テスちゃんとクリスタさんとカナコ 〈1〉
本日のお客様は『テスとクリスタ』の筆者、加純様です。加純様の大切なお子さん達をお預かりして、物語を綴らせていただきました。
それでは『コラボノストア』只今より開店です。
※作中の挿し絵は、加純様からの贈り物です。
加純様、ありがとうございます。
なんでもありの世界。
例えば、宇宙はひとつだけではないとか、違う世界に飛ばされてしまうとか、誰でも一度は考えると思うの。
あの子があたしが暮らす世界でいう“能力者”だったと知ったときは、びっくりしたわ。
“世界と世界が融合”した、時の刻みであの子と逢った。
“あの子”の名前は、カナコ。
暁色のふわふわとした髪で、空と海のように澄んだ蒼い瞳のちょっとおしゃまな女の子。
自己紹介が遅れちゃった。
あたしは、テリーザ・モーリン・ブロン。友達のみんなは、あたしのことを『テス』と呼んでいるわ。
今からお話しすることは、あたしとカナコの凄くて大変な、不思議な思い出。
ねえ、カナコ。あなたも一緒にお話しをしてーー。
♡=♡=♡=♡=♡
『ちゅー、ちゅ、ちゅーっ!』
目覚まし時計が鳴る音にしては変な音だと思いつつ、ベッドの中に潜っていたあたしはサイドテーブルへと手を伸ばした。
あら?
目覚まし時計がない。あるのは、サイドテーブルのぺったぺたとした感触。
『ちゅーっ!!』
いたーいっ!
ほええ。なに、ナニ? 今の感覚は何なの!?
ああん! 寝る前にケアした手が大変なことになってる~っ!!
ぽつぽつと、まるで針が刺したような小さな跡形。おまけに血がちょっと滲んでいた。
『ちゅー、ちゅー、ちゅーっ!!』
あ、目が合っちゃった。
あたしは、わかったの。今、サイドテーブルの上でぱったぱたと、飛び跳ねている小さな動物が、あたしが目覚まし時計の音だと思っていた鳴き声をしている。
「遊んで欲しいのね」
あたしは小さな動物の背中を摘まんで、持ち上げた。
『ちゅっ!!』
あら? 首を横に振っている。この子、あたしのいっていることがわかっている。
因みに、あたしと目を合わせた小さな動物はネズミさんよ。よく見ると、お目目の色ががくるくると蒼くなったり紅くなったりと、変わっている。毛並みは、朝焼けのような暁。
『ちゅう……。』
え?
ネズミさんが前足を翳した。すると、ふわりとあたたかい風が吹いて、あたしの前髪がほあんと、靡いた。
ーーオネエサン、キヅイテ。ワタシノホントウノスガタハ、コンナノジャナイノ……。
今、聞こえたのは“雑音”? ああ、この子があたしに喋っているのね。
「辛かったよね。色々とお話しを訊きたいけれど、その前にーー」
ーーテス、起きてる? 朝食が出来てるから、温かいうちに食べてよ。
部屋の扉にノックしてる音と、低めのアルトの声が聞こえた。
「わかった、クリスタ」
あたしは「かふり」と、欠伸をしながらベッドから下りて、暁のネズミさんをパジャマのポケットにしまいこんだーー。
♡=♡=♡=♡=♡
テスと初めて逢った日は、今でも覚えているよ。
プラチナブロンドのふんわりショートヘアー、瞳の色はライトブルー。
わたしたちは、どこか似ている。違うのは、髪の色だけね。
涙が溢れるほど大笑いをしたこと、干からびてしまうかと思うほど大泣きをしたこと。
あなたは友達。
わたし達は、ずっと友達。
テスはわたしと一緒に笑って、わたしの為に泣いた。
わたしは、カナコ。
いいよ、テス。先ずは、あなたと出逢ったきっかけとなった、わたしの中の最悪な思い出からお話しをするよーー。
♡=♡=♡=♡=♡
今でも頭にくる思い出だ。
学校の先生でさえ、絶対にしないことをあいつは平気でやっていた。
「はい、残念でした」
あいつは、わたしがしくじるのを楽しんでいるようだった。
いつか「ぎゃふん」と、言わせてやる。
所謂“仕返し”をあいつにしてやる。
“授業”が終わると、あいつは決まってわたしにだけ“居残り授業”と沢山の“宿題”を押し付けた。
