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【1 ピニミの港】

 ピニミの港に、作業員達の声が唸っている。

 朝の10時を回ったこの時間、大型船もつけられる10の桟橋は全て埋まり、次々荷が下ろされていく。巨体な木箱が、ずだ袋の束が下ろされていく。

 それを汗だらけの作業員達が受け止め、台車へ乗せると倉庫へと運んでいく。

 次から次へと休みなく。

 作業員達は、時折倉庫の横に置いてある桶で水を頭からかぶり、体のほてりを冷やしていく。

 岩塩を受け取ってはかじり、仕事場へと戻っていく。

 沖では順番待ちの船が壁のように並んでいる。待ちきれないのか、桟橋近くまでやってきては小船を使って荷物を下ろしている船もある。

 それらの動きが、上げる声がこの空間を震わせ、祭りのように踊らせる。

 ピニミの港は、今、幾多の船による陸揚げ祭りのようだった。

 その祭りの端っこ、入港管理局の建物がある横でルーラ・レミィ・エルティースは馬車の御者台に座り、雇い主の帰りを待っていた。周囲には、同じように止まっている馬車が何台もあり、

「冷んめてぇ紫茶あるよ。氷も半氷の果物もそろってるよ。冷っこい冷っこい」

「冷気魔導はいかがです。200ディルで馬車の中を涼しい空気で満たします」

 鍔の広い帽子をかぶった上半身裸の物売りや魔導師たちが馬車の間を歩いては声をかけている。

 ルーラの雇い主ザン・ベルダネウスは自由商人である。自由商人などと格好つけた名前がついているが、要するに旅の行商人だ。特定の店舗を持たず、自前の馬車で町や村を回っては商品を売り歩く。

 普段は生地を扱っているが、頼まれれば生き物と麻薬以外なら何でも扱う。今回、彼がここを訪れたのもそうして頼まれた商品を乗せた船が入港するからなのだ。

 手続きが遅れているのか、彼はまだ建物から出てこない。

 彼女のいる馬車を含むほとんどに、老若男女が手をつないで円を作っている絵が描かれたプレートがつけられている。「多くの人が交流することで人は前に進む」を教義とする交流神サークラーの紋章である。その教義から自由商人たちのまとめ役、元締め的存在でありこの世界のほとんどの自由商人はサークラーの信者である。

 もっとも、大半は教義などどうでも良く、単にサークラー教会の組織力欲しさに入信した「とりあえず入信しておくか」という「おくか信者」である。そうするだけの組織力がサークラー教会にはある。今回、仕入れる予定の商品も、教会の協力なしには仕入れることの難しいものばかりなのだ。

 夏本番にはまだ早いものの、初夏の日差しは強く、じっとしているだけで汗ばんでくる。

「……暑……」

 山育ちのルーラにとって、海の日差しは少々きつい。たまらず皮鎧を脱ぐと、物売りから買った半氷の果実をかじる。冷気魔導により半分凍った果物はその甘酸っぱさと水分で汗ばんだ体を良い加減に冷やしてくれる。

 馬車を引っ張る愛馬グラッシェも舌を出して暑苦しそうだ。長毛種のグラッシェは、夏毛になっても他種の冬毛なみの量がある。

 近くを通る若者が彼女の健康的な足に口笛を吹いた。日に焼け、男物を着て髪も短いせいか、後ろ姿からは男と間違えられることもある彼女だが、皮鎧を脱げば標準以上に豊かな胸が女性であることを周囲に知らしめてくれる。

 顔だって麗しさは欠けているかも知れないが、健康的な田舎娘と称される顔立ちは美人の部類に入るだろう。

 しかし、調子に乗って彼女に声をかけ、手を出そうとしたならばその男はきっとひどい目に会うだろう。何しろ彼女は護衛として雇われているれっきとした女戦士なのだから。今も左手で果実を持ちながら、右手にはしっかりと愛用の槍が握られている。槍と言っても見た目は粗末な石槍であるが、これを見た目通りに受け取るとひどい目に会う。

