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勇者ですが闇属性です  作者: ノウレッジ
第1章
8/14

1-7 王城

悪逆は終わらない。

人の欲は無限だから。


善行は途切れる。

人の義は有限だから。


だからこの世界は悪が蔓延る。

だからこの世界は優しくなんてない。

だからこの世界は傍若無人に出来た奴が勝つ。

だからこの世界は善人を殺すようなシステムなのだ。

 セレナを出会ってから一晩を経て、安全のために彼女をリチムのシェルターに残した2人は、南の帝国シンシャとシェルターには無かった闇属性魔術の情報を入手するため、再び大地を踏み締めた。もっとも瑠璃の体にはもう歩く機能が無いワケだが。


「闇属性の魔術のデータ、中々見つからないね」

「だな。だが集める情報はクソ猿の分もある、しょげちゃいられねぇさ」


 頭を取るためにも、取った後のためにもデータは多い方が良い。もう2度と背中から刺されるのは御免なのだから。


「良かったの? セレナちゃん随分と懐いているように見えたけど」

「良いんだよ、これで。それともあんな枯れ木のように痩せた子を、危険な場所に連れ出したいってのか?」

「そうじゃないけどさ……」


 リチムから立ち去る時、セレナは2人の身を心から案じていた。それこそ残って欲しいか、或いは自分も旅に同行させて欲しいと言い出しかねない程だった。



――『待って下さい! せめて、せめてお名前だけでも!』

――『セレナは、セレナはお名前も聞かずにお別れなんて出来ません!』

――『少しでも食料を求めて飛び出すような卑しいこの身を救ってくれた、御身のお名前を!』



 だが琥珀は名前を教えなかった。否、教えられなかった。

 当然だ、相原琥珀とはこの世界の現状を導いた勇者の名。彼女達からしてみれば、自分達を今の地獄に叩き落とした許し難い悪漢を指す。名乗れるワケが無い。

 瑠璃は名前こそ膾炙されていないものの、幽霊となった経緯に突っ込まれると困る。済し崩し的に琥珀との関連性に勘付かれる可能性があった。琥珀が彼らに嫌われるのは仕方ないかも知れないが、瑠璃が貶されるのはおかしい。その結論の元、少年は名乗りを上げなかったのだ。


「……偽名、考えておかないとな」

「だねぇ。私は素顔を隠す方法もか」


 正直に言えば、セレナを振り切った事に何も感じなかったとは言えない。だが同伴させればもっと強い悔恨の念を抱く事になる。それでは何のために彼女を保護者の所へ送り届けたのか分からなくなるだろう。

 そんな後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、少年少女はセッカから教わった騎士の駐屯地へ向かっていた。兵が溜まる場所なら武器や日用品、食糧がある事は確実だ。必要ならそこを破壊し、物資を奪う事も吝かでは無い。

 何しろ瑠璃が根城していた洋館には目ぼしいアイテムが殆ど無く、琥珀の10年前の装備の一部を持ち出しただけなのだ。


(旅していた時に持っていたナイフや財布も目覚めた時には無かったって事は、あいつら奪って売り払いやがったな。ったく、金に汚い奴らだ本当に)


 決戦の際に装備は物陰に皆で隠しておいた。10年後に残っているとは思っていなかったが、まさか本当に当時身に纏っていた物しか残っていないとは、琥珀は大なり小なりショックだった。

 何がショックだったかと言えば、裏切った彼らが多少は仲間の縁で手心を加えてくれていないかと期待していた自分自身にだ。有るワケが無い彼らとの絆に期待を寄せている、甘ちゃんな自分がいた事がショックだったし、許せなかった。目覚める直前、黒い炎を幻視する程に怨嗟に塗れた自分は、まだまだ悪人としては三流以下なのだろう。


(――いかんいかん、俺が悪としてどうこうとか、どうでも良い話だ)


 頭を振って思考を追い出す。

 もっとだ、もっと考えろ。重要で無い事は頭から追い出せ。

 アイツらなら何をどうする。近くに置く人材はどんな奴だ。そいつはどう手を打つ。

 そうだ非情になれ。王国5つを砕く冷酷な悪魔になろうとしているのだ、昔の仲間を気にして何となる。

 己の頬を張り、気合を入れ直す琥珀。18ヶ月で大人顔負けの場数を踏んだが余所見や油断は禁物だ。


「しっかりしろ、俺。この世界をもう1度救うんだ、それが勇者として選ばれた俺の責任なんだから」


 地獄にしたままでこの世界から消えるなんて出来ない。

 この世界を変えてしまった責任が自分にはある。彼らに作り替えられてしまった世界を取り戻すため、()()()()()()()()()()()()()()()()