苛つきは、限界突破。
髪は黒の短髪で黒縁の丸眼鏡、トップスはグレーの丸襟シャツでアウターにベージュのベスト。そして、黒のスラックス。
目は細く、一見するとちょっとだけ色男。でも、タクトと違って性格は最悪。
「ジオ。あんたはタクトのことを考えさせない為に、わたし達を扱ているのよね」
幾つもデスクが備えられている施設の“職員室”に、ジオだけがいた。
〈育成プロジェクト〉が始まってから、わたし達プロジェクトメンバーを【ヒノサククニ】に引率したタクトと会えなくなった。
みんなはタクトが〈育成プロジェクト〉の先生で教えてくれると思っていた。勿論、わたしもだ。
こいつは、ジオはきっとタクトの居所を知っている。
つもり積もった怒りを、わたしはジオに剥き出した。
「さっきから『タクト』を連呼しているが、そいつはカナコの彼氏か?」
わたしは顔をぼっと、赤くさせた。
「ふん。つい、冷やかしてしまった。ただ息抜きをしたい。それなら特別に、カナコにだけさせてやろう」
ジオはデスクの長引だしを開けた。そして、1枚の小さな銀色の板を抜き取った。
〔世界と世界が融合する物語の世界〕
金色の文字が刻まれている手のひらサイズの板を、ジオはひらひらとわたしに向けて翳した。
「〈有明の原〉には、おまえ達がいる“施設”の他にも息抜きをする場所が設けられている。これは、その場所のパスポートだ」
わたしは、迷わなかった。
慎重になっていたらよかったのに、くたくたになっていた“情況”から逃げることを選んでしまった。
指先がすっと、銀色のプレートを挟む。
ーーいってらっしゃい……。
あいつが、ジオが見せた憎たらしい笑みが歯痒いと思ったときには遅かった。
足元が「ずんっ」と、すっかすかになって、身体がするすると吸い込まれる。
落ちる、墜ちるぅううーっ!
踏ん張る足場は何処にもなく、わたしは藻掻くをするしかなかった。
目の前が、ゆらゆらとしている。そして、とても眠いーー。
と、思ったのは、ほんの僅かだった。
ちゅ?
ちゅ、ちゅ、ちゅちゅうーっ!!
見るものすべてが大きくて、圧倒された。此所が〔パスポート〕でやって来た場所……。違う、驚く順番があべこべだ。
『いやーっ!!』
丁度よく目の前に鏡があって、今の情況を受け止める……。なんて、出来なかった。
どこかのテーマパークのマスコットキャラは愛らしいけれど、こんな悍ましい“忠実さ”は見るだけでも身震いをする。
ちゅう……。
ああ、わたしは“世界の終わり”に来ちゃった。
『哀しいね……。』
すべてを諦めよう。
お父さん、お母さん、ビート、みんな……。今までありがとーー。
あ、タクトもだった。
タクトーー。
『……。嫌』
タクトの顔が浮かんだ途端、さっきまでの弱気が払拭された。
段々と“今”がはっきりと、見えてきた。
此所がどんな処なんて、どうでもいいから“今”のわたしを気付いてくれる誰かを見つけよう。
かっちこっち、こっちこち。
鏡の側にあるのは目覚まし時計。そして、起きる為の時刻に針が差し掛かっている。
ちゅうぅうう……。
この身体では、あのけたたましい音に堪えられるわけない。わたしは鳴らすまいと、目覚まし時計のスムーズ機能を解除させた。
『あとは、これをこっちに追いやって……。』と、目覚まし時計をずりずりと、押しやった。
ーーすやすや、すぴすぴ。
ぜいぜいと息を切らせていると、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
ごめんなさい、お姉さん。
『すう、はあ……。』と、わたしは深呼吸をした。
そしてーー。
ちゅーっ!ちゅちゅちゅーっ!!
おもいっきり鳴くをしていたら、すらりとした長くて綺麗な指先がわたしの目の前に差し出され、避けたら掌がすりすりとテーブルの上を擦った。
かぷ。
ーーいたーいっ!
掌を噛みついたら、可哀想なほど悲鳴をあげられてしまったーー。