テスちゃんとクリスタさんとカナコ〈9〉
楽しみといえば、食べること。
特に、うんと遊んだあとに食べる“チョコレート掛けブブナッツ”は凄く美味しい。
一粒で二度美味しい~。ぽりぽり、かりかり、美味しいよ。ああ、やっぱり《チョリンコ》のお菓子で決まりよ。
うとうと、こくこく。
3粒目を食べていたら、ぽっかぽかの陽気の所為なのか、とっても眠い。
すやすや、すぴすぴ。
いつの間にか、寝に落ちていた。
欠伸をしながらどっこいしょと、起き上がろうしていたら、ずっしりと重い感覚がした。
食べてすぐに横になったら牛になる。迷信というのは、裏をかえせば教訓。
ンモォオオーッ!!
わたしは荷馬車に揺られて、知らない処に連れていかれた。
ちゅちゅっ!!
夢でよかったーー。
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《奴ら》の情報内容を知るには、アダムとディーの能力でのロードが必要。
閲覧方法は、メモリーカードを挿入したモニター機材にふたりの能力を連動させる。
能力者証明証を提示するアダムとディーは、能力使用に於いてルーク=バースに同意を求める。
彼等は“力”の使い方の訓練を積み重ね、等級を与えられた。上級の能力保持者であることを認められた重み、諜報員としての使命感を背負っている。
ルーク=バースは瞳を綴じて「むう」と、静かに息を吐く。
「解った。おまえ達の背中を、俺に預けてくれ」
「アニキッ!」
「ルークさんっ!」
アダムとディーは、ルーク=バースが差し出す掌を「ぐっ」と、握りしめる。
彼等の掌を解したルーク=バースは「きっ」と、目を細めて「ぐっ」と、顎を引く。
“電脳の力”と似た、能力を発動させる為の連係動作は完璧。お互いの息遣いを同調させて、波長を一致させる。
「パワー、入出回路に命中」
「メモリーカード、挿入。データ、着荷」
「ファイル選択」
アダムはモニター機材の付属品であるキーボードに指先を乗せる。
「ダウンロード実行」
ディーはアダムの背中に掌を貼り付かせ、瞳を綴じると深呼吸をする。
ルーク=バースはディスプレイに表れる文字を目で追った。
〔我らは世界と世界の連結を迎えた。未知の資源、生物、科学を求める準備を整えろ〕
世界と世界の融合現象の成功を讃え、技術向上に於いての目論見と受け止められるメッセージ。発信元は《奴ら》の創立者。
「アダム、画像は入手しているのか?」
「アニキ、ちょっと待ってくれ。ああ、ばっちりと入ってた」
アダムが検索のコマンドに“画像”を入力をすると縮小された画像が無数に表示される。
ルーク=バースは「はっ」と、息を呑む。
「アダム、この画像を拡大表示しろ」
ルーク=バースはひとつの画像に指差しをすると、アダムを促した。すると、拡大された画像にアダムとディーは「あっ」と、驚くさまとなる。
恐ろしい瞬間が写ってる。
空洞となっている床下へと落ちる、銀色のカードを指先で挟む少女。
アダムは顔を右手で覆い被せ「はあ」と、息を吐く。
「アニキ、この画像は何やねんーー」
ルーク=バースへ振り向く為に顔から掌を離すアダムの視野がざっと、漆黒に染まる。
頬にざらりと、鑢の感触。生臭く湿り気を帯びる空気の臭い。失われる足場、息苦しく吸引されるような感覚。
ーーアダムッ!!
手首に絡むのはディーの掌。危険な状況にディーを巻き込ませまいと、アダムはディーの掌を解す。
相棒が無事ならそれでいい。アダムは瞳を綴じて、漆黒に融ける覚悟をしていた。
しかし、だった。
ーーおい、若いの。格好つけるのは10年早い……。
アダムは「はっ」と、目蓋を開く。橙色の眩しい視野。怒りを膨らませる野太い声。腕を掴まれ宙に放り込まると、急下降して叩きつけられる衝撃が襲う。そして、間を置かずに胸座を引き寄せられて頬にぴしゃりと、平手打ちの感覚。
アダムは霧が晴れるかのように、思考をはっきりとさせる。
「アニキ、おおきに」
「この馬鹿、画像に思念を同調させ過ぎだ」
ルーク=バースが迫った危険から救ってくれた。無意識に画像の状況と同調してしまい、あたかも体験した感覚に襲われてしまった。
「ルークさん、堪忍な」
「ディー、謝ることはない。むしろ、喜ぶべきだ」
ルーク=バースは窓際へと歩み寄り、戸を全開させる。
アダムとディーは燦々と降り注ぐ陽の温もりを肌に、風に交じる草の匂いを頬にいっぱいに受け止める。
「アダム、見えてるか」
「ああ、ディー。アニキ、さっき俺達が誓ったことだけど……。」
「気を重くするな。アダム、ディー。おまえ達は異なる世界の住人だ。短い間だったが、世話になったな」
アダムとディーは、ルーク=バースに深々とお辞儀をするーー。
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アダムとディーが見ていたのは、帰る為の関門。
「ディー。捜査を打ち切りにした言い訳を考えるで」
「調査内容を紛失した。アダム、始末書を100枚提出の覚悟をするンや」
はあ……。
アダムとディーは、肩を落とす。
ふたりの若者の帰る為の関門が表れた要因は何か。考えられるのは、世界と世界の融合現象が発生した瞬間の画像の状況にアダムの思念が同調されたことによって誘発された。
見解を示す一方で、ふたりの若者が手にいれた《奴ら》の情報は開示後にひとつ残らずに消滅した。
何を意味する。
しかし、彼らがこの世界に踏みとどまる理由はなくなった。
ルーク=バースは笑みを湛え「さらばだ、同志達よ」と、敬礼をする。
「ルークさん。いつかまた、お会いしたいです。ですが……。」
「関門が閉じられたら、二度と会えない。アニキ、俺は正直にいって辛いですわぁ」
ーー行くで、アダム。
ディーはアダムを手招きして関門を潜る。
アダムは瞳を濡らしながら、何度もルーク=バースへ振り返る。
ーーアニキ、俺はさらばとは言わへん……。
ふたりは肩を並べて、ルーク=バースに手を降ると、関門の扉がゆっくりと閉じられた。
♡=♡=♡=♡=♡
アダムとディーが、元の世界に帰った。
どうして、どうやって?
