【8 ユーサの意地】
劇場を占拠していた海賊で、生きたまま捕らえられた者はいなかった。
彼らは自決用の毒薬を口中に仕込んでおり、ダブル同様、逃げられぬと覚悟するとそれを噛んで死んだ。そうして死んだ海賊は7名。
その中にイレットはいなかった。彼は数名の海賊とともに行方知れずである。
ティッシュ・ペーパーは死んだ。自決ではない。
彼を追って突入した衛視たちの話をまとめると、
「炎と煙で視界が聞かず、海賊たちも襲ってくる。海賊たちはやはり衛士の制服を着ていました。タスキによる判別があるので助かりましたが、とっさには反応しきれないところもあります。正直、何度かティッシュの姿を見失いました。
階段を降りて、地下の倉庫につながる通路に出たあたり、煙の向こうからフォーリックの叫びが聞こえました。そう、捕まっていた劇場の警備主任です。その時は名前は知りませんでしたが。
駆け寄ると電光と共にフォーリックがこちらに転がってきました。イレットの電撃魔導を受けたのだというのはすくわかりましたので、こちらも通路の左右に分かれて突入しました。道具の運搬を考えてか、通路は結構幅がありましたが、それでも電撃がくればほとんど避ける場所はありません。
強力な攻撃魔導は連発が出来ないから、次の攻撃魔導の直後に突撃する気でいたら、上からすごい衝撃が来て。そこへ奴が爆炎魔導を使ったものだから天井部分が崩れて。埃が舞い上がったところへ用意した灯りも消えて真っ暗、追いかけるどころじゃありません。下手に突入して電撃魔導でも食らったらお終いです。
それでも意を決して魔導師が灯りをつけて進みましたが、イレットや海賊たちの姿はありませんでした。
あるのは、背中を刺されて倒れているティッシュの死体だけでした。
奥に進むと、荷物に隠される形で地下水路に通じる穴を見つけました。
崩れた天井をよじ登れば一階に出られます。
どちらへ逃げたのかはわかりませんでした」
ティッシュを刺したのはフォーリックだった。
「私は捕まって他の警備員と一緒に地下倉庫に転がされた。なぜすぐに殺さなかったのかはわからない。見せしめが必要な時に、私たちを1人ずつ殺すつもりだったのかも知れない。
幸いにも私を縛っていた縄が緩んでいたし、目隠しもズレていたので周囲の状況はある程度わかった。みんな縛られて転がされていた。ただ全員かどうかはわからない。下手に動いて見張りに自分の縄が緩んでいることを知られたくなかったからだ。
どれぐらい時間が経ったのかはわからない。海賊が見張りを呼び寄せ、上で騒ぎが起こったので、今だと思った。
私は縄を解くと、近くの警備員数名の縄を解いて外に出た。全員の縄を解いている余裕はなかった。ユーサの声が聞こえたが私は倉庫を出ると、手近な海賊を倒して武器を奪った。
イレットを捕まえる。それだけを考えた。これだけのことをされたんだ。私の警備主任としての顔は丸つぶれだ。せめて首謀者を捕らえなければ。最悪、ティッシュが逃げるのだけは阻止したかった。
通路の途中で奴らを見つけた。仲間と一緒に奴らと戦い、ティッシュに剣を突き刺した。
続いてイレットをと思った途端、光が走って飛び跳ねるようなショックを受けた。
あとは覚えていない。気がついたら衛士隊に救出されていた」
捕らえられていた警備員達の証言も似たり寄ったりだった。
ただ、ユーサだけは
「どうして主任は僕の縄を解いていかなかったんだ。おかげで僕は地下倉庫で縛られたまんまだ。何の役にも立たず、どんな顔で家に戻れば良いんだ」
わめき散らしては取り調べの衛士を悩ませた。
「何のためにお前達を高い給金で雇っていると思っているんだ。お前達、全員クビだ!」
衛士隊本部。廊下の隅で劇場主のメタルが、フォーリックたち救出された警備員達に罵声を浴びせている。
「昨日までの給金は払ってやるから明日にでも取りに来い。そして受け取ったら二度と顔を出すな。ピニミから出て行け!」
散々な言いようだが、それも仕方がないほどの失態である。さすがに警備員達も反論する気力がないのか、ただうなだれているだけだ。
それを横目に疲れた顔のベルダネウス達が本部を出、月を仰ぐ。
「もうこんな時間か」
あの後、崩れた劇場の後始末や衛士、警備員達の救出。それが終われば報告書のための調査などで本部に連れてこられ、結局、一区切りついて解放されたのは日付が変わろうとする時刻だった。
