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勇者ですが闇属性です  作者: ノウレッジ
第1章
7/14

1-6 地下

世界は終わり、始まる。

いつ終わる? 分からない。

いつ始まる? 分からない。

人の営みはいつ始まっていつ終わるのか。

悪徳は栄える、善行は途絶える。

悪行は見つからない、善徳はもっと見つからない。


人の世は、いつだって理不尽だ。

 セレナに案内され琥珀と瑠璃が訪れたのは、瓦礫の町と化したリチムの外れにある古井戸であった。ガサゴソと銀糸の猫少女が何かを弄っていると、いきなりそれまでは無かった梯子が現れる。下から延びて来たのでも無く、まるで最初からそこにあったかのように。


「透過と認識阻害の魔術か、かなり高度だ」

「はい、腕の良い魔術師、町にいました」


 緊急避難用のシェルターなのだと言う。2つの種族が入り乱れている町の不安定さは誰もが理解していたのだろう、きっと最初に琥珀達が訪れた時より前から準備していたに違いない。

 カン、カン、カン、と小気味良い音を立てながら古井戸の底に降りると次第に琥珀と瑠璃の目にその全容が見え始める。

 やがて地面に降り立った黒鎧と幽霊の眼には、ハッキリとそのシェルターが今も活用されている気配を認識できた。


「琥珀、これって――」

「ああ、どうやら彼らは俺達の想像以上に逞しいらしいな」


 カツンカツンと先を行くセレナの革靴が2回連続で地面を打ったと同時、周囲が蝋燭の炎で一斉に照らされた。あれが合図になって発動する魔術だったのだろう、と琥珀は内心で当たりを付ける。

 薄明るい橙色の光で照らされると、そこは井戸の底と言うよりも最早とても広い洞窟の中だった。町1つとは行かないものの、相当数のヒトが住めるぐらいには面積と、先の見えない奥行きがある。最初からここまでの広さがあったかどうかは定かでは無いが、成程これなら町のシェルターとして申し分無い。



「――セレナッ!」

「おば様!」


 罠の可能性を考慮して鎧をフル装備しつつ、意外な空間の存在に物珍しげな視線を巡らせていると、洞窟の奥から彼女と同じ猫の耳と尾を持つ女性が駆け寄って来た。セレナは月の光のように美しい銀糸であるが、おば様と呼ばれた女性は逆にこの地の底の闇を塗りたくったかのような漆の如き黒であった。

 年齢は二十代半ばくらいか。猫人族は人間と大きな差を持たない種族であるため、外見年齢が宛てになる数少ない種族である。


『もう、心配したんだからね!』

『ごめんなさい!』


 聞き慣れない言語で会話するセレナ達に目を白黒させる瑠璃。「亜人語と呼ばれる言語だ」と琥珀がこっそり耳打ちするが、それでも瑠璃には腑に落ちないようである。無理もない、亜人の中でも極一部だけしか使わない言語だからだ。


(……ん?)


 その時、ふと琥珀は奇妙な事に気が付いた。


(そう言えば()()()()()()()()()()2()()()()()()()()()?)


 琥珀達の世界の裏側、この世界に於いて使用されている言語は2つしかない。

 1つ目は琥珀や瑠璃がこの世界に来て自然と喋るようになった共通語。

 2つ目は今セレナ達が喋っている、一部の亜人が使うマイノリティな亜人語。

 だが、それはおかしい。

 琥珀は脳内で裏側の世界の地図を広げる。ユーラシア大陸のように大きな大陸を中心とし、日本や台湾のように大小様々な周辺諸島で構築されているのがこの世界だ。更に海でいくらか隔てられた場所に亜人の住まう別の大陸、地球で例えるとアメリカ大陸がある。


(今まで疑問に思わなかったが――、いくら何でも少なすぎないか?)


