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【3 残飯を食らう魔導師】


 ある程度の大きさの町には「残飯屋」が必ずある。屋といっても、小屋があるわけではない。たいていは路地裏の一角にいくつかの大鍋を並べただけの場所である。屋根すらないことも多い。

 その日暮らしの貧しい人達専用の超格安食堂ではあるが、そこで出される食べ物は文字通りの「残飯」である。あちこちの飲食店を回り、ただ同然の値段で買い取った残飯を出すのだ。

「残飯なんて思うな。ちゃんとした料理店の、ちゃんとした料理の混ぜ飯だと思え。良いところの残飯だから良い肉や魚を使っているぞ」

 ある残飯屋の主人の弁である。

 残飯を集める時点で焼き物、煮物、菜物サラダ、汁物、パンなどある程度分けているが、気休め程度。焼き物の中に汁が混ざっていたり、パンのかけらが入っているなんてのは当たり前、汁物をかき回せば、誰の物ともわからない歯形の付いた肉や魚が出てきたりする。

 ピニミの繁華街の外れに、そんな残飯屋が店を出している。

 残飯であることを気にしない人達がわずかな金で器一杯分の残飯を買い、あるものは隅に腰を下ろし、あるものは壁により掛かり周囲の目もかまわずかっ食らっている。

 一杯の残飯を数人で分けている者たちがいる。

 汁物を布に含ませ、赤子に吸わせている女がいる。

 店の中は彼らの体臭と残飯の匂いとが混ざり合い、異様な臭気を放っていた。人によっては入っただけで吐き気を催すだろう。

 そんな店にベルダネウスが入ってきた。いつもの彼は客商売と言うこともあり、小綺麗な服装をしているが、今の彼が着ているものはすっかり色あせ毛羽立ち、縫い目にはシラミが湧いていそうな代物だった。髪も埃が浮き、顔は油で汚れている。どう見ても仕事にあぶれた最下層の労働者だった。

「煮物くれ。汁をちょいかけて」

 懐から欠けた器と手垢まみれの硬貨を払って、残飯を盛ってもらう。ここの器は持ち込みだ。店に出したところで客がみんな持って行ってしまい戻ってこない。器のない人は素手に残飯を盛ってもらう。

 ベルダネウスは器を手にすると、奥で焼き物をかっ食らっている男の隣に座った。その男はベルダネウス以上に薄汚れ、一際臭い体臭を放っていた。ただ、その男が周りとちょっと違っているのは、魔玉の杖をしっかり腕に絡ませていることだ。男は魔導師なのだ。

