ちょっと待って、源九郎くん〈さんかいめの話し〉
源九郎くんは「ふっ」と、涼しげな笑みを湛えて指を鳴らす。夕べ見たテレビドラマで出演していた俳優のティガプリオンを意識していたに違いない。
「違う、違う。おれは、絶対的に凛々しい」
何かが、混じっている。いや、今度は『奇抜の出歯』の大悪党、喜美継歩権になりきっている。
「源九郎、丁度よかった。背中が痒いから、掻いて」
源九郎くんの爪は、カナコの催促によって“孫の手”になってしまったーー。
***
「タクト様、本日は何時頃のご帰宅になりますか」
「GSE(テレビ局)での収録が終わってからになるよ」
「わかりました。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
アルトマイヤーくんは毎朝決まって、僕の帰宅時間を訊ねる。僕の本業は大学准教授だが、近頃メディアの取材、テレビ出演に応じることが少なくないからだ。
「タクトっち。きょうのおみやげは《ほろ苦チョコがけ、石焼き芋》を頼む」
ごめん、源九郎くん。たぶん、焼き芋屋さんでは売っていないよ。
「カナコ様の体調が優れないので、できるだけ早めのご帰宅をされてください。でも、私が責任を持って、介護致します」
アルトマイヤーくんは、源九郎くんを退かして僕に向けて手を振った。
僕は、かたわらしくんに磨いてもらった革靴を履く。
「ありがとう、かたわらしくん。いってきます、源九郎くん。宛にするよ、アルトマイヤーくん」
僕は、靴を鳴らす。そして、玄関の扉を開いたーー。
***
〔眠れる大地【ヒノサククニ】の風、薫る〕
テレビ局での番組収録で、僕に渡された台本の表題だ。
コメントを求められたら返答をする。収録本番前での打ち合わせが、どうもやるせない。
つい、嘘も方便をやってのける。罪悪感はあったけれど、我が家で僕の帰りを待っている“家族”のことで頭がいっぱいだから、窮屈な場から早く逃れたい一心だった。
カナコが心配だ。
番組の収録が終わり、テレビ局から出ると人気がない場所を探し当てる。
“力”(転送の力=瞬間移動)を発動させる為に。僕は早く我が家に帰るためにズルをするのであった。
「ごめん、タクト。今日はどうしても起きれなかった。家事はアルトマイヤーとかたわらしがしてくれた」
我が家に入ると、床にふせるカナコの傍に行った。カナコ、辛かったよね。今朝も寝床で僕の横で苦しそうにうずくまっていたのに、ほったらかしにしてごめんね。源九郎くん、駄目だよ。今のカナコに『奇抜の出歯』ごっこは無理だよ。
「晩ごはんを食べたらまた来るよ」
僕はカナコの額をそっと拭う。そして、キッチンへと向かった。
朝と夕の食事は自宅で摂る。
カナコと一緒に暮らすでの約束だから。口に含んだ瞬間のほろほろにとける舌触り、諄さがない、甘辛い味付け。かたわらしくんが作ってくれた魚の煮付けは、実に美味だ。
「タクト様、報告があります。心を静かにされて、お聞きください」
アルトマイヤーくんが、真剣な目付きで僕に言う。僕は箸を止めて「ああ」と、頷いた。きっと、カナコの容態についてだ。
「勝手ながら、カナコ様のご実家に連絡を取りました。用件は、カナコ様の容態についてです」
「いや、アルトマイヤーくんの行動は正しい」
「カナコ様のお母さまがいらっしゃいました」
「うん」
「『この程度で私を呼ぶな』と、叱られてしまいました」
はあ、そうなの。でも、アルマさんらしいかな。
「明日僕が付き添って、カナコを病院に連れていく」
「お仕事はどうされるのですか」
「ちゃんと休みをとっているよ。大学にも伝えている」
「そうでしたか、失礼しました」
アルトマイヤーくんは、申し訳なさそうに何度も頭を下げていたーー。
***
カナコは妊娠していた。
カナコが言うには、もっと落ち着いた時期で僕に告げたかったみたいだった。
「わたしの身体の意気地無し」
