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コラボノストア   作者: 鈴藤美咲
加純様、ご来店です。
5/26

テスちゃんとクリスタさんとカナコ〈5〉

 空は、蒼の朧。

 カナコはあたしの掌の上で、月明かりに照らされていた。


 ちゅう……。


 カナコの吐息が切なくて、哀しそう。

 カナコは女の子。誰かを想っての震える吐息だと、あたしの胸の奥が擽られた。


 いけないことだとわかっているのに、カナコの思念と同調(シンクロ)させてしまった。


 視えたのは、賢そうな大人の男の人。

 甘い微笑みが魅力的で、瞳と髪の色はベージュ。半開きしている黒のファスナー付きトップスから見えている胸元が、とってもセクシー。


 カナコは、大人の男の人に恋してる。

 ちょっぴり大人の、カナコの大切で大切な恋心。


 月明かりの色は、カナコの想い色。


 ふんわり、ふわふわ。

 カナコに柔らかくて優しい蒼が降り注いでいたーー。



 ♡=♡=♡=♡=♡



 外はとっくに夜の帳が降りていた。


 あたしはカナコと一緒に落っこちた場所に、バースさんとアルマさんを連れて来た。


 にゃあぁん。


 あたしの足首にすりすりと頬を撫で付ける猫さん。カナコを抱っこしているから、あなたを撫でられないのを許してね。


 ちゅう、ちゅう……。


 大丈夫よ、カナコ。猫さんは、あなたにいたずらはしないから。だって、あなたのご両親が傍にいるの。


「テスが落下した位置の上空へと行ってみる」

「バース、おまえには“飛翔の力”はないだろう」


「テスの浮揚能力をちっとばかり借りる。と、いうことで……。」


 バースさん。今、何ておっしゃいました?


「テリーザ・モーリン・ブロン、安心するのだ。そなたの“力”を直接借りるはしない」

 アルマさんは、あたしに筒形の容器をひとつ差し出した。


 何だろう?


「そいつにお嬢ちゃんの“力”を詰めるのさ。そんでもって、俺が被る」

 バースさんはズボンのポケットに手を入れて「にっ」と、笑みを湛えていた。


 使い方は?


「赤い突起物に指を添えて“力”を発動させるのだ」


 ちゅ、ちゅうっ!


 え、え? カナコ、駄目だよ。ああん、カナコが容器を抱えちゃった。


「テス、カナコはお嬢ちゃんの“力”を使わせることに反対なんだろう。はいはい、良い子ですから容器から離れようね」


 かぷ。


 ーーはうわっ!!


 カナコ、お父さんにあんまりでは?


 バースさんはカナコの背中を指先で摘まんで、掌の上に乗せたの。カナコは怒ったのね、バースさんのがっちりとした親指に思いっきり噛みついたものだから、バースさんの悲鳴がとても気の毒。


 ちゅ、ちゅうぅううっ!!


 カナコがバースさんからぴょこんと、あたしの掌の上に移動した。


 ぷいっ!


 あ。カナコ、バースさんからあっち向いてホイをしてしまった。

 一応、バースさんの様子を見たわ。

 カナコに無視をされてしまったバースさんは、可哀想なほどすっごく落ち込んでいる。地面にしゃがみこんでぷちぷちと、雑草を抜いていた。


「仕方ない、地上からの調査に変更しよう。テリーザ・モーリン・ブロン。落下した地点に移動を頼む」


 アルマさんの促しに「はい」と、首を縦に振った。


 ちゅ、ちゅっ!


 勿論よ、カナコ。あなたも一緒にね。


 一歩、二歩、三歩。あたしはカナコを抱えて草を踏みしめる。そして、夜空を仰いだ。


 蒼い月明かりに照らされている雲を、見上げた。まるで、綿の輪っか。あたしとカナコ(ついでに猫さん)が潜り抜けた跡形。


「ワールド・ゲート。世界と世界の融合(コラボレーション)によって表れた関門。カナコは運良く我々の世界に戻ることが出来た。しかしーー」


「あたしは、あたしの世界に帰る為のゲートを見つけなければならない……。ですよね?」


 あたしは、カナコの小さなおつむを指先で優しく撫でた。


 涙がぽたぽた。身体の中の水分が空っぽになりそうなほど、あたしは泣いていた。


 ちゅ、ちゅう……。


 カナコは小さな手を、背伸びしながら翳していた。


『テス、テス……。あなたが元の世界に帰る手掛かりは、絶対にある。わたしのこの身体が役に立つ。テス、わたしを使って』


 カナコ、駄目だよ。あなたの方が、あたしよりうんと大変なの。


 カナコの思いやりに、頷くことが出来ない。


 クリスタ、今すぐ会いたいよ。


 クリスタ、クリスタ、クリスタ……。


「テリーザ・モーリン・ブロン。そなたとカナコの巡り合わせには、意味がある。私は、そう信じる」


 アルマさんがあたしを抱き締めてくれた。


 アルマさんの匂いは、林檎の香り。


 アップルティー、アップルパイ、林檎が盛りだくさんのタルト、林檎盛り放題パフェタワー。


 ぐぅうう……。


 甘いものだらけを考えていたら、お腹の虫が鳴いちゃったーー。



 ◇=◇=◇=◇=◇



 クリスタ・ロードウェイは誓う。

 例え世界の果てだろうが、地獄の底であろうがテスを見つける。


 腑に落ちないのは、アダムとディーの有り様についてだった。公安局公認(オフィシャル)能力者証明証(パスポート)を持つ、立派な諜報員(エージェンド)達がむざむざと、もやしのような面構えの奴に嵌められてしまった。

