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【9 エピローグ】

「ヤツメクジラの髭50本、シンショウの実が20キロ、キビの甘粉が……」

 ひとつひとつ商品を確認しては、担当の立ち会いの下、ベルダネウスは注文書にチェックを入れていく。

「はい、確かに。代金9万ディル、確認を」

 黄金のディル版を山と積む。高価取引用に特別に作られたもので、通常の取引では使われないものだ。

 一睡もしていないが、目の前に積まれた念願の積み荷を前にしてはそんなものは綺麗に吹き飛んでいる。

 ファルトも港のどこかであくび交じりに荷物の積み卸し作業をしているだろう。もう1日ぐらい休んでも良いんじゃと彼は言ったが

「仕事と儲けはある時につかむもんだ」

 と、もらった報酬を朝一番で実家に送金、その足で人足市場へと向かった。

「そういえば、昨日の劇場占拠事件。自由商人が絡んでいるって聞きましたけど、まさかあなたじゃないでしょうね」

「まさか。もしも私だったら滅多にない体験です。金を取った上でみんなに吹聴して回りますよ」

「そりゃそうだ。金を払ってでもみんな聞きたがりますよ」

 担当とベルダネウスは揃って笑った。

 2人の後ろでは、ルーラが荷物を馬車に積みながら笑いをかみ殺している。

 町は昨日の劇場占拠事件と、夜明け前に行われたというイレット・ブレイズの逮捕劇の話題で持ちきりだった。まだ詳しい情報が伝わっていないせいか、みんな勝手な想像を交えて話しており、そのためにその中身はかなりぶっ飛んだものもあった。

「攻撃魔導が飛び交い、劇場のある区域の建物は全壊、死者は100名を超えた」

「警備員たちはみんな殺され、未死者となって暴れた」

「実はディファードが黒幕」

 なんてのもある。言うだけならみんな勝手なものである。こんな具合だから、もしもベルダネウスがその絡んだ自由商人だと知られたら何をされるか言われるかわからない。そこでとりあえず彼らはこの件に関してはとぼけることにしたのだ。

 ベルダネウスが愛馬グラッシェを馬小屋から引き取りに出たのと入れ替わりにミネールが訪ねてきた。彼女だけではない、なんとオーキンスとソフィンも一緒である。

「ルーラ!」

 ミネールが駆け寄っていきなり抱きついた。

「どう、似合う?」

 笑顔でくるっと回ってみせる。ツインテールの片方だけ切られた髪は綺麗にサイドテールに整えられている。

「最初はこっちも切ってショートにしようかとも思ったんだけど。なんか癪でさ」

「似合う似合う。こっちの方が元気な感じ」

 互いに手を打ち鳴らす。

「こちらに顔を出して良いの? 聞き取りとかいろいろあるんじゃ」

「明日からです」

 ミネールの代わりにオーキンスが答える。

「今日の所は気持ちを落ち着けるため静かに過ごせと言われました。なにしろ劇場がああなっては、公演も中止です。やることもありませんし、今のうちにご挨拶をと思いまして」

「わざわざありがとうございます。劇場主へもご挨拶を?」

「そうしたかったんですけど」

 何でも、劇場主のメタルは朝早く衛士隊に引っ張って行かれたそうである。

「警備員たちがみんな海賊の仲間だったでしょう。もしかして彼もと思われたらしいです。無理もないですけどね」

「あの人は公演の儲けが一番気になるって人でしたから。気がついていなくても不思議じゃないですけど」

 ソフィンが困ったように笑う。その顔からは、とても舞台で女海賊を演じていた人とは思えない。

「そうそう。今頃は衛視を前に思いっきり文句を言っているんじゃないですか。私こそ被害者だって」

「いたーっ!」

 噂をすれば。当のメタルが一杯の笑顔で倉庫に駆け込んできた。

 真っ直ぐルーラに向かい、その手を取ると

「よかった。ピニミを出て行かれたらどうしようかと心配したんだ」

「あの、あたしが何か?」

「実は、劇場再建後の第一弾として、今回の事件を舞台化することにしたんだ」

「は?」

 さすがにルーラも口をあんぐりと開けた。

「そこでだ。どうだ、君、君自身の役で出ないか。主役だぞ! 話題性抜群だ」

「あたしは役者じゃありません」

「誰だってはじめは素人だ。こんなしけた自由商人の護衛よりもずっと金になる」

「あたしは好きでしけた自由商人の護衛をしているんです!」

 グラッシェを連れて戻ってきたベルダネウスが

「おや、みなさんおそろいで」

 愛想の良い顔を向けてきた。簡単にルーラが事情を説明すると

「それは困ります。彼女と私の契約は、先日期間延長したばかりですから。それよりも……ちょっと」

 グラッシェを荷馬車につなぐようルーラに言うと、メタルを馬車の陰に引っ張り込んで

「……舞台化ならちょうど良いのがあります。衛士隊が突入する時、混乱を避けるためにつかったタスキの生地が残っているんです。同じものを使っているとなればちょっとした話題になりますよ」

