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【4 人質の憂鬱】

 意識が戻ってきたユーサは拘束感に身をくねらせようとした。が、手足が固まったように動かない。

 目を開けると真っ暗だった。目を開け忘れているのかとも思ったが、すぐに目隠しをされているのだと気がついた。

「……静かにしろ。黙るんだ……」

 微かな声が耳に入ってきた。フォーリック警備隊長の声だ。

「気をつけろ。うかつに動くと殺されるぞ」

「ここは?」

 彼もかろうじて聞き取れるぐらいの声で囁き返す。

「見えないか? 目隠しに隙間とかは」

「ダメです。隊長は?」

「かろうじて目隠しの端から見える。ハッキリしないが、ここは多分地下倉庫だ。劇の小道具などをまとめておいてあるところだ」

 そこならユーサも何度か入ったことがある。今までの劇で使い、これからも何か使い道がありそうな物が放り込まれている。道具入れと言うより倉庫といって良いほどの広さがある。

 言われてみれば、どことなく埃臭いような気がした。

「他の警備員達もここで縛られている。視界が狭いので確認しきれないが、おそらく全員捕まっているだろう」

「イレットです。あのティッシュ海賊団の生き残りの。やられる寸前、私を襲った奴がそう呼ぶのを聞きました」

「らしいな。とんだ大失態だ」

「どうします?」

「とりあえずはまだ意識が戻っていないふりをしているんだ。眠っていると思っているのか、見張りは1人しか見えないし、そいつもあまり熱心じゃない。少しでも拘束が緩めれば良いんだが」

 言われてユーサは手足を動かそうとしたが、やはり動かない。

「ダメです。そうとうガッチリ結んでいるみたいで。ナイフが取れれば良いんですが」

 警備員はいざというときのため、小型ナイフを携帯している。

「動けないのでわからないが、おそらく取り上げられているだろう。とにかくうかつなことをして意識が戻ったことを知られるな。へたをすると殺されるぞ」

 それっきりフォーリックの声は聞こえなくなった。

 ユーサも息をできるだけ静かにして動かないようにする。耳と鼻に集中して少しでも周囲の情報を得ようとする。

 扉が開いたのか、空気が少し新しくなり、音も少し澄んだような気がする。

「これは?」

 微かに別の匂いを感じ取った。何度も嗅いだことがあるが、ここで嗅ぐのはおかしな匂い。

 油の匂いだった。


「大分すっきりしましたね。これぐらいなら私たちでも目が届く」

 イレットが満足げに頷いた。

 劇場1階客席の前の座席2列に、人質達は横並びに座らされていた。全員が両腕を後ろに回され、囚人達を拘束するのに使う手枷をつけられている。

 王子役のオーキンス、女海賊役のソフィンをはじめとする数人の役者たち。

 ディファード母娘とその友人達。

 そしてC席の観客から10人ほど人質に選ばれていた。全員女性でルーラとミネールも入っている。

 持っていたバッグなどはまとめて取り上げられ、舞台の隅にまとめられている。

 ルーラの見たところ、人質は25人。多い気もするが、全員用意されていた手枷をはめられている。全員が一斉に逃げ出せば何人かは出られるかも知れないが、半数以上は海賊の剣や攻撃魔導で死ぬことになるだろう。

