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コラボノストア   作者: 鈴藤美咲
トト様、ご来店です。
16/26

銀の蜃気楼〈時に耳を澄ませ〉

 わたしはお父さんとお母さんに育まれた。

 お父さんはおちゃらけてるけれど、責任を人に押し付けない。お母さんはお澄まししているけれど、真面目で優しい。


 “思い出”のお父さんとお母さんは、今と同じ。でも、違うことがあった。お父さんから切り離された、辛くて哀しい“思い出”をロトが預かっていた。


 ロトはお父さんに“思い出”を返す。ロトはお父さんが“思い出”でに負けないほど、うんと大きくなって、うんと強くなるのを待っていたんだと思う。


 タクトは、どう思ったのだろう。

 お父さんが自分の弟。しかも、別々の存在。


 わたしは恐い。だって、もしかしたらわたしは……。


「大丈夫、僕はキミのお父さん“の思い出”で溺れるはしなかった。だから、キミはお父さんの娘で生まれた」


 タクトは難しいことを言いながら、震えるわたしをあやしたーー。



 ★=★=★=★



 当時《マグネット天地団》という商号だった《奴ら》は“時の刻みが平行する世界”に着目して実用化に向けての実験を施行していた。


 しかし、事は起きた。


 実験を執り行っていた施設での事故が発生した。

 異なる世界の異変を感知したロトは、事故現場へと向かった。


 事故は“時間法”を犯す行為によるもの。原因を突き止める一方、人命救助が先決だとロトは事故によって被害が生じた周辺地域へと移動した。

 河の濁流が、悍ましい青の色を放っていた。

 人が、しかも子供がふたり。濁流に揉まれそうになっている子供を、子供が救おうと懸命になっていた。


 ーービート、諦めたら駄目だ。だから、兄ちゃんの手にしっかりと掴まってっ!


 兄弟だった。兄は弟を励ましながら、尽きようとしている弟の手を握りしめていた。

 《奴ら》が実験で使用していた〈セパレートニウム〉が河に流出していた。水と反応させて、威力を増幅させる。効能は、時間分離。人体に施せば、何が起きるのか。しかも、大量に浴びれば絶対に避けられない影響が生じる。


 ーー離せっ! 離してくれっ!! ビートが、ビートがぁああっ!!!!


 濁流に揉まれしまった弟を助けようと、兄は河に飛び込もうとしていた。ロトは間一髪で救出するが、兄は酷く抵抗を示した。



 ーーオレの“器”は、兄ちゃんが生まれる前の時の刻みに流されてしまった。あんた、能力者なんだろう。オレの“器”がデカくなるまで、オレそのものの記憶を兄ちゃんから外してくれ。


 命が失われることはなかったが、弟の存在は別々になっていた。しかし、弟の“芯”は兄には見えていない。弟は記憶を“消す”ではなくて、外すを能力者(ロト)に嘆願した。兄とはいえ、学童時期。事実を受け入れるにも衝撃には耐えられないと、幼いながらも“芯”の弟は悟っていた。


 “芯”は象れない。放っておけば“芯”は消滅する。葛藤、試行錯誤。能力者(ロト)が選んだのは、訪れる未来で兄弟が再び巡り会うことだった。


 ーーおまえの記憶は、兄の奥底に封じる。方法は、おまえの兄に異能力を植え付ける。能力が記憶に蓋をする。しかし、錠をするのには鍵が必要だ。おまえが鍵になることによって、錠を解くも出来る。鍵と“器”が連動しなければ、記憶は解放されない……。


 “芯”を象らせる為に、能力者(ロト)は交渉した。泣きつかれて寝に落ちた兄が握り締めていた橙色のロケットは“時の洪水”で流されてしまった弟の“器”が残したものだった。


 能力者は、ロトは、ロケットを“芯”に向けて掲げていた。

 “芯”は考え込んだ。搾るように息を吐くと、ロトが見せるロケットに触れた。

 ロトの掌の上で「きらり」と、ロケットが瞬く。

 “芯”は鍵になった。残すは、兄の記憶に蓋をする。

 ロトは兄に能力を植え付ける。疾風のように駆ける能力“加速の力”を、ロトは兄に植え付けた。


 ーーいつか巡る。おまえ達は、必ずまた会える。それまで、それぞれで静かに記憶を眠らせるのだ……。


 ロトは“銀の光”を解き放し、ロケットを空高く舞い上がらせるーー。




 ★○★○★○★



 時の向こう側に預けていた事実を語り終えたロトの瞳は濡れていた。

 ロトはどんなに胸を押し潰されそうになったのだろうか。ロトのことだから、背負い込むをしていただろう。


「タクト、すまなかった」

「ロトくん、キミの所為じゃない。キミは、精一杯正しいことをした。僕たち兄弟はキミに助けて貰っていた」


 別々の存在になってしまったが、弟は生きていた。それだけでなく、自分も存在していた。


 ロトと出会っていた。

 封鎖されていた記憶の中にロトがいた。

 タクト=ハインは事実よりも、ロトとの巡り合わせに心を震えさせていた。


 ロトは不思議で堪らなかった。タクト=ハインは何故、笑みを溢している。自分の時の歯車を弟と共に外されていたのにも関わらず、タクト=ハインはおおらかなさまとなっている。