 何かに憑かれたかのような義務感を燃やす琥珀に。


「…………」


 彼の相棒でもある幽霊少女が悲しげな眼差しを向けている事に、少年は気付かない。

 気付かないまま、少年は最寄りの騎士の拠点へ向かうため、山の獣道へ足を踏み入れた。



  ☆



 琥珀と瑠璃が道無き道を掻き分け始めた頃、神聖大帝国シンシャの首都ファーサルの王城ではまた1つ新たな血が流されていた。言うまでも無い、国王サルヴァトーレ・ファーゴの手によるものだ。

 豪奢な赤いカーペットに広がる赤いシミを、つまらない物を見るような冷ややかな目で見るサルヴァトーレ。黄色の刈り込まれた短髪が彼のマントや周囲の赤をより際立たせている。


「ふん、俺様のストレス解消にもならんとは、これだから下民は困るんだよ。もっと愉快に踊って死んでも踊って『殺してくれてありがとうございます』ぐらい言えってんだクズが」


 誰が聞いてもメチャクチャな事を言う王に掛けられる言葉は無い。適当に捕まえた城下町の住人を剣で甚振って殺したのだが、思っていた以上に彼の目的であるストレス解消には繋がらなかったようだ。

 見るからに高価な剣を従者に磨かせるように言いつけて放り投げると、近場に待機していた近衛騎士1人に視線を向けた。


「おい」

「ハッ!」

「こないだ取り逃した白い畜生亜人、見つかったか?」


 畜生亜人とは言うまでも無く獣人族への蔑称であり、正式名称では当然無い。普通に獣人や猫人族ワーキャットと言った方が早いため、言い方もあまり広まってなく、余程獣人族に差別意識や憎悪を持っていない限りは使わない言葉である。

 そしてサルヴァトーレは言うまでも無く差別主義者としてこの言葉を使っている。


「いえ、まだです!」

「このドクズがぁ!!」


 反射的に王は近衛に備品のペン立てを投げつけた。着用していた鎧に当たり、無機質な音と共に中身が周囲にバラ撒かれる。


「も、申し訳ありません! 現在、周辺の騎士団を総動員して捜索しています!!」

「足りるかボケ!! シフトを5倍にしろ、1秒だって見つかるまで休みを与えるな! 飯も抜き、給料も無し、それが俺様への貢ぎ物を失くしたテメェらへの罰だ! 死なねぇだけ有難いと思いやがれ、このド腐れ騎士が!!」

「有難き温情であります!!」


 唐突な激昂に戦々恐々しつつ、近衛は敬礼の姿勢を取る。

 自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起こす、子供のような帝王だというのが城に勤める皆の認識だった。

 嫌いな食材が多くて料理にはしょっちゅう駄々を捏ね、気分とノリでメイドや町娘をベッドに放り込んで抱き、王としての執務は全ていい加減の中途半端。凡そ王として相応しくないのに、何故か王位にある、それが暴君サルヴァトーレである。


「良いか、このサルヴァトーレ様が嫌いな事はただ1つ! 失敗と不可能だ!」


 2つじゃないか、と突っ込める者はいない。この男の機嫌を損ねれば、例え国のNo.2であろうと即座に首が物理的に飛ぶのだから。


「あの小娘はよぅ、薄汚い畜生亜人には珍しい銀色の髪を持ってる。俺の領域の中で俺が知らない事や気に障る事はあっちゃいけねぇ! あの小娘は四肢を削ぎ落として俺がペットにするんだ、好きな時に殴り、好きな時に痛めつけ、好きな時に性欲を満たす道具にする! それが俺の意思であり正義であり、あの小娘の最高の幸せだ! 違うか!!」

「はい、全く以てその通りです!」

「ったく、最近は俺を軽んじるような報告が上がり始めてるからいけねぇ」


 散らばったペンを片付けるメイドや直立不動でその場に居直る騎士に、サルヴァトーレは声高々に、まるで舞台の上で役者が大々的にセリフを宣うかのようにポーズを決めて言の葉を放つ。


「良いか! 俺は魔王を討ち取った勇者一行の1人、サルヴァトーレ・ファーゴ!!