 汚れた顔をよく見れば歳は20代半ばぐらいか。見事な赤毛だが、大量のフケによって斑に見える。服から伸びた手足は、魔導師らしからぬ筋肉が日に焼けていた。

 その魔導師の隣で、ベルダネウスはささくれた匙を使って煮物を口にする。

「ここのは結構いけるだろう」

 魔導師が口を開いた。少し高めの、ハッキリした声だった。顔もよく見るとそれなりに整っており、綺麗に洗えばまあまあいい男と呼べそうだ。

「こんなところで飯とは、仕事でしくじったかい、ベルダネウスのダンナ」

「昨日お前の姿を見かけてな、ちょいと挨拶に来たまでさ。同じ場所で働いていると思っていたから探すのに苦労したぞ。ウイッツ・ファルト」

 名を呼ばれ魔導師……ファルトは爽やかとは言いがたい笑顔を返した。

「昨日声をかけてくれりゃ良かったんだ。そうすりゃ他の店で会えたのに。ダンナのおごりで」

「よその店に行っても入店を断られるぞ。何日風呂に入っていないんだ」

「まだ20日だよ。それに最近は井戸水で体を拭いているから綺麗だぜ」

「今日は休みか?」

「ああ、やっぱ魔導師に肉体労働はきついわ。5日やったら体のあちこちが痛くてよ。今日は休養日だ」

 言いながらファルトは器から魚のかけらを取り出し、胸元にもっていく。

 彼の胸元がもぞもぞ動き、薄茶のネズミが顔を出した。見かけからしてただのネズミではない。

 左目が縦に2つ並んでおり、右の前足が2本ある。瞳も右が赤く、左は黒い。奇形ネズミなのだ。

 名前はジェム。ファルトの使い魔である。

 ジェムは3本の前足で器用に魚を受け取ると、嬉しそうにもぐもぐ食べ始める。

 ファルトは魔導師として、ベルダネウスやルーラ同様サークラー教会に登録している。商隊の護衛として雇われる時もあれば、魔導を使ったちょっとした雑用、時には古代魔導文字で書かれた文献の翻訳まで、魔導関連ならたいていのことをこなす。

 ベルダネウスの目から見ても彼はかなり優秀な魔導師だ。魔導師連盟でまっとうな研究を続ければ、いずれは幹部クラスも夢ではない。

 それだけの力を持つ彼がこうして残飯屋で空腹を癒やしているのは、金がないからだ。

 彼は出稼ぎ魔導師なのだ。稼いだ金を片っ端から実家に送っている。

「5日働いたなら金はあるだろう。休みなら風呂にでも行ってさっぱりしてこい」

「金なら今朝、みんな実家に送っちまった。残っているのは今晩と明日の朝の残品代だけだ」

「ファルト、前にも言ったが金がある時ぐらい贅沢をしろ」

「贅沢のしすぎは身を滅ぼすぜ」

「贅沢のしなさすぎは心を荒ませるぞ。たまの贅沢は人生の必要経費だ。まとまった金が入った時ぐらい良いものを食って、古着でも良いから服を新調して、たまには女を抱け」

「女か……」

 ふと遠い目をして曇らせ

「確かにやばいかもな」

「どうした?」

「女のアソコ……どんな形しているんだか思い出せねえ。オッパイなら思い浮かべられるんだが。最後に女を抱いたのいつだったかな?」

「……たまに出さないと袋の中で子種が腐るぞ」

 相手をするのも疲れるとばかりに、ベルダネウスは残飯をかっ込んだ。数種類のソースがごたまぜになり、なんとも言えない(悪い)風味が口の中に広がった。

「ところで、これから大きな予定はあるか?」

「……仕事かい」

「まだハッキリしていないが、やばい仕事になりそうだ」

「やばいったって、生き物と麻薬は扱わないダンナのことだからな。せいぜい命が危ないぐらいだろう」

 ベルダネウスは苦笑いすると、器から芋のかけらを取り出し、ジェムに向ける。

 ジェムは素早くファルトの服からベルダネウスの腕に走り、芋にかじりついた。

「ここでは思い切った話は出来ない。私の馬車に来てくれ」

 煮物の残飯を書き込み、店を出る。ファルトもそれに続く。

 店の外に出た途端、照りつける日差しが肌を焼く。

「今年の夏は早そうだ」

 手で日差しを遮りながらベルダネウスがつぶやく。その肩で、相変わらずジェムは芋を食べている。

 残飯屋のある路地から表通りに出ると、なにやら騒がしく、何人も同じ方向に走っていく。その顔は面白い物を見逃してなる物かという好奇心に溢れていた。

「なんだ、海賊残党でも襲ってきたか?」

 おちゃらけた調子でファルトが声をかけると

「そうよ、中央劇場占拠して、客と役者を人質に取りやがった」

「お前らも見物に来いよ。衛士隊の突入を見逃しても知らねえぞ」

 祭りの見世物みたいな扱いである。

「だってよ。どうするダンナ?」

 聞いてファルトの表情が固まった。ベルダネウスの顔は、彼がこれまで見たこともないぐらい真っ青だったからだ。

「おい、ダンナ。どうした」

 いきなり走り出したベルダネウスを、慌てて彼は追いかけた。


 中央劇場は今や野次馬達で囲まれていた。

 好奇心に導かれ、少しでも劇場内を見るため前に出ようとする彼らと、それを押しとどめようとする衛士隊。中の様子を置き去りにし、好奇心と治安のぶつかり合いが起こっていた。

