銀の蜃気楼 〈繋がる世界〉
本日のお客様は、トト様です。
これより始まる本編はトト様キャラとのコラボレーション投稿作品『銀の蜃気楼』(筆者名 トト美咲)に改稿、加筆をさせていただきました。
※挿し絵は当時作品に寄せての、トト様からの贈り物です。
トト様、ありがとうございます。
カナコの“宝物”は銀の狼を象っている。
カナコの“宝物”は、僕の思い出の象でもある。
「タクト。わたし、タクトの思い出に会いたい」
カナコは蒼い瞳をくるくるさせて、僕に縋った。
「そうだね、僕もだよ」
僕はカナコの胸元できらりと光る“宝物”に指先を乗せた。
“宝物”から溢れて広がる銀色の煌めきを僕とカナコが仰ぐと、青銀の雫が降り注ぎ蜃気楼が表れる。
カナコの“宝物”は、思い出に会う為の通行証。
ロトくん。
僕はカナコを連れて、キミとの思い出に会いに行くよーー。
★○★○★○★
思い出の彩は、蒼の朧。
タクト=ハインは16才だった。そして【ヒノサククニ】に赴いた。しかし、鮮明な記憶は【グリンリバ】への帰路の最中しかない。
タクト=ハインは、ルーク=バース率いる陽光隊の一員だった。
【ヒノサククニ】と【グリンリバ】を往復した乗り物は紅い列車。
事は、復路の列車内で起きた。
〔銀の狼と会い、時の輪を裁ち切れ〕
紅い列車の通信室である2両目で、陽光隊隊長のルーク=バースは隊員のタイマンと共に通信装置に着信した奇妙なメッセージの解読を執り行っていた。
〔●∬∪→∞≠◎△〕
実際の文字は暗号のように綴られており、同席していたタクト=ハインのみが読めた。
メッセージの発信源を探知しようと、タイマンが動き出した瞬間だった。
室内の灯が瞬き、辺り一面が漆黒に染まっていく。ルーク=バースは列車走行に必要なエネルギーを何らかの理由で膨大に使用したのを疑うが、通過中の土地と月の磁力が共鳴した影響で列車内の電気系統が遮断した為だと、タイマンは原因を突き止める。
ルーク=バースは非常時に備えていた発電装置を作動するようにと、タイマンに指示する。
しかし、事態は思いがけない展開となった。
砂が混じる風が肌を圧し、さらに蝉の声に似た、不感な耳鳴り。
そして、漆黒が銀色に移り変わる。
「髪、バサボサだぞ」
「僕の髪はどうでもいいので、アルマさんを心配されてください」
ルーク=バースとタクト=ハインはお互いの位置を確認した。
「あやうく、離れてしまうところだった。バース、何が起きたのかを説明するのだ」
ルーク=バースの腕に、紅い軍服を身に纏う女性がしがみついていた。
「アルマ、俺にもさっぱりだ。ただし、あいつが大体の事を掴んでいるだろう」
ルーク=バースは、指を差していた。
人がいる。アルマは、銀の揺らめきに目を凝らす。
青銀の髪とエメラルドグリーンの瞳。その姿は、タクト=ハインと変わらない程の少年。
「世界と世界、時の刻みが繋がってしまった」
少年は、口惜しそうに言う。
「ロト、俺達は任務を終わらせ《宝》を親元に帰すところだったのだ。タクトしか解読出来なかったメッセージの発信源を探ろうとしたら、このありさまだ」
「バースさん、メッセージが読めたのかは自分でもわかりません。ところでキミは、バースさんとは顔見知りなの?」
「まあな」と、青銀の髪の少年はタクト=ハインに頷いた。
第一印象は、物静かで口数が少ない。羽織るジャケットを腕捲りして、中のトップスは翠のハイネックティーシャツ。
ロト。
知り合ったばかりなのに、何故か懐かしい。
しかし、タクト=ハインは沸き上がるおもいを払拭した。
今、見える“現実”を優先に。
ルーク=バースならきっとこう言うだろうと。そして、タクト=ハインの予測は的中した。
「タクト、親睦会は中断だ。ロト、あのお姉さん達を知っているか?」
「ブラッド一族の女戦士。名はカラバッジオ。そして、側にいるのはラガン三姉妹。バース、気をつけろ。やつらは四位一体の技を持っている」
不可解な現象が引き寄せた“現実”がある。それも、武装をした女性が4人。ロトが知っているならば彼女達も。と、いうのは臨戦態勢をとるまでの思い込みだった。
「私の名を知っているとは、貴様は何者だ?」
「俺は、記憶していた。あの頃おまえ達と対峙して、その先も刷り込ませていたっ!」
「よく見ればまだ子供ではないか。命を無駄に散らすつもりならば、踏みとどまる為の時間を与えよう」
カラバッジオは、ロトに剣の切っ先を突き付けていた。
ーーやい、カッパ。ロトを踏み倒す前に俺と腕試ししろっ!