 あの旅と戦いは俺無くしては成り立たず、異世界から来た勇者コハク・アイハラは完全に役立たずだった! よって、この俺様こそこの世に於いて最も尊き存在! 全ての意思が成就されて然るべき男! 分かったか、この国に於いて俺様の思い通りにならねぇ事があっちゃならねぇんだよ!!」


 無論、彼の言葉は全て誇張どころか嘘八百である。しかしあの旅に参加していた者はそこにおらず、室内の部下達はただただ拍手でそれを称賛するしか無い。

 実際、サルヴァトーレ・ファーゴの過去に於いて、琥珀が把握している箇所だけでも彼の評価は誰もが最低値を付ける。

 無銭飲食は当たり前、琥珀の修業を鼻で嗤い、有りもしない自分の剣の才能に胡坐を掻く。他人を常に見下し、自分を評価しない周囲こそ誤りだと考える独善ナルシシズムだけで構成された男だった。

 そんな男が頂点に立って尚その国が機能しているのは、ひとえに周囲の重鎮達が骨身を削って国を運営しているからである。


「まぁ良い。おいお前!」

「ハッ!」

「こないだ白い畜生亜人を奪われた支部に伝えろ、テメェら次やったら減俸を10年課すってな!」

「畏まりました、そのように!」


 普通ならそんな無能極まる王など罷免されて然るべきだろう。だが、彼には誰も逆らえない。

 それはただ単に彼が多数の兵力を抱えているという事だけでは無い。誰も彼を殺せないある理由があるのだ。

 自分の絶対的な優位性を確信しているサルヴァトーレは、窓の外に広がる己の千年王国を見てほくそ笑む。そこに国が広がっているこの現在こそ、自分のやっている事全てが正しい事であると裏付けている、そう信じて疑わない。


「俺様はよぅ、馬鹿だ何だと言われたが実際は違う。俺様は天才だ、誰もが敬うべき至高の存在だ。俺様がいるからこそこの国は平和だし、俺様がいるからこそ我が帝国は正義なのだ。それをあの騎士団の連中は分かってなかった。無知には死が相応しい、理解できないクズには死を以て罰を与えるのが望ましいんだ。

 このシンシャ帝国に於いて、全ては俺様の思い通りでなくちゃならねぇ。俺様の機嫌を損ねるような奴は一族郎党皆死刑。俺様の命令を守れない騎士団は見習いに至るまで皆死刑。俺様の物を奪う奴は潜伏している町の住人全員ごと皆死刑。それで、この国には平穏が与えられる。

 何、簡単な事だ。俺様の言う通りにしていれば皆幸せなんだよ。キヒヒ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 城に響く大きな笑い声を素直に受け止め称賛できる者は、少なくともその場には居なかった。




「この国はもうじき終わりかもな……」


 サルヴァトーレの城で、ポツリとヒゲの生えた壮年の近衛兵が呟いた。

 周囲にメイドや文官がいたが、誰もそれを咎める者はいない。純然たる事実を口に出さないのはある種の大人のマナーだが、それは場の士気を下げるからである。

 この城の士気は既に最低だ、下がる余地は無い。騎士は嫌々働いて警邏を勤め、王の部屋に入るメイドは毎回ビクビクしている。文官は他国の状況と自国を比べて頭を抱え、財務官は年々激しくなる王の浪費に目を回す。この城で、サルヴァトーレの味方をする者など本当に一握りにも満たない。

 今しがた呟いた近衛とてそうだ。10年前、サルヴァトーレが王に即位してからずっとこの城で勤務しているが、国の現状は日に日に悪くなるばかり。王は自分さえ良ければ他は無関係とでも言うかの如く悪辣な男で、そこから垂れた美味い汁を吸える連中以外は、心の中で既に彼を見限っている。


「コハク・アイハラはどうしてあんな奴を残して消えちまったんだ……、これなら魔王に支配されていた頃がまだ人間らしい生活が出来たよ……」


 一言で言えば、王は飴と鞭の使い方が下手だった。

 サルヴァトーレは鞭を振るうだけ振るって飴は与えず自分で食べる男だ。時々気紛れに飴を与えて良い主人を演出しているに過ぎない。

 飴を貰えないなら尻尾は振らないのが犬の常。寧ろ琥珀と交戦した5人組のように嬉々として王に尽くす人材が稀なのである。彼らは恐らく戦果を挙げ続け、城の内部のテンションの低さに気付いていない馬鹿の集まり。サルヴァトーレはそういう盲目的、或いはゴマ擦りの上手い部下を重宝していた。