ふたりと一緒にいたバースさんにうんと質問攻めしたけれど、珈琲を啜ってばかりでちっとも答えてくれなかった。
バースさんの意地悪。
あたしは頬を膨らませて「ぷいっ」と、首を横に振ってバースさんがいる部屋から出ていった。
ぷんぷんとしながら建屋の廊下を歩いていた。
ちゅ、ちゅっ!
カナコが猛烈な勢いで、あたしに向かってきた。
「カナコ、クリスタと鬼ごっこをしていたのね」
のしのしと、カナコの後ろを歩くクリスタ。
クリスタは、此方の世界に来てからカナコのことを“子ネズミ”と呼んで、遊び相手になってくれていた。
だから、そうだと思った。
「テス、あたしも元の世界に帰ることになった」
え……。クリスタ、何て言ったの?
ーーちゅ、ちゅうぅううっ!
クリスタが言うことに驚いてしまったあたしは、掌の上に乗せたカナコをぽろりと、足元に落としてしまった。
「クリスタさん、帰りの支度は整いましたか?」
今度はタクトさんがやって来た。ああんっ! タクトさんまでなんてことを言ってるのよっ!! 違う、違う。落ち着くのよ、あたし。クリスタが帰ることにちゃんと喜ぶのよ、あたし。
「タクト=ハイン。今一度訊くが、テスとは一緒に帰れないのかい?」
タクトさんは、寂しそうな瞳でクリスタに首を縦に振って見せた。
「クリスタさんは、この世界に来た経路がテスさんとは違う。当然、復路となる開かれた関門は、クリスタさんだけが潜ることになります」
クリスタは、ちょっとだけ項垂れて「ぱっ」と顔をあげると、あたしと目を合わせる。
「テス、遠い明日より近い昨日でおまえさんの帰りを待つよ」
クリスタの言うことはちょっとだけ難しかったけれど、言いたいことはわかったの。
今度は日曜日の朝を、ちゃんと迎える。クリスタが作った朝食を残さず食べて、ずっと前から約束をしていた遠出をクリスタと一緒にする。
紅葉真っ盛りの景色を日帰り温泉宿の露天風呂に浸かりながら見たあとには、ご当地グルメを舌鼓。あれもこれもと、選んで買った両手一杯のお土産を、メリルにお裾分け。
じんじんと、胸の奥が震える。
クリスタと過ごす日常が心地好い。
あたしが帰る処は、クリスタ。
ちゅう……。
ぽろぽろと、涙が溢れる。
カナコの本当の姿を、まだこの目で見ていない。
あたしはカナコが元の姿に戻るまで、カナコと一緒にいるの。だから、クリスタと元の日常を過ごすのはお預け。
「カナコがクリスタさんをうんと困らせた。それが、クリスタさんが潜る関門を表すのを誘導させたと、僕は思います」
タクトさんは、カナコを掌の甲に乗せてにっこり笑っていた。
「タクト=ハイン。おまえさんが言う通り、世話が焼ける子ネズミだよ。見てごらん、口の回りをチョコレートまみれにさせているよ」
「……。カナコ、バースさんが楽しみにとっておいたお菓子をつまみ食いしたのだね?」
ちゅ、ちゅ、ちゅっ!
