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勇者ですが闇属性です  作者: ノウレッジ
第1章
6/14

1-5 判明

闇は深い。

底など無く。


光は低い。

頂きは手が届く。


人々は混沌の中に生きている。

容易く光にも闇にも移り変わる、混沌に。

 騎士が常備している兵糧は、現代で言うレーションのような物だ。如何に軽量で、効率良く栄養を摂取できるかにかかっている。つまり味や食感は二の次という事である。

 ちなみにレーションと言うと妙な薬を連想しそうなものだが、実際はより保存性等に優れた缶詰やレトルトのような物だと思えば分かりやすい。

 そしてこの世界の文明は地球で言う中世あたりに近く、技術面では多々未熟な面が見られる。

 要するに何が言いたいかと言うと。

 不味い。


 さていくら不味くても腹に朝昼晩と収めたいのは万人共有の認識。夕暮れになればその欲求もより大きくなるというものだ。

 奪った騎士の荷物の中にある食料品を一通り確認すると夕食用と思しきサンドイッチを発見、調理のために拾った鍋で湯を沸かしてやる。パサパサで味も最低であろう事は見た目からして明らかだったそれを適当にザク切りにして鍋に投入。柔らかくなるまで煮詰める。

 ここでちょっと味見。予想通り、あまり美味しくない。


「……カレーかシチューのルーでも欲しい所だ」

「それはそれで不味そうだよ」


 しかめっ面を作った琥珀に、瑠璃が苦笑いしながらツッコミを入れる。

 幸いにもチーズと塩漬け肉がパンに挟まっていたお蔭で、『ギリギリ食べられる』ラインには合格している。最低でも無いよりマシか。

 男、しかもパーティリーダーである勇者が料理が出来るというのも何だか奇妙な話だが、あのパーティでは料理が出来るのが自分ともう1人くらいしかいなかったため、仕方ない話なのだ。しかもその出来るもう1人の腕も言わぬが仏レベルと言えば、琥珀の苦労が分かるだろう。


「あれ、おかしいな……、目から追加の塩が……」

「やだ、私の幼馴染、仲間に恵まれなさすぎ……」


 どう思い返しても彼らとの間に絆という物が見当たらない。大体尻拭いに追われている記憶しかなく、今になってあの旅が本当に楽しい物だったのか自信が持てなくなってきていた。

 一応、人々からの感謝のために剣を振るっていたのは、やり甲斐を感じていたが。


「やめよう琥珀、辛い事を自分から思い出しても良い事なんて無いよ」

「そうだな……」


 そっと記憶に蓋。琥珀は辛い記憶で喜べるようなドMでは無いのである。


「ぅ、ぅん……?」


 そんな時であった。火の傍らに寝かせておいた栄養不足の少女が目を覚ました。


「気が付いたか」

「おっはよーにゃん☆」


 寝起きに加えて極度に弱っているためか、イマイチ意識がハッキリしていないように見えた。

 そのためか2、3度目を擦ってからも周囲を幾度と無く見回している。


「顔を洗うなら、あっちに井戸があったぞ。薄明り程度だが、ここの焚火でも見えるだろ」


 少女はぽやーっとした顔で鎧と幽霊を見つめている。自分の状況がハッキリしていないのだろう。

 まぁ誘拐されたと思ったら気絶した揚句、目が覚めた時には目の前にいるのが未だ成人してなさそうな少年と若い幽霊なら仕方ないかもだが。


「ぁ、ぁ……」

「無理に声を出すな。俺達はここにいる、何か訊きたい事があるなら顔を洗って、ついでにそこの井戸の水で喉を潤して来ると良いよ」


 大分喉が乾燥していたのだろう、出そうと努力した声は掠れていた。そういう場合、無理をして声を出そうとしても意味は無い。務めて穏やかに自分達が敵では無い事を伝え、琥珀はやんわりと白猫少女を井戸の方面へと誘導する。

 フラフラとした足並みだが、強い意思を感じさせる歩みで井戸へと向かった少女。そのまま待つ事数分、幾らか顔がシャッキリした顔で戻って来た。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「礼には及ばない。君が助かったのはたまたまだ」


 少女はセレナと名乗った。その名の通り、セレナイトを思わせる純白の体毛が月の光で美しく輝いている。まるでその毛髪で天の川を描いているが如き輝きで、彼女自身の肉体はボロボロの筈なのにそれを思わせない。


「綺麗な髪……」

「これ、ですか? これは母譲りの、ケホッ、ケホケホッ!」

「無理をするな、まずはそこらへんに座れ。話はそれからだ」


 しかしいくら髪が綺麗でも、体は依然として立って歩くのもやっとというレベルだ。まずは弱っている体を安定させなくてはならない。そう考えた琥珀は綺麗な銀のカップに誂えたスープを注ぎ、手渡してやる。