 さすがに今のところ、誰もそれを実行しようという気にはなれなかった。

「……なんでこうなるの……」

 泣きじゃくりながらミネールはうなだれ、ルーラの隣に座らされている。彼女の足下には、彼女自慢のオーキンスを描いた小雑誌がビリビリに破かれて散らばっていた。

「運が悪かったと諦めるんですね。本当に神様というのは不公平です。同じ時間、同じ場所にいた人達を、あるものは解放され、あるものは私どもの人質とされるのですから」

 イレットの言い方はあくまでも他人事だ。

「あなたたちが人質とすべきなのは私たち母娘だけでしょう。他の人達は全員解放すべきです」

 ディファードの妻・サルシーラが怒気を含んだ言葉を投げかけた。さすがに立場上、覚悟はしているのだろう。

「それはできません。あなた方母娘だけならば、お2人が自ら命を絶てば終わりです。それを防ぐためにも、あなた方に死を思いとどまらせるための人質が必要なのです」

 彼はルーラたち人質を見回して

「この人達はあなた方に対する人質です。ここであなた方が死を選んだり、無用な抵抗をするようでしたら、私たちはあなたの言う『他の人達』を手にかけなければなりません。他の人達の命は、あなた方が握っているのです」

「こんなやり方で、本当にティッシュが釈放されると思っているんですか?」

「思っているというほど私どももおめでたくはありません。しかし、いろいろと考慮した結果。これが一番実行しやすく、可能性があるということになりまして。

 まぁ、ディファードをはじめとするピニミのお偉方が、皆さんの命をどれだけ大切に思っているかにかかっていますね」

(……この人達、この行動の問題点を承知した上で実行している……)

 ルーラは改めて見回した。いかにも不安そうな感じで。

 イレット達は彼女をたまたま観劇に来た町娘とでも思っているのか、他の人達同様、荷物を取り上げ、手を拘束しただけですませている。ベルトにつけた精霊石のバックルはそのままだ。タイミングを計って精霊たちの力を借りれば逆転は可能である。

 しかし反撃のチャンスは一度だけだ。失敗すれば、精霊石は取り上げられ、人質は殺されてしまうだろう。

 幸いにも、彼らは要求を出したばかりで今すぐに人質をどうこうするつもりはないらしい。今のうちに出来るだけ情報を集めたかった。

(ここに確認できるのはイレットとかいう首謀者を入れて8人……外にも何人かいるみたいだけど、詳しい人数は不明。

 全員覆面にポンチョ、ズボン。デザインはみんな同じ。顔をさらしているのはイレット1人。他は誰1人しゃべっていないし名前も呼んでいない。

 やり過ぎじゃないかな。顔を隠したいのはわかるけど……)

 顔を知られたくないのかも知れないが、極端すぎるように思えた。むしろ海賊ならば積極的に顔を出して世間に売り込むぐらいしそうなのに。

(何かヘン)

 ちらりと海賊たちの中で一番大きな男を見る。金棒を手に、さきほど動いた観客の1人を一撃で始末した男だ。さすがにこの巨体は目立ち、他の海賊たちと区別がつく。

「ダブル」

 呼ばれて大男がイレットを見る。あっさり2人目の名前がわかって、ルーラは拍子抜けした。

「君の力を見せる時だ。打合せ通りに」

「わかった」

 金棒を振るうと、床に固定させた椅子をたたき壊しはじめた。木製の椅子は一撃ごとに無数の木片となっていく。そのパワーは人質たちをびびらせるのに十分すぎる効果があった。

 他の海賊たちが、その破片を運んでいく。ここには客席の一番後ろに当たる舞台正面、そして客席の左右に2つずつと、計5つの出入り口があが、彼らはそのうちの左右前方と正面の扉に破片を積みあげ、バリケードを作っていく。


「どうして教えてくれないんですか。中で人質にされているのは私の娘なんですよ!?」

 対策本部に使われている劇場前の食堂。そこに入ろうとするミネールの父親を衛士達が押し止めている。彼の他にも、人質として劇場に残されたものの肉親、知人が同じように食堂に押しかけていた。

「教えたくても教えられるだけの情報が無いのが現実です」

 アルテュールが前に出て答えた。

「今の時点では、私たちも情報がないというのが正直な答えです。ただ、人質とされている以上、すぐに殺されることはないと考えます。ですから、決して無謀な真似はしないようお願いします」