 劇場向かいの建物の屋上では、1人の吟遊詩人が竪琴を手に高らかに歌い上げる。

「おお、勝利に沸き明日の平和と繁栄に喜ぶ笑顔に満ちたピニミの町よ。

 今、潜みし悪が姿を現す。

 舞台を楽しみ歓楽にふける人々と、舞台の上で自分にあらざる物の人生を演じる者達

 彼らの命は今や海賊の掌の上

 邪悪の牙は彼らの胸に突き刺さらんとす」

「誰かあのアホを引きずり下ろせ!」

 ピニミ衛士隊・第1大隊長アルテュールの指示で慌てて衛士が数人建物に駆け込んでいく。

「隊長、劇場が存在する区画の無人化完了しました」

「よし。我々の敵は海賊共だけではない。無神経な野次馬共も敵だということを忘れるな」

 とにかくピニミの町は威勢の良い連中が多い。「あんな連中、俺がぶっ飛ばしてやる」と劇場に単身突っ込もうとする輩が後を絶たない。彼らを押さえるだけで、アルテュールは別の部隊に応援を頼まなければならなかった。

「あの、本当に大丈夫でしょうか?」

 劇場主のメタルから青白い顔を向けてくる。普段は血色も良く、突き出た腹を揺らして豪快に笑う彼も、この状況では楽観的になれないようだ。無理もない。海賊による劇場占拠は、彼によって知らされてきた。

「ただの情報では衛士隊もなかなか動かないでしょう。しかし、劇場主のあなたが報告すれば話は別です」

 とイレットはまず彼を釈放したのだ。その足で彼は衛士隊に飛び込んだのである。

 アルテュールは眉をひそめ

「大丈夫というのは……何が大丈夫かにもよりますな。まだ連中の要求がわかりませんし」

 対策本部として使っている食堂から、彼ははす向かいの劇場を見た。全ての窓にはカーテンが閉められ、外に通じる扉や1階の窓は全て閉ざされ、内側から鍵がかけられている。さらには扉の内側部分の把手が固く結ばれているため、合鍵を使ってこっそり内部へということも出来ない。

 何より、中の様子が一向にわからない。

 アルテュールは今年41才。海岸衛士隊として10年海賊を相手にした後、ピニミの町の衛士となった。ピニミの衛士隊総隊長に次ぐ現在の地位について3年になる。今や直接海賊と戦うことはほとんど無くなった彼も、現在劇場を占拠している海賊達の頭と思われるイレットの名前は知っている。

 イレット・ブレイズ。先日の戦いで捕らえた海賊ティッシュ・ペーパーの腹心である魔導師。30才という若さながら、その頭脳と巧みな魔導技術は多の海賊達からも一目置かれ、引き抜きの声も断たなかったらしい。

 その彼が姿を現したのだ。衛士達の中には、自らの手でイレットを捕らえようとする者も少なくない。一歩間違えば、手柄の取り合いで衛視同士の足の引っ張り合いが始まる。それが一応、皆様子見となっているのは彼らの目的と中の様子がわからないからだ。

 人質にはピニミ海軍トップであるディファードの妻と娘がいる。へたに突入して2人が傷つき、死なせたりしたら責任問題だ。それが手柄目当ての無謀な突撃を牽制している。


『衛視の皆様、ピニミの町の皆様。お騒がせしてもうしわけない』

 イレットの声が響いた。そして劇場前に面長のひょろっとした男の上半身が浮かび上がる。

『私はイレット・ブレイズ。先日、衛士隊に壊滅させられたティッシュ海賊団の1人です。この度、私は仲間と共にこの劇場を占拠しました。中には数百人の観客と役者達が人質となっております。

