて、気が済んだのか妹様がますます赤く染まった顔を離した。

 やっべい、色っぽい。


 「はぁ……ごめんね、慣れてなくて。初めてだったから。あ。琴子さんすみません、理解してくれましたか?」


 ぽっかん、としか言いようのない顔で琴子が立ち尽くしていた。


 「私の彼氏、お兄ちゃんです」


 数秒だろうか、それとも数分だろうか?

 誰も言葉を発せず、誰も動かなかった。

 その間、俺は冷や汗を流し続け、妹は天使の微笑を浮かべ続け……琴子は見るも心苦しいほどに顔を青ざめさせていった。

 ――そして。


 「――っ」


 琴子が逃げる様に、飛び出していった。


 「琴子っ!」

 「――追いかけちゃうの?」


 すぐに後を追おうとした俺に、妹が見透かすような目で問い詰めてくる。


 「遠距離ってしんどいよね? 私はいつだってお兄ちゃんを愛していたのに、お兄ちゃんは世間体を気にして昔から私から逃げてばっかり。挙句に琴子さんみたいな彼女を見つけちゃって」


 その通りだ。

 俺の心は昔からこいつから離れられなかった。なのに、小さなプライドやら世間体やらを考えてこんな都会まで逃げてきた。

 その結果が琴子を傷つける事になった。

 なら、今俺がすることは――


 「しの」


 足を止めて、妹に正面から向き合う。

 なんか緊張しているのか、身体が強張っている。まさか俺に叩かれるとか思ってんのかな? 叩かれるのは俺一人だろうに。

 そんな強張った妹の身体を抱きしめた。


 「なに緊張してんだよ、俺の想いを疑ってんのか妹様」

 「う、疑ってないよ、私はいつでも無敵に愛してるし、お兄ちゃんも私の事大好きだし……知ってるもん」


 くすりと笑う。


 「ああ、愛してるよ、しの。それは間違いない」


 何が言いたいのか伝わったのか以心伝心の妹様が先ほどと同じように盛大にため息をついた。


 「はいはい、行ってきなよ。お兄ちゃんがどんな選択をしても、私の気持ちは変わらないし、私くらいは世界で1人になってもお兄ちゃんの味方でいてあげる。どんな鬼畜でクズ男になってもね」

 「はは」

 「都合のいい女、好き?」

 「好きすぎて人生捗りそう」

 「じゃ~頑張ってね、世間様と戦うには甲斐性とか重要だよ?」

 「任せろ」


 にかっと笑うと、しのも綺麗に笑った。さっきまでとは全然違う柔らかな笑顔で。




 ◇■◇■◇


 ああ見えて、琴子は別に運動神経悪くない。

 見失うには十分な程に時間をかけてしまったので、あとは行き先を予想するしかない。

 乗り物を使ったとは考えずらい、俺の家から徒歩圏内、琴子の運動能力、琴子の気分。色々考えると、あそこかな?


 「琴子、居た」


 展望台公園。

 都会と言っても少し郊外に出れば田舎のような風景が広がっているものである。

 山手の高台にある公園からは都会の街並みが見渡せる絶景ポイントの一つだ。都心から離れているので、そこまで人も多くない。

 そのベンチに、琴子はポツンと俯いて座っていた。


 「琴子――」

 「――ごめんね、こーちゃん」


 俺が謝る前に、琴子が謝ってくる。


 「……なんで琴子が謝るんだよ?」


 琴子は顔を上げずに、「ごめん、ごめんなさい」と絞り出すような声で謝り続けてくる。


 「私が、こーちゃんの気に障るようなことをしたんだよね、だから、こうなっちゃうのは、当然なんだよ」


 まあ最低なのは俺なんだが、この通り琴子は自虐的である。

 とりあえず、琴子の隣に座った。そんな俺にびくっと身体を震わせた。地味に傷つくが、どう考えても琴子の方が傷ついてるので仕方ない。


 「してないよ、琴子。不思議なんだ、俺。琴子は恋人だけど他人なのに、俺は一度も居心地悪いなんて感じたことない」

 「……」

 「それって今考えれば、琴子がいっぱい我慢してたって事なのかな?」

 「してないよっ、私、こーちゃんといると心がふわふわして、あれが普通なんだよ、自然に、こーちゃんの隣にいたら笑顔になっちゃって……好きって気持ちが溢れちゃって、ひぐっ、だから、う、うう」


