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勇者ですが闇属性です  作者: ノウレッジ
第1章
9/14

1-8 黒衣

金とは何だ?

ただの紙や金属が何の価値を持つ?

薪になるのか?

潰して道具にするのか?

集めると何か貰えるのか?


金の役割を理解できぬ輩は、愚物でしか無い。

 南の帝国シンシャの騎士は、どうやらごく一部を除いて今の状況に辟易しているらしい。

 そう判断したのは、琥珀が3つ目の騎士の駐屯地を襲撃し終わった時だった。

 砦とも言える石造りの基地では、常に十人単位の騎士が周辺の異変に対応するため、そこに駐在している。有事の際はそこから出撃し、事態の対応に当たるワケである。

 だがシンシャの騎士は違った。

 最初の砦では非情に好戦的な輩ばかりであり、もし鎧を着てなければヤンキーか暴力団のアジトと思っただろう。

 しかし2番目と3番目は違った。そこには年老いた騎士や、逆に幼すぎる騎士しかいなかった。特に3番目の駐屯地には餓死者と思しき白骨死体まであった始末だ。


「琥珀、この国、私イヤだ」

「奇遇だな、俺も同じ感想だよ」


 この国は、もう国として機能していない。ただ単に王様を僭称する馬鹿と、それに媚びる馬鹿達がのさばっている無法地帯。それがシンシャの現状であった。

 それでも人々は細々と頑張ってその日その日を暮らしている。あんな王に負けるか、こんな貧困に負けるか、と。歯を食い縛り、山や川の幸で糊口を凌いでい逞しい民達であると、琥珀と瑠璃は素直に心の中で喝采を送る。


「……見えた、4つ目の基地」

「あれでこの辺の駐屯地は最後だね」


 道無き道を掻き分けて山を登り、その中腹にある石造りの平屋を目指す事、実に5時間。車も自転車も馬も無い以上、移動手段は全て己の足という現状には、流石に琥珀も疲労困憊していた。

 それでも、少年は弱音の1つも吐かない。この国に満ちる悲鳴は全て己の所為だと断じ、10年苦しんだ人々のためを思い、絶対に溜息の1つだって口から零す事はしない。瑠璃との会話だって、息が荒い事を気付かせないよう無理矢理整えている。まるで何かに強制されているかのようですらある。

 瑠璃はそれが心配だった。勇者に押し付ける形で就任させられ、それをやめた今も同じような義務感で動いている。それが何時の日か彼を押し潰すのではないか、そんな不安に心が押し潰されるような錯覚すら覚える程に。


 騎士の基地に着いたら、まずは外から様子を伺う。

 中に居るのは何人くらいか、戦うべき敵か否か、仲にある物資は狙えそうかどうか。

 そういったスニーキングミッションは、姿を隠して物質をすり抜けられる瑠璃の役目だった。どういう理屈で透明と実体化を切り分けているのかは本人も分かっていないが、いわゆる『触れない』状態と『触れる』状態を彼女は切り替える事が出来た。

 無意識にコツを掴んでいるのだろう、と琥珀は推測している。


 だが今回はスニーキングを始めるより早く、琥珀の鼻が異臭を捉えた。

 最初はまたぞろ餓死者が発する腐敗臭の類かと思ったが、あの饐えた臭いとは違う。もっと生臭い物と血腥い物が混ぜ合わさっている。


(片方は多分、血だ。じゃあもう片方は……、何だ? 酸っぱいような臭いような……?)


 恐る恐る、瑠璃に頼んで基地内の様子を探って貰う。

 同時に、あまり目立つのも良くないと思いつつも、こっそり琥珀は近くの窓から様子を伺った。血に混じっていた異様な臭気の正体を知りたいというのが1つ。そしてもう1つ、何やら嫌な胸騒ぎがするというのがあった。

 経験上、こういう胸騒ぎはかなり当たる。生物の生存本能とでも言うべきか、無意識に見逃している『何か』に対する危険信号が発せられている、そんな気がするのだ。

 そして2人は、同時にそれを見る。


「――っ!」

「ひっ!?」


 窓から見えた部屋は、恐らく四畳半も無い程度の広さだった。薄暗い角部屋らしく、琥珀が覗き込んだはめ殺し意外には、部屋に窓らしき物は見当たらない。

 そんな中には無数の子供が転がっていた。隅から隅まで子供、子供、子供。エルフと思われる尖った耳の子、獣人らしき尻尾を持つ子、ただの人間の子、名前も知らない種族や、天使のような輪と羽を持つ子、竜の鱗を持つ子……。兎に角、その部屋にはローティーンが精々な女の子が数多く保護されていた。