「文句言わないの。本当なら報告書作りで丸1日つき合わされてもおかしくないんだから」
元衛視だけあって、ルーラは事件後の報告書作りの手間を知っている。今の彼女はもちろん下着姿ではない。皮鎧こそ着ていないが、馬車から持ってきた男物の普段着である。
「ホント、休めないわドレスは台無しにされるわ。とんだ休日だったわ」
2人の会話をファルトの腹の虫が遮った。
「腹減った。ダンナ、何か食わせてくれ。俺、明日また人足の仕事があんだよ、いや、もう今日かな」
あくびに合わせてもう1度腹が鳴る。
「昼間たっぷり食べただろう。関係者に驕らせて」
「全部魔力にして使っちまったよ。今日だけで3日分の魔力を使った気がする」
「あたしもお腹空いた」
「奴らは人質には何も食べさせなかったのか?」
「売店の食べ物をくれたけど。あたしは抜きだったわ。抵抗した罰だって。あーあ、衛視隊でごはんぐらい食べさせてくれても良いのに」
ミネール達人質は解放された後、関係者たちとともに帰宅したが、ルーラはベルダネウス達とともに崩壊した劇場での救出活動をしたのである。すでに暗かったので、光の精霊により辺りを照らしたり、彼女自身自慢の腕力で瓦礫の撤去をした。
それが終わったら報告書作りを手伝わされた。愚痴の1つも言いたくなる。
「そうだな。この時間でも開いている店があれば。ファルト、良い店を知っているか?」
「それなら」
「残飯屋以外でだ」
釘を刺されて、ファルトが言いかけた言葉を飲み込み、肩をすくめた。
辺りを見回すと、肩を落として本部から出てくる男をみつけた。よれよれになった劇場の警備員の制服を着ている。
「あれは確か人質にされた警備員の」
ベルダネウスは彼に近づき
「失礼。地元の方とお見受けしました。勝手なお願いながら、この時間に食事の出来る店があれば教えていただきたいのですが」
「あんたは……」
彼の肩越しにルーラの顔を見た。彼女も警備員の顔に見覚えがあった。
ユーサだった。
「僕も何か食べようと思っていたところだからかまわないが、たいした店は知らないぞ。僕だって持ち合わせがないんだ」
「教えていただければ食事代は私が持ちましょう。お互い災難に遭ったもの同士、遠慮はいりません」
彼が案内したのは、川沿いにある屋台の連なる通りだった。日付は変わっても、いくつかの屋台は営業を続け、たくさんの客をさばいている。特徴的なのは、お客はすごくご機嫌かすごい不機嫌かの両極端なことだ。
この近くにギャンブル場があり、ほとんどはそこからの帰りの客なのだ。
「ここのフライサンドがうまいんだ」
そこは端にある屋台。ぶつ切りにした小魚や貝、千切り野菜を溶いた小麦粉でひとかたまりにしたものを揚げて、甘辛のつゆにくぐらせたものをもっちり感のあるパンで挟んだものが名物だ。フライは汁で濡れているが、それは表面だけでかじると中身はサクサクであり、魚介の旨みや野菜の甘みが口の中でほどよく混ざり合い
「これ美味しい」
ルーラがすぐにおかわりを頼んだ。
「あんたらは気楽で良いよな……こっちはあそこで仕事を始めてすぐにあんなことになって……」
立て続けに酒をあおって屋台前の建物の壁にへたり込んだユーサがぼやく。
「気楽ってわけでもねえけどな」
ファルトがパンをちぎってジェムにやる。ベルダネウスも笑顔を向けると
「ただ、仕事柄できるだけ笑っているようにしないと。不機嫌な顔をした商人からものを買おうという人は少ないですから。あなたも、笑えないならせめて不機嫌の元をぶちまけた方が良いですよ。
聞き役ぐらいならできます。今日の経緯を愚痴ってみたら良いですよ」
酒が入っていたこともあるだろう。不満をぶちまけたい気持ちもあっただろう。
ユーサは一度口を開くと、休みなくしゃべり続けた。
自分があの劇場に雇われるまでのこと。自分が捕まった様子から衛視隊の突入まで。
ただ説明と言うより愚痴なので、ベルダネウスは状況を飲み込むために何度も聞き返し、確認する必要があった。おかげで彼が状況を飲み込んだ時には
「あの……そろそろ看板なんですが」
屋台の主人が困り顔で声をかける時間になっていた。
「どうする、ダンナ?」
やけ酒をあおっているユーサを前に、ファルトが耳打ちする。
「うまい屋台も教えてもらったし、このままでは寝覚めが悪い」