「言いたいことはわかります」

 ベルダネウスが言った。

「しかし、大切な人が人質に取られているのにその様子がわからない。それがどれだけ不安なのかはご理解いただきたいのです」

「君も人質の関係者か」

 ベルダネウスは頷いて簡単な自己紹介をする。最後に

「何かご入り用の品がございましたらお声がけを」

 と、ちゃっかり付け加えて苦笑いされた。

 ディファード妻子とその友人たちの関係者とは別に、ベルダネウスたち人質関係者は1つの部屋に集められた。部屋は何かの集会用らしく壇上の前にいくつもの長テーブルと椅子が並べられ、20人近い人数でも狭い感じはしない。出入り口には衛視の1人が見張りに立つ。彼らにとって、身内が心配のあまり暴走することが恐ろしいのだろう。

「甘いモンは久しぶりだ」

 ファルトがテーブルに置かれたお菓子に手を伸ばす。貪るようにお菓子を食べては紫茶を飲む様子を皆は呆れて見ていた。

「よく食べていられますね。心配じゃないんですか。こうしている間にも中で娘達がどんな目に会わされているか」

「そうだ。奴らは海賊なんだぞ。妹がどんな目に……」

 言葉が続かず嗚咽する。

「皆さんは中で人質の女性達が海賊達に辱めを受けているのではと心配なさっているようですが」

 ベルダネウスが座って大きく息をついた。

「その心配はないと考えます」

「どうしてそんなことがわかる」

 関係者たちが一斉にベルダネウスを睨み付けた。

「相手は海賊なんだぞ。女をどんな風に扱うかわかったもんじゃない」

「人質のいる場所がどこともわからぬ海賊のアジトというなら、私も女性達は辱めを受けていると考えたでしょう。しかし彼女たちが捕まっているのは目の前の劇場です。衛士隊が取り囲み、中の状況さえわかれば今にも突入しようという状況です。

 中の海賊達にとっては、人質を見張る以上に、外の様子を気にかけているはずです。

 そんな時に人質を辱めたりするでしょうか? 

 辱めると言うことは、最低でも1人は辱める役をしなければなりませんし、他の海賊たちもその様子に気が向くでしょう。衛士隊の突入に対して気を配らなければならない状況で、そんな余裕はないでしょう。

 それに、衛士隊が突入をためらう理由の一つに、できるだけ人質を無事に救出したいという思いがあります。人質が辱められていることは、突入を急ぐ理由になってもためらう理由にはなりません。

 つまり海賊達にとって、人質の女性を辱めることは何の利益にもならない」

「やつらは海賊だぞ。そんなことをいちいち考えるか?!」

「考えます。でなければ彼らはこんな劇場立てこもりなどしないでしょう。彼らが短時間で劇場を制圧できたのは綿密な計画があってこそです。ならば当然、人質をどう扱うべきかも考えているはずです」

「そういうこった」

 器の菓子がなくなり、ファルトが指先についた菓子の粉をなめた。

「もっとも、逃亡を防ぎ、抵抗する気力を奪うために人質を素っ裸にしておくってのはありかもな」

 関係者の顔が一斉に引きつり

「それはあるかもしれん」

 ベルダネウスの同意に悲痛な叫びを上げた。

「しかし、私としてはしていない方に賭けたいな」

「ダンナ、理由は?」

「海賊達が一番恐れているのは、要求が通る前に衛士隊が突入してくることだ。それを防ぐためには、中の様子を知られないようにすることの他に、衛士達に自分たちは人質を丁重に扱っていると思わせること。だから人質の動きを制限するのは仕方ないにしても、無用の辱めはしない」