「こ、琥珀っ! これって!?」

「静かに、勘付かれる」


 慌てて黒鎧騎士の元に戻って来る幽霊少女。

 幸いにも彼女の声で誰かが来る様子は無かった。


「……貢ぎ物の出涸らし、又は残滓ってトコか」


 ポツリと少年は呟いた。

 サルヴァトーレは金と女にだらしない奴だったという事は記憶に鮮烈に残っている。それが大きな権力を持てば、こういう事態は想像に難くない。大方サルヴァトーレが部下の騎士に適当な少女を貢がせ、御眼鏡に適わなかったり飽きたりした子が、部屋に集まっている彼女達なのだろう。

 どの子も瞳に光が無く、体育座りをしているか倒れているか、他の子を励ましているかの3通りだった。服も肌もボロボロだし栄養状態も悪い事が見て取れる。

 命を消耗品のように扱いやがって、と激しい憎悪が少年少女の心の中に巻き上がった時だった。誰かが扉を開けて四畳半のタコ部屋に入って来た。


『オイ、ガキ共! テメェらが今日も食い物にありつける有難い仕事の時間だ!!』


 入室したのは大柄な騎士だ。肉ダルマという表現がピッタリ合うくらいの隆々とした筋骨を持ち、背中には得物である大剣が背負われている。

 扉が開いた瞬間、子供達の怯えようはより顕著な物となった。明らかにあの騎士、若しくは仕事とやらに強い恐怖を感じているようであり、何かを無理強いされている事は明白。幼い女の子ばかり集めているのであるなら、それが何であるかは言うだけ野暮だろう。

 ビクビクと震える少女達にニヤニヤしながら適当な少女の頭を鷲掴みにし、部屋から引きずり出す。


(琥珀!)

(分かっているとも!)


 そんな事を見逃す琥珀では無い。

 手早く窓を殴って割り、閉まりかけの扉ごと騎士を蹴り倒す。

 当然、そんな大きな音を立てれば敵が寄って来る事は明白であり、実際その後すぐに四畳半の部屋の前で1対多数の大乱闘が始まったのであった。



  ☆



 結局剣を抜かなかったな。

 そんな事を考えながら、琥珀は鎧に付着した返り血をそこらの布で拭った。

 片端から千切っては投げ、千切っては投げを繰り返し、文字通り無双を繰り返した琥珀だったが、流石にこれまでの積み重なった分も合わせ、疲弊を隠せない。ヘルメットの中が、自分の吐く荒い呼吸で蒸し暑く不快感が募る。偵察に出た瑠璃が見たら、「痩せ我慢もいい加減にしなさい!」と怒られていたかも知れない。

 だがそれを口に出す事はしない。そうしたら、何かいけないような気がしたからだ。


「大丈夫か、少女達よ」


 代わりに、周囲の少女達を気遣うような言葉を発する。

 彼女達を慮るような発言は、きっと自分には相応しくないのだろう。だが今の自分は“正体不明の黒い鎧の騎士”だ、ここで彼女達を無視して行くのは『ただの一個人』として違う気がする。

 突然のスプラッタショーに少女達は恐怖に襲われているようで、皆が皆震えているようだった。よく見ると中には少年もいる。怖がらせてしまったという思いより、男女同室の雑魚寝という劣悪にも程がある環境に、琥珀は再び激しい怒りを感じた。


「この国に来てから、俺は何度怒りを覚えたのだろうな……!」


 分からない、何故サルヴァトーレはここまで自分勝手にできる?

 何故サルヴァトーレはこうも自己中心的にも程がある執政ができる?

 ただの平和な日本の一市民として育った琥珀には、それがどうしても理解できない。

 無論、元の世界にも自己中心的な輩はいたし、自分勝手な者もいた。しかし、ここまででは無かった。こんな命を命と思わない、人権を汚水に放り込んで高笑いするような思考回路は、理解できないにも程がある。