 琴子にハンカチを差し出した。紳士の嗜みである。

 琴子はハンカチを受け取ったが使う事はせず、握りしめたままだった。あ、ちなみにこのハンカチを洗濯したのもアイロンかけたのも琴子です。すいません、クズ男で。


 「だ、だいじょうぶ、私、覚悟はできてるから……できたから、大丈夫、大丈夫……だから、言って? こーちゃん」


 ぶるぶる震えながら、琴子の身体が強張った。


 「分かった」

 「――」

 「琴子」

 「は、い……」

 「――愛してる、結婚してくれ」

 「……へ」


 何を言われたのか処理しきれなかったのか、琴子がフリーズした。


 「こ、こここ、こーちゃんっ? え、ええ? お、おふざけしてる場合じゃー―」

 「琴子、何度でも言うぞ? ――愛してる」

 「ふぇぇえ!?」


 泣きはらした顔を上げた琴子が目を白黒させている。

 顔は真っ赤で、こんな時に不謹慎だが可愛らしすぎる。


 「どどどど、どうしてそうなったのぅ?」


 困った顔をした琴子のハンカチを握る手に手を重ねた。

 びくっとされた。地味に傷つくな。


 「琴子、話をしよう。どうしようもないクズ男の」


 琴子の手をぎゅっと握る。


 「俺はさ、しの……義妹の事が昔からずっと好きだったんだ」


 再び、琴子の手が強張った。


 「言ったことあったかな? 俺、家族が飛行機の事故でみんな死んじゃったんだ」

 「――――」


 衝撃を受けたんだと思う。どうしようもなく傷ついた顔をした琴子。我が事のように心を痛める琴子は本当に優しい女性だ。


 「俺が10歳の頃だった、と思う。はは、思うってのは記憶の中でその時期の事はほとんど思い出せないから実感が湧かないんだ」

 「こ、こーちゃん」


 俺の手に、琴子の手が被せられた。


 「まあよくある話で親戚たらいまわしになってね。遠方に住んでてほとんど会ったことのなかった母の妹さん夫婦に預けられる事になった。そこで出会ったのが、しのだよ。あいつとは5歳離れてる。10の頃の俺と初めて会ったあいつは、まだ5歳だったんだ」


 おにーちゃん、おにーちゃんとくっ付いてくる温かい生き物に戸惑ったのをよく覚えている。


 「今の親父さんと母さんは本当に優しい人だったし、妹もよく俺に懐いてくれて……だから抜け殻のようだった俺は、なんとか正気を取り戻せたんだ。ほんと、人の温もりって凄いよな?」


 琴子が必死に手をぎゅっとしてくれるのが嬉しい。


 「そこからは、良い兄貴になろう、しのを守ってやろう、恩を返したいって思いでずっと一緒に居てな。まあ、ここからは琴子には面白くない話」

 「そんなことないよ、こーちゃん、頑張ったんだね」


 こいつ、最高の女かよ。


 「でさ、昔からの想いを拗らせた俺は、帰省した挙句に義妹を連れてきちまった」

 「うん、そっか……ふふ、そんなの私の入る隙は無かったんだね」

 「そうじゃないよ、琴子」


 琴子の手にもう一つの手を更に重ねて、瞳をじっと見つめた。


 「そんな拗らせてた俺の胸の内に、すっと入ってきたのが――琴子、お前なんだ」

 「――」


 琴子は同じ大学の一つ下の後輩だ。

 ゆる~い男女混合のフットサルサークルに入ってきた後輩で、田舎ものだった俺は琴子の純粋さを好ましく思ったし、色々危なっかしい所は妹を持つ一人の兄貴として放っておけなかった。


