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9

「緋翠?どうした?」

ソファーに緋翠を降ろし離れようとした藤哉だったが、緋翠はぎゅうぎゅうに抱き付いたまま微動だにしない。腰を折った中途半端な姿勢で立つ藤哉は、少し考えて、改めて緋翠を抱き上げた。


「っ…。」


驚いたのか、藤哉の耳元で小さく息をのむ気配がした。その様子に口許だけで笑って、藤哉はソファーに腰を降ろすと緋翠を横向きのまま自身の膝に乗せた。動きを見せない緋翠をそのままに、藤哉はその華奢な背中をゆっくりとたたく。

ローテーブルの向かいにも2人掛けのソファーがあり、その先にあるガラス戸の外では未だに激しく雨が降っていた。しかし雷雲は遠退いたようで、時折強く空を光らせるが、腹の底を震わせるような音はほとんど聞こえなくなっていた。

ふと、自分達が座るソファーの背もたれに、ブランケットが掛けられているのを見つけた。何とか手を伸ばせば届きそうな位置だ。

取ろうかどうか藤哉が悩んでいると、ゆっくりと緋翠が上体を起こした。


「…落ち着いた?」


そっと問い掛けながら、緋翠の顔色を見るも、観察するまでもなくその顔は青白い。さっきまで真っ赤になっていたのが嘘の様だ。相当具合が悪いに違いない。

しかし、寝かし付けようと思った藤哉が口を開くより先に、緋翠がポツリと言った。


「キスして…。」

「…へ?」


一瞬何を言われたのか理解できず、間抜けな声が出た。


「もう一回キスして。」

「…何で?」


今度は言われたことを理解して、藤哉は冷静に返した。

酷い顔色をして『キスして。』とは、一体どんな意図があって言っているのか。


「今度は()()()()出来るから。」

「…出来ないよ。」

「…出来る。」

「出来ない。」

「っ、できる。」

「できっ、んっ…。」


終わりの見えない押し問答に、段々藤哉の声は低くなり、逆に緋翠は口調を強める。そうして遂には、緋翠が藤哉の唇を自身のそれでふさいだ。


熱いと感じるくらい、温かな感触だった。


「……満足した?」

「っ!」


緋翠にとっては。


押し問答していた時とひとつも変わらない、冷静な顔の藤哉がそこに居た。


「そんな酷い顔色して、冷たい唇で、一方的にキスされたって、全然嬉しくない。気持ちいいわけない。」

「……。」


冷静さを通り越して、冷たさすら感じる声でそう言われ、緋翠は言葉を失くして唇を引き結ぶ。

それを見た藤哉はゆっくりその身体を抱き寄せた。

三度藤哉の腕の中に収まった緋翠は、初めて自分が"寒い"事に気が付いた。


「急にらしくない事言って、らしくない事して、どうしたの?」

「…、…ウチに来て、着替える前に…。何て言うか、藤哉…"我慢"したでしょ?」


ポツポツと、緋翠は自分の思いを語り始めた。

しかし、いきなり突つかれたくない話題に触れられて、今度は藤哉が口をつぐむ。けれど、緋翠は止まらない。


「私もあの時、期待しなかった訳じゃないけど、チャンスを逃したのは、多分私だったから…。でも、さっきは藤哉"我慢"しなかったし、私もちゃんと気付いたから。…なのに、わたし…っ…。」


言葉を詰まらせ、藤哉の肩にぎゅうぎゅうにしがみついて、緋翠は喉の奥から絞り出すように続ける。


「わたしっ…くるしくて…。」

「うん。」

「ちゃんと、こたえたかったのに…。」

「うん。」

「っ…いきが、できなくてっ…ごめっ「ごめん。」…?」


緋翠の言葉に、藤哉の言葉が重なった。


「ごめんね。」

「…どうして…?」


藤哉の肩から顔を上げ、ほとんど同じ目線にある黒い瞳を、潤んだ緑の瞳が不思議そうに見つめる。


「俺が"我慢"出来ずにがっついたから、緋翠が息できなくなったんだよ。緋翠のせいじゃない。」

「……?」


全く意味がわからない。とでも言いた気に小首を傾げる緋翠。その拍子に、片方の目からコロリと涙が一粒こぼれ落ちた。


「っ~~!」


それを見た藤哉は息をのみ、そして自身の頭を抱えた。


(言ってる意味が全然伝わってない!!全部俺のせいなんだけど分からないからって首傾げてるの可愛い!泣かせてゴメンなんだけど、可愛いが限界突破して俺の理性飛ぶからヤメテ!いや俺が悪いんだけどさ!!)

「あーーもう!!」

「ひゃっ!?」


突然大声を出して顔を上げた藤哉に、緋翠が小さく悲鳴を上げる。

それすら可愛い。などと不謹慎な事を考えながら、藤哉は先程見つけたブランケットを引っ掴んだ。

そして間髪入れずに頭から緋翠に被せて抱き締める。


「っとうや…?」


くぐもった声が耳元で名前を呼ぶが、この腕を弛めることは出来そうもない。

藤哉は耳まで赤くなっていた。


(『ちゃんと答えたい。』って、つまり、"そういうこと"でしょ?)

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