 サルヴァトーレ・ファーゴはもう宇宙人とか人間の姿をした獣なのではと思い始めた頃、ふと鎧の脛当てに叩かれるような完食があった。


「あ、あの……」

「ん?」

「ありが、とぅ……」


 金髪のエルフの少年だった。年の頃は10歳くらいか、最年長でも最年少でも無い、真ん中くらいの年齢だった。

 男の子という事で率先して勇気を振り絞ったのだろう、そのスカイブルーの瞳には未だ強い怯えがあるものの、感謝の心に偽りがあるようには思えなかった。

 ガチャリ、と琥珀は右の籠手を外し、少年の頭を撫でる。


「どういたしまして」


 ありがとう。

 どういたしまして。

 単純かつ一言で終わる言葉だが、その重みは大切だ。

 言葉には言霊が宿る以上、感謝の言葉は重んじられて然るべきである。


「さてエルフの少年、1つ訊きたい事がある。この砦で1番偉い人は、どんな奴だ?」

「……すっごく太ってる人」

「それは分かりやすい」


 騎士の砦で太っているとなれば、当然そいつが騎士である確率は低い。筋骨隆々であるかも知れないが、それでも分かりやすい見た目となるだろう。


「そのすっごく太ってる人ってさ」


 唐突に声が響く。言うまでもない、偵察に出ていた瑠璃だ。幽霊であるが故に敵から攻撃されず、捕縛もされない。偵察隊としては最高の条件である。


「髪の色が黄色くない?」

「あ、はぃ」

「……琥珀、廊下に出て左に行って。突き当たりの部屋がそいつの部屋だと思う」

「分かった、ありがとう」

「うん、どういたしまして」


 でも、と瑠璃は言葉を続けた。


「……もう手遅れかも知れない」

「何?」

「琥珀、もうこの国は駄目だよ。こんな……、こんな国を救うなんて御伽噺の勇者や聖女でも出来っこないよ!!」

「……何があった」


 少女はきゅっと唇を結んで話さない。だがそれでも、何となく何かあったのは察せられる。

 こんな強制売春施設のような場所に、例え死人だろうと女の子を入れたのは失敗だったか、と自分の至らなさに歯嚙みした。

 廊下に出て左に曲がり、突き当たりに見える部屋へと早足で向かう。途中、廊下には新聞のスクラップと思われる記事があちこちに張り付けてあった。


――『サルヴァトーレ陛下、美女200人切り』

――『第4騎士団、美女50人を献上』

――『妻を返せと団結した元夫軍団、反逆罪と不敬罪で処刑』


 もう限界だった。

 これまでの疲労で溜まったストレスと、仲間の中でも随一の問題児に対する怒りが、とっくの昔に堪忍袋の緒を切っていた。


「あの、下半身脳味噌野郎がぁああああああああああああああああああっ!!!」


 力任せに分厚い木の扉を蹴り破る。それなりに整理された部屋にはブクブクに太りまくった葉巻(この世界では高級品)を吹かすオッサン1人と、床でぐったりと倒れている幼い少女が1人。

 しかも犯しただけでも許せないのに、幼女は顔を始めとしてあちこちがドス黒い青痣まみれで腫れている。強姦、暴行、そして拉致と人間として終わっている罪状のオンパレード。これなら少女は、或いは死んでいた方がずっとマシだっただろうに。


「ん? 何だ貴様ばふはっっ!!?」


 余裕綽々に上体を起こす裸の男に、琥珀は躊躇無く回し蹴りを叩き込んだ。


「何をする! 誰に手を挙げたか分かっているのか!!」

「うるせぇ」

「ごぁっ!? あぎっ!? げごぉ!? だ、誰かいないのか!! 私が呼んでいるのだぞ!!!」

「うるせぇっての」

「ぶっ!!?」


 今度はフルスイングのグーパン。これを左右の手でリズミカルに顔を中心に打つ。歯が折れても鼻が曲がっても顔中血塗れになっても止めない。殴る、殴る、また殴る。


「私ぐぉっ!? 誰だとっ!?」


 知らない、右ストレートで鼻を潰す相手に興味なんて無い。


「貴様、一族郎党惨殺しでぶっ!?」


 この世界に家族はいない、なんて左フックで顎を砕く相手には言わない。


「な、何故貴様は私を殴どぅっ!? 私は何も悪い事ばがぁっ!?」


 自覚の無い救いようの皆無な馬鹿はダブル・スレッジ・ハンマーで頭蓋を穿つのみ。


「殺ず、貴様生まれだ事を後悔ざぜで、どぅぐっ!!?」


 嗚呼、煩い煩い煩い! 吼えるしか能が無いのか、このロリコンデブは! 野良犬の方がまだ立派じゃないか!