 「俺は、しのの事が好きだったし、今でも好きだ。でも、そんな俺の心にたった一人だけ入ってきたのが琴子なんだ。まあ、クズ男発言だけど」


 「わ、私は……私は、こーちゃんに守ってもらえて、本当に嬉しかった。世界が輝いて見えたんだよ、初めて」

 「そうか、それなら嬉しいけど」

 「うん、私は……ほら、色々みんなよりズレてるから。周りに合わせるのも上手くないし、お、男の子にもからかわれるし……上手に立ち回れないから、それで女の子にも嫌われちゃうし……」


 そう、琴子は世界一可愛いから、当然のように男どもによくモテる。

 しかし自分で言う通り、空気を読むのが下手だ。というか、純粋過ぎるんだ。それは決して欠点じゃない。でも、学校では生き辛い。

 汚い嫉妬や気持ち悪い欲望を上手く躱せない。それで人間不信気味になったのが琴子という女の子だ。


 「俺はさ、ああ、こんな子がいるんだって感動して。色々うじうじ悩んでた俺の心を洗い流してくれた琴子に、感謝してる。で、気づいたら本気で好きになってた」

 「う、うう……恥ずかしいよ」


 恥じらう琴子も可愛すぎる。


 「でも、私はわからない、こーちゃんみたいな素敵な人が、なんで私を選んでくれるんだろうって……」

 「そうか? 俺からすれば、なんで琴子を選ばないのかが分からない。先輩後輩って最初の関係が良かったのかな、琴子が俺に懐いてくれて彼女になってくれて本当ラッキー」

 「も、もう、馬鹿ぁ……そんな言い方……」

 「はは、実際、お前に本気だった男は結構居ただろ。大学でも、高校でも。変な奴ばかりじゃなかったはずだ」

 「わ、私……怖くって。男の子、怖かったんだよ……でも、今思えば、真剣にこ、告白してくれた人、居たかも……」


 だろうな……考えただけでイラっとしたわ。


 「そんな琴子を今さら放り出して、悪い狼の群れに投げ込むなんてとても出来ません」

 「こ、こーちゃん、でも、しの、さんは?」

 「大丈夫」


 へ、と頭にはてなを浮かべる琴子である。まあ当然だろう。


 「しのの了解は得てきた」

 「そ、それじゃ、さっきの、本気で……?」


 琴子の半信半疑だった顔に初めて喜びの感情が浮かんできた。

 その少しばかり朱が入った頬にそっと手を当てた。

 琴子の瞳が、うるりと光った。


 「ああ、琴子」

 「こーちゃん」

 「二股させて?」

 「……」


 この日、俺は琴子に初めて頬を叩かれた。




 ■◇■◇■


 「しのちゃ~ん、砂糖が無いぃ。足りると思ったのに……」

 「あるよ、琴ちゃん。少ないなって思って買っておいたの、ほら」

 「わ、ほんと! さっすがしのちゃん、好き!」

 「お兄ちゃんとどっちが好き?」

 「ん、んん~~」


 おい悩むな。


 「同じくらい?」

 「よし、完全に惚れさせてから捨てよう」

 「わわ、怖い! しのちゃん怖い!」

 「仕方ないよ、私の愛は明確に1番を決める愛。そこはお兄ちゃん。でもしのちゃんの事は結構気に入っちゃってるから2番目に好きかな、人類で」


 人類で。


 「で、琴ちゃんの愛は同時に向けられる愛でしょ? だったらいつか私がお兄ちゃんより愛を向けられる事もあるかも。そうなった時が琴ちゃんの最後だよ?」

 「む~私の愛、試されちゃってるの?」

 「うん、まあ私は二股宣言されたくらいでビンタはしないけど」

 「で、でもプロポーズしながら二股させてくださいだよぅ!?」

 「そんなクズな男いるの、お兄ちゃん?」


 話を向けないでください。


 「あ、しのちゃん、やっぱり上手だね?」

 「手先は結構器用かな~、でも琴ちゃんの教え方が上手だからかも」


 キッチンで姦しく料理をしている二人である。

 なぜか結構仲良くなっている……ような、そうでもないような、どっち?