 さて、ここで誰もがこう疑問に思う事だろう。




――何故、部下は謀反を起こさないのか、と




 その理由は3つある。

 1つ目は士気が低いからだ。やる気が足りず、熱意も足らず、剣を取って戦うという発想が生まれない。10年もこんな愚王の下にいた所為で、彼らは心が死んでいた。

 次に2つ目は栄養状態の悪さにある。サルヴァトーレの豪遊は国の財政を圧迫しており、しかし彼にその影響が及べばどうなるかは言わずもがな。結果、資金難の煽りを備品や食料の不足という形で受けてしまい、戦う力が湧かなくなっている。

 そして3つ目は――


「もっとマシな王に仕えたい……」

「おい」

「え、っ!?」


 最初、近衛は何が起きたのか分からなかった。

 ただ全身に強い衝撃を感じ、派手な金属音が遅れて響いた時には、既に近衛の視界は天井を映していた。


「あ、ガ……ッ!?」


 殴られたのか、蹴られたのか、それとも魔術的な何かを受けたのか、それすら判別つかない。

 ただ1つハッキリしている事は、声の主の仕業であるという事だけだ。


「テメェ、俺様の偉大な政治が魔王以下だってのか? 俺様が王として失格だってのか? ア゛? 政治に不満があるなら、言ってみろよ、不敬しか能の無いクソカスの分際でよぉ!」

「サルヴァトーレ、陛下……っ!」

「今更陛下なんて呼んでも遅ぇんだよ、テメェを今から俺様が直々に死刑にしてやるから泣いて感謝しやがれ!」


 サルヴァトーレの目は本気だ。本気で怒り、自分を殺そうとしている。政治を一言二言貶されただけでもう堪忍袋の緒が切れているのだ。

 そう直感的に判断した近衛騎士は剣を抜いた。

 もうこんな奴の下なんて懲り懲りだ、こいつを今ここで斬り捨てて全てを終わりにしてやる。

 そう決意した男は、腰の剣を抜いて風属性の上級エンチャント系マジック<ゲイル・ブレード>を刃にかけた。


「ハッ、何だそのヘボ魔術は。俺様に殺されるための演出にしても、もう少しマシなのはネェのかよ?」

「舐めるな、愚王! 我が剣は鋼の盾をも切り裂くぞ!」


 更に加速する魔術<アクセル・ウィンド>を自分にかける。長く城に仕えていようと、腕に覚え失くして近衛にはなれない。丸腰で10年ロクな運動すらしていない王族1人くらい斬り伏せる事は可能だ。

 もうコイツの暴政は終わりにする。そう意気込んだ男は、目にも留まらぬ速さで一息に踏み込んだ。彼我の距離は精々数メートル、3歩あれば間合いは詰め切れる。

 男は勢いよく無駄に豪華なカーペットが敷かれた床を蹴った。

 一歩目、サルヴァトーレは反応していない。

 二歩目、大きく剣を振り被る。狙うは首、一太刀で首を刎ねてやらんと力を込める。

 三歩目、まだ王は反応していない。


(貰った!)


 疾風の刃を纏った剣が、王族のマントで隠された首筋へ吸い込まれるように振るわれる。今から反応しても確実に遅い、そのタイミングでなおサルヴァトーレは先程と変わらぬ体勢・変わらぬ表情で一瞬前まで近衛のいた空間に視線を向けている。

 今まさに、自分の剣で王の首が――




ガィンッ!!




 取れない。寧ろ、振るった剣が一瞬で砕け散ってしまった。


「な、に……!?」


 信じられない、と言わんばかりの呆然とした表情を浮かべる男。

 鉄の塊でもバターのように切れる自慢の剣術が、愚王の首に負けた。そのショックはほんの数秒、彼から思考能力を奪って硬直させた。

 その数秒はサルヴァトーレに男の姿を認識させ、攻撃に移らせるには十分な時間となる。


「終わりか?」

「っ!」


 それが、視界に収まる折れた剣が、彼の最期に見た光景となり。

 次の瞬間、男がサルヴァトーレに振り向くより早く、その場には重い金属音と共に大量の血がブチ撒けられたのであった。



  ☆



「ハッ、俺様の事を愚王だ何だと言っておきながら、自分が馬鹿だって事に気付いてねぇ。俺様が愚王ならテメェは何だ? クソの塊か? 血と肉と骨の入った革袋か? カスが、身の程を知らねぇ雑魚で馬鹿の限界がコレなんだよ。だからこの国は俺様が統治しなきゃならねぇんだよ、俺様より頭の良い奴がいねぇからなぁ」