「遅いな……」

 指に付いた果実の汁を舐めながら、管理局を見上げる。

 その時だった。桟橋につけられず、滑車を使って積み荷を小船に下ろしていた船の1隻で事故が起こった。

 もの自体古かったのか、欲張って限界を超える荷物をぶら下げたのか、滑車が真ん中辺りで折れ、下ろしていた途中の荷が勢いよく小船に落下した。すでに限界近くまで荷を積んでいた小舟はその衝撃でバランスを崩し、船体が2つに裂けてひっくり返った。荷物が崩れ、作業をしていた3人の船員が海に投げ出される。

 船上では大騒ぎになり、身を乗り出して声をかけるが返事は無い。

 崩れた荷で頭を打ったのか、船員達はみな波間に手足を投げ出すように浮かんだまま動かない。

 その上に、さらに荷が崩れてきた。

 ルーラが御者台から飛び降り、海に向かって駆け出した。手に握った槍をかざし、石の穂先に意識を向ける。

 目の前の桟橋を駆け抜け、海に向かって飛び出した。

 海に落ちると思いきや、彼女の足は大地のように海面を蹴っていた。水しぶきを上げつつも、決して足が沈むことはない。まるで草原を走る馬のように海面を駆けていく。それを見た船員達が目を丸くした。

 彼女はまだ混乱が収まらず、無数の積み荷が浮いたままの海面に駆けつけると、気絶している船員の襟をむんずとつかむ。次々と船員をつかんでは海面を引きずるように1ヶ所にまとめると、1人を背負い、2人を小脇に抱える。

「持ち上げて!」

 槍を海面に突き刺した。

 途端、海面が爆発するように気絶した船員達を彼女ごと真上に吹き飛ばした。

 皆が唖然とする中、3人の船員を抱えた彼女は上の船の甲板に着地した。

「すみません。荷物は皆さんでお願いします」

 船員を横たえると、手当のために船員達が駆け寄ってくる。

 そのうちの1人が彼女の手にしている槍を見て

「精霊の槍……あんた、精霊使いか?!」

 そう、ルーラはただの戦士ではない。自然の力を司る精霊たちと意思を通わせる力を持った精霊使いなのである。そして精霊使いが精霊と意思を通わせる、いわば翻訳機ともいえる道具が精霊石という特別な石であり、それを穂先に加工して槍としたものが精霊の槍である。

 今の行動も、彼女が水の精霊にお願いして自分が走るのを支えてもらい、船員達もろとも甲板の上まで跳ばしてもらったのである。

「ええ」

 照れ笑いしかけた彼女の顔が引きつった。

 船越しに見える自分たちの馬車に男が潜り込もうとしている。目の良さが自慢の彼女には、その男の顔がしっかり見えた。見覚えのない顔。

「しまったーっ!」

 彼女が離れた隙に、馬車の荷物を盗もうとしているのだ。

 全力で走ると船縁から海に身を躍らせる。彼女の体を風の精霊が包み、陸に向かって運んでいく姿は、正に空を飛んでいるようだ。

(やばい、やばい、やばい)

 人助けとはいえ、持ち場を離れたのは明らかに彼女のミスだ。これで商品が1つでも盗まれてしまったら。

 男が木箱を3つほど抱えて馬車から降りた。手には彼女も覚えのある、反物を入れた木箱だ。

 風の精霊に頼んで彼女は飛行速度を速める。場合によってはこのまま男に体当たりするつもりだった。

 いきなり男が木箱を落とし倒れた。

 馬車の陰から鞭を手にした男が現れた。彼をルーラは知っていた。

 彼女の雇い主ザン・ベルダネウス。管理局から戻ってきたところ、自分の馬車から商品を盗もうとしている男を見つけ、愛用の鞭を振るったのだ。

「痛ぇよぉ」

 男が悲鳴を上げ押さえた額には血がにじんでいた。ベルダネウス愛用の鞭は拷問用のを改造したものだけに、打たれた痛みは半端ではない。1度打てば皮が剥け、2度打てば肉が裂け、3度打てば骨が砕けると言われるシロモノだ。

