テスちゃんとクリスタさんとカナコ〈7〉
ふんわり、ふわふわ。
カナコの蒼い想い色が降り注いでいた。
とっくん、とくん。
蒼い人が緑の大地を踏みしめる。
ぴっと、踵を揃えて、くっと、背筋伸ばす。
ふわりとした、七三分けのベージュ色の髪に緑のベレー帽がそっと被さっている。緑を基調にしたアウターを腰元で押さえるベルト。ファスナーが半開きになって、胸元を見せる黒のトップス。
黒縁眼鏡がアクセントの、甘いお顔がとってもセクシー。
「タクト=ハイン、ただいま帰還致しました」
蒼い人は、カーキ色のグローブを填める手ですっと、敬礼をされた。
ひっちゅ、ひっちゅ。
あたしの掌の上で、カナコがしゃっくりをしていた。蒼い人を見た途端、泣いて泣いてのカナコだったの。
「失礼ですが、あなたは?」
蒼い人の視線は、あたしの顔から掌に向けられていた。
「テリーザ・モーリン・ブロンです。この子はカナコです。ねずみですが、カナコなのです」
【此所】に来た経緯を言うより、カナコを分からせたかった。
蒼い人は右手に被せるカーキ色のグローブを外し、むき出しになった人差し指をカナコのおつむにちょこんと乗せた。
蒼い人の指先からぽっと、蒼い光。あたしは思ったの。蒼い人はカナコの思いと同調した、カナコの声を聞いていると思ったの。
優しい、優しいお顔で、カナコを見つめていた。だからだと、あたしにはわかった。
「……。テリーザ・モーリン・ブロンさん」
「『テス』でいいですよ」
「カナコはテスさん、あなたに助けられた。ありがとうございます」
にこっと、優しく笑うお顔でお礼をいわれてしまった。
ああんっ! 蒼い人につい、ときめいちゃった。
カナコ、蒼い人へと行っちゃいなさい。
あたしは頬を火照らせてながら、カナコを蒼い人に差し出した。
「いけない、忘れていた」
もうっ! タクトさんの馬鹿。額をぺちんと掌で叩いて空を見上げたりしたら、がっかりしちゃうでしょ?
ーータクト=ハインッ! よくも嘘をついたな~っ!!
ほええ。今の声はクリスタ?
空を仰いだら、クリスタ。本当にクリスタだっ! 空中でくるくると回って、手足をばったばたと振り上げながら墜ちてきている。
「クリスタさん、自分で着地すると言い張って、僕の手を振り切ったのを忘れたのですか?」
ええっ! クリスタ、高いところが苦手なのでしょう?
「タクトさんっ! のんびりと構えないでクリスタを助けてください」
「そうか、クリスタさんが捜されていたのはテスさん。大丈夫ですよ、あなたならクリスタさんを無事に着地させられる」
蒼い人。もとい、タクトさんはあたしが能力者だと気づいていたみたい。だから、あたしを促す言い方をされたと思ったわ。
「そんなことおっしゃっても、あたしは能力のコントロールが上手くないのです」
「僕たちが暮らす世界では“絆”が“力”の源。テスさん、どうか自信を持たれてください」
ちゅ、ちゅう。
カナコを掌に乗せたままでは能力を発動させられないわ。え~いっ! タクトさんに行っちゃえと、あたしはカナコをタクトさんへと押し付けちゃった。
ーーカナコッ!!
うふふ、タクトさんの困った悲鳴が面白い。カナコがちょろちょろと腕に首筋にとよじ登るものだから、おろおろとしている。
もう少し眺めていたい。でも、クリスタを助けなくっちゃ。
クリスタ、クリスタ。あたしはここにいるわ。
あたしは「すう、はあ」と、深呼吸をして、クリスタへと手をかざした。
あたしの掌から“風”が吹き上げた。
はらはら、ひらひら。
ライトブルーに色付く花びらをまぶして、クリスタへと舞い上がっていた。
クリスタが“風の花びら”を身に纏う。
クリスタは指先、褄先で“風の花びら”をしなやかに揺らしている。
空のランウェイを颯爽と歩いているクリスタ。腰に指先を添えて、くるりとターンするクリスタ。
空のランウェイを歩き終えて舞い降りてきたクリスタは、大地に褄先を乗せた。
「テス。あたしゃ、今……。」
クリスタ、そうよ。あなたは、今ここにいるの。あたしの前にいるの。
感動ふるふる、大全開。あたしはクリスタと会えた喜びで、胸がいっぱいになっていた。
「ああん、クリスタ~ッ!」
頭の中でぱっと、花吹雪が吹き込まれた。
あたしはクリスタにハグしようと、両腕を広げたの。
「ダメ、テス。あたしに近づかないで……。」
え~っ! そんなぁああっ!!