主人に代金を払うと、手桶に一杯の水をもらい
「ユーサさん。このまま終わりたくなければこれで酔いを覚ましてください」
「……何だよ」
「汚名返上とまではいかないかも知れませんが、家族への言い訳にはなりますよ」
「え?」
「急がないと手遅れになります」
「何をするんだ?」
「イレットを捕まえるんです」
途端、ユーサの目に意思が戻った。
「本当か?」
「私は自由商人です。少々大げさな言い回しはしても、大本を外す言い方はしません」
ユーサは彼の手から手桶をひったくると、中の水を頭からかぶった。
「奴はどこだ?」
髪と服から水滴を滴らせ、睨み付けるように立ちあがる。
ルーラも精霊の槍を手に立ち上がり、ファルトもやれやれとばかりに続いた。
「海賊達は衛士隊の突入に合わせて劇場に火を放ち、煙で満たした。おかしいとは思いませんか?」
夜の町。足を速めながら、ベルダネウスはユーサに説明する。
「劇場内を混乱させて、衛士達を惑わせて、その隙に自分たちが逃げるためだろう。どこがおかしいんだ?」
「煙を使うのは、中の人達を外にいぶり出すために使うものですよ。しかも彼らは爆薬まで使った。自分のいる建物にです」
「仕方ないだろう。逃げるためにはできるだけ騒ぎを大きくして辺りを混乱させなきゃならないんだから」
「それです」
その言葉を待ってましたとばかり、ベルダネウスは笑顔で頷き
「火を放ったり、爆薬を仕掛けたり。それらがみな逃げるために行ったことと思わせるためだとしたら?
あの時、大勢の野次馬が劇場を取り囲んでいました。何が起こるか興味津々でね。衛視の目をごまかすことは出来ても、野次馬全ての目をごまかすことは難しいですよ。
でも、あれだけ派手なことをすれば彼らを見つけられなくても
『見つからないだと。徹底的に探せ』ではなく
『くそ、この混乱に乗じて逃げたな』と抵抗なく考えるでしょう。
火が消され、捕まえていた人達が全員確認されれば衛士隊もいつまでも劇場を見張ってはいませんよ。立ち入り禁止のロープぐらいは張るでしょうけどね」
「それじゃ、奴らは逃げてはいないって言うのか。まだ劇場内にいると」
ユーサの足が止まった。しかしすぐに肩の力を抜き
「馬鹿馬鹿しい。劇場に行けばイレットが捕まえられるってのか。あのな、あの劇場は崩れて人質が解放されたらそれでほったらかしになるんじゃないぞ。あの後隅々まで調べられて、他に人がいないか衛士隊が調べている。劇場に残っていればとっくに捕まっているさ。
くそっ、急いで損した」
足下の石を蹴飛ばす。それは乾いた音を立てて転がっていった。 そんな彼の態度をベルダネウスは気にもせず
「そう思わせるのが目的なんですよ。行きたくなければかまいません。でも、衛士隊は既に出発していると思いますよ。どうします?」
唇を噛み、彼を睨み付けるユーサの姿を、ファルトとルーラは半ば楽しみに見つめていた。
(ダンナも性格が悪いねぇ、肝心なことを言わねえ)
思いつつファルトは静かに自分の内を探り、どれぐらい魔導が発動可能かを確認する。
(……いつもの3割弱ってとこか、長期戦になるとやばいな)
場合によっては、あのイレットと一戦交えなければならない。
月が西に傾いているが、まだ東の空は暗いまま。
夜更かしの人も床に入り、早起きの人もまだ起きない。そんな時間。
海賊たちが占領し、今は建物が半ば崩壊した劇場。すでに火は消され、残っているのは初夏の熱だけだ。
劇場前には大都市でもなかなかお目にかかれない魔導灯が設置されていたが、劇場崩壊の巻き添えを受けて倒れ、光る力を失っている。
繁華街の店のいくつかは夜通し開けているが、その光もここには届いていない。
ここを照らしているのは月だけ。
そんな中、建物の陰に隠れるように足を運ぶ人達がいた。その数5人。
蓋を閉じた龕灯を手に小走りで進み足取りは、明らかにこの辺を熟知したものだ。
彼らは音も立てず、衛士隊が張った立ち入り禁止のロープをくぐり、劇場の中へと入り込む。
1人を見張りとして残し、後の連中は瓦礫が散在した階段を下りていく。
地下に入ると、地上に漏れないよう向きを確かめてから龕灯の扉を開く。中の灯りが広がり辺りを照らす。
その光に照らされた顔は、警備主任のフォーリックだった。他の面々も、ここで人質にされていた警備員たちばかりである。
「急ぐぞ。物好きな野次馬たちがこないとも限らない」