「ザン!」

 彼女がザンと男を挟むような形で着地した。2人に挟まれた男はたまらず地面にひれ伏し

「ごめん。荷物は返すから見逃してくれ!」

 額の血もそのままに、何度も頭を下げた。

「ダメだ。盗んだ品を返せば放免では、世の中は真面目にものを手に入れようという人がいなくなる」

 いきなり男が逃げ出そうとした。が、その足をすばやくルーラが槍の柄で払う。倒れたところを、再びベルダネウスの鞭が彼の足を打った。

 男が痛みに転げ回っているところ、数人の衛士が走ってきた。

「後は彼らにまかせよう」

 泥棒を連れて行く衛士達を見送ると、ベルダネウスは木箱の中身を確かめる。

「問題はない。しかし、あの男もこれを盗んでは後始末に困るだろうな」

 ルーラも木箱をのぞき込んで苦笑いした。

 中には、全裸の女性が描かれた生地が入っていた。ただの全裸ではない。両の手を乳房と股間に伸ばし、官能的な表情を向けている。女性に見せれば10人中10人が「いやらしい」「ふしだらな」と蔑みの目を向けるだろう。

 だが、世の中にはこの手の品を好む男は多い。男女の官能を描いた物語や女性の淫靡な絵は意外と手堅い商品なのだ。もちろんおおっぴらな売買はしにくいが。

 この生地も、ある顧客に頼まれて手に入れたものの、届けに行ったらその顧客は数日前に急死していた。生前の約束だからと買ってもらおうとしたが、家族から「汚らわしい」と拒否された。

 ならば顧客の集めた官能商品の数々を安く買い取って他の人に売ろうと考えたが、みな燃やされてしまっていた。家族はよほどこの趣味を嫌っていたらしい。

「この手の商品は、顧客さえ見つければそれなりに売れる」

 とは言うものの、未だ代わりの客は見つからず、この生地は宙に浮いたままだ。しかし、だからといって盗まれてもいいわけではない。

 ベルダネウスは改めてルーラに向き直り

「さてと、警護の任でありながら馬車から離れた件についてだが」

「……ごめんなさい」

 ルーラはただ頭を下げた。

「船員は無事か?」

「え?」

「お前が海から助けた船員達だ」

「確認はしなかったけど、甲板に下ろした時は息はあったし、船員達も溺れた人の救助は手慣れているはずだから、おかしな扱いはしていないはず。だから無事だと思う……」

「私も同意見だ」

 取られた木箱の中身が無事であることを確認、馬車の中の荷物が減っていないことを確認し

「ルーラ、私はお前のああいうところは嫌いじゃない。けれど、雇い主としてけじめはつける」

 ベルダネウスは彼女を見据えると、軽く彼女の額を小突いた。

 え? となる彼女にベルダネウスは笑みを返した。

「移動するぞ。宿探しだ」

「宿って? 積み荷は?」

 予定では荷を受け取ったらそのまま出発するはずだ。

「この混雑で船が沖合で足止めされている。荷が下りるのは明後日だと言われた」

 まいったとばかりに港の船を見回した。

 船の間から、沖で待機している10隻以上の船が壁のように並んでおり、その向こうにも船影が見える。

「小船で荷物だけこっちにってわけにはいかないの?」

 桟橋につけることは出来ないが、近くまで来られる船はそうして荷物を下ろしている。先ほど彼女が助けに入った船もその1隻だ。

「それをするにも余分な金がかかるし、そうしても入庫審査でまた時間がかかる。対して変わらん。そもそも入港前と言うことで受取証を発行してもらえなかった」

「どの船? 何ならあたしが直接もらってこようか。少しずつなら抱えて飛べるし」

 ルーラが目をこらす。目の良さが自慢の彼女には、特徴さえ教えてもらえればどれが該当する船なのかがわかる。

「やめろ。ここでは許可なく空を飛ぶのは重罪だぞ。へたすれば海賊の偵察か奇襲と思われて攻撃魔導と矢が一斉に飛んでくる」

「その通りだ」

 いつの間にか衛視が近くに来ていた。

「失礼。飛行に許可が必要なのを知っているなら話は早い。衛士隊詰所までご同行願いたい」

 腰の剣に手をかけつつルーラに言う。

「あれは人助けで。帰りに飛んだのは馬車に泥棒が入るのを見たからで」

「それについては目撃者もあり、今のところ異論はない。だが、禁止されている飛行を行った以上、それなりの手続きは必要だ。まぁ、船員達の証言もあるだろうし、口頭注意か、重くても少額の罰金で済むだろう」