いや、それは間違っている。カナコ、キミは悪阻で身体が思うように動かせなかったのだよ。
「タクト様、おめでとうございます。お子さんが生まれる日が待ち遠しいでしょう」
「ありがとう、アルトマイヤーくん。でも……。」
「哀しまないでください。私も源と同じく、この家に居心地を覚えてしまっていた。危うく、元の世界に戻ることを忘れるところでした」
アルトマイヤーくんは、荷造りをしていた。唐草模様の風呂敷の中に沢山のお土産を包み、ぎゅっと端を縛る。
「タクトっち、アルはこわい。だって『カナコしゃんを持って帰りたい』と言っただけで、凄い顔をした」
源九郎くん“帰る”をわかっていたのだね。だけどごめん。カナコはリュックサックに詰められないし、僕だってカナコの持ち帰りはお断りだ。
かたわらしくんは、置いていって。と、いうのは冗談だ。かたわらしくんは本当に働き者だった。きっちりと畳まれている洗濯物、綺麗に磨かれた窓ガラス。特にカナコは、思いっきり助かっていただろう。
源九郎くん達が帰る為の“関門”が見つかった。しかも、我が家の庭でだった。
「土竜が掘った穴に源が填まらなければ、地中にある“関門”を見つけられませんでした。けして、私が穴に落ちたからではありません」
どうりで、どっちも泥だらけ。アルトマイヤーくんの話しを聞く限り、偶然が重なっての結果だな。
「タクトっち。おれ、タクトっちがご馳走した肉まんの味をずっと忘れない」
源九郎くん、覚えていたんだ。僕とキミが初めてあった日……。の、肉まん。いや、美味しかったならいいのだよ。
「それでは、これにて。源、行こう」
アルトマイヤーくんは源九郎くんの手を引く。の、はずが「すぽん」と、抜けた勢いで“関門”へと続く穴に顔から落ちてしまった。
「タクトっち。ばいばい、またね」
今度は源九郎くんだ。先程のアルトマイヤーくんとは違い、穴にすっぽりと填まって上半身だけの姿が痛々しい。
ーーアル、優しく引っ張るをしてよ。
ーー騒がしい、源。お腹を引っ込ませて頑張れ。
源九郎くんの下で、アルトマイヤーくんは苦戦を強いられていた。
僕が(源九郎くんが穴に入る)手伝おうとすると「タクトっち、手は出すな。これは、アルとおれのおとこどうしのたたかいなのだ」と、源九郎くんの捲し立てる声でどうすることも出来なかった。
「もう、見てられない」
「カナコ、行ったら駄目だ。源九郎くんがーー」
カナコは僕を振り切って、穴に填まっている源九郎くんにずんずんと近付く。後ろ姿で顔が見えないが「すう、はあ」と、呼吸を整えている息遣いが聞こえた。
「カナコしゃん。おれを、抱きしめーー」
源九郎くんの声が途絶えた。カナコが渇をいれる前に、アルトマイヤーくんが源九郎くんを穴の中に引き摺り落としたのだ。
「行ってしまった」
カナコ、せつなそうに言うのね。さっきまでの般若のようなキミは……。ごめん、僕がいけませんでした。
「かたわらしくん、元気でね」
源九郎くんとアルトマイヤーくんが穴に入るのを待っていたかたわらしくんと、僕は握手をかわす。
かたわらしくんは、何度も僕に振り向いていた。キミがその気なら、ずっと我が家にいて欲しい……。あ、あっち向いてホイをされてしまった。
賑やかなだった我が家は、しんと鎮まってしまった。
また、僕達だけの暮らしになったね。と、僕が言うと、カナコはお腹に指を差した。
僕は額を「ぺちん」と、掌で叩いた。カナコは「ふふふ」と、笑った。
しばらくしたら、また賑やかになる。
だけど、源九郎くん達のことを想い出に変えない。
瞳を綴じて、耳を澄ませる。
源九郎くん。
いつでも、どこでも。キミが傍にいるーー。
「タクトっち?」
時が流れて、我が子の口の突きに僕は打ちのめされてしまった。
源九郎くんとタクト達の物語はおしまいです。
次回は、九藤 朋様からいただいた“思い出”を紹介させていただきます。