地下は多少天井に亀裂は見えるものの、大きな被害はない。爆発のあった時は埃が舞い上がっていた通路も、今は視界を遮るものはない。彼らはティッシュが倒れていた場所を通り過ぎ、地下の衣装部屋に入った。ここは、舞台の役者の中でも特に名前の出てこない。いわゆるモブキャラたちの衣装が収納されている。今は海賊たちの衣装や小道具が並び、散らばっている。
隅に一際大きな衣装戸棚がある。扉は開け放たれ、同じデザインの海賊衣装がハンガーに掛けられているのが見える。大きいのが幸いしたのか、周囲の戸棚は倒れているのもあるが、これはびくともせずに壁に背をつけている。
フォーリックたちは龕灯をテーブルに置くと、棚の横を続けざまに3回、3回、5回と叩く。
そして周囲に散らばっている衣装を放り投げるようにどかしはじめた。棚の中の衣装も放り出す。
棚の周囲が開けると、2人がかりで棚を持ち上げ、前へと移動させた。
できた棚と壁の間から
「遅かったですね」
出てきたのはイレットだった。今の彼は衛士隊の制服姿ではない。薄汚れた茶の、ピニミではよく見る人足たちの作業着だ。ベルトに差した魔玉の杖が場違いに見える。
「メタルに捕まった。ぼろくそに言われたよ。おかげで姿を消しても逃げたと思われてすぐには怪しまれない」
「ダブルたちは?」
「みんな死んだ。敵ながら天晴れだと衛士が褒めていたよ」
「そうですか」
イレットの顔は、笑っているのか曇らせているのかうす暗くてわからなかった。
再び地上へと戻る。階段まで来ると龕灯の蓋を閉じる。
音を立てないように注意して階段を上がっていく。
「外はどうだ?」
1階に上がり際、残して置いた見張りに声をかける。
だが、見張りの返事はなく、姿も見えなかった。
「どうした?」
途端、彼らを中心とした光が湧き出した。魔玉でもなければ龕灯の蝋燭でもない。光そのものが彼らを包み込んでいるようだ。
光の精霊だ。
同時に四方から電撃魔導が彼らを襲う。瞬時に危険を察して左右に跳んだフォーリックとイレットは何とかかわしたが、他の警備員たちは電撃をまともに受けて吹っ飛んだ。
「そこまでだ、抵抗は止めろ!」
アルテュールが崩れた壁の陰から姿を現した。その横にはベルダネウスとユーサ。精霊の槍を構えたルーラがいる。
周囲から衛士達が次々と姿を現した。
とっさにイレットが崩れた天井の穴めがけて飛行魔導で飛ぶ。戦うより逃げを選んだ。
だが、穴を通過しようという時、見えない壁にぶつかった。そのまま床に落ちた彼に衛士達が一斉に飛びかかる。
「自害させるか!」
ジャコがイレットの口に手を突っ込むと、噛みつく力をものともせず口中に仕込んだ毒を取り出す。
魔玉の杖を取り上げられ、数人がかりで押さえ込まれてはさすがのイレットもどうしようもない。
「あんたらしくもないな。腕の立つ魔導師を捕まえるのに、飛行魔導対策をしていないはず無いだろう」
天井の穴の真ん中にファルトが立っていた。空中に浮かんでいるのではない。穴を塞ぐように張った魔壁の上に乗っかっているのだ。
最後に残ったフォーリックは剣を構えながら包囲網の隙をうかがっている。
「つけてきたのか。気がつかなかった」
「ここで待っていたんだ。ここのどこに潜んでいたのかわからなかったんでな」
多数の余裕からか、アルテュールの言葉には緊張感が抜けている。
「主任」
剣を手にユーサが前に出た。
「よくも俺を利用してくれたな」
衛士達が数歩下がって場所を作る。2人に勝負させるつもりらしい。
それにフォーリックはにやりとし
「命を取らずにいたんだ。感謝しろ」
剣を構える。
(こいつを人質に取れば一縷の望みはある。捕まって、ティッシュみたいになるのはごめんだ)
「フォーリックさんに言っておきます」
ベルダネウスが2人に割り込むように
「私たちはユーサさんに戦わせるつもりではいますが、彼だけに戦わせるつもりはありませんよ」
言い終わると同時にユーサが踏み込んできた。腕が未熟な上、足の傷のせいで剣は甘く、フォーリックは簡単に避ける。が、その顔に余裕は無い。
当面はユーサ1人に戦わせるにしろ、いつ、周囲の衛士達が戦いに加わるかわからないのだ。
右奥の魔導師が魔玉の杖を流してくる。何か使う気かとそちらに気を取られる隙にユーサが斬りかかってくる。
かろうじて躱したものの
(戦いにくい!)