「タクト。おまえの弟は、本来ならばいくつなのだ」


 アルマはロトから語られた事実を受け入れていた。ルーク=バースを縮めたような顔立ちの少年について、アルマはタクト=ハインに訊ねるのであった。


「12才です。でも、真実がわかってもビートは……。」


 タクト=ハインは瞳を曇らせた。

 事実上では(ビート)の存在はない。真実を証明させる証拠は、封じられていた記憶。しかし、タクト=ハインはロトが抱いていた辛さを知ってしまった。


「だから言っただろう。本物の俺は、俺がケリをつけるとな」


「ばきり」と、指の関節が鳴る音がした。

 ルーク=バースが、再び動き出す。タクト=ハインは「ぶるっ」と、肩を竦めた。


「バースさん、お止めください」

「引っ込んでろ、()()。俺はルーク=バースだ。今、この身体で時を刻んでいるのは俺だ。やい、(ビート)。今さらこの身体で時の刻みをするなら、(ルーク=バース)を倒せっ!」


 ルーク=バースは、ビートを挑発した。すると、ビートは「にやり」と、嘲笑いをするのであった。


「いいのか? あんたは、俺に追い出されたら象れなくなる」

「だろうな。おまえだって、俺に潰されたら二度と“ビート”では生きていけない」


 宿業を賭けて。いや、飛び散った過去を埋める為に。


「タクト、手は出すな」


 運命を旅する者は、自分だけではなかった。永遠の命ほど虚しいものはない。しかし、廻り合わせを望むから、こうして自分を象らせている。


 ロトはタクト=ハインに、運命の審判(ジャッジ)をするようにと促すのであった。


 しかし、だった。


「双方、そこまでっ! 如何なる理由があっても、潰し合いはあってはならないっ!!」

 ハロルドが、ふたり(バースとビート)の対峙を遮る。


「ハロルドさん!?」

「ロト様、タクト殿。あなた方が記憶で溺れてしまわれてどうするのですか。どちらも正しく存在させるを、お考えするのですっ!」


 ハロルドは、激怒していた。

 ロトとタクト=ハインは「びくっ」と、顔を強張らせた。


「同感だ。ハロルド氏、そなたに任せる」

 アルマはタクト=ハインの襟首を、ロトの腕を掴んで引きずり寄せる。


「おじさん、うるさい」

「同じくだ、ハロルド」


 ふたり(バースとビート)に嫌がられるハロルドの眉毛は吊り上がっていた。


「お互いで痛み付けるをしても哀しみしか生み出せない。手を取り合うを選ぶのだ」

 それでもハロルドは怯まなかった。腕組みをして「かっ」と、目を開く。


 ルーク=バースとビートは「べ」と、舌を出す。


 ーー廊下に立ってなさいっ!


 ハロルドは、顔を真っ赤にさせて激昂した。



 ★○★○★○★



 ーーガミガミ、ガミガミ……。


 ハロルドの説教は、続いていた。


 傍観するしかなかった。止めに入るならば、ハロルドは益々逆上するだろう。


「ロトくん、ごめん」

「タクト、おまえの所為ではない」


 存在が別れてしまったふたり(バースとビート)をひとつにするは、どちらかの意思を消すことになる。

 本人達は、わかっていた。だから、ハロルドに止められたことに腹を立てた。一方、ハロルドはどちらにも命があると知ったからこそ、対峙を阻止する為に踏み込んだ。


「ハロルド氏、頭を冷やすのだ。バース、小型バース。争うのは勝手だが、人を捲き込んだ代償は重い。止めないというのであればーー」


 アルマの罵声と共に「ごつっ」と、鈍くて硬い衝撃音がした。


「私がやったことは、無駄だった」

「ハロルド氏、落ち込むのではない。おまえ達、ハロルド氏に謝罪するのだっ!」


 ふたり(バースとビート)は、頭部を押さえて泣きっ面になっていた。


「〈マザー〉が此方に来る」

「言い逃れの理由か。もっと気が利く出鱈目を言え」

「嘘じゃねえよ。ホラ、上を見てみろ」


 ルーク=バースは「けっ」と、舌打ちをする。そして、ビートが指差す方向を見上げる。



「“思念”が、やって来ている。俺がよく知っている“思念”がーー」


 ロトは、揺れる水面のように心が波打っていた。


 ーーやっと、遇えた。ロト、あなたの姿を今一度見る。現実は辛いですが、喜びで胸がいっぱいです……。


「テラ……。キミが〈マザー〉?」

「ふふふ、驚かせてしまいましたね。ロト、わたしは《奴ら》から〈マザー〉を押し付けられたの。正直にいえば、うんざりしていたわ」


 姿を現した少女を、ロトはテラと呼んだ。テラもロトを見るなり、名を呼んだ。


「“銀の蜃気楼計画”は《奴ら》によるもの。ふたり(バースとビート)の、時の刻みの分離も《奴ら》によって引き起こされた。テラ、キミは《奴ら》の巻き添えになっていた?」