 まいったとばかりにルーラは肩を落とした。かつて衛士だったこともある彼女には、この手の手続きが面倒なのをよく知っていた。


 ここ、ピニミはスターカイン国の南に位置する湾岸都市である。南洋群島との取引の中心であり、珍しい品々が入ってくるため、経済力ではスターカインでも指折りクラスだ。

 南洋群島へは他国も直接船を繰り出しているが、海流の関係で遠回りすることになる上、どうしても海獣のテリトリーを横切らなければならないため、無事に戻ってくるのは10数隻のうち1隻という有様。ピニミ経由で仕入れた方が断然安上がりなのだ。

 もちろんピニミの船も海獣に襲われてはいるが、他国に比べればはるかに少ない。

 だが、こんな美味しい船を海賊達が見逃すはずがない。ピニミの交易船にとって、海賊は海獣以上に危険な存在だった。海獣は見かけてもテリトリーを避けて静かに通り過ぎればめったに襲われないが、海賊船はそうはいかない。

 ピニミにとって、海賊対策は最重要課題と言って良かった。実際、ここの海軍(ピニミ海洋衛士隊)はスターカイン最大最強と言われている。

 先日、本国海軍の協力を得て大規模な海賊掃討作戦が行われた。その結果、海賊達に大きな打撃を与え、海賊達の中でも最大勢力とされるティッシュ海賊団の首領ティッシュ・ペーパーを捕らえることに成功した。

 まだまだ残党は残っているものの、海賊達が勢力を立てなおすにはかなりの時間を必要とすると見られ、今まで控えていた交易船達は一斉に活発化、港は順番待ちの船で溢れることになったのである。


 ピニミの路地裏通りはかつて露店が立ち並んでいたことから愛称として呼ばれ、いつのまにか正式名称となったピニミ最大の繁華街である。今は露店はほとんどなくなったが、大小約百件近い飲食店が建ち並び、人々の胃袋を世話している。

 そのうちのひとつ「貝壺亭」に、ルーラとベルダネウスは早めの夕食をとるため腰を落ち着けていた。衛士隊詰所での報告書作りが思いのほか時間がかかり、こんな時間になってやっと解放されたのだ。

 ちなみに、ルーラに対する罰は厳重注意で済んだ。

「ごめんなさい。あたしが空を飛んだから」

「飛ばなくても、船が入らない以上はたいして変わらないさ」

「明日はどうするの? 問屋や店を回る?」

「そのつもりだが、ルーラ、お前には明日1日休みをやる。気持ちの切り替えだ、好きなことをして過ごすといい」

「問屋周りぐらい付き合うわよ。荷物持ちは必要でしょ。それに人が多いともめ事も多いし」

「いや、1人で大丈夫だ」

「そんなこと言って。さてはなじみの女のところにでも行くつもりでしょ」

 彼は「その町の景気は娼婦や貧しい人達を見ればわかる」が持論であり、何度も訪れる町には必ず馴染の娼婦がいる。

「そんなんだったらお前に休みをやったりしない。お前はこれまで満足な休みがほとんどなかったろう。ここは遊ぶところも多いし、たまには気分転換もいい」

 彼の言うとおり、彼女はこれまで好き勝手出来る休みというのを取ったことがない。護衛のない日も、洗濯をしたり服の繕いをしたり、馬車の掃除やグラッシェの世話など雑用に明け暮れていた。

 もっとも、ルーラにとってそれは苦ではなかった。自分の身の回りのことを自分でするのは当たり前のことなのだから。

「急にそんなこと言われてもなぁ」

「堅く考えるな。仕事抜きであちこち店を除いても良いし、食べ歩きでも、離れた海辺で精霊たちと遊んでいてもいい。劇場で芝居見物という手もある」

「芝居見物か……」

 彼女の顔がほころびる。

 そこへ注文した料理が来た。この店の名物でもある魚介類のスープで、ぶつ切りにした貝や魚がこれでもかとばかりに入っている。スープと言うより、器にそれらをこれでもかと盛り付けて、隙間にスープを流し込んだと言った方が良いぐらいだ。もともと魚介類好きのベルダネウスはこれに目がなく、ピニミに来た時には必ずこれを食べる。