 奴の名は、ジュー=ギョイン。奴もふたりと同じく能力保持者。奴を倒さなければ、消えたテスを追うことが出来ない。


「やい、ジュー=ギョイン。てめぇが其処にいるふたりに目を付けたのは構いはしない。だかな、此方だって急ぎの用があるんだ。さっさとケリをつけてやるから、かかってこいっ!」


 挑発は、承知。足踏みされてしまった情況の、怒りの矛先を奴に剥ける。

 非能力者(ノーマル)にも“底力”があるのを能力者(ふたり)に見せつける。クリスタ・ロードウェイは、ジュー=ギョインに挑む覚悟をするのであった。


『ディー。姐さん、俺らをあかんたれ呼ばわりしとる』

『させときぃや。アダム、相手さんの窖に堂々と潜り込めるんや。そっちがおもろいと、俺は思うで』


 ふっふっふっ……。


 アダムとディーは思念を同調シンクロさせながらにたにたと、笑みを湛え合った。


「何が可笑しいのだ」

 ふたりの様子が不愉快だと、クリスタ・ロードウェイは怒りを膨らませた。


「姐さん、緊急事態なんや。テスを逐いたい気持ちはよう、わかる。しかしやな、俺らがいないことには姐さんは何もできへん」

「俺らは姐さんからの情報が必要や。一方通行やけど、姐さんの思念を読み取る同意を頼んます」

 アダムとディーは、1枚のカードをクリスタ・ロードウェイに掲げていた。


 テスを追うに不可欠なのは、やはり能力者(タレント)の能力。


 〔異質能力保持者の捜査を命じるとともに、非能力者(ノーマル)への能力行使の使用を許可する〕


 アダムとディーが見せる許可証は、公安局から発行されたもの。クリスタ・ロードウェイは、突きつけられた証明を認めるしかなかった。


「あたしの真相部分に一歩でも踏み込んでごらん。こいつで、おまえさんたちを清掃してやるっ!」

 クリスタ・ロードウェイは、掴むモップの房糸をアダムとディーへと翳す。


『一応、同意したな。姐さん、けったいなことを思うとるのはしゃあないが、俺らには俺らの目的があんねん。なあ、アダム』

『そうや、ディー。相手さんの能力は俺らの能力と異質やて。当然、公安局でもキャッチしたンやけどな。ほかすはできへんと、俺らに調査命令おしごとが回ってきたんや』


『ディー、姐さんの思念を読むで……。テスが護ったねずみやけど、相手さんが言いはった“サンプル”を差しとるとちゃう?』

『姐さんは気付いてへん。姐さんの頭の中は、テスを見つけることでいっぱいや。おっと、姐さんの機嫌が悪ぅなったさかい。姐さんの思念と同調(シンクロ)を止めるで、アダム』


「終わったか?」

 クリスタ・ロードウェイは、大きく息を吐くアダムとディーを睨み付けていた。


「姐さん、俺らへのご協力おおきに。なあ、兄ちゃん。あんさんは俺らを連れて行きたくてうずうずしよるやろ?」

「よう、堪えてなぁ。あんさん、意外と紳士やな」


「準備が整ったようだな」

 アダムとディーの視線の先にいるジュー=ギョインは、右の指先を「ぱちん」と、弾かせた。


「お待ちっ!」


 クリスタ・ロードウェイは、ジュー=ギョインへと駿足するつもりだった。


 舞い上がる土埃でぼやける視野、枝が折れる音を響かせる樹木。爆風と爆音の衝撃に耐えると、クリスタ・ロードウェイは足元を踏ん張らせながら目蓋を綴じて耳を塞ぐをした。



 しばらくすると、雑駁な場景が止んだ。

 ぽつんとひとりでいることに、クリスタ・ロードウェイは苛立った。


「畜生っ!」

 クリスタ・ロードウェイは、モップの先端を何度も地面に叩きつけた。房糸は草葉を絡ませて泥塗れになり、泥の飛沫がクリスタ・ロードウェイに被さっていた。


 ーー止しましょう、お美しいのが台無しですよ。


 またしても、野郎か。


 振り上げる腕を掴まれたと、クリスタ・ロードウェイの苛立ちは増幅していた。


「ご覧通り、取り込み中だよ」

「あなたが無傷でいられたのは奇蹟なのです。おふたりの気転がなかったら、あなたは間違いなく命を落とされていた」


()()していた。おまえさんからすれば、さぞかし滑稽な闘いっぷりだったろうさ」

「そうですね。構えかたから何もかも、まるっきり素人仕込みでした」


「余計な一言だよ。で、おまえさんは何者だい」

 クリスタ・ロードウェイは「むっ」と、顔をしかめた。


「僕は、タクト=ハイン。先程、あなたが闘いを挑んだ奴を追っていた」

「あたしが奴を逃したことに、はらわたが煮えくりかえっているだろう?」


「正直に申せば、おっしゃる通りです」

「ばか正直過ぎだ」


「まだ、あなたからの自己紹介を聞いていませんよ?」


「クリスタ・ロードウェイだ。ねずみを護って家を飛び出したルームメイトで親友のテリーザ・モーリン・ブロンを追っていた」


 クリスタ・ロードウェイはタクト=ハインの手を振り払い、握りしめていたモップを地面へと捨てたーー。

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