 皆様方の対応次第では死という形において、人質の数が減少するかも知れません。まずそれを念頭に置いてください。

 私どもの目的は1つ。我らが主ティッシュ・ペーパーの釈放です。釈放の証拠として、主をこの場に連れてきていただきたい。もちろん拘束を解き、見張りもつけずにしてね。

 期限はあえて設けません。ただし、そちらの対応が遅れれば遅れるほど私どもの人質の数が減っていくことになります。このようにしてね』

 劇場の正面扉が開き、1人の観客が放り出された。階段を転げ落ち、道路の寸前で止まる。それは、先ほど劇場内でイレットに詰め寄り、金棒で殴り殺された男の死体だった。

 悲鳴が轟き渡った。

 死体を回収するため衛士の何人かが飛び出すのを、立ち入り禁止のロープの向こうでベルダネウスとファルトは見ていた。

「効果的だが、えげつないな」

「海賊にしちゃあ、礼儀正しい方だと思うけどね。それにしてもたいした幻覚魔導だ。セリフに合わせて口も動いているし、ありゃ俺以上だよ。海賊を止めても働き口には困らねえだろうな」

 数ある魔導の中でも、幻覚魔導はかなり高度な部類に入る。使いこなせばかなり使い勝手が良い。

 例えば今回のような建物に閉じこもっている時の守りでは、開いている扉に幻覚で閉まっているようにみせれば、相手は一旦扉の前で立ち止まる。中からは良い的だ。逆ならば、相手は開いていると思って飛び込み、閉まっている扉に衝突する。

 出入り口のところに立っている人の幻覚を作るだけで足止めになるし、逃走経路に使えば相手を誘導できる。とにかく便利だ。

 ただし、先述したとおり高度な技術が必要で、幻覚を使いこなせる魔導師はスターカインでも10人といないだろう。イレットはその数少ない1人と言うことになる。

「それだけの男がわざわざこんな真似をして助けたい。……それほどの男なのか。ティッシュ・ペーパーという海賊は?」

「さぁね。俺はそいつと会ったこと無いからなぁ」

「しかし……」

 言いかけてベルダネウスは口を閉ざした。彼は扱う品の関係で、盗品や禁制品にも入手ルートを持っている。ピニミの海賊にも知り合いはいたが、今、その人物は海賊の勢力争いに敗れて魚の餌になっている。

 他にも幾人もの盗賊と付き合いがあるが、ほとんどの首領は魅力的だ。1つ間違えば縛り首の仕事だからこそ、各盗賊団の首領には「この人のためなら」と思わせるカリスマ性が必要なのだ。

 1人の女性がロープをくぐって飛びだし、運ばれてきた男の死体にすがりついた。どうやら彼の身内らしい。

 それをきっかけに、何人かがロープをくぐって劇場に向かって駆け出した。

「妹を返せ!」

「ミネールは、娘は無事なのか?!」

 どうやら人質の身内らしい。衛士達が飛びだし、彼らを少々乱暴なやり方で引きずり戻していく。

「ダンナ、ルーラがあの劇場の中で人質になっているのは確かなのか?」

 ファルトは以前、ベルダネウスに雇われた時にルーラと顔見知りになっている。

「この劇場で観劇するために出かけたのは確かだ。精霊石は持っているから、逃げようと思えば逃げられるはずだが」

「俺はダンナほどルーラを知らないけどよ、目の前の人質はほっといて自分が逃げるなんてことはしそうにないなぁ」

 上目遣いでファルトが答える。以前、仕事で一緒になった時を思い浮かべているのだろう。

「それだけならいいさ。……問題は精霊使いであることがバレた時だな」

「人質にするには厄介だし。その場で殺されるかな」

 ベルダネウスが目を細められ、ファルトは肩をすくめた。

『さて、私どもの手にある人質ですが、さすがに数が多くて見張るにも一苦労。そこで主役級の役者及び上流階級の観客、そしてそれ以外の観客から幾人かを除いて解放いたします。そのうちの何人かには、私どもからのメッセージを持たせてありますので確認してください。確認漏れにより行き違いがあっても、私どもの責任ではありません』