ルーク=バースの、ロトから敵の刃を逸らす為の挑発だった。筋はあるが“本人”の感情が付いていくのは別だと、タクト=ハインは青ざめた。
ルーク=バースによって名を空想の生き物(妖怪)に弄られたカラバッジオの怒りは、剥き出しになった。
「ライ、レイ。カラバ様を援護するわよ!」
「承知、姉上」
「オッケイよ、ロイ姉さま」
ラガン三姉妹はルーク=バースとカラバッジオの戦いに加わった。しかし、彼女達はじわじわと追い込まれていた。
「むーりー」
ルーク=バースは三姉妹が繰り出す“リボンストラッシュ”をあっさりと躱す。
「この私に屈辱を与えるとは。ならば、此方も手加減なしだっ!」
カラバッジオは、立ち上がる。そして、三姉妹に向けて手を振り上げ合図を送るのであった。
ラガン三姉妹はアルマを囲み、武器を突き付ける。
「ど偉くいい放ってた割には、ショボい手段だな?」
「バース、何を呑気に身構えている。アルマさんを盾にされてしまったのだぞ」
「バースさんはカルパッチョ一味に対して、何かお考えがあるのですよね」
「タクト〈カラバッジオ〉だ」
「僕、お腹が空いてたから間違えちゃった。ロトくん」
「随分と調子が狂わされる奴等だな」
「安心しろ、免疫がつけば、生活に支障はない」
「苦労しているのね」
「ああ、特に、バースには散々だ」
「ひょっとして、貴女の恋人?」
ルーク=バースとロト。さらにタクト=ハインが加わってのやり取りをラガン三姉妹は傍観していた。
「……。ベラベラと、おまえ達も口が過ぎるな?」
ラガン三姉妹の質問にアルマは苛立った。身体を低くして“深紅の光”を解き放すという怒りの爆発で、三姉妹を吹き飛ばしていく。
「アルマさん、ご無事でよかった」
タクト=ハインは、ラガン三姉妹からの拘束を解いたアルマへと駆けつけた。
「女扱いされるほど、私は弱くない」
アルマはタクト=ハインが差し出す掌を「ぴしゃり」と、はね除ける。
ロトは見ていた。アルマに冷たくあしらわれたタクト=ハインが不憫だと、堪らず思った。
「ふん。仲間割れの演技で我々を欺いていたつもりか?」
カラバッジオの嘲笑いに、ロトは「かっ」となった。
「ガラパゴス。おまえこそ、狸そのものなんだよ」
ぴたりと、風が止むような沈黙。そして、誰もがロトに注目した。
「何だ? 俺をじろじろと見やがって」
「ロト。経験ない最悪な過ちを自ら犯して、どう、償うつもりか?」と、バースは苦笑いする。
「俺は、しくじらないっ!」
「しかも、二段階だった。真面目そうで、実は日頃の鬱憤の破棄どころを求めていた。と、僕は思う」
「不愉快だっ!」
タクト=ハインまでか。屈辱感に陥ったロトは身体を銀色に輝かせた。
「お? 怒りで真の能力を出したようだな」
「ふざけるな、バース。本来ならおまえをぶっ潰すところだが、アルマさんにしっぺ返し食らうから仕方なく無しにしといてやるっ!」
ーーパッキャラマオ様、この隙に四位一体の技をぶっ噛ましましょうっ!
ーーロイッ! おぬしまで、何をあいつらに感化されてるっ!!
ーーレイ、管楽器の全ての音が出ないから、代わりに口ずさんでくれる?