 「ふふ」

 「ん、どうしたの琴ちゃん?」

 「私、今まで女の子の友達出来たこと無かった。なのに、しのちゃんはどうして私と仲良くしてくれるんだろ?」

 「仲良く?」


 天使顔の妹さんが、調理の手を止めて俺を見た。次いで琴子を見た。


 「仲良く、ってよく分からないかなぁ。私、ただ好きな人たちと一緒に居るだけだから。余計なことを考え過ぎじゃないの、琴ちゃんは。そんなんじゃ世間の倫理観と戦っていけないよ?」


 なんでいつも世間様と戦うの、妹様?


 「あ、でも世間に後ろめたくなったり、私に申し訳ないと思うんなら、どうぞ身を引いてくれて結構だよ? 琴ちゃん」

 「引かないもん」


 珍しく、断固たる口調で琴子が言い切った。


 「私、こーちゃんの事も、しのちゃんの事も、大好きだもん」

 「ふ~~ん、そう? じゃあ、それでいいんじゃないかな」

 「しのちゃんって、カッコいい……」

 「惚れたら捨てるね?」


 こわっ。


 「ふふ、しのちゃんって、どうしてそんなに優しいの?」

 「天使だからかな? 琴ちゃんに嫉妬しないし、いじわるする気も全く起きない」


 つまり、琴子の学生の頃の周りの女子は琴子よりレベルが低くて嫉妬に狂ってたと言いたいのか? こわ、こいつ。……まあ、暗に昔琴子の事を虐めてた馬鹿どもに腹が立ってるんだろう。この妹様は。


 「当たり前だよ! しのちゃん美人さん過ぎるもんっ」

 「琴ちゃんも可愛いよ? でも隙だらけなのは頂けないかな、隙を見せたら負けなんだよ」

 「うう、それは私には難しいかも……」

 「いつか悪い狼に言葉巧みに寝取られそうな存在だよね、琴ちゃんは」

 「ねとら、れ? どういう意味」

 「う~ん、最後は快楽に流されて戻ってこれないんだよ」


 何言ってんだお前、想像しただけで鬱になるからやめろ。


 「か、快楽……しのちゃん、な、何を言ってるんだよぅ」


 まったくだ。


 「まあ、お兄ちゃんが悲しむから、琴ちゃんは他の男なんて知らなくていいからね」

 「それはしのちゃんもだよね?」

 「私は大丈夫。そんな隙を見せるほど甘くないし、もし仮にそういう事になるなら舌を噛んで先に逝きます」


 まじでやりそう、死ぬなよ妹様。


 「わ、私も真似するよ!」

 「そうすると二股までしたのに、誰も傍にいなくなった哀れな男が一人残っちゃうね?」

 「可哀そう……」


 お前らなんで寝取られそうになる前提で話してるの?

 そろそろ泣くよ?


 「ふふ、いつまで寝たふりしてるんだか」


 ソファーでキッチンの様子を聞き耳立てている俺の傍に、二人の気配が近づいてきた。


 「わ、寝たふりなんだ? しのちゃんは何でも分かるんだね?」

 「お兄ちゃんの事なら何でも知ってるよ。愛してるからね」

 「むぅ、私もこーちゃんの事愛してる」

 「じゃあ、ご飯も出来たし、そろそろ起こしてあげましょうか? 愛妻二人の手作り料理は熱いうちに食べて貰わないと」

 「うんっ」


 そうして、くすくす笑いながら俺の両方のほっぺに同時に唇の感触がした。

 ぱちりと目が開いた。


 「ごはんだよ、おにーちゃん」

 「ごはんです、こーちゃん」


 俺は二人に甘えているけど、それが許される限り、全力で二人の事を愛して守っていく。

 それだけは心に誓える。


 「二人のごはんは上手いからな、楽しみだ」


 両手で二人を抱きしめて、3人で笑いあう。

 自分の女運の強さだけは凄まじいものがあるな、と我ながら感心した――

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