「本当か。いくらだ?」

 聞こえてくる商談にルーラが笑いをかみ殺す。衛士隊から返品された生地を、今度はメタルに売りつける気だ。

「……あの、タスキに使った生地って、あの女の人の裸が描かれた」

「それです」

「呆れたというより、商魂たくましいと言うべきでしょうか。衛士隊から横槍が入らなければ良いですけど」

 さすがにオーキンスたちも苦笑いだ。

 すると、今度は白いシャツを着た小太りの男が汗を拭きながら歩いてきた。シャツには自由商人たちをまとめているサークラー教会の紋章が縫い込まれている。見覚えのある、サークラー教会の事務員の1人だ。

「よかった。間に合った。ええと、確認しますがルーラ・レミィ・エルティースさんですね。サークラー教会に自由商人関係の雇われ要員として登録してある」

「何か書類に不備でもありましたか?」

 荷物を受け取ったらそのまま出発するつもりだったので、必要な手続きは、朝、ここに来る前に済ましてある。

「いえ、何も問題はありません。ただ、昨日のことを知ったのか、あなたへの問い合わせがすごくて。是非とも自分専属の護衛として雇いたいと」

「あの、私は既にザンと契約を」

「それはわかっています。ですから一応お断りしているのですが、何しろ相手が相手なので」

 何人か名前を挙げると、オーキンスたちが驚いて

「すごいな。ピニミでも指折りの富豪やお偉いさんだよ」

「あなたが若くて綺麗な女の人っていうのもあるんじゃないかな」

 片目をつぶるソフィンに

「茶化さないでください! ザン、まだ話は終わらないの?」

「今、終わったところだ」

 生地の箱を抱えて満足そうなメタルを前に、代金を納めた銭箱をベルダネウスが馬車に戻す。

「すぐに出発しよう!」

 急いでグラッシェを馬車につなげる。

「あ、あの。お返事の方は?」

「全部お断り!」

「話だけでも。給金は今の3倍出すという人も」

「お・こ・と・わ・り!」

 睨み付けられ、事務員が後ずさる。

「急で申し訳ありません。早く出発しないと怖いことになりそうなので、これで失礼します」

 面白そうにやりとりを見ていたミネールたちに一礼し、ベルダネウスが手綱を握る。

「次に来る時には劇場を通して顔を見せてください。一番良い席をご用意します」

 オーキンスが手を振る。

「2人分お願いしますね」

 言いながらルーラが荷台に飛び乗った。

 港の活気の中、馬車が進む。

 風に乗って聞き覚えのある吟遊詩人の唄が流れてくる。


『燃えさかる火の粉を浴びて、睨み合うのは巨漢の海賊、可憐な少女。

 肌が赤く染まるは炎の写しか、辱めを受けた怒りか。

 海賊の手から放たれる雷を避ける姿は踊るよう。

 おのれ海賊。愛しい主人の仇討ち。

 少女の涙が落ちる時、槍が輝き邪気払う。

 胸に思うは愛する人よ。今はもう亡き我が雇い主』


「おいおい、いつの間にか私が殺されたことになっているぞ」

 しかもダブルが魔導も使う戦士になっている。

「この調子なら、そのうち相手は魔界の怪物の集団で、お前は異世界の勇者が転生した人ということになっているかもな」

「聞こえない。あたしには何にも聞こえなーい」

 今ばかりはルーラも、いつもいる馬車の屋根の上ではなく荷台の隅にいて、しっかと両耳を塞いでいる。

 グラッシェが短く鳴いた。それが彼には小さく吹き出したように聞こえた。

 ベルダネウスが手綱を握り直す。

 彼も声を殺して笑っていた。


(終わり)


 悪人たちによる会場占拠。人質となるヒロイン。映画「ダイ・ハード」などでおなじみの展開です。書いていてやはり一番悩んだのは「犯人たちはどうやって逃げるのか」ですね。突入者たち(警官)のふりをして堂々と外に出るというのは定番で、多くの前例がありますが、予め突入側にそれがわかっていたら。と考えてみました。

ただ根が捻くれているせいか、あれも説明したいこれも説明したいと続けすぎた気もします。最初は第7章、むくれたルーラがベルダネウスをぽかぽか殴るシーンで終わる予定でした。今も第8章以降は余計だったかなという迷いが残っています。でも、それだといろいろ謎をぶん投げて終わることになってしまうので、こちらは書くことにしました。

 ティッシュ釈放についての議会の駆け引きも書きたかったし、人質達で役者やディファード妻娘の様子ももっと書きたかったのですが、こちらは直接ルーラたちと関わっていないということで全部削りました。おかげで彼女たちの出番が少なくなってしまいましたが。

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