ーーライ姉さん、私の音程を冷やかすつもりでしょう!
カラバッジオ一味のどよめきが耳障りだ。
「うるさいっ!」
ロトの怒りは膨らむ一方だった。掌に自身の全ての“力”を集中させ、カラバッジオ一味に照準を合わせる。
「カラバボールッ!」
「ロイフープッ!」
「ライロープッ!」
「レイクラブッ!」
カラバッジオ一味は、レイの途切れる音程に合わせて乱舞を始めた。
「バースさん、あの人達がやっているの“新体操”ですか?」
「ロトがいっていたあいつらの“必殺技”だろう。あ、カッパがボールを落としてやんの」
「実際の“競技”だったら、減点の対象だ。見ろ、あの三羽烏どものフォーメーション。見事に間抜けで滑稽だ」
「アルマさん『三羽烏』は確かに笑えます。あ、棍棒が頭に当たって痛そう。あの人、足首にロープを絡めて転倒しちゃった。うわっ、フープがカルパッチョさんの首を絞めてる」
喜劇のような状況だ。ルーク=バース達の野次は鬱陶しいが仕方ない。
カラバッジオ一味が態勢を整え直す前に。いや、絶対にさせてはいけない。
「ロトスマーシュッ!!」
渾身を力をふりしぼるロトは掌の“銀の光”を舞い上がらせ、右手に象らせる杓文字型の“力”で砲弾させる。
ーーサガンクロスアタークッ!!
「空耳か?」
ルーク=バースはカラバッジオ一味が解き放つ“四位一体”の呼び方に耳を疑った。
「いや、実際の歴史の地理にそんな名称の道路が存在していた」
「高速道路の分岐点の愛称ですよ。必殺技みたいな呼び方、何かと引っ掻けているのは気のせいでしょうか」
「“サザンクロス”だ。たった一字を誤らさなければ、技の威力は強大だった」
ロトは、折り重なって倒れるカラバッジオ一味を見下ろしていたーー。
★○★○★○★
「度重なるご無礼を、おわび申し上げます」
カラバッジオは武装を解く。先程までの戦いに狂う容姿と一変した、しおらしい振る舞い。
普通の女性に戻ったと、言うしかなかった。
しかし、ロトは燻っていた。
「残念ながら、ロト。貴方の記憶は在りません」
カラバッジオはロトからの尋問に尽きて、涙を溢していた。
「ロト、それくらいにしとけ。おまえは起きた現象の原因が何かを知っている。こいつらは、巻き込まれて利用されただけだ」
「〔銀の蜃気楼計画〕は施行されてしまい、時の墓場から幾つもの“思念”が掘り起こされた。うちひとつが“憎悪”つまり、カラバッジオ一味の“思念”だった」
「ロトくんは“憎悪”を倒した。あの人達のお顔が清らかなのが証拠だよ」
「タクト、おまえは前向きすぎる」
ロトの物言いは嫌みだ。タクト=ハインは堪らず頬を膨らませた。
「タクト、でしたね? あなたは心優しい。ですが、よく聞いてくださいね。此れは私の勘です。貴方もロトと同じく、時と世界に翻弄される宿命をお持ちのご様子だと見受けました」
今度は、あの人か。しかも、ロトよりもっと心に刺す口の突きだ。
「よく判りません」と、タクト=ハインは俯く。
「今はそうでも、いつかは現実を目の前にしてしまう。でも、恐れる必要はありません」
「カラバ様、お時間です」
「もう少し、止まる時間が欲しかったけど仕方ないわね?」
ーー名残惜しみは無用です。私達はやっと、旅立つ事が出来るのですから……。
赤と黒の煌めく光の中で、カラバッジオ一味は笑みを湛えていた。
「からん」と、音がした。
見下ろすと、鍵を象る赤と黒の固体。
タクト=ハインは拾う。そして、ロトと目を合わせた。
「タクト、そいつは通行証だ。バラけ散った“思念”を発見したあかつきに得られる」
ロトは指差しをしていた。
タクト=ハインは頷くと、ロトが指差す方向へと移動して、鍵を「ぐっ」と、握りしめる。
「開けますよ」
見えるのは、薄紫の扉。
タクト=ハインは鍵穴に鍵を差し込み、錠を解いたーー。