クリスタが怒った顔つきをして、あたしを止めた。
でも、理由はわかったわ。
クリスタは口を掌で被せて、すとりとしゃがんだの。
テレビでたまに映る画面を思い出した。ほら、テレビ局の放送事故対応で“しばらくお待ちください”のデロップ付きの、美しい自然の画像のことよ。
クリスタに発生した“リバース現象”が治まるまで、あたしはクリスタの背中を擦ったーー。
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カナコに続いてタクト=ハインの帰還。ルーク=バースは胸を撫で下ろす一方、双方が通過した経緯の共通に苦難した。
どちらも、時の刻みが平行している違う世界の住人を連れてきた。
テリーザ・モーリン・ブロン。
クリスタ・ロードウェイ。
我々が暮らす世界に、ふたりが巻き込まれてしまった。帰すにも“復路”の手掛かりを見出ださなければならない。
ルーク=バースは紙コップに注がれているブラック・コーヒーを飲み干し、また注ごうと粉末珈琲が詰まる瓶を手に取ろうとした。
「ルーク=バースさんよ、それで何杯目なんだい?」
「おう、クリスタ姐さん。やっと口がきける元気を取り戻したな」
ルーク=バースは〈大牟田の口〉の拠点である建屋の応接室にクリスタ・ロードウェイを呼んで、面接を執り行っていた。
テスの知り合い。もとい、親友といえども聴取をする。
【ヒノサククニ】での“ある事態”にルーク=バースは立ち向かっていた。
世界と世界の融合の発生場所が〈有明の原〉で、しかも《育成プロジェクト》が開催されている。
タクト=ハインが連れてきたクリスタ・ロードウェイは《育成プロジェクト》の関係者を目撃していた。
関係者は、クリスタ・ロードウェイ繋がりである能力保持者ふたりを拉致して行方をくらませた。そこまでは、タクト=ハインからの報告であった。
「身体は日頃から鍛えているさ。ただ、おまえさんからの訊問に嫌気がさしたのさ」
「住所、氏名、年齢、職業をお書きして、ふるってご応募してください。と、いうのが気に入らなかった?」
「そっちじゃねぇンだよっ! さっさとテスと帰らせて欲しいだけだっ!!」
荒らげなクリスタ・ロードウェイは、腰掛けていた椅子を倒して立ち上がった。
「姐さん、あんたは【此所】にどうやってやって来た?」
「さっき話したさ。それがどうしたのだい?」
「あんたが関門を潜った、同じ条件では帰れない」
ルーク=バースは、再び注いだ珈琲を啜っていた。
「なら、探せばいいだけださっ!」
「俺らが暮らしている世界で世界と世界の融合が発生したっ!」
「ンなこと、知ったこっちゃないっ! 帰るといったら、帰るっ!!」
「まだわからないのかっ! 姐さん。いや、クリスタ・ロードウェイ。この世界では“戦”が絡んでの蠢きが繰り広げられている。何時、誰が標的なっても可笑しくない状況下であるのだっ!!」
クリスタ・ロードウェイは「ぶるっ」と、身震いした。
尖った刃のように鋭い目付き、胸の奥を抉られるような轟く罵声。
男は、ルーク=バースは、戦いに身を投じる生き方をしている。男の身なりで一目瞭然だが、まだ確定するに到らない。
男の実戦の証が見たいという探求心を、クリスタ・ロードウェイは膨らませる。
「テスと一緒に早く帰りたい。それだけはわかってくれるかい?」
「ああ、勿論だ。俺だって、あんたらを帰してやりたい。はあ、仕方ない。徹夜で段取り取り直しだ。あ、珈琲飲む?」
「おまえさんと同じブラックで」
ルーク=バースが淹れた濃い珈琲を、クリスタ・ロードウェイは苦味を堪えて飲み干したーー。