 魔物と呼べる存在は言葉を交わさない。よってこの世界で言語を話すのは人間か亜人になるのだが、それらが使う言語が2種類というのはいくら何でも少ない。

 無論、方言等はある。だがそれだけだ。

 訳が分からないと言うのなら地球のユーラシア、もっと限定するならアジア各国を思い浮かべれば良い。中国、インド、タイ、ロシア、トルコ、サウジアラビアと同じ大陸に存在する国々でも言語も文化も違う。それは各々に気候の違いがあり、人種の違いがあり、何よりそれぞれの国が山河等で区切られているからだ。

 無論、この世界もそういった自然は存在する。巨大な山があり、広大な川があり、数多の国々がある。

 なのに、なのに使われている言語はたった2つ。文化の差もそう大きくない。


(そう、まるで)

「琥珀」

(まるでこの――)

「琥珀ったら!」


 少年の深みに入りかけていた思案は、少女の声で呼び戻された。


「瑠璃?」

「何ボーッとしてるの、セレナちゃん達が呼んでるよ」

「む、すまん」


 益体も無い妄想はここまで、と琥珀は思考を打ち切り、セレナの方に向く。

 未だ痩せている少女は、それでも安全地帯に逃げ込めたからか、琥珀達と一緒に居た時より数段明るい笑顔になっていた。


『この子を助けてくれてありがとうございます、貴方達は大切な恩人です』

「ありがとう、ございます!」


 亜人語で礼を言うセレナの保護者と、共通語でたどたどしくも改めて感謝の言葉を述べるセレナ。

 その奇妙な差に琥珀は一瞬だけ顔を顰めたものの、すぐに言葉を返す。


『いえ、お子さんを取り戻せたのはただの偶然です。俺はただ、騎士ごっこをしていた連中を叩きのめしただけに過ぎない。感謝するなら、その子の天運に』


 かなり流暢な、亜人語で。

 いきなり口をついて出た異世界言語に、その場にいた3人はギョッと目を見開くが、琥珀にしては何て事は無い。

 実は亜人語はドイツ語に近い言語であり、琥珀は高校に進学した際に第二外国語の授業でドイツ語を選択していたのだ。中学生の段階で他界してしまった瑠璃には、それを知る由が無いのは仕方ない事だろう。


『驚きました。まさか人族の中に私達と同じ言葉を話す方がいるとは』

『必要に駆られ、修得した。それだけの話だ』


 嘘は言っていない。基礎を向こうの世界で学び、こちらで実践的に覚えた。それだけの事だ。

 魔界や裏世界とも呼ばれる世界で活動するためには、見た目は如何様にも誤魔化せたとしても、言語は習熟しなければどうしようも無かった。

 そこで亜人語を学ぶ事になったのだが、5人の元仲間はそういった努力をしようとしない奴らだったため、結果として琥珀が貧乏籤を引くという定番の流れになったのである。そろそろ琥珀に何か手当が必要かも知れない。