「要は衛士達に、下手に海賊を刺激して追い詰めるのは不味い。幸いにも、あいつらは人質を丁寧に扱っているみたいだから突入を急ぐ必要は無い。そう思わせたいわけだ」

「そういうことです」

 わかりましたかとでも言うように、ベルダネウスは関係者たちに向き直り

「これは衛士と海賊、双方が相手を探り合いながら自分を信用させる戦いですよ。ファルト、そろそろ頼む」

「あいよ」

 ファルトは魔玉の杖を取り出すと、静かに右手で先端の魔玉に包み込むように覆う。

 魔玉がうっすらと光り始めた。

 魔玉とは魔導師が自分の魔力=力ある精神を様々な形に転嫁するための道具である。ルーラたち精霊使いが精霊石を通さなければ精霊たちと意思を通わせられないように、魔導師は魔玉がなければ魔導を使えない。

 そして魔導師は基本、魔玉を先端に固定した杖を持つ。これが魔玉の杖だ。精霊の槍が精霊使いの証のように、魔玉の杖は魔導師の証である。

 魔玉を杖につける必要はないのだが、杖にした方が何かと便利なのか、魔導師は皆そうしている。魔導師連盟所属の魔導師はもちろん、イレットのように魔導師連盟とは関係ない魔導師ですら魔玉の杖を持つ。

 目を閉じたまま、ファルトは包むように魔玉に手を当てじっとしている。魔玉が微かに光っているのは、現在、彼が魔導を使っているからだ。

「何をしているんですか?」

 テーラーと名乗ったミネールの父が、ベルダネウスにそっと聞いた。

「彼は今、劇場に潜り込んでいる使い魔と感覚を共有して中の様子を探っているんです」


 魔導師が使い魔を持つ一番の目的は、感覚を共有して離れた場所の情報を得るためだ。そのため、使い魔は鳥や運動能力に長けた小動物が多い。

 使い魔とされた生き物は主となる魔導師の魔力の影響を受け、他の個体に比べて運動能力などが飛躍的に上昇する。使い魔の猫一匹が大型犬5匹を相手に圧勝した記録があるほどだ。

 そして寿命が格段に延びる。ジェムはファルトの使い魔になって10年近く経つのに未だに衰えを見せない。ネズミの寿命を考えると異常とも言える。その代わり、主が死ぬと使い魔は急速に老化、数日で死んでしまう。

 これだけ記すと使い魔を持つことはメリットが多いように思えるが、デメリットもある。感覚を共有した状態で使い魔が傷を負うと、その痛みも魔導師は感じてしまう。共有状態で使い魔が殺されてしまったため、その衝撃で精神が壊れ、廃人になった魔導師の例はいくつもある。

 今、ファルトの意識はジェムと1つになって劇場内を走っている。まず海賊たちに見つからないように観客席に潜り込まなければ。ただでさえジェムは目立つ外見の上、人の中には小動物を見つけただけでものをぶつけたり蹴飛ばそうとしたりする者がいる。猫など外敵も多い。油断は出来ない。

 劇場の出入り口はどれも閉められた上、勝手に開けられないように把手が固く結ばれている。ただ、正面玄関の扉だけはすぐ開閉できるように把手を人質の拘束に使っている手枷でつないであるだけだ。

 通路には何人か海賊らしき姿が見える。が、

(妙な格好してやがる)

 揃って覆面をし、体型もわかりづらいポンチョ姿であることにファルトも首を傾げる。

(気に入らねえな。海賊ってのは、もっと自分を売り出すもんだぜ)

 ルーラと同じ考えをした。だが、今はそれを考察している時ではない。

 ジェムは海賊たちの隙を突いて壁をよじ登る。目指すのは、上にある明かり取り用の小窓だ。

 微かに開いていた隙間から中をのぞくと、一番前の客席に並んで座らされている人達と、それを囲むように立っている海賊たちの姿を見えた。海賊たちは外の連中同様、覆面に大きめのポンチョ姿だ。ただ1人、イレットだけが顔を見せている。