 見下す先にいる近衛騎士は、もう動かない。

 そして最早それを人間の死体と表現する事も、恐らく出来ない。そこに残っているのは、およそ人の力でやったとは思えないような、見るも無残となった肉塊だけだ。


「分かるか、オイ? 俺様が、この国で、一番、王様に向いてるんだ。ア? この国を引っ繰り返しても裏返しても、俺様以上の名君はいねぇんだよ! 分かったか、この無能が!」


 思い出して怒りが込み上げたのか、物言わぬ死体にサルヴァトーレは力任せに蹴りを叩き込む。


「誰が!」


 まず一発、返り血の血飛沫が靴やマントに飛び散る。


「愚王だ!」


 更に一発、不快な音と共に肉片が四散して床を汚す。


「俺様が!」


 もう一発、一塊だった死肉は衝撃でバラバラになった。


「愚王なら!」


 まだ一発、怒りが止まらない王の蹴りが赤い塊に注ぐ。


「勇者コハクは!」


 尚々一発、返り血を浴びた事で怒りが更に燃え上った。


「ただのゴミだ、このボケがぁ!!」


 最後の一発で一際大きな肉塊を蹴り、壁にサッカーのシュートのように叩き付ける。ベチャリと嫌な水音と共に石壁に肉塊が張り付き、周囲はさながら猟奇殺人の現場のようになった。

 それで漸く多少は腹の虫が治まったのか、荒い呼吸と共に死体への冒涜は一区切りついた。興奮冷めやらぬ様子ではあるが、これ以上は蹴れる物も無い。無い物は蹴れない、不承不承ながらサルヴァトーレは怒りを引っ込める――


「おいメイド、何人か来い! 30秒以内に来なければ3日間飯抜きだ!!」


 ような性格ならこの国はここまで酷くは無い。全てに於いて自分が優先される愚王サルヴァトーレにとって、万事が自分の思う通りにならねばならないという認識は不滅だった。

 血肉で汚れた周囲の片付けをメイドに命じると、サルヴァトーレは苛立たしげに執務室と私室を兼ねた部屋へ戻る。


「クソが、何だってんだ、ンなに不満ならテメェでやれってんだクズめ」


 己の手で殺した男に暴言を吐いても胸の内の怒りは治まらない。短気かつ傲慢という、およそ人間社会で生きるには不便な性格をしている彼は、残念ながら治すだけの機会に恵まれなかった。そういう意味では可哀想ではある。

 もっとも、例え嘗ての仲間達であろうと、そんな感情を抱く者は誰一人としていないだろうが。


「……まぁ良い。今日は夕飯食ったら適当に女抱いて寝るか」


 それに、と愚王は含み笑いを浮かべる。


「ダイアナさまさまだな、この力は。まさに大いなる神のパワーってワケだ。コハクのクズ野郎も目じゃねぇ、この力があれば俺様は! まさに! 最強だぁ!!」


 帝国の誰もがサルヴァトーレに服従せざるを得ない第3の理由。

 それは彼の命を取れる者が誰もいないからだ。

 騎士も、暗殺者も、レジスタンスも、忠臣も、誰一人として彼を殺す事は出来なかった。

 並外れた正体不明の実力に、何故か刃も魔術も毒も効かぬ肉体に、暴君の理屈と暴力に皆は手が出せず、あらゆる方面で彼を殺す事は誰にも出来なかったのである。

 最早この国はサルヴァトーレ・ファーゴにとってはただの消費財に過ぎない。飽きれば他国から奴隷でも買って使うし、そのための資金や食料等は一切考えない。この男の中には徹頭徹尾、自分の事しか無い。


「さて、こんなクズを内包する近衛連中には近い内に罰を与えないとな。

 何が良いか……。飯抜きはさっき言っちまったしな、互いに殴り合うってのは面白そうだ。それとも裸で飢えた狼の群れと戦わせるか? へへへ、この時間が楽しいから帝王ってのはやめらんねぇ!」


 王としての在り方の極めて限定的な一側面しか見ていない愚劣な帝王の笑い声が、城中に響き渡った。



To be continued

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