ことこの上ない。
しかし、何度か戦ううちに
(周りは戦いに加わる気はない)
と見極めた。周囲は何かしようとするそぶりだけで、実際は何もしない。
こうなったら容赦はしない。ユーサを打ち据え、そのまま人質にするだけだ。彼は疲れが見え、息も乱れている。
何度か左右に体を流して揺さぶりをかけ、彼の体制がぐらついた時に一気に斬りかかる!
が、それに合わせるように床を一筋の鞭が伸びてフォーリックの膝の裏を強く打った。静かに背後に回ったベルダネウスの一撃だ。
たたらを踏むようにバランスを崩し、片膝をついた。
そこを狙ってユーサが振るう渾身の一撃が、相手の脇腹に決まった!
「んぐっ!」
衝撃と激痛にたまらず床に倒れるフォーリック。そこへ一斉に衛士達がのしかかった。
「お見事でした」
肩で息をしているユーサにベルダネウスが軽く頭を下げる。
「できれば、誰の援護もなしで勝ちたかった」
「それは1人で勝てる実力を身につけてから言うんだな」
言いながらもアルテュールの顔は緩んでいた。
そんな彼にもベルダネウスは頭を下げる。
「隊長さん、希望を受け入れて下ってありがとうございます」
「取引だからな。約束通り、残ったアレは返品するぞ」
アレというのはタスキを作った女体柄の生地の残りである。
ルーラは手枷をはめられたイレットに歩み寄り
「ちょっと失礼」
と彼のポケットを探りはじめ、「あった」と中のものを取り出した。それは彼に取り上げられたバックルに偽装した精霊石だった。
「これは返してもらうわよ」
と自分のポケットにしまう。
「やれやれ、私の失敗は、あなたを人質に残したことですね。最初に解放してしまえば、よけいな連中まで呼び寄せることはなかったのに」
イレットはベルダネウスとファルトを見て
「参考までに聞かせてくれませんか。どうしてわかりました?」
「やり過ぎたんですよ」
ベルダネウスは肩をすくめ
「あなたたちはポンチョや大きい服を着て、マスクをしていました。マスクは顔を、服はその下に着ているものを隠すためであり、下には衛士隊の制服を着ていた。
私たちは最初、あなたたちは衛士隊が突入してきた時、衛士のふりをしてその場を脱出すると考えました。劇場に火を放ったのも、煙を充満させたのも、すべては視界をある程度奪い、仲間たちの確認をしづらくするためだと。
海賊たちの何人かは衛士達と派手に戦い、注意を引き付ける役目を持っていました。彼らは仲間を逃がすために、自ら犠牲になったのです。衛士に捕らえられた時のために自決用の毒を口に仕込んでね」
「敵ながら見事な覚悟だったよ」
アルテュールが言った。
「ところが、おかしなことがあるんです。彼ら囮役の海賊も衛士の制服を着ていたんです。
衛士のふりをしてその場を立ち去るつもりならば、自分たちの格好は秘密にしておきたいはずです。囮役に衛士の格好をさせるはずがありません。
しかもあなたも衛士の格好をしていた。もっとも、これは逃げる時にカツラをかぶるなりなんなりで変装すれば良いだけですからそれほど問題にはなりませんけどね。
逆に考えたんです。あなたたちは、『中の海賊は衛士の制服を着ている』と思い込ませたかった。
ファルトが使い魔を通してあなたの衛士服を見ましたが、そうでなくてもあなたは自分たちの格好をそれとなく教えるつもりだったんでしょう。解放する人質に不注意を装って目撃させるとか。
つまり、あなたたちは囮役をのぞいて衛士の格好をしていなかった。
では、どんな格好をしていたか?」
ちらりとフォーリックを見、
「不思議だったのは、あなた方は人質を数を絞って一箇所にまとめていたのに、警備員たちは別室に閉じ込めていたことです。
警備員も人質も、まとめて一箇所に集めれば見張りの手間を省けた。抵抗を恐れたのなら、警備員たちの手足をへし折っておけば良い。警備員たちのそんな姿を目の当たりにすれば、人質たちの抵抗力を削ぐことにもなるでしょう。