 少女は、テラは寂しそうに頷いた。


「テラさん。ロトくんの象る“思い出”を、僕たちは幾つも見てきた。でも、ビートは違う。ビートは“思い出”ではない。ビートは“芯”で、バースさんは“器”でそれぞれを生きていた」

「あなたは事実を受け入れられている。ビートを象らせたのはわたしです。ビート、あなたは本来の時の刻みに戻りたいですか?」


「今さらは……。それに、あいつだって嫌がっているし」


 テラはビートと手を繋いでいた。そして、テラを見上げるビートは鼻を啜っていた。


 “あいつ”とは、俺のことだ。


 ビートの言葉が心に突き刺す。ルーク=バースは堪らず「バカちん」と、呟く。


「小型バースが本来の時の刻みに返るは酷だ。ならば、いっそうのこと小型バースだけの時の刻みをさせてはどうだ。テラ、そなたなら可能だろう」


 アルマに、誰もが注目した。


「出来るなら、私たちの子としての……。バース、おまえがまた生まれるを私は見たい」

「お、おい。アルマ、待てよ」


「命を、宿す。それがどうしていけないのだ」


「皆さん、ちょっとお時間をいただきます。アルマさん、こちらへ」

 テラは、アルマの手を引いて大理石の壁の裏へと回った。



「アルマさん、あなたのお腹の中には……。」


 アルマは頬を朱色に染めて、頷いた。


「まだ、バースには伝えていない」

「生まれてくるお子さんに、ビートの“芯”を託すのは出来ません。ビートがあなたの中で命を宿す、それをお待ちしていただけませんか?」


「して、その意味は?」


「アルマさん、あなたがビートの“芯”を預かるのです。おふたり(バースとアルマ)のお子さんとして、時を刻む準備をビートにさせます」


 アルマは、深々とテラにお辞儀をしたーー。



 ★○★○★○★



 別れではなく、始まり。

 “ビート”がまた始まるのは、ずっと先になる。


 誰もが、事を見届ける為に息を潜めていた。


「兄ちゃん」

「キミの記憶は消えない。ただ、眠るだけだよ。思い出しても、記憶で溺れるはさせない」

「兄ちゃんはそれでよくても、あっちがーー」


 ビートは気にしていた。

 本来の時の刻みの“器”が「むすり」と、顔をしかめていることにだった。


「出来事の記憶は“銀の蜃気楼計画”を潰滅させることによって封じられます。ですが、あなた方が見た“真実”は残念ながら、記憶が封じられても消えることはありません」

「いつかまた、記憶の蓋が開かれる。そのときはそのときでまた、シメる方法を考える」


 ルーク=バースは「にっ」と、テラに笑みを湛えた。


「アルマ様。あの男は何故、あんなにも強いのかご存知なのですか?」

 ハロルドは困惑なさまでアルマに訊く。


「私が選んだ男だからだ」


「失敬」

 ハロルドは漆黒のマントを翻し、ロトの傍へと歩み寄る。


「ハロルドさん、まだ終わりじゃない」

「そうです、ロト様。私もロト様達の同志。援護をさせていただきます」


 ロトは「頼むぞ」と、ハロルドと握手をする。


「ビート、アルマさんの手を取って」


 テラの促しに、ビートは黙って頷く。

 “近い未来”に行く為に、ビートは時に耳を澄ませる。


 テラは「すう」と、息を吸い込む。そして、そっとビートの肩に触れる。


 ーービート、いってらっしゃい……。


 テラは銀色の吐息をビートの耳元に吹き込む。するとビートの身体は橙色に輝き、光の粒を飛沫させる。


 アルマは、ビートの光の粒を纏う。浸透していく命の波動に揺すぶられ、アルマは涙を溢れさせていた。


「アルマ」

「心配するな。おまえ(ビート)は、私から生まれる……。」


 ルーク=バースは、アルマが溢す涙を指先で乗せる。そして、アルマを腕の中に手繰り寄せるをした。


「からん」と、床を弾く音がした。


「タクト殿、最後に挑む場所の扉を開くのはあなたです。ロト様、準備は整ってますか」


 タクト=ハインは“鍵”を握りしめていた。そして、ロトと目を合わせると頷くをするのであった。



「ビート。この戦い、キミの為に負けはしない」


 タクト=ハインは、扉の錠を外して前へ前へと駿足していったーー。

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