 食事は良い。腹が満ちる事は体に熱を与え、心も満たす。如何に心が沈もうと腹は減る。腹が満ちれば心に希望が溢れるのが人というものだ。


「あまり美味くは無いが、体は温まる。何か腹に入れておきなさい」

「ありがと……、ございます……」


 コク、コク、とコップから少女の腹の中に少しずつスープが移っていく。

 恐怖からか栄養不足からか震えていた手も次第に治まり、カップが空になる頃にはセレナの表情には落ち着きが現れていた。


「取り敢えず、人心地は付いたかな?」

「はい……」

「空になったか? カップを寄越せ、お代わりならタップリある」

「あ、すみません……」


 一杯、また一杯と少女の腹の中にスープが収まっていく。付け合わせになる物が何も無い事も手伝ってか、あっと言う間にボロ鍋の中身は空になった。

 ガチガチに緊張していたセレナはそのまま腰かけていた岩の上で姿勢を崩し、表情を穏やかな物に崩す。


「落ち着いたかい?」

「はい」

「それは良かった」


 さて、と琥珀はセレナに向き直る。


「セレナちゃん、訊きたい事がいくつかあるんだ。良いかな?」

「え、はい……」


 琥珀が彼女を助けたのは見捨てられなかったというのもあるが、それよりも現在の世界情勢を知るのに丁度良いと踏んだからである。

 知らない事は知っている人に訊ねるのが一番良い。特に現在の世界の状況というナマのデータは、今生きている人からしか入手できないのだから。


「セレナちゃん、実は俺達は俗世間に疎くてね。実質10年前から世界の情勢に置いて行かれている」

「10年前?」

「具体的に言うと、魔王討伐とやらが成された直後くらいからだ」


 10年、琥珀は眠っていた。聞けば瑠璃はほぼ付きっ切りでその看病をしていたと言う。外界の情報はほぼ白紙である。

 そういった事を、具体的な事を伏せつつそれと無く伝えて行くと、セレナは少しずつ口を開き始めてくれた。


「10年前、コハクという勇者がマオーという者を退治したと聞きました」

「ああ、それは知っている」

「それから、なんです。勇者コハクが亜人に酷い事をし始めたんです。

 マオー退治をして王国に戻った勇者コハクは、仲間の5人に世界を分け与えて、好き勝手にさせ始めました」


 曰く、最初は少し重い税をかける程度で、大した事では無かったらしい。

 しかし次第に徴兵、無理な金銭の搾取にいい加減な物価の変動、裁判のでっち上げから、果ては初夜権の設置までしたと言う。

 無論、誰も声を上げなかったワケでは無い。しかし敵は勇者一行の強者揃い。しかも討伐の報奨金と領地から搾取した金を使って肥やした私兵団により、誰も太刀打ちする事は敵わなかったと言うのだ。


「何だそりゃ……」


 アイツら何やってんだ、と琥珀は大仰に溜息を吐いた。

 元仲間の5人は決して人が好い奴らじゃなかったが、それでも社会で生きるための常識の欠片くらいは持ち合わせていた、と思う。

 だがその結果がご覧の有様。最早目も当てられない。

 あの18ヶ月は何だったのだ、彼らと共に旅をした思い出は、自分にとって都合の良いように歪められていたとでも言うのか。それとも彼らを過信していただけなのか。

 琥珀は顔には出さなかったものの、その心の内には嘗ての仲間達に対する疑念と後悔の炎が渦巻いき悔しい思いでいっぱいになっていた。この現状を間接的とは言え、自分が引き起こしてしまったとあっては猶更だ。

 10年、長い年月で5人は地盤を強固な物にしたのだろう。これだけ好き勝手出来るという事は、既存の政治の類は消えていると考えて良い。

 最早この世界の法と秩序は崩壊し、5人の絶対王政が敷かれていると見て間違い無いだろう。


「しかしそうなると、君は何かしらの罰則で連れ去られていた途中だったのか?」

「い、いえ……。私達は、何もしてません」

「そうなの?」


 セレナは首を横に振る。その度に銀糸の髪がサラサラと宙に舞い、まるでそこに天の川を築いているかのような目の錯覚を覚えるようだった。


「私、いえ……()()は、何もしていないんです!」

「達?」

「はい」






「私は、このリチムの生き残りです」



  ☆



 リチム。

 人族と亜人族の住む領域のほぼ境界線の街道上に位置し、双方の種族が交流する活気ある小さな町であった。

 人口は約1500人程とそれなりに大規模であり、これといった特産品こそ無かったが、逆に裏世界の亜人族の情報を得るためにスパイが潜り込んでいる事が多々あったらしく、収入減は寧ろそういった観光業にあったと言われている。

 農業、畜産、内水面漁業と豊かな町であり、琥珀も初めて訪れた時はそれまで敵同士としか見られていなかった亜人と人間が仲良く笑い合い、手を取り合っている光景には驚いたものだった。


(リチムを中心に、旅の終わり頃になると亜人と人間の共存が広まっていた。あれこそ俺が目指す新しい世界の形だった、んだがな……)


 ちょっと見た目が違うだけで、言ってみればその2つは地球に於けるモンゴロイド、コーカソイド、ネグロイド程度の違いでしかないのだ。話せば通じるし喜怒哀楽もある。逆に何故、2つの種族がここまでいがみ合って深いクレバスを関係性の間に生み出したのか、理解に苦しんだ程である。