『私はセッカ・ラバスタ。セレナをお救い頂いた事、改めてお礼申し上げます』

『顔を上げて欲しい、麗しき猫の民よ。俺はただ、この町の現状に義憤を覚えたのみ、セレナ嬢に何か思い入れがあるのでは無い』


 セレナの外見年齢は十代前半、仮に10年前の時点で琥珀と出会っていたとしても物心つくかどうか程度だ。覚えていても見分けはつかないだろう。


「ねーねー、何言ってるかこの幼馴染には分かんないよぅ」

「後で要点を話してやるから我慢してくれ」


 さて、と軽く咳払いをしてから琥珀は黒猫の女性との会話を再開する事にした。


『ラバスタさん、お尋ねしたい事がある。よろしいだろうか』

『はい』

『ここの新しい領主、黄色い髪の男について教えて欲しい』

『――!』


 何に驚いたのか、セッカは目を見開いて琥珀を見る。

 それはサルヴァトーレ・ファーゴの事を知らない事を指しているのか、それとも別の事か。


『どうなされた』

『い、いえ……。ただ知らない人がいるなんて……』


 奇妙な反応だ。

 まるでサルヴァトーレの事が周知の事実であるかの如きである。


『奇妙な事を。俺が山奥で修業をしていた事はセレナから聞かなかったと?』

『そういう訳では……』


 悪い事を訊いたか、と琥珀はバツが悪い顔を兜の下で作った。

 考えてみれば、少なくともセレナはサルヴァトーレの施行で親や友人、家を失っている。セッカとて何かを奪われたと考えて然るべきだろう。


『ラバスタさん、話したくない事を訊いてしまったなら謝る。言いたくない事であるなら言わなくても構わない』

『…………』


 黙って目を伏せるセッカ・ラバスタ。己の軽率具合に少年はこっそり舌打ちした。

 だがセッカは琥珀が想像するより強い女性だったようだ、数秒の沈黙の後、ゆっくりとその口を開いた。

 本当に、嫌々と言うか恐る恐るといった雰囲気を醸しながら。


『……取り敢えず奥へ。何も出せませんが、せめて何か役に立つ話を他の皆からも聞けるかも知れません』

『忝い』



  ☆



 リチムの町の住人は、琥珀の記憶にある10年前の段階で約1,500人程。

 だが洞窟の中に居た生き残りは、目算で精々が200人か300人だ。人口の8割が消えた事になる。何処へどう消えたかは……、もう言うまでも無いだろう。


「琥珀、偵察終わったよ。そっちはどう?」

「瑠璃、ちょっとコイツはヤバい事態かも知れない」


 机と椅子をワンセット貸して貰った琥珀は周辺の斥候を姿を消せる瑠璃に頼むと、セッカや生き残りの人々から聞き出した情報を纏めていた。

 件のアホ騎兵5人から奪った備品の中には上質の紙(と言っても現代日本の藁半紙以下だが)があったため、その紙に自分の考えやデータから現状を推測するフローチャートを書いている。だがどうフローチャートを辿っても、自分の思考は最悪の状況をゴールにしてしまう。


「……データがまだ少ない、と一笑に付せれば楽なんだがな」


 さて、彼の入手したデータを元に、この世界の現状を述べていこう。

 この世界――地球や日本といった固有名詞は無いらしい――は巨大な大陸が1つと、小さな島々から成り立っており、琥珀達もその大陸で旅をしていた。

 10年前は王国や帝国、共和国等の多数の国家が点在していた。しかし現在は東西南北と中央の5ヶ国に吸収合併される形で治まっているらしい。大まかに大陸を四角で表現すると、丁度五等分したかのように国が分かれている。まるで経度や緯度で国土を分割したアフリカのように。


「で、俺達がいるのはココ。裏世界に唯一領土が接している南の国。サルヴァトーレ・ファーゴが治めている、国名は『神聖大帝国シンシャ』だそうだ」

「何それセンス無い」

「俺もそう思う」


 センス云々はさて置き、シンシャ帝国は琥珀の嘗ての仲間であるサルヴァトーレを帝王として仰いでいる軍事国家だと言う。屈強な軍勢を率いた巨大国家であり、単なる兵力を見るだけならば5ヶ国の中でも最大規模。その大多数がならず者や兵士崩れの賊の寄せ集めであり、即ち傭兵を多数抱えているという事である。

 ただの凡百の兵卒なら良い、昼間戦った程度の連中なら100人でも1000人でも物の数じゃない。

 だが問題は数が多いと、それだけ敵に選択肢が増えるという事だ。琥珀がいくら強くても、その肉体は1つきり。もし人質や闇討ちに人員を割かれると、いくら雑魚相手でも劣勢は必至だ。ましてや平然と騎士に略奪を許可するような国、人族だろうと亜人族だろうと容赦せず苛政を敷いているだろう。

 聞けば、他の四ヶ国も大体同じようなものらしい。民の誰もが笑わず、今日もある己の命に感謝し、ただただ一部の超特権階級や支配階級に無茶な奉仕をせねばならない。そんなの……、果たして生きていると本当に言えるのだろうか。

 少なくとも琥珀は、瑠璃は、それにイエスと答えられる精神は持ち合わせていない。


「クソ猿は頭が悪い。誇張でも罵倒でも何でもなく悪い。作戦の立案、俯瞰視点での思考、相手の裏を掻く戦術、どれもからっきしだった。単純な読み書き計算と剣術の基礎程度の奴だったから、俺が生き返った事に気付いている可能性は0だ。何なら賭けても良いぞ、路地裏にたむろしているヤンキーな不良の方が100倍頭が良いって。