 だが部屋の隅で転がっている少女も心配だし、素っ裸の男がいる部屋に瑠璃を入れたくも無い。そろそろこいつには『人間の男』でなくなって貰おう。


「ま、待で、何が目的だ? 金だばある゛ぞ? いぐら欲じい、言ってでみど? 何ならお前に、相応の役職をぐれでやろうじゃないが」

「お前、護衛を潰した俺が金狙いでこんな事すると思っているのか?」

「ふぁ?」

「世間じゃテメェみてぇなのを、何て言うか教えてやるよ」


 顎を掴んで倒れている少女とは反対側へ投げる。そのまま醜いカエルのような声を上げた男目掛け、五重に掛けた威力強化魔術で眩い光を放つ右足を振り被る。




「生かす価値もねぇっつうんだ!!!」




 砂場の山を粉砕するが如く、醜悪な肉ダルマは腹を中身ごと蹴りで撒き散らされた。



  ☆



 金は大切だ。資本経済の基本だし、金があれば大抵の事は出来る。

 だが、金は『色々な事をする手助けになる』が、『万能の許可証』では無い。

 飽く迄も金は“手段”であり、“道具”であり、そして“方法”なのだ。


「どうして、それを理解していない奴が多いんだろうな」


 そう密かに零した琥珀は、部屋の外で待ってて貰った瑠璃に入室を求めつつ、拙い回復魔法を少女に掛け始めた。

 パーティには聖職者がいたため回復の手には事欠かなかったのだが、それでもヒーラーを彼女に頼りっぱなしにするワケにもいかなかったため、多少は彼も使える。と言うか彼女はあまりやる気が無かったため基本的に琥珀の作業、聖女は重傷を負った時でもないと動かなかったのである。


「……あれ、あいつら足手纏いだった?」

「ストップ、その思考はそこでストップ」


 どうしてあのパーティで自分は旅が出来たのだろう、今になって疑問である。

 常人ならサルヴァトーレがいるだけでも願い下げレベルなのに。


「ひっ!?」


 そんな時、背後で声がした。

 部屋の入口では、新人らしくまだピカピカの鎧の騎士が室内の惨状に恐れ戦いている。


「チッ、まだ生き残りがいたか!」


 腕に強化魔術を掛け、一息に殴りかかる黒鎧の少年。

 別に100人居てもコモンマジックの重ね掛けで幾らでも倒せるのだが、琥珀もいい加減疲労が溜まっていた。これ以上の面倒は正直言って辛い。


「ま、待った待った! 待ってくれ! 敵じゃない!」


 ピタッと琥珀の拳は新人騎士の顔面スレスレで止まった。


「ぼ、僕はゴッシェ! ゴッシェ・ナトイ! もう1度言う、敵じゃない!!」


 鼻先数ミリにまで迫った拳に戦々恐々しつつ、新人騎士であろうゴッシェは大きく声を上げる。

 信用したワケでは無いだろうが、琥珀は鉄拳を下ろした。その瞳の中に信ずるに値する光を見たからだ。

 これまでの基地では騎士は大きく2種類に分けられた。即ち、戦う者と戦わない者である。

 ゴッシェは後者に含まれると思われるだろうが、これまで戦わなかった騎士達は皆が皆、飢えや暗い未来に絶望し、その目は淀みを湛えていた。所謂『死んだ目』だ。

 だが彼の目は死んでいない。強く、若々しく、この国には珍しい覇気に満ちた目をしている。


「そこに斃れているのはスピネル、か?」

「知らん、奴の名前に興味は無い」

「いや、あの脂肪まみれの肉体は間違いなくスピネルだ」


 話が進むと判断し、瑠璃は姿を透明に消す。幽霊の少女など、分かりやすい特徴を覚えて貰っては後の活動に支障が出かねない。

 聞けば、スピネルは正式には騎士では無く、この国の公爵家の跡取りらしい(かなりオッサンだが)。この施設に滞在していたのは、ここの責任者が彼と懇意であり、またDVかつロリコンという救いようのない性癖を満たせるためだと言う。