 嬉々として貝にフォークを突き刺し、頬張っては歯を立てる。身からあふれ出る旨みたっぷりのスープに、彼の頬が満足げに緩んだ。

 ルーラの前に置かれたのは、蟹の香りを湯気とともに吹き上げている太鼓蟹のステーキだ。

 スターカイン南海岸に生息する太鼓蟹は、文字通り太鼓のような腹に小ぶりの手足が付いた大型の蟹だ。島の子供達が倒して腹を太鼓がわりに叩いて遊んだことから太鼓蟹という名が付いたとされている。それを塩ゆでにしてから殻を剥いた身は、蟹で出来た切り株に見える。下1/4ほどに集中する蟹味噌を綺麗に取り除き、焼いてうっすら焦げ目をつけ、取った蟹味噌と塩だれで作ったソースをかけたステーキは蟹好きにはたまらない一品である。

 山育ちで、蟹と言えば掌に収まる程度のものしか知らなかった彼女は初めて露店で生きた太鼓蟹を見て、その大きさに驚き、ステーキを食べてそのおいしさにまた驚いた。以来、彼女の好物となっている。

 他にドライフルーツがたっぷり入ったパンの盛り合わせに海草サラダが2人の間に置かれる。

 2人は会話を止め、料理を味わうことに専念した。


「空を覆うは衛士の魔導師のみならず、王宮直属国の増援、万を超えたる魔導師軍団、その影により昼にもかかわらず海面は夜のごとく」

 声を荒らげ、街角で吟遊詩人が竪琴を手に歌うように語っている。先の海賊との戦いがさっそく物語となっている。

 ピニミでは数10年以来と言われる大海戦であったことは事実だが、そこは人目を惹くためにかなりの演出が加わっている。

 戦いはまるで大国同士の戦いのように大げさで、敵味方合わせて総数10万の戦いになっているし、天候も晴れているかと思えば大嵐となり、船のマストを超える高波が襲えば海獣の群れが暴れ込んでくる。

「ここまで大げさにされると却って楽しめる」

 とまで言われるぐらいだ。

 あと10日もすれば両軍合わせて数100万、100日を超えるような大決戦となるだろう。スターカイン王が自ら剣を手に先頭に立つことになるかも知れない。

 実際は海軍はせいぜい数百人規模、対する海賊はその半分程度、繰り出された船の数は両軍大小合わせて20隻程度と言われている。

 ここまで大げさになるのも、ピニミでは芝居が盛んだからだ。ここの中央劇場はスターカインでもっとも古い劇場であり、ここで修行を積み、他の町に旅立った役者は数知れない。

 その中央劇場にルーラはやってきた。

「いっぺん、ここで芝居を見てみたかったのよ」

 正面入り口には、出し物の看板が掲げられている。

『剣は海に沈む~王子様物語より~』

 海洋国の王子と女海賊の悲恋の物語で、数ある王子様物語の中でも人気の高い1編だ。実際、すでに上演30日近いが連日満員、富裕層の女性の中にはすでに10回は見たという人もいる。

「席があるのか?」

「良い席は無理だろうけどね。後ろの方でも良いわよ」

 駄目元とばかりにルーラがチケット売り場に向かう。が、ものの数分で戻ってきた。

「……満席だって」

 ベルダネウスは肩を落とす彼女を値踏みするように見回すと

「待っていろ」

 と入れかわるようにチケット売り場に向かう。同じように数分で戻ってくると

「C席が1枚取れたぞ。あまり良い席ではないが、我慢しろ」

 目を丸くしているルーラにチケットを渡すと

「上流階級のご婦人達が多く来るらしいからな。その格好がまずかったんだろう」

 言われて彼女は自分の格好を見回した。洗濯はしているがくたびれた男物の服に皮鎧、手にもっている精霊の槍は、知らない人には粗末な石槍にしか見えない。上流階級のご婦人、お嬢様たちの中に入れるにはチケット売りもためらったのだろう。

「明日はお洒落をしていけ。入館時に追い返されてもつまらないだろう」

 何か釈然とせず、口元をもごもごさせるルーラだが、せっかくの観劇である。そこは我慢することにした。


(つづく)


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