 ……だが残る4人はそうは行かねぇ。アイツらは頭が回るし腹黒い。サルを最初に仕留めたら、恐らく瞬く間に対策を練るだろうな」

「タチ悪いね、性格悪い上に頭が良いなんて」


 琥珀に押し付けられた問題児達は、何も馬鹿だからやって来たワケでは無い。寧ろ頭脳で言うなら相当冴えている奴らばかりだ。だからこそ性格の悪さで社会から弾き出されたのだが。現代日本で言うマッドサイエンティストや最後まで残る悪の幹部みたいなものである。

 10年のブランクが出来たとは言え、琥珀にとってこの世界は依然として守りたい世界だ。しかし自分最優先で「他人何それ俺にどんな利益があるの」な思考をする奴ら4人にそんな愛着があるとは到底思えない。どんな薄汚い手でも平然と使う事は間違いないだろう。


「なぁ瑠璃、お前戦えねぇ?」

「ちょっと難しいねぇ。鎧着てた魔王時代なら兎も角、今の私は速く動けないモン」


 そっか、と琥珀は落胆の色を隠さず肩を落とす。

 瑠璃が戦力になれば少なくとも二手に分かれる事ができるため、戦術の幅が広がる。上手く行けばサルヴァトーレを暗殺する等、生前のシーフとしての活躍が見込めたのだが。


「ゴメンね?」

「いや、謝ってくれるな。別の道を探す」


 リチムの町に行く道中、自動車並みの速度を出した琥珀に追随した瑠璃であったが、彼女曰くあれは浮遊魔術の応用らしく素早い動きをしているワケでは無いと言う。肉体を失い幽霊というエネルギー体になり、筋力によった能力は軒並み消失してしまったとでも言うのだろうか。

 こればかりは瑠璃にも分からないらしいが、琥珀としては心のどこかで安堵していた。

 彼女は12年前に他界し、半年後に再びこの世界で命を落とした。琥珀としては、もう彼女に危ない目に遭って欲しくない。既に霊体と化した彼女に危ないもへったくれも無いかも知れないが、それでも瑠璃にはもう苦難があって欲しくないのである。

 そんな事を言ってしまえば琥珀とて嘗て死んだ――正しくは死ぬギリギリの状態だったが――身なのだが、基本根が善人である彼にとって、瑠璃という気になっていた子の方が大切なのであった。


「話を戻そう。俺個人の意見としては、こんな暴虐を平気でやるクソ猿達を放置したくない。元の世界に帰る方法も分からない。なら奴らを討つか奴らに従うかの二者択一、二律背反だ。瑠璃はどっちを選ぶ?」

「当然、従うなんて真っ平御免よ」

「俺もだ」


 迷う事無く方針が決まった琥珀と瑠璃。となると次の問題は“敵をどう討つか”と“討った後にどうするか”だ。


「……俺ならアイツらの誰よりも強い自信はある。1対1で正々堂々戦ったら確実に勝てる」

「それは正々堂々と彼も戦えば、でしょ?」

「ああ。あいつらに正々堂々なんて求める方がどうかしてる」


 記憶にある連中は、どっちが悪役なんだかと思えるような姿しかない。いや確実に彼らが悪役なのだが。

 卑怯卑劣はお手の物。勝てば良いを地で行くのなら、決闘を申し込むといった高潔な行動は控える方が利口だろう。

 それに仮にサルヴァトーレを倒したとして、その後が問題だ。領主が消えた国土等、ただの肉汁滴る美味な肉に過ぎない。そんな物、残った4人が放置するワケが無い。1つの国を手中に収めても、残った4つが敵では未来が無い。


「じゃあ、どうする?」

「瑠璃、こういう場合は前提を変えるんだ」

「前提?」

「そう、前提」


 ここまでの琥珀の話は全て『自分と瑠璃だけで行動する』という土台の上で話した。

 ならそれを崩せば良い。

 2人で駄目なら、もっと沢山で戦うだけだ。






「立ち上げようぜ、レジスタンスを」



To be continued

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