 セレナは案内する場所があると、琥珀と瑠璃に移動を申し出た。

 なお最初は彼女が歩いて導く予定だったが、想像以上に彼女が弱っていて、結局は瑠璃が担いで浮遊する事になったのは余談としておこう。

 幽霊なのに物を持ったり生物を運べたり、よく分からん存在である。とは琥珀と瑠璃の共通認識だったり。


「私、達は普通に暮らして、ました。でもある日、新しい領主が来て『汚らわしい異種族を根絶する』って……」

「成程、そりゃあリチムは格好の的だな。何せ人口の半数が亜人って町だ、狙わない方がおかしい」

「抵抗したお父さん、殺されました。お母さん、目の前で遊びで殺されました。私、新しい領主のトコに連れて行かれて、いかれて……っ! 友達も、家も、何も……かも……! 家もご飯も取り上げられて、野原に放り出されて……、う、うぁ……!!」

「もう良い、セレナちゃん。大体何が起こったか分かった」


 ギリ、と歯軋りする琥珀。こういう涙を断ち切るために旅をしていたのに、今のこの体たらくは何だ。奴らは何のために自分と旅をしていた!


「ただ1つだけ教えて欲しい」

「ぐすっ……、はい、何でしょうか?」

「その領主の髪の毛、何色だ?」


 琥珀と5人の仲間達はそれぞれ異なる髪の色をしていた。例えば敬虔すぎるシスターは紫だったし、過激な元凶賊は緑だった。琥珀が黒なのは、まぁ言うまでも無い。


「髪の色、ですか?」

「ああ、それが大切なんだ。赤? 青? それとも……」

「……黄色、です」

「あぁ……」


 ククッ、と琥珀は笑った。否、嗤った。

 アイツか、と。


「成程」


 最初の相手は奴か。

 前述の通り、黄色の髪はパーティに1人。

 彼は剣士を名乗っておきながらまともな剣術も使えず、常に自分の後ろでおべっかばかり使っていた男。そのクセ琥珀の手柄を使って自分の事のように威張り散らし、勇者一行という名声を笠に着た行動ばかり取った、自己中心的極まりない小物の中の小物のような存在。


(テメェか、クソ猿……!!)


 嘗ての仲間だった男は今、リチムを滅ぼした男という認識に、書き換わった。



  ☆



 一方その頃、逃げ帰った騎士達は。


「ひ、ひぃいいいい! やめてくれ! たった1回失敗しただけじゃねーか!」

「今まで何度も言う事聞いて来たじゃないですか、許してくれぇ!!」


 それはセレナが連れ去られた新領主の住まう居城。堅牢な石の城塞であり、あちこちに領民から搾り取った血税と貢ぎ物で豪華絢爛な装飾がなされている。踏めば反発する豪奢な絨毯、一目で高価と判る壺や絵画、この世界ではまだ珍しい窓ガラスはピカピカに磨かれており、果たして金がどれ程かかっているのか想像もつかない。

 そんな金持ちの道楽のような石造りの建造物のエントランスにて、琥珀に叩きのめされた5人の騎士達は1人、また1人と凶刃に斃れ伏していた。


「何でだ、何で、オレたちゃアンタの手足として――」


 最期の言葉を紡ぎきれないまま、騎士の首が落ちる。

 5人の騎士は、既に最初に琥珀に突っかかった生き残りを除き、全滅していた。


「どうしてなんだよ! たった1回の失敗でこんな事するなんてヒデェじゃねぇか、ファーゴ様ァ!?」

「たった1回ぃ?」


 最後に残った騎士に対し、ファーゴと呼ばれた男は無慈悲に部下に指示を下す。


れ」

「ハッ!」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」


 肩口からバッサリと、しかし即死しない程度の深さで斬り付ける部下。それだけで琥珀が撃退した連中との格の違いを物語っている。

 殺すよう指示した男は、死んだ騎士達に向けて隠す事無く怒鳴りたてた。


「たった1回、じゃねーんだよ。テメェらは1()()()()()()()んだ、クソが。このサルヴァトーレ様の顔に泥を塗ったばかりか、今月の献上品を奪われただぁ? ざっけんじゃねぇ、ンな出来損ないは俺様の部下には要らねぇんだよ。

 ノーミス・イズ・ベストハッピー! 俺様こそ、世界再生の英雄の1人! この世界の平和は俺達の頑張り合ってこそだってのに、ムカツクぜ! 何処の野郎だか知らねぇが、この俺様を誰だと思ってるってんだ! 他人様のモノを横から掠め取るクソには生まれて来た事を後悔させてやらなきゃなぁ!!」


 死体になってなお憎いのか、死体を遠慮無く何度も蹴り付け唾まで吐き捨てる。

 この黄色の髪を持つ男こそサルヴァトーレ・ファーゴ。

 懐の広い琥珀をしてなお、自己中心的な小物と称される剣士。

 そして何より、最後の瞬間に琥珀を後ろから刺し貫いた張本人なのであった。



To be continued

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