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コラボノストア   作者: 鈴藤美咲
加純様、ご来店です。
2/26

テスちゃんとクリスタさんとカナコ〈2〉

 季節は、秋。窓を開けると、風の甘い薫りが鼻腔を擽らせる。


 カナコ、覚えている?


 あなたはちっちゃいお鼻をひくひくさせて、風の薫りを嗅いでいた。あたしの掌の上で、くしゅくしゅと噎せた。

 花の色はお父さんの“光”と同じだけど匂いがきついと、泣きべそをかいたよね?


 金木犀の花の薫りを、あなたも今頃嗅いでいる。


 あたしは、巡った季節の中で思ったよーー。



 ♡=♡=♡=♡=♡



「テス。不味いなら不味いとはっきりというのだっ!!」


 ああん、クリスタを怒らせてしまった~っ!!

 だって、だってなの。気になって、仕方なくて、堪らなかったの。


 プライベートファッションと言えども、着こなしがばっちりのクリスタ。


 パジャマのままの、あたし。

 はい、わかっています。あたしはクリスタよりうんと、寝坊をしました。


 言うか言うまいか。


 クリスタが丹精を込めて作ってくれた朝食は美味しいけれど、フォークを持つ手を途中で止めちゃったあたしがいけないの。


 もそもそ、ごそごそ。


 パジャマのポケットの中で“あの子”が蠢いている。


「クリスタ、あのーー」

「悪い、テス。今からクリニックに連れていくから、準備を整えて」


 いえ、身体はぴんぴんしています。


 違う、違う。と、あたしはぶんぶんと、首を横に振りました。

 それでもクリスタは、物凄く心配している顔をしていました。


「テス。あんたはどんなに寝過ごすをしても、朝飯はすっからかんに平らげる。そんなあんたがだよ? 天変地異の前触れだと、あたしゃ悟ったわけなんだっ!」


 例えるならば、ドミノがぱたぱたとなぎ倒されるような……。尋常じゃないクリスタを見るあたしの頭の中は、ばったばたと慌てふためいていました。


 ああん。落ち着くのよ、あたし。

 ここからは、いつものあたしに戻るのよ。


 クリスタは、ワームが嫌い。と、いうことは“この子”はオッケイよね?


 あたしはポケットの中に手をいれると“あの子”を指先で摘まんで引き上げた。


「……。」

 クリスタ、黙っちゃった。


 “あの子”はあたしの掌の上でぷるぷると震えている。それもそのはずよ。だって、クリスタが怖い目をして“あの子”をじろじろと見つめていたから。


 それからの光景が、スローモーションみたいにゆっくりと見えていた。


 のしのしと、廊下へと出たクリスタはモップを持ってリビングルームに戻ってきた。

 あ、クリスタがちょっとだけ笑っている。なんて安心したのは、ほんの僅かだった。


 バトンをひと振り、あら不思議。クリスタの、くるりとモップを振りかざす姿がとても綺麗。


『魔法美女☆クリスタ』と、タイトルを思い浮かべた。それほど、クリスタのモップさばきは美しかったの。


 でも、淡い幻想はあっという間に消えちゃった。

 クリスタはモップの柄を脇にしっかりと挟んで、がっちりと持ち手を掴んだ。

 クリスタによって、モップが棍棒に変わっちゃった。


 ーー成敗っ!


 あたしは“あの子”を掌で包んで、モップの先をぶんぶんと振りかざすクリスタから逃げたーー。



 ♡=♡=♡=♡=♡




 怖かった。


 テスがいなかったら、わたしは今頃〈花畑〉だった。


 浅黒のクールビューティ。すらりとした背丈と違って、やってることが凄く強烈。


 ちゅーっ! ちゅーっ!!


 テスの掌の中だから、回りの景色なんて見えていない。でも、目が回って気持ち悪い。


 テスはわたしの為に“恐怖”から逃げた。


 家の中にねずみがいるのは誰だって嫌だ。

 テスの幼馴染みで親友、クリスタ・ロードウェイもそのひとりだ。


 ねずみは、わたしのことよ。何でこんな姿になったのかと、考える余裕は全然なかった。


 テスはたぶん、家の中から外に逃げた。

 テスの指の隙間から入り込んだ、甘い匂いがわたしの鼻腔を擽らせる。


 くちゅん、くちゅん。


 さすがにこの身体では匂いがきついらしくて、鼻の刺激になってしまった。


「ほええ。ねずみさん、しっかりして~っ!」

『お姉さん、ごめんなさい。手の中を汚してしまいました』


 テスは、クリスタを漸く巻いた。辿り着いた場所は、橙色の小粒の花を咲かせる金木犀の幹。


 わたしは鼻を水まみれにしていた。もう、堪りませんと、鼻を手(足)でごしごし拭っていたら、着の身着のまま(パジャマ)のテスは、袖口をわたしの鼻に押し当てた。


『お姉さん、ありがとう』

「良いのよ。でも、あなたを怖がらせてごめんなさい」


 くちゅんっ!