なのにあなた方はそれをせず、地下に閉じ込めておいた。まるで彼らの様子を誰にも見せたくないように。
見せたくても見せられなかったんですよ。
結論から言えば、劇場を占拠した海賊たちは、あなたと囮役の海賊をのぞいて、全員がここの警備員たちだったんです。
海賊たちの大半は顔を隠し、声も出さなかった。人質たちはここの常連です。うっかりそんなことをしたら、自分たちの正体がばれてしまいますからね。
そして自分たちが捕まっていたという証人として、ユーサさんを選んだ。彼は先日、信頼できる人の紹介でここに来ました。証人にするには絶好の相手です。
あなたたちは彼を捕まえた後、地下に閉じ込めた。そしてフォーリックさんがそばについて、あたかもここにみんなが捕まっていると思わせ、チャンスを待つという名目で彼に何もせず、じっとするよう伝えた。実際にそこにいるのはあなたと彼の2人だけだったのに」
その時のことを思い出したのか、ユーサが唇を噛み、フォーリックを睨み付けた。
「そして衛士隊の突入に合わせて、あなたたちは服を脱ぎ、警備員に戻った。うかうかと海賊に捕まってしまったまぬけな警備員にね。
こんな失態を犯した以上、逃げるようにこの町から出て行っても誰も不自然とは思わない。少なくとも数日は時間を稼げるでしょう。逃げるには充分すぎる時間です。
全てはあなたの計画通りだった」
「そうだな。誤算と言えば、君に見破られたことと、結局はティッシュを死なせてしまったことだ」
衛士達に連れられてイレットたちが連行される後ろ姿に、ユーサは自嘲気味に
「結局、俺は証人として利用されただけか」
「おとなしくしていたから良かったんだ。うかつに動いたら、フォーリックにぶすりとやられていたぜ」
ファルトの言葉に皆が頷く。
「礼は言っておく。確かに、過程はどうあれ、決着をこの手でつけた形にはなった。家族に対して言い訳の1つにはできそうだ」
ユーサは素直に頭を下げた。
半壊した劇場から出た彼らを、朝日が出迎える。
「それにしても、あいつら結局ティッシュは死なせるわ、自分たちも捕まるわ。タダのまぬけで終わったな」
帰宅へと足を動かしながらそれが救いだとばかりにユーサが天を仰ぐ。
東の空が明るくなり始めていた。
「だったら良いんですけどね」
「なんだ、まだ何か言いたそうだな」
「肝心なことがおかしなままです。ティッシュを刺し殺したことです。フォーリックが刺したという話ですが」
「大方、衛士の誰かがティッシュを刺して、そいつをフォーリックたちが殺した。自分たちが殺したことにしたのは、その方が怪しまれないと思ったからじゃないのか?」
「本当にそうだったら良いんですけど」
「もったいぶった言い方しないでハッキリ言えよ。イレットの居場所の時もだったが、俺はそういうのが嫌いなんだ」
「これ以上は本当に私の推測にしか過ぎないのですが……」
ベルダネウスは真面目な顔で
「彼らの目的はティッシュの救出ではなく、殺害だったのではないでしょうか?」
「口封じか」
予測した答えだったのか、ファルトは驚きもせず答えた。
「口封じって、何をだ?」
「海賊というのは、表に出て暴れる人達だけでは成り立たないんです。背後で彼らを支える存在がある。ティッシュの口からそういう人達の名前が漏れるのを恐れたんでしょう。
いや、そもそもティッシュの経歴を見ると、そう言う人達が南洋群島との貿易を独占するピニミに対抗するため作り出した海賊のように思えます。
だとしたら、背後にいるのは島民や小規模な商人ではない」
「外国か。アクティブかワークレーか……」
「スターカインにも独占を良く思わない都市があるでしょう。何にしろ、ティッシュの釈放についてはいろいろな思惑がぶつかり合ったでしょうね。あまり強気にぶつかり合ってギクシャクするよりも……と、考えた結果かも知れません。