「僕の姉と妹も、幼い頃スピネルに無理矢理連れて行かれたんだ。それから半月もしないで、物言わぬ体にされて返されたよ」

「性格破綻者と性犯罪者しかいないのか、この国は……」

『類は友を呼ぶってヤツで、そういう王様に呼び寄せられたのかもネ』


 テレパシーで琥珀と内緒話をする瑠璃に気付くワケも無く、ゴッシェは話を続ける。


「だから騎士になって、コイツが無防備になる場所を徹底的に調べ上げて、今夜殺してやろうと、やろう、と……!」


 思い出して腸が煮え繰り返ったのか、激しい怒りの表情で歯を軋ませるゴッシェ。

 扉の外にはいくつかの気配がするが、そちらからも怒りの波動を感じた。このスピネルという男は、相当恨みを買っているらしい。


「悪い事をした。君の敵を横から掻っ攫ってしまった」

「……いえ、何度も殴って腹を貫いてくれたんでしょう? でしたら、充分過ぎる無様な死だ。僕らではそんな事は出来なかった、ありがとうございます」


 人を殺して感謝されるとは、何とも変な物である。

 10年前は人の命を守って感謝されていたというのに、10年経って逆の事で感謝されている。元でも勇者として、非常に微妙な気持ちにならざるを得ない。


「もう1度言わせて下さい、ありがとうございます。この基地の腐った連中も貴方が殴り倒してくれたんだよな?」

「……腐ってるかどうかは知らんが、向かって来た連中を叩きのめしたのは事実だ」

「奴らは騎士じゃない。剣もロクに振れない、矜持も無い。日々、上から支給される食料を食い漁って、税代わりだ何だと攫った子供を性処理に使う盗賊紛いだ。正直、その場で斬り殺したかった。……でも考えなしにやるワケにはいかなかった、後を考えると後手に常に回った。

 だから、気を伺うために子供達には痛い目に遭って貰うしかなかった。僕は騎士として最低だ」

「そう簡単に身軽になれる程、ヒトというのは自由では無い。ただ生まれ、成長し、老いるだけでそこには数多のしがらみが生まれる。君の事を責められる者などいない」

「それでも、だ」

「それでも、か。儘ならんな」

『儘ならないね』


 琥珀は少女の治療が終わった事を確認すると、その子を抱えて部屋を出る。

 少なくとも、こんな不快な臭い漂う部屋よりかは良い部屋がどこかにある筈だ。そこで寝かせるべきだろう。


「ゴッシェ・ナトイ、君に1つ訊ねたい」

「何でしょう」

「この国を、どう思う?」

「最低だ。10年前、コハク・アイハラがサルヴァトーレ・ファーゴに南の土地を渡してからはずっと最低の国だ。どうしてあんな奴を王にして去ったのか、今でも理解に苦しむ。見つけたら文句を言って殴ってやりたいくらいだ」

「そうか」


 それをしたのは俺じゃない、とは言わない。

 元はと言えば、あんな連中を信用していた自分が悪いのだから。


「――俺もコハク・アイハラの行方は知れない。10年前に忽然と姿を消してそれっきりだと聞く」

「ああ、無責任な野郎だよ」

「だが、サルヴァトーレ・ファーゴなら王城に居るのだろう? 奴を討てば、少しは何か変わるのではないか?」

「……出来たら、とっくにやってる。あの帝王、殺せないんだ。暗殺者が何人も挑んだのに、剣も魔術も毒も効かないから誰も殺せない」


 剣も魔術も毒も、か。

 琥珀は興味深く目を細めた。

 やはり10年の間で5人にも何か変化があると考えるべきだろう。最悪、サルヴァトーレに敗北する自分をイメージする必要がある。


「……でも、貴方ならやれそうな気がする。何の根拠も無いですが、ね」

「そうか」


 そう言えば、とゴッシェは呟いた。


「まだ貴方のお名前を聞いてませんでしたね。夜のように黒い鎧を着た御仁、その名を聞いても?」

「構わん。我が名は……」


 相原琥珀、と言おうとして咄嗟に琥珀は口を噤んだ。その名は先程、ゴッシェが恨みを告げた男の名である。ここでホイホイ名乗るべきものじゃない。

 では何と名乗ろうか。ここで厨二病とかなら「我が名はミューチュアルフィールド・アンバー」とか言うのだろうが、生憎と少年にそんな気質は無かった。

 ではどうすべきか。適当な偽名では後で忘れてしまう。かと言って咄嗟に偽名に転用できるような思い入れのある物など……。

 ……あった。


「名は?」

「……いや、故あって本名を名乗るワケにはいかんのでな、偽名を名乗らせて頂く」


 ワンテンポ置き、両手を広げ、黒鎧の騎士は高らかに宣言する。

 己の名を。この後長きに渡って語り継がれる、誇り高き偽名を。






「我が名は、ノワール! 漆黒に染まりし闇の底より蘇り、我に刃を突き立てた悪漢共に怨讐を遂げるべく現れた、黒衣の騎士である!!」






「ノワール、殿……」


 ゴッシェは理屈では無く感覚で悟った。この男こそ、自分達が求めた世界を救済する勇者である、と。

 皮肉にもそれは、琥珀が10年前の勇者であるという点で当たっていた。あまりにもあまりな理由だが。

 さて、と琥珀改めノワールはゴッシェを見据える。


「ゴッシェ・ナトイ、そして部屋の外で待つ彼の同志達よ。君達に訊ねたい」

「何でしょう」

「この国を変える手助けをしてはくれないか?」


 その言葉に否と答える者は、いなかった。



To be continued

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