 あ、また垂れちゃった。

 テスはちょっと笑って、わたしの鼻をまた拭いてくれた。


 しくしくしく……。


 テスの優しさがあたたかくて、涙がぶあぶあと溢れた。


「泣かないで。あ、ちょっと訊いていいかしら?」


 うん、いいよ。と、泣きっ面のわたしはこくんと、首を縦に振った。


 テスは、こんな身体になったわたしの話しを聞いてくれた。

 最初は名前。わたしがいる所とか、何でそうなったのか。


 わたしが嘘つきではない。と、テスは優しくしてくれた。


『て、テリヤキモグモグ、ブニ……。さん』

「……。テスよ、カナコちゃん」


 テスは「くっくっくっ」と、笑いを堪えていた。


『カナコでいいよ。お姉さんは、テスと呼んでいいかな?』

「オッケイよ、カナコ」


 わたしとテスは“思念波(テレパシー)”で話しをしていた。


 “輝力”は、わたし。

 “能力者(タレント)”は、テス。


 呼び方は違うけど、特別な“力”を持っているわたしたちだったから、話しが合った。


「このことは、あたしたちだけの内緒事ね」

 テスは、にっこり笑って言った。


『うん』

 わたしは、寂しく頷いた。


 テスとお話しが出来ても、わたしはねずみのままだった。

 テスと一緒にこの姿のままで暮らす。それでも構わなかったけれど、ある“現実”を考えたら、とても出来ない。


 テスの“相棒”の存在だ。

 クールビューティの、クリスタのことだよ。


 クリスタは、テスの大切な存在。テスの一大事にクリスタは全速力で駆けつける。


 そんな彼女を、テスは振り切った。

 わたしの所為だ。でも、思った。


 ねずみだろうが鳥だろうが、クリスタはテスに危険を及ばす“因子”を排除する。


 あの時(さっき)のクリスタの目は、まさにそれだった。


 しくしく、しくしく。


 ひとりでいるのは平気。学校にいるときは、何時もそうだったもん。


 休み時間に教室の隅っこでぽつんとしていても、クラスメイトは誰ひとりわたしを気に掛けない。


 わたしは“一匹野ねずみ”で生きることを選びかけていた。


「カナコ。あたしがクリスタを一生懸命説得するから、哀しいことを考えないで」


 ぎくっ!


 テスは、わたしのぶしぶしと考えていることに“同調”していた。


「あなたが元の姿に戻る方法を、あたしも見つける。あたしはカナコが暮らす世界を見てみたい。あなたがあたしと逢えたのは、けして偶然じゃない。あたしはあなたを助ける為に見えない何かに選ばれたと、強く思った」


 テスの青い瞳が、綺麗に澄みきっていた。


 ちゅう……。


 胸の奥が、くすぐったい。ふわふわと、身体が軽い。


 テスは、信じられる。

 テスを、哀しませたらいけない。


 わたしは次から次へと、テスへの“誓い”で胸の奥を熱くさせた。


「決まりね。では、いざーー」


 テスが凍りついた。わたしは、その理由をすぐに解った。


 にゃあ、にゃあ……。


 わたしを掌の上に乗せたままですっくりと立ち上がったテスの足元に、いつの間にか何処から現れた一匹の猫が、尻尾を絡ませていた。


 しっしっしっ! あっちに行ってっ!!


 テスは、ぴょこぴょこ跳ねていた。猫を追っ払おうしていたと思うけれど、ダンスのステップをしているにしか見えなかった。


 ぐらり、ぽいっ!


 運悪く、テスは土からはみ出していた金木犀の根っこに踵を引っ掻けて、掌からわたしを落っことした。


 ぽとん。


 わたしは地面で一回跳ねた。


 ころころ、ころころ。


 わたしの身体は、ご丁寧に地面の上で転がった。

 転がりがやっと、止まった。

 しかし。ああ、よかったと、安心する間なんてなかった。


 にゃあ、にゃああ……。


 目の前に、例の“怪物”がいた。

 悍ましい目付き、不感な鳴き声。


 ーーダメーッ!!


 テス、ごめんなさい。

 わたしの為に、テスが大変なことになってしまった。



 テスは、わたしの為に“決まり事”を破ってしまったーー。




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― 新着の感想 ―
[一言] きゃ~♡ クリスタ姐さん、今日も格好いい! 微妙にズレたテスとクリスタの掛け合いが楽しい。 カナコねずみを襲うピンチはまだまだ続きそうですね。いまいち頼りないテスに、大役大丈夫なのか不安に…
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