 周囲がどよめいた。安堵と期待の表情を浮かべるのは、人質の身内だろう。

 再び正面扉が開かれ、中から観客達が一斉に走り出してきた。少しでも早く、遠くへ行こうと走ってくる。

 身内達がそれを出迎えるように一斉に走り出した。

「全員保護しろ。名前を書き留め、海賊から預かったものがないか確かめろ! 劇場にも気をつけろ。この騒ぎに乗じて何かするかもしれん!」

 アルテュールが衛士隊に指示を出すが、100人を超える解放された人質とそれを出迎える身内とで、劇場正面は大混乱に陥っていた。

 身内が名前を叫び、人質の中からそれに答えて両手を挙げる人が出る。

 出会った者達は、歓喜のあまりその場で抱き合い、キスする者達もいる。

「見よ。絶望から解放された喜びの声を。愛を確かめ合う言葉と抱擁を。

 ピニミの歴史の中でも、これほどまでに祝福に包まれた時と場所が会っただろうか」

 いつの間にか先ほどの吟遊詩人が建物の窓から上半身を乗り出し、竪琴を鳴らしながら歌い上げる……と思ったら勢い余って窓から落っこちた。

 まだ解決にはほど遠いとは言え、心配していた人達の無事な姿に、劇場正面は安堵と喜びの声が広がり、響き渡っていた。

 しかし、その中でも不安の声がさまよっていた。

「ルーラ! ルーラ! いないか!?」

 群衆の中、ベルダネウスは声を張り上げ、人々を掻き分けていた。

「返事をしろ、ルーラ!」

 血走るような彼の叫びに返事は無い。

「ミネール! どこにいるんだ。返事をしておくれ。父さんだよ!」

 同じように探し求める人の返事がない男が、小太りの体を揺らしながら半狂乱の叫びを上げ

「娘、娘を見ませんでしたか?!」

 片っ端から人質になっていた観客を捕まえては聞きまくる。

「髪を両側に結んだ、オレンジのドレス姿で、主演男優のファンで自作のファンブックを誰彼かまわず渡して話しかけるような。とにかく目立つ子なんです」

「あの、その子かどうかはわかりませんが。今言ったような子が」

 解放された観客の1人が申し訳なさそうに答えた。

「いたんですね。あなたと一緒じゃないんですか?」

「それが……他の何人かと一緒に人質として残されて……」

 途端、男は固まり、一瞬後に顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして膝をついた。

「ミネールぅ~っ」

 さすがに事情を察したのか、男の周囲だけは喜びの空気がぽっかりと空いた。

「失礼。私の連れも見当たらないのですが」

 ベルダネウスが今答えた子に声をかけた。

「髪は黒。日に焼けた肌で背は私の肩ぐらい。茶と若草色のツーピースドレス。黄色い花のブローチと赤い実の髪留めをつけています。名前はルーラ・レミィ・エルティース。人質として残された人の中に、これに該当する人はいませんでしたか?」

「ルーラ……」

 その目が何かを思い出したように大きく開く。

「そういえば、今のツインテールの女の子が、一緒に人質になった黒髪の女性のことをルーラと呼んでいました。ブローチとかは覚えていませんが、着ているものは確かにおっしゃった色のツーピースでした」

「当たりだな。ダンナ」

 ファルトが頭をかき、フケをまき散らかしながら劇場を見上げた。

「ルーラはまだこの中だ」

 解放する人質を全て解き放った劇場は、その正面扉を彼らが見ている中、ゆっくりと閉じた。

 閉じた扉をベルダネウスはじっと見つめている。

「ダンナ、そんなに心配することはないだろ。ルーラだって馬鹿じゃない。無用に海賊達を刺激する真似はしないだろうし、槍はなくても精霊石は持っているんだろう。いざというときは精霊の力を借りて脱出するさ」

「他の人質を置いてか?」

「自分の命には替えられないだろう。それに、周囲にいるのはみんな他人だ」

「お前は、ルーラが他人を見捨ててさっさと逃げる女だと思うか?」

「そうでした……逃げるとしても、それは打つ手がない時にする最後の手段だな」

「ファルト」

 ベルダネウスはゆっくりと、ハッキリと口にする。

「ルーラを助ける。力を貸せ」

「危険手当を弾んでくれよ」

 にやりと笑うファルトの服をジェムが駆け下りる。

 そのまま人の群れをすり抜け、5本足を駆使して劇場へと走って行く。

 猫の子1匹入れないような建物でも、ネズミ1匹なら入ることは出来るのだ。


(つづく)



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