「いたぜ。一番前の客席にみんな座らされている。それにしてもひでぇな。座席が半分近くぶっ壊されてバリケードの材料にされているぜ。扉の半数が塞がれている」

 魔玉を手で包み込むようにしながらファルトが言った。相変わらず目を閉じ、じっと椅子に座ったままだ。

「そんなこと言われても、私らには見られないのだからサッパリだ」

 不安げなテーラーの声に、周囲の関係者たちが皆頷く。

「確かに。ファルト、ジェムの視界を投映してくれ」

「ええ~っ」

 あからさまに不満げな声をファルトは口にした。

「ダンナ、あれってやたら魔力食うんだぜ。やれって言うなら、別報酬出して欲しいな」

「金なら出そう!」

「私も出す」

「あたしも!」

 ベルダネウスを押しのけて即答する親たちにファルトの口元が緩んだ。

「そう来なくっちゃ。俺の魔力は金で回復するんだ」

(よく言う……)

 彼のやり口にベルダネウスは苦笑いする。中の様子を投映することは最初に話していた。彼はその上で不満を口にし、ここにいる関係者たちからも金をせしめようとしたのだ。

「ちょっと待ってくれ。よく見える場所に移動する」

 魔玉を通してジェムに指示を出し、観客席を移動させる。

「気をつけろ。連中もピリピリしているはずだ。普段は見逃すような動きにも気がつくぞ」

「わかっているって。ダンナ、これでも俺はプロだぜ。それより皆さんから魔力回復金を集めといてくれよ」

 皆が懐から財布を取り出しはじめた。金を集めている間に、ファルトはジェムを残った椅子の陰を走らせ、隙を突いて舞台に上がらせる。

 役者の1人が舞台への階段を駆け上がるジェムの姿を見たが、緊張からか声は出さなかった。


 奇妙な姿のネズミが舞台の隅にいるのをルーラは見つけた。

(ジェム?!)

 まさかと思ったが、あの奇形を見間違えるはずがない。

 ジェムも彼女を見つけたのか、立ったまま3本の前足で○を作ってみせる。

(間違いなくジェムだわ。ファルトもピニミにいたんだ)

 ファルトがピニミの衛士隊に入ったのでなければ、ジェムがここにいる理由は1つ。ベルダネウスに雇われて中の様子を探りに来たのだ。

 ルーラは顔がほころびそうになるのを耐える。彼の魔導師としての力は彼女もよく知っている。お金に汚いところはあるが頼もしい援軍だ。

「ところで」

 いかにも退屈紛れと言う感じでイレットに聞く。

「あなたたちの要求、ティッシュとかいう海賊の釈放って、いつまで待つつもりなの?」

「向こうの出方次第ですね。気になりますか?」

「なるわよ。いつまで経っても釈放されなかったら、見せしめに人質を1人ずつ殺すのがよくある手口でしょ」

 周囲の人質達の顔が強張った。

「もちろん。要求を無視されて黙っているほど私どもはお人好しではありません。でも少しは安心して良いです。見せしめ用の人材として、ここの警備員達を捕らえてありますから。最初に余計なことをした観客を真似なければ、少しは命が伸びますよ。

 それよりも、少し黙っていた方があなたの為だと思いますが」

「こんな状態で黙っていたら滅入ってしようがないわよ。少しぐらい話し相手になっても良いでしょう」

「私どもとあなたたちとでは、共通の話題なんてないでしょう」

「しゃべってみなけりゃわからないでしょ。意外な趣味があるかもしれないし。例えば」

 金棒を持った大男を指さし

「ダブルって言うの? その人みたいな大きな男が、部屋はお人形さんで一杯なんてこともあるわ」

「俺にそんな趣味はない」

 怒ったようにダブルが答えた。

「じゃあ、刺繍が趣味とか。あるいは年頃の男の子らしく、エッチな本をベッドの下に隠していたりとか」

「刺繍は趣味じゃねえし、裸の女なら本じゃなくて実物をベッドに寝かせる。なんならあんたもそうしてやろうか?」

「残念ですけど、あたしの体は売約済みなの」

「男をほっといて一人で芝居見物か」

「おあいにく様、ここへはその人の勧めで来たの」

 言いながらイレットをちらと見る。出来れば話し相手は首謀者と思われる彼にして欲しかった。しかし無理に話を振って怪しまれてもまずい。このままダブルと話を続ける。

 人質達は唖然として彼女とダブルのやりとりを見ている。海賊を刺激するなと言いたげな顔、こんな状況でよく話せると驚いている顔。彼女に向けられる思いは様々だが、皆一様にこの成り行きを見ている。