カナコの口回りを、優しい目をしているタクトさんがハンカチで拭う。
「いい子だ、子ネズミ」
口から『ぷう』と、息を吐くカナコのおつむにクリスタがちょこんと、指先を乗せた。
クリスタは、泣いていた。
クリスタはあと少し、もう少しと、カナコと過ごしたかったと思う。
会うは別れの始め。
あたしはクリスタと一緒に、カナコを両手で包んだーー。
*=*=*=*=*
鬼の目にも涙。違った、クリスタはテスにだけ優しくしていると思っていた。
「子ネズミ。おまえさんの本当の姿は、とびっきりの美人なんだろうね」
クリスタは、わたしについてのことをテスから聞いていた。
クリスタの言葉が、わたしの心を擽らせる。『ありがとう』を伝えたいけれど、ねずみの姿では頷くのが精一杯。
クリスタは、大笑いをした。わたしが示した仕草が可笑しくて堪らないからだ。優しくされたのは良いけれど、勘違いをされたようで恥ずかしくなった。
「はあ、苦しかった」
目一杯笑ったあとに噎せたクリスタの背中を、テスが擦る。そして、呼吸を整えたクリスタは、目力を強くさせながら「くっ」と、見上げる。
クリスタの為の関門が、空にぽっかりと浮かんでいる。
能力を持っていないクリスタがあんなに高い所までどうやって行けるの。
「お待ち、あの関門はあたしが潜るのさ。だから、手を出したらいけないよ」
クリスタは、関門を目指して地面を蹴って飛び上がるを繰り返していた。着地で足元を縺れさせて転んでも、折角のお洒落な服を土埃まみれにしても、クリスタは何度でも立ち上がっていた。
「クリスタ、無理しないであたしの浮揚能力をーー」
「お断りだよ、テス。おまえさんに決まり事を破らせるはさせないよ」
テスが暮らす世界での能力使用の決まり事のひとつに、人に向けて能力を発動させたらいけないと、いうのがある。
クリスタはテスに決まり事を守って貰いたかったのだと思う。テスにしてみれば、クリスタの一言はとても辛い筈だ。
「特別な理由での使用は許されているわ。クリスタ、お願いだから『大切な友達を助ける為』を受け入れて」
「それでも、駄目なのは駄目なンだよっ! 関門を、あたし自身で潜るところをおまえさんに見せたいのさっ!!」
クリスタは「はあ、はあ」と、息を切らせていた。頬に、顎にと這う汗を滴らせてもクリスタは拭うをせずに地面を蹴って飛び上がり、落下した。
ざわざわ、ざわざわ。
強く吹く風で、大樹の枝葉が揺れて擦れる音が聞こえる。
風は何処から吹いているのだろう。わたしに(嫌だけど)生えている、まっすぐなお髭を風見鶏の代わりにしてみよう。
お髭の靡き方だと、あっちから。あ、お髭の先端がクリスタの立ち位置を差している。
『テス、テス』
「どうしたの、カナコ」
わたしはテスの肩によじ登って、耳元で喋った。と、言っても思念波だけどね。
こしょこしょ、ごにょごにょ……。
「……。それなら、クリスタが拒む理由はないわ」
テスは「くすっ」と、笑う。
お父さんとタクトをも加えての、名付けて『クリスタを飛ばせる作戦』を始めた。
テスの能力を借りずとも(クリスタは借りようとはしなかった)クリスタが飛べるのはこれだと、意見は一致。
建屋の物置小屋で見つけた、分厚くて長いながーいゴムバンド。地面に杭を2本、お父さんとタクトで打ち込んで貰って、ゴムバンドの端っこを縛る。
〔飛べっ! クリスタ〕
ーーどぉおおりゃああっ!!
お父さんがふざけて文字を綴らせたベニヤ板を、クリスタは回し蹴りをして割った。
「テス。仕方ないから、ありがたく使わせて貰うよ」
見た目を気にしているのか観念しているのかわからないけれど、クリスタ自身で飛ぶ為の“装置”に、クリスタは渋々と喜んでくれた。
「おーい、クリスタ。俺に指揮をとらせてくれい」
お父さんは、張り切りたくてうずうずしている。
「ちゃんと、おやりよ」
クリスタはお父さんを「じろり」と、睨みつけるとゴムバンドに取り付けた、肘掛け背もたれ付きの椅子に腰掛けた。
「ぐっ」と、肘掛けを掴み、後退りをして足元を踏ん張らせるクリスタ。ぎしぎしと、軋むゴムバンド。
「クリスタ・ロードウェイ“飛翔装置”への装着完了。前方、後方共に障害物等の異常なし」
“装置”作動に向けての確認作業をしているタクトの顔は真っ赤になっていた。
「目標、ワールド・ゲート。距離3018。方角、南南西……。バース、あとはおまえだけでやれっ!」
お母さん、物凄く怒っている。お父さんに付き合わされたことがよっぽど嫌だったのだろう。あ、タクトも『いち抜けた』をした。
「色々と端折って、クリスタ・ロードウェイ発進っ!」
お父さん、やけっぱちになっている。それだと、クリスタが絶対に怒るよ。
「クリスタ、いきまーすっ!」
クリスタ、何だかノリッノリになってるけど?
あ、飛んじゃった。
「クリスタッ! クリスタッ!!」
空高く飛ぶクリスタに向けて、テスが大きく手を振っていた。
もうちょっと、あとちょっと。
クリスタはぐんぐんと、関門に近付いていた。
ーーテス、カナコ……。
クリスタの、すっぽりと関門を潜ったのが見えて、囁きが聞こえたーー。