「じゃあ、ティッシュは殺されるために釈放されたのか?」
「彼自身、わかっていたのかも知れませんね。そして、支援者について口を閉ざしたまま死んだ」
黙って聞いていたルーラが口を開いた。
「何か納得いかない。そのためにどれだけの人に迷惑がかかったのよ。なんでこんな派手でみんなを巻き込むような方法をとったのよ。
口を封じたいなら、監獄にいる時に殺せばいいじゃない」
「監獄は警備が厳重で手が出せなかったんだ。それで奴を外に引っ張り出すためにこんな派手な真似をした」
ユーサは言ったが、
「そうであればいい」
とベルダネウスもファルトもかぶりを振る。
「これもまた私の推測でしかありませんが、今回の一件の目的はティッシュをただ殺すためではなく、監獄の外で殺すことだったんだと思います」
「どういうこと?」
「もしも牢獄の中でティッシュが殺された場合どうなる?」
聞いたルーラに逆質問する。相手が彼女に変わったせいか、ベルダネウスの口調が少しぞんざいなものに変わっていた。
「そりゃあ、誰がどうやって殺したのか徹底的に調べるんじゃない。2度とこんなことが起こらないように」
「そうだ。どうやって殺すかにもよるが、当然、調べる対象はティッシュと接触した人になるだろう。直接接触はしなくても、彼が手にしたものは誰を通じて渡ったのか。看守、取り調べた役人。食事を運んだ者。あるいはただ彼の牢の前を通っただけの人も対象にするだろう。
そんなことをされては困るのかもしれない」
「監獄の中に海賊と通じている人がいるってこと?!」
「海賊たちが仲間を送り込んだにしろ、そうでなかった関係者を買収や脅迫で仲間にしたにしろ、かなりの手間がかかったろう。それにこのことがバレたら、当然、関係者の身元調査などは今より遙かに厳しくなり、いろいろやりにくくなる。
海賊たちやその支援者たちにとっては、できるだけ疑いが関係者に向けられるのは避けたかったろう」
「だったら大変だ。すぐに調査をさせないと」
いきり立つユーサだが
「落ち着いて。今のはあくまでも私の推測に過ぎません。それに実際に調べるとなればどれだけの人と時間と予算がかかるか。実際に通じていた者が見つかったら、誰の責任かも問題になります。
それだったら、さっき言った『監獄の警備が厳しくて手が出せないから、ティッシュを外に引っ張り出した』という考えを採用しますよ」
「ダンナの言うとおり。人間、自分の責任にならないようにすることには努力を惜しまないからな」
今の時点では何を言っても推測にしかならないし、これ以上、この問題に首を突っ込むには自分たちは部外者すぎる。
自然と皆口数が少なくなった。
(ダブルは真相を知っていたのかな)
ふとルーラはそう思い夜明けの空を仰いだ。
「あいつにとって、海賊は手段でしかねえんじゃないかって思う時がある。
海賊よりももっとずっと先を見ている。そんな奴さ。
だからこそ、こんな海賊で終わるようなことがあっちゃならねえ。その先に行かせてみてえんだよ」
ダブルの言葉を思い出した。
(たぶん、彼はあの劇場占拠の本当の目的は聞かされていない。けど……知っていた)
そんな気がした。でも、それを邪魔することはしなかった。
(知ってたんだ。ティッシュは殺される。しかし、殺した人達が彼と同じ道を歩んで、彼より先に行こうとしているのを。そのためにも、彼には何も言わずに死んでもらわなければならなかった。
ダブル、本当はティッシュに行かせたかったんだろうな。しかし、彼じゃないからと言って彼と同じ道を歩もうとする人達の邪魔をするつもりもなかった。そんなこと、彼は望んでいないから)
勝手な推測、決めつけである。ティッシュから話を聞いたわけでもなければ彼を直接見たわけでもない。
それでもルーラはそう思うことにした。
そうあって欲しかったから。
(つづく)