「それにしても、こんなことをしてでも助けたいなんて、そんなにティッシュって海賊は魅力的なの?」

「へっ、どうせお前らは海賊なんて、がさつで乱暴で、気に入らないことは拳で言うことを聞かせる連中ばかりだと思っているんだろう」

「違うの?」

「海賊の世界はがさつってのは否定しねえ。だからこそ、頭になるには、この人のためなら命はいらねえって気にさせるだけの奴でなけりゃならねえんだ」

「強盗や殺人をも平気にさせる魅力ですか」

 ルーラ以外の人質が口を開いた。ディファードの妻、サルシーラだ。

「人に罪を犯しても良いなどと思わせるものは魅力とは呼びません」

「罪ねぇ」

 ダブルが鼻で笑い

「俺達は国や法におべんちゃらしてまで生きるつもりはないね。てめえの心を裏切るのに比べれば、国や法を裏切るぐらい屁でもねえ」

「そこまでして守る価値のある人なのですか?」

「お前らはあいつと会ったことなんてねえだろう。だからわかれとは言わねえが、ケチもつけさせねえ。ただ……」

「ただ?」

「あいつにとって、海賊は手段でしかねえんじゃないかって思う時がある。海賊よりももっとずっと先を見ている。そんな奴さ。だからこそ、こんな海賊で終わるようなことがあっちゃならねえ。その先に行かせてみてえんだよ」

「そっか……」

 ルーラがなんとなしに

「あんたはティッシュがというより、その人の生き方というか、生きようとしている道が好きなんだ」

「かもな」

 マスク越しで見えないが、その時、ダブルが微笑んだようにルーラには見えた。

「けれど、それにしては助けようって面子がせこいわね」

「せこいだ?」

 ルーラは周りの海賊達を見回し

「みんなして顔を隠して服装や体型まで。海賊って、もっと自分を前に出すものだと思っていたわ。

『俺の顔と名前を忘れるな、いずれ大海賊となってその名を轟かせるんだからな』

 なんて粋がっちゃって」

「こっちだって事情があんだよ」

「ダブル」

 イレットが静かな声を出した。静かだが、聞いていて腹の奥にズンとくるような重さがあった。

「余計なことは話すな」

「……悪い」

 そっとルーラが目を合わせると、ジェムが軽く頷いた。感覚共有によって、今の会話はジェムを通じて全部ファルトが聞いている。

「事情なんて知らないけど、今のうちに逃げ出した方が良いんじゃないかしら」

「ティッシュが釈放されたら一緒に逃げるさ」

「周りは衛士隊が取り囲んでいるのよ。どうやって逃げるのよ。あたしみたいな素人だってそれぐらいわかるわ。ティッシュが釈放される前なら衛士の包囲にも隙があるかもしれないじゃない」

「俺達だって馬鹿じゃねえ」

 ダブルはそれだけ答えた。

「それとお腹空いた。何か食べ物ない」

「お前、図々しいな」

「神経の太さに関係なくお腹は空くわ」

「そりゃそうだ。売店に何か食い物があるはずだ。もってこい」

 言われて海賊の1人が小走りで出て行く。

「代金は立て替えといてね」

 周りの人質たちは、呆れたような、感心するような目をルーラに向ける。

 一連のやりとりを、舞台の陰からジェムは3つの目でじっと見続けている。


(つづく)


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