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嵐の後には  作者:
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2

《…藤哉?》

「緋翠?おはよ。」

《おはよう。どうしたの?》


電話越しに聞く声はいつも通り耳触りが良く、早朝の電話に少し驚いたようなものの、他に感情はうかがえない。

藤哉は机の上の物と、学生鞄を漁りながら会話を続ける。


「どうした?って、さっきウチが停電したから、もしかしてそっちも停電したんじゃないかって、心配になって。」

《ああ…うん、そうなの。さっきブレーカー上げたところ。藤哉の方は大丈夫?》

「うん。母さんも居るし。……ブレーカー上げたの俺だけど。」

《そうなんだ。》


冗談めかしてさっきの出来事を伝えると、耳元で笑いを含んだ柔らかい声が、藤哉の耳をくすぐる。

それに自身の口元がが緩むのを自覚しながら、藤哉は本題に入る。


「ところで、(しゅう)さん居る?」

《え?…ううん。この天気だから緊急事態に備えて登庁しなきゃって、早めに出て行ったみたい。》


緋翠の父親は40手前でありながら、既に警察庁の役付をしている、いわゆるエリート警察官だ。

元々父親同士が高校時代からの親友で、藤哉が高校で緋翠と出会ってからは家族ぐるみの付き合いだった。その為お互いの家の事情はわかっている。


「じゃあ俺、そっちにお邪魔して良い?」

《え?》

「だって緋翠、今この天気の中で一人で居て、もしかしたら夜も1人になるかもでしょ?」

《……。》


藤哉の父、蒼哉は都内の大きな総合病院の院長をしている。

今日早めに出勤したのは、この大雨での不測の事態に備えての事だ。何事もなければ今夜は帰宅するだろうし、その可能性は充分にある。

一方緋翠の父、愁は警察庁の高官で、国の安全を守るのが仕事だ。今夜帰宅する可能性は大いに低い。

でも、『だからどうした?』と人は言うだろう。女の子とはいえ高校生の、しかもエリート警察官が住むセキュリティーレベルの高い家に、一人で居るなどワケないだろうと。

けれど藤哉にとってそれは、安心できる要素ではない。


「ね、お邪魔して良い?」


藤哉は作業していた手を止めて、努めて優しく問いかけた。

そこには威圧感や、押し付けがましい図々しさなどなく、ただ緋翠を心配する柔らかな優しさが感じられた。


昨日から続くこの嵐は、確かに明日には治まるだろう。春先のコレは台風ではないし、どこかに前線があるわけでもない。

嵐の原因は緋翠も良くわかっている。

だから、緋翠は藤哉の優しさを受け入れることをためらう。


《…桃花さんが一人になるでしょ?》

「大丈夫。何事もなかったら父さんは早めに帰るだろうし、母さんも何かあったら……まあ、何とかするでしょ。」


何とも説得力の無い事をあっけからんと藤哉は言う。けれど、今は何を置いても、捨てても藤哉は心配なのだ。


《…ホント…?》


小さな声だった。

雨音は未だに弱まる気配はなく、バケツをひっくり返したような降り方だし、稲光はひっきりなしに存在を主張する。


「本当。母さんの心配はいらないからさ、緋翠の心配させて?顔が見たい。」

《っ……ずるい…。》


緋翠が折れたのを感じ取って、藤哉は止めていた手を再び動かす。


「10分で行くから、門のセキュリティー開けといてね。じゃ。」


緋翠の気が変わらない内にと、一方的に通話を切って、パジャマ替わりのスウェットを脱ぎ捨てた。白い綿のカジュアルシャツに、ベージュのパンツ。薄手の黒いカーディガンを着て、スマホと財布を掴む。バタバタと階段を駆け降りたら、リビングから桃花が顔を出した。


「え?何々?どうしたの、出掛ける気!?」

「ちょっと緋翠のトコ行ってくる。帰んないかもだからよろしく。」


しれっと泊まる気だと伝えながらサンダルに足を突っ込むと、カーディガンの首もとを掴まれた。


「こらこらこら待ちなさい。緋翠ちゃん何かあったの?」

「何もないけど、一人で居るから心配してんの。」

「そっか、愁さんもお仕事出てるのね。じゃあちょっと待って。車出してあげるから。

いくら近くてもこの雨の中、歩いても走ってもずぶ濡れよ?」


たった10軒弱挟んだワンブロック先と言えど、外は土砂降りの雨だ。

桃花はスニーカーを履き、車と玄関の鍵、それから傘を手に取ると外に出た。


「ヤダもう。息が詰まりそう…。」


桃花が思わずと言ったようにつぶやく。

外は庭の向こうの道路が霞んで見えるくらいの大雨で、息を吸うと湿気が肺を満たすような不快感がした。

玄関を出て直ぐ左手にカーポートがあり、短い距離を傘を差して走ったが、無駄だったのでは?と思うくらいズボンの裾は色が変わった。

車の助手席でスマホを確認すると、緋翠からメッセージが届いていた。

『門の隣のガレージのセキュリティーを解除しておくから』とのことで、おそらくガレージと勝手口が繋がっているのだろう。

『OK』と返信して、発進した車の外を見る。

等間隔に立つ街灯は2つ先からはもはや霞んで見えて、徐行運転しているというのに、どこに何があるのか目を凝らさないと現在地も分からなくなりそうだった。

いつもなら気にならない桃花の好きな音楽と、車の天井を叩く雨音は耳障りで、少し遠い曇天に走る稲妻は目障りだった。藤哉は無意識に顔をしかめた。

そんな息子の顔を横目に見て何を思ったのか、桃花は急に声を弾ませて藤哉に向かって口を開く。


「ところで藤哉。緋翠ちゃんとはもうどれくらい?半年くらい経ったかしら?」


それはまぎれもなく、藤哉と緋翠が付き合ってどのくらい経つのか?という質問だった。


「……何急に。…そんなに経ってないよ。…ていうか、明確に付き合い出したのって良くわかんないし。」

「ええ?何どういうこと?」

「もー!いいじゃんそういう事は。母さん前見てしっかり運転してよ!」


何が楽しくて母と恋バナしなければいけないのか。藤哉は顔を赤くしてこの話題を打ち切った。

隣で桃花がブーイングする。


ーーーカッッ‥ドオオオオオオ…


「きゃあ!」「うわっ!」


再び大きな雷鳴と落雷の音が響き渡り、2人は同時に悲鳴を上げた。

桃花は咄嗟にブレーキを踏み、車は急停止する。


「……やだ、嘘でしょ?街灯も信号も全滅?」


呆然として桃花が言うように、前も後ろも街灯は消え、近くに見える範囲の家も全て停電しているようだった。

車内のデジタル時計を見ると『10分で行く』と言っていた時間より更に5分も経過している。

時計から目を離し、再度周囲に目を凝らすと、少し先に黒い木板で囲まれた家と、その側に掲示板があるのが見えた。

緋翠の家の3軒隣にある家だ。

ならば目的地は目と鼻の先。


「母さん、この辺なら道わかるよね?」

「え?う、うん。」


藤哉と同じように周囲を観察していた桃花は、藤哉の問いかけに戸惑いがちに頷いた。


「じゃあ俺あと走るから。ありがと。」

「え?ちょっ、ちょおお…!」


焦る桃花を尻目に、助手席のアッパーボックスから

掌に収まるくらいの袋を掴んで、傘を片手